嫌韓という牢獄

多分「嫌韓の人」に捕捉されたと思う。面倒なのは彼らがいっけん紳士風に近づいてくるところだ。面倒くさいので先手を打っておきたいのだが、多分この手の人たちは長い文章は読まないんだろうなと考えてしまう。端的にいうと「面倒で厄介だな」という恐れを抱いているところだ。しかし、これについて「なぜ恐れるのだろう」と考えて、別の視点が広がった。人はなぜ恐れるのか。

韓国を引き合いに出して「学べ」というと怒り出す人がいる。どういわけか「韓国を持ち上げる」と日本を貶めたことになるという思考が自動的に働くらしい。今回はKBSの番組を観察対象に使って「かつての日本の精神を思い出せ」と言ったのでそれが気に入らないのかもしれない。

もちろん、韓国嫌いの人にも理解できる点はある。例えば、竹島をめぐる動きにはイライラさせられる。だが、実際の韓国人を知ると反日運動の別の側面がわかる。たいていの韓国人留学生は自分たちだけで小集団を作り「韓国語は難しいから」などと言って日本人が片言の韓国語を話すと驚いたりする。これは日本人が外国人に「日本語うまいですね」といって嫌な顔をされるのに似ている。だが、彼らは他国に関心がないだけで反日ではない。単に内輪で盛り上がるだけの人が多い。その意味では反日運動も内輪の盛り上がり以上の意味はないのではないかと思う。反日以外に結びつける材料がない人がいるのだろう。

ただ、嫌韓の人が気にしているのは反日運動ではないかもしれないとも思う。彼らの頭の中には中華思想の様な国際序列概念があり、韓国は一つの外国であるという主張は彼らの世界観とコンフリクトを起こすのだろう。ある意味韓国人がかつて持っていた「小中華思想」に似ている。韓国は小中華思想に固執して、実際には清の実力が凋落している現実を直視せず「西洋の優れた技術に学ばずとも中国について行きさえすれば安泰」だと考えた。「科外の地」であるヨーロッパやいち早く変化した日本を認めてしまうことは彼らにはどうしてもできなかったのである。

だが、日本人が持っているアメリカを中心とした中華思想には最初から破綻がある。第一にアメリカに日本を統治し保護する意欲はない。せいぜい既得権を利用しようと考えているだけであり、時には貿易のライバルとして位置付けられることさえある。また、アメリカは民主主義の国なのでこれを分離する必要がある。このために強い軍事大国であるアメリカと憲法を<押し付けた>アメリカを分離して理解しようという傾向がある。日本のアメリカを中心とした中華思想家が憲法をいじりたがるのはこのためなのだが、そもそもそんな構造はない。だから、彼らの憲法案はいつまで経っても形作られないのであり、逆にいったん憲法をいじり始めたらそれは止まらなくなるだろう。いくら憲法を改正して内閣に職権を集めても日本がアメリカの第一の子分になることなどできない。彼らにそのつもりがないからだ。

ではなぜ、日本は小中華思想にこだわる必要があったのだろうか。この小中華思想は、アジアの中に西側先進国が日本しかなかった時代を模式化したものであると考えられる。これが崩れてしまいそうだという懸念があるのではないだろうか。だから、思想を強化し「仕組みを変えること」で乗り切ろうとしているのだろう。

もう一つ考えられるのは普通の人たちの怒りである。普通の人たちは一生懸命に会社に貢献し、家族のために家を建てて働いてきた。少しでも休むことは脱落を意味する。脱落は死と同じである。しかし、それが報われることがなく、崩れ去る恐怖にさえさらされている。もっとも目につくのが多様化を叫び男性中心の社会に「挑戦」しようという人たちだろう。人々がその様な恐れを持った時「あの人たちよりはましなのだ」という存在を作っておきたい。そうした感情を満足させるために必要なのは脱落した人や正規とは認められない人たちなのだろう。

普通の人たちが恐れるのは「脱落する恐怖」である。今いる地位から転落したら全てを失い社会の最下層として生きて行かなければならない。人生というのは脱落があるだけの片道切符であるのだからしがみついて行かなければならないと考えるわけである。そして、私たちは実際にそういう社会を形作っているので彼らの恐れは自己実現する可能性が高い。

その意味では国レベルでの「アメリカの様な大きな国家になんとしてでもついて行かなければならに」という恐怖心と「脱落した人たちを立てて自分たちの普通さを確認せざるをえない」という態度には共通点がある。彼らは変化することを失うことと捉えて恐れているということになる。その恐怖を乗り越えるために他人の人生を破壊する道を選ぶのだ。

ここで考えるべきことが二つある。一つは普通とは何だろうかということと、普通から逸脱することは失敗なのだろうかということである。もちろんその様な見方はできるし、そういう社会も作れる。が、但し書もつく。

日本は職人社会から出発し、製造業を中心とした国家体制を作ってきた。一生をかけて一つの技術を磨いてゆくのがよいとされる世界である。ただ、この体制はもはやなくなりつつある。例えば、自動車産業は内燃機関から電気に変わると産業構造自体がガラリと変わってしまうことが予測される。そのうえにサービス産業が主流になりつつある。これはもっと変化が厳しい業態である。つまり、変わってゆくことが求められる世界になりつつあるのである。

普通というのはいわば過去のスタンダードだが、これが一生変わらないという時代は確かにあった。戦後七十年のうち前半の三十五年程度箱の様な時代だったのかもしれない。ただ、これはなくなりつつある。つまり普通が溶解して常に変化を求められる時代になってきているということがいえるのではないだろうか。

変わらないことを求められていた人たちにとってみれば変化というのはほぼ「死」に等しいわけだが、一旦それを体験した人は「残念ながらそのあとも人生は続く」という現実に直面することになる。ショックな状態を体験する人もいるだろうが、そのあと人間はある意味不幸なことかもしれないが「再び考える」ことを始めてしまう。諦めてそこで人生を終わらせることはできないようになっている。それができるのは神様だけである。脱落が怖いのはまだ脱落していない人であって、一旦脱落を経験したことがある人やそもそも最初から「正規ではない」という状態に置かれている人にとってはそれは単なる変化に過ぎない。単なる変化なのだから「普通でない人」をおいて変化を拒否する理由は何もない。

このように見方を変えると、これまで見てきた「村落」の問題が少し違った形で見えてくる。例えば相撲は国際化して変化することができる環境にあったが、結局「変わらない」ことを選んだ。そのために外国籍の横綱たちは自分たちの地位を守るために休むことが増え、けが人も続出している。日本大学もガバナンスを変えることで生まれ変わることはできたのだろうが、結局変わらない道を選びつつある。大学としての競争力は確実に落ちるだろう。さらにアマチュアのボクシング連盟は反社会的勢力に連座したとは思われたくないが過去を清算して新しくやり直そうとは考えていない。彼らは今までの村を守ることで周囲との間に壁を作ろうとしている。そして、世間からずれて過疎化していってしまうのである。その過程で誰もが権力を集中させて大きくなろうと試みる。

日本も憲法を変えて内閣に権力を集中させる道を選ぶことができる。確かに村は守られるかもしれないがそれは変化を拒絶して衰退するという道になっている。衰退すればするほど「もっと強くならねば」といって国民に無理を強要することになるだろう。そして、それを正当化するためにはどうしても「敵」や「アンダークラス」の様なものが必要なのである。

「アンダークラス」を作るということは次々と普通でない人たちを名指しして自分の代わりに突き落とすということなのだが、それで村に残った人たちの気持ちが収まることはない。それは自分の身を切り落として小さくなっているのと同じことだからだ。不安はなくならないのだから、最後には脳だけを残せば生きて行けるのかそれとも心臓だけあれば人間なのかという議論をすることになるだろう。

一旦脱落した人にその不安はない。確かにその時点ではもっとも弱い人なのかもしれないのだが、そこで考えることさえやめなければ、少なくとも変化することはできる。人間は多くの動物と違って環境変化を察知してそれに対応することができる生き物である。そしてそのために社会協力をするという能力を与えられている。これがホモサピエンスのサピエンスたる由来だろう。ここで進化論の最新の知見が生きてくる。生き残るものはもっとも優れたものやもっとも大きなものではなく、環境に変化できたものなのである。そしてそれは戦争で全てを失った結果「変化して学び直そう」と考えた人たちはその戦略が間違っていないことを証明しているのだ。

つまり、脱落した人はその意味では幸いな人ということができる。もはや普通という牢獄にこだわる必要はないからである。

劣等機能は飼いならせないのではないか

夢を見た。家族が集まっている(とはいえ知らない人たちだ)席でいろいろと準備をしているが、なかなかうまく行かない。そのうち「いつも準備してもらうばっかりで、男の人はいいわよね」と言われた。すると風呂釜が蒸気を吹き出し大混乱になる。どうしていいか分からなくなり「もう俺は誰とも口をきかないぞ!」と宣言した。

目が覚めて「ああ、自分の劣等機能って感情なんだなあ」と思った。ということで昨日の話の続き。昨日は「劣等機能は、感覚・感情」であり、感覚を鍛えるべきだと書いたのだが、どうやら劣等機能とは意識下にあるものではなく、コントロールもできないらしい。まさに「暴れ馬」で、立腹のあまり目が覚めたくらいだ。

夢解きは簡単だ。普段から人間関係の波風を立てないように感情を殺して、できるだけ相手に沿うようにしているのだ。ただ、それはかなりの抑圧を伴うらしい。平たく言えば「ストレス」なのである。これが過ぎると風呂釜から蒸気が突沸するように感情が爆発し(怒っているとさえ言えないわけである)全ての人間関係を一方的に遮断したくなるのだろう。

では、徐々に練習して感情をコントロールするようにすればいいのかなあ、などと思った。例えば不快な人間(名前のある人に絡むと、横から意味不明なTweetをしてくる人がいる)に「あなた様の考えはどのようなものですか」などと聞かずに「アホかお前は」と言えばいいのだろうか。しかし、そもそもコントロールできないものを不用意に使うと大惨事になりかねないような気がする。

少なくとも「自分の感情を殺して、相手の教師になってやるつもりで優しく接する」みたいなことはしない方がよさそうだ。それは抑圧をさらに強める。「ああ、俺はこいつにむかついているなあ」くらいのことは思っておいた方がよさそうである。感情の吐露は別の方法を見つけた方がいいかもしれない。そう考えると、書くこともセラピーの一つになり得るのだなあと思った。

これも書いた後に感情を手放すことが重要なのだろうと思う。そのためには怒り(人によって劣等機能は異なるはずだ)を意識下に置く必要がある。ちょっとした違和感や怒りというものをないがしろにしない方がよさそうだし、いろいろなことに興味を持っておいた方がよいのではないかと思う。引き出しが多いとそれだけソリューションも増えるからである。

よく介護士や先生がとてつもない犯罪行為に手を染めたというニュースを聞く。職業的な倫理観から、相手に対する(それは被介護者や生徒とは限らない)攻撃性を抑圧しているのかもしれない。そういうニュースを見たときに「この人はもともと適性がなかったのだ」などと決めつけるのはよそう。と同時に「倫理」はときおりとてつもない暴発行為を生み出すのだということが言えそうだ。学校がよく「管理の徹底に努めます」などと記者会見を開くことがあるが、あれは圧力がかかっている蒸気釜にいっそう大きなふたをするのと同じことなのではないかと思う。

中年の危機と劣等機能の慰撫

中年の危機という言葉がある。ある日「私の人生こんなはずじゃなかった」と思うことがあるのだ。ユングは、中年の危機は放置してきた劣等機能の暴走だと考えた。中年の危機を回避したり癒したりするためには劣等機能をのばして「個性化」すればいいのだが、なかなかうまく行かない。

劣等機能を伸ばすのは右利きの人が左手で字を書くみたいなものだ。だが、これを慰撫しないと大変なことになる。自分が破滅するだけならいいのだが、他人への攻撃に向かう人も多いみたいだ。中には70歳代になっても他人をいじめて喜んでいる人がいるが、人様に迷惑をかけるのはよろしくない。

最近では、劣等機能が何なのかということは簡単に診断できる。つい先日もインターネットでMBTIをやったばかりだ。まあ、占いみたいなものだし、ユングとは直接関係がないという話もあるのだが、この際置いておく。

僕の場合は内外がバランス取れているが、感覚と感情が弱いようだ。特に感覚的にものを見たり、感情を表に出すのが苦手なのである。ということで、感情的になると手がつけられなくなるし、あとで後悔が大きい。また、全体の枠組みを大雑把に捉えており、細かい点の検証も苦手だ。

ということで、慰撫すべきなのは「感覚機能」である。服飾デザイン(いわゆるファッション)とかインテリアのコーディネートなんかが苦手だ。ということで、趣味でこういうことをやっても大した成果は得られない。でもやるわけである。

今回は部屋に飾る観葉植物をやたらにたくさん挿し木してしまった。普段抑圧されている劣等機能なので暴走するのだ。理性的に考えれば置き場がないわけで「止めときゃいい」となるのだが、あえて暴走させてやると良い。

重要なのは、いったん暴走したこの感覚を最後に手放すことである。衝動が落ち着いたら「ああ、満足した」と心の中で呟くのだ。Twitterなんかで感謝してもいいかもしれない。「ああ、満足した。今日は十分だ」と書いたり、他の人に言ってみたりするわけである。まあ、誰も聞いていないわけだが、それはそれで構わない。

例えば買い物依存症に陥る人がいる。必要もないものを買って、似合わなかったりする。でも、それでも構わないのだ。劣等機能なわけだから。重要なのはクレジットカードの請求書を見て罪悪感を持ったりしないことだ。似合わないものを買ってしまったと自分を非難するのはよくない。機能を抑圧してしまうからである。

ただ、暴走した機能をそのままにしておくのもよくない。最後に「ああ、満足した」というのが重要だ。感情機能も劣等なのでこれも満たしてやるのである。

今回はたくさん挿し木をしてみて「ゴミ屋敷」を作る人の気持ちが分かった。そもそも挿し木で増やしたい衝動というのは、うまく寄せ植えが作れないところに起因している。感覚的に「形」が作れないのだが、「それは素材が潤沢に選べないからなのだ」と思ってしまうのである。すると「たくさん作っておいておきたい」という欲求が生まれる。これは「新品を買えない」という抑圧が「ものをたくさん集めたい」という衝動に変わるのに似ている。

だから記録を取ったり成果を眺めたりして「ああ、満足した」というのが重要なのだと思う。後で見直せば少しづつでも進歩していることが分かる。つまり「成長した」という実感につながるわけだ。劣等機能なのだから他人と比べてはいけない。

要約すると劣等機能の暴走を食い止めるには次のようにすれば良いことが分かる。

  • 苦手分野があることを自覚する。
  • 苦手分野を客観的に測定する。
  • 意識的に苦手分野を使う仕事を探して、一定期間耽溺してみる。
  • 最後に「ああ、満足した」と言って、気持ちを手放す。

これができるようになれば、他人に迷惑をかけることはすくなくなくなるのではないかと思う。誰かを生け贄にして憂さを晴らすよりも「満足した」という方がよほど気持ちがいい。

「神様に満足して過ごす」ということがなぜ大切なのかが分かる。結局のところ「神に感謝」することで、抑圧した感情を解放しているのだと言える。感謝するといっても、決して人格としての神を見て対話しているわけではないのだ。ある意味、劣等機能の解放は宗教的な儀式なのだと言えるだろう。

中年の危機とその意義

中年期には余裕がない

「厄年」と呼ばれる年齢に達すると、自分の人生はこのままではいけないのではないかという漠然とした違和感を感じる。しかし、この年齢の人たちは社会的な責任と義務を抱えてる。会社では役職が付き、支えるべき家庭もある。さらに、家のローンも残っている。

迷っている場合ではない…と感じるのが当たり前だ。

ところが、このちょっとした違和感は単なる気の迷いではないかもしれない。それどころか、社会を変革するための重要な原動力になる可能性もある。また、中年の危機を見過ごすのは、個人ではなく社会にとって大きな損失になり得る。

なぜ中年の危機が起こるのか

そもそも、中年の危機はどうして起こるのだろうか。

ユングは社会的な目標人格の縮小という犠牲なしには追求できないと考えた。つまり、人は好き勝手に生きて行くことはできず、必ず社会の要請に従って生きて行くのである。しかし、縮小された人格はそのままでは収まらない。必ず無意識の補償作用が起きている。抑えられたものはどこかにはけ口を求めるのだ。

これが精神的な不調につながる。この不調が顕著だと、40歳頃に抑鬱状態が起こることがある。そして50歳くらいになるとついに耐えきれなくなる。問題がここまで放置されると、かつて持っていた目標は色あせてしまい、ひどい場合には回復しないこともある。

人格は対立しかねない複数の要素から成り立っている。対立構造は人によって異なる。これを一つに統合して行くのが人生の目標だ。この統合過程を個性化と呼ぶのだが、社会的に発展させているのはその内のほんの一部なのである。自分の人格が何であるかとは関係なく社会に要請された役割を演じているだけの人もいるだろう。

深刻な対立を統合するためにはどうすればよいのか

複数の人格的な要素を統合するにはどうすればよいのだろうか。

対立は「どちらか一方を採用する」ことでは解決できない。しかし、何が対立しているのかを意識すると「過大成長」とも呼べるような新しい成長が起こる。すると、対立は過去のものになる。ユングは成長に頼る解決方法が害をなす可能性を指摘する。35歳以前には成長のための準備ができてないし、対立に捉えられてしまうしまう場合もある。

危機の修復は自発的な作業だ

対立を乗り越える作業は自主的に行われなければならない。内面と環境から解決のヒントを得て、自分で乗り越えて行く。医師は側にいて手伝いをするだけだ。その人の内側に何があるかを知るためには、その人が生み出すファンタジーや無意識が反映する夢を考察するのが「ユング流」のやり方だ。

赤の書 – The“Red Book”』はユング自身が書いた壮大なワークブックだ。ベストセラーを目指して書かれた訳ではないし、そもそも公開することすら目標になっていない。他人が読んでも意味はよく分からない。多分、買って読むような本ではないが、一度は眺めてみる価値がある。

さて、中年の危機が必ず厄年(数えで42歳)で起きるとは限らない。違和感を得たときが、この「過大成長」のチャンスかもしれない。社会は個人の集合体なのだから、個人の成長は社会の成長につながるだろう。

一方で、生産性の低下というコストを支払う必要がある。この時期に大幅な目標の再設定が起こるからだ。つまりこの時期は生産期ではなく、新しい成長へ向けての休眠期だということがいえる。人によってはこれを人生からの落伍失敗だと捉えるのではないかと思う。

日本ではこの時期を男性の厄年と位置づける。プレイヤーから貢献者や見届け人といった、地域の「役」に就く年齢に当てられる。厄年が「役年」だと言われる所以である。ユングのいう個人化のプロセスとは異なるのだが、その人の役割が大きく変化するという意味では似通っている。

現代の日本社会はこの厄年という「非生産性」に割くコストが捻出できなくなっている。この時期は会社では出世競争の最終段階だ。主流ポストに就けるかという瀬戸際なのだ。この結果、多くの人が青年期に設定したゴールをなんとか抱えながら定年期を迎えることになる。選択肢の幅は狭い。また、地域には果たすべき「役」もない。

現代と同じく、ユングの時代もこうした違和感を「個人の不調だ」と考えた。

日本社会には根強い正解の文化がある。製造業の強い社会らしく、社会が正解を設定し、不良品をはじいて行くという仕組みができ上がっている。正解からの逸脱は、不良品として扱われるリスクでしかない。

不調がもたらす壊滅的な破壊

高度経済成長が終わってから、男性の自殺率が上がっているといわれる。主な理由は経済の不調だ。経済の不調はその人の社会的人格の全否定につながる。同時に健康を損ね、家族を失ってしまう場合もあるようだ。逆に、健康を損ねて経済活動を維持できなくなり、それが経済の不調につながることもある。

正解から外れたことを理由に死を選ぶ人もいる。みずからベルトコンベアから降りてしまう)のが日本の現状だ。

しかし、人格の発展は、必ずしもいまある社会を肯定するとは限らない。人によっては社会を根本から破壊することもあるだろうし、そもそも、正解のない個人的な作業だから、それが「善」か「悪」かは分からない。

私達は中年の危機に対峙するべきか

個性化プロセスを完成させる事ができる人は、内側の声に気づき、因習の代わりに個性を発展させることを決意し、孤独に耐えつつ、新しい目標を設定できる人だということになる。まるで修業のようだ。ユングは夜の海を行くようだとする。また別の文章では人格の追求は道(タオ)を追求するのに似ていると考察する。

さて、我々は、社会善になるかどうかも分からなければ、生産性を改善するために役に立つかどうかが分からない事柄に対して、真剣に取り組む必要があるのだろうか。ある意味「道の追求」は、内面から何か役割を与えられるようなものだ。やり過ごすことができるのであればやり過ごしても構わないだろう。

しかし中年の危機に捉えられた人は、この事を自分だけの問題だと考えずに、同じ問題に対面している人の為に何ができるかを考えてみるとよいかもしれない。自分自身の危機を解決することによって、似たような問題を抱えている人の手助けになる可能性もあるからだ。

また、人の問題を社会のために解決してやろうとは思わない方がいいように思える。結果として、自分の問題を棚上げにして、他人の問題のための奔走することになりかねない。

変革は個人の成長が主導すべきだ

様々な行き詰まりを目の前にして、フォロワーは英雄を待望している。我々がまだ気がついていないやり方でたちどころにこの閉塞感を打開してくれることを期待する。しかし彼らの辛抱は半年ほどしか続かない。当初の期待が失望に変わる。

我々は「変革」を期待しつつ、自分たちが変わることは望んではいない。しかし社会が一夜にして、全ての人を満足させるように変わることはあり得ない。結局溜まった力は制御不能になってはじめて我々の社会を変える力を生み出すことになるのかもしれない。それはとても不幸なことだ。

暴力を排除しつつ社会的な変革を目指すためには、個人が少しづつ変わって行く事が必要である。そのためには、違和感を大切にしたうえで、個人個人が自分が何をしたいのかを自分自身の言葉で考察できるような意識を持たなければならない

このようにして、個人の中年の危機は社会変革に大きく関わっている。私達は中年の危機を単なる個人の不調と捉えるのではなく、内面的な違和感が持っている社会的な意義を再評価すべきだ。

2013年2月4日:書き直し

暗い夜の海を行く

このブログの人気のあるエントリーに「中年の危機」がある。Googleで上位に上がっていることもあるのだろうが、エセンシャル・ユング―ユングが語るユング心理学をアフィリエイト経由で買って行く人もいる。今回は、この「中年の危機」について考えたい。

「中年の危機」という言葉にはネガティブな含みがある。そもそも「中年」はもう若くないということだし、スーツを着て定年までの日々を数えるサラリーマンといったイメージがある。理想の40代といえば、いつも若々しく、シゴトはできるのだが、失敗も怖れないというイメージだ。一般的には、中年を迎えずにいつまでも若々しくいることができる人が成功した人だと考えられている。
近年自殺が増えている。Chikirinの日記「自殺に見る男女格差」によると近年増えた自殺のほとんどは男性のものなのだそうだ。そして自殺原因のほとんどは「経済・勤務」の問題である。健康問題も自殺の大きな原因なのだが、病気をしてしまうと経済的にも行き詰まるのだから、日本は男性がお金の問題で周囲に助けを求めずに死んでしまう社会だといえるだろう。

一般的に、勤務先や仕事はその人のよりどころ(つまりアイデンティティ)になっていて、周囲に助けを求めることは女々しいことだと考えられている。リストラされる、あるいは経営していた会社を失うということは、拠り所を失ってしまうということだ。
ここで、これが果たして挫折なのかという疑問が湧く。規範は変わって行くものだし、変えて行くこともできる。

たとえば、大昔には殺人は「悪」ではなかった。殺さなければ殺されてしまう可能性があったからだ。また、奴隷制も悪ではない時代があった。女性に参政権がないのも当たり前のことだった。社会に合わなくなったということは、その人が失敗してしまったということにはならない。しかし黒人系の南アフリカ人がパスを持たないと逮捕されてしまう時代には、パスを燃やす事は「社会への反逆者」になることを意味した。20年以上も刑務所に入れられても文句が言えないほどの重罪だったのだ。

エッセンシャル・ユングによると、ユングは社会的な目標は人格の縮小という犠牲を払うことのみによって達成されるといっている。ユングは「その人らしくあること」と「社会に適合してゆくこと」はお互いに相容れないと考えている。社会的な目標(たとえば、会社の社長として尊敬されたい)がその人を一生満足させる目標足り得るかどうかは分からない。

当時の臨床経験からユングが大切だと考えたのが40歳くらいの年齢だ。日本ではちょうど厄年にあたる。うまく成熟が進むと、このあたりの年齢で違和感を感じ始める。そしてその違和感を無視したまま50歳を迎えると、さまざまな支障を来す事がある。エッセンシャルユングには、それまで熱心に教会活動を行っていた人が、ある日「自分のやっている事は、本当に下らないどうでもいいようなことだった」と考え、無気力に落ちいるという例がでてくる。それまで彼を支えていた正義が音を立てて崩れてしまうのだ。

この経験を「失敗」と捉えるのか、それとも「成長」と捉えるかで見えてくる風景はだいぶん違ってくる。22歳くらいで働き始めるとして、20年も働いてくれば社会がどいうい仕組みで動いているのかということが分かるようになる。若い時がピークで、あとは衰えて行くのだと考えると、残りの人生では勝ち得たものをできるだけ失わないように生きて行こうと考えることになるだろう。若いときに得たような好条件はもう二度と現れないからだ。

一方、人間はその後も成長してゆくのだと考えると、社会の仕組みが自分に合わなくなるということもあり得ないことではない。前者では人間を消耗品として扱っている。若くて消耗が少ないことがよいことだ。一方後者では経験は蓄積である。この違いがつもると「新しい経験」に対する態度の差となって現れる。前者は新しい経験に対して抑圧的で、後者は変化を促進する。

リストラで職を失ったり、病気で退職を余儀なくされた人が、家や病院に取り残される。するとアイデンティティを喪失し「自分が何者か」が分からなくなる。これは大変なストレスだ。経済的な見通しが経たなくなり、人によっては家族も失う。

一方、留まる人たちも「明日は我が身」として脱落した人を意識する。ある種、彼らとは鏡の関係にある。この人たちも「成功の中に引きこもらざるを得なくなる」わけである。こうした人たちは不得意なことはやらないだろうし、変わることは難しい。
加えて成功者には別の試練もある。「私はうまく立ち回ったから、成功することができた」と考えると、何が正しい事なのか分からなくなってしまう。組織によっては正常な判断力を失い自壊してしまったりする。ある種の傲慢さだが、他人を追い落とすから悪なのではなく、自らを滅ぼしてしまうから悪なのだといえる。

中年の危機は、成長から来る産まれ直しだ。人間はまず0歳で「産まれる」。そのあと、親、学校、社会の価値観を刷り込まれつつ20歳くらいで独立し、社会に産まれる。40歳の誕生はだれも「産んではくれない」という意味でそれまでとは異なっている。一人で価値観を選び、自分で自分自身を産むという体験をしなければならない。このことが孤独を生む。しかし、この産まれ直しの経験をすることで、社会規範と自分が合わなくなったときに、どう変化して行けばいいかということを経験できる。これ故、中年の危機は「夜の航海」に例えられる。
(2012.11.26:リライト)

ボウタイと日本が忘れてしまったもの

グロービスの堀さんが、日本は「ものづくり神話」を捨てて「経営力」を磨けと主張している。いっけんまともな意見に見えるが、僕はこれには反対だ。「ものづくり神話」を闇雲に否定しても、経営力は磨けないだろうと思う。そもそも、ものづくりのどのあたりが神話だったのか、日本の経営者や現場の人たちは言語化して説明できるだろうか?
さて、15年程まえにアメリカでボウタイを買った。しかし、それを使うことはついになかった。理由は簡単でボウタイの結び方が分からないからだ。今年になって、ありものを組み合わせて着るというテーマのブログをはじめたので、ボウタイの結び方を練習することにした。いろいろサイトを調べてみた。ダイヤグラムを見ても、ビデオを見ても最後の部分がよく分からない。ビデオを観察すると、うらでこちょこちょっと何かをしているようなのである。結局、ダンヒルのサイトで見つけた「ボウタイは誰にでも結べます。靴ひもと同じやり方だからです」というのがヒントになって謎は氷解した。ボウタイは単なる蝶結びなのだ。ふとももに巻いてやったらすんなりとできた。どうやら右手の中指がフックになっているらしい。しかし首に巻いてもできない。鏡を凝視すること5分。で、疲れ果ててテレビをみながらやったら、すんなりとできてしまった。「あれ、どうやったの?」僕は未だにボウタイの結び方を説明することができない。でも、ボウタイは結べる。体が先に覚えてしまっていたのだ。
これについて後日考えてみた。つまり、できるけどどうやってできるかが分からないということが世の中には存在するのだということだ。一応出来ているのだから問題ないじゃないかと思った。本当に問題がないのか。これを考えるヒントは「ナレッジマネジメント」の中にある。
知識経営のすすめ―ナレッジマネジメントとその時代 (ちくま新書)でなくてもいいのだが、野中郁次郎さんの話を読むと、暗黙知という概念が出てくる。これは言葉にあらわせない知識全般をさす。これが学問の一領域として認知されたのは、日本の製造業がその頃アメリカを脅かしていたからだ。「どうにかして日本に学びたい」とアメリカ人は必死でその神秘を探ろうとした。それが暗黙知だった。日本人は逆に暗黙知を形式化する必要があるとも指摘された。
説明ができなくても困ることはない。これが問題になるのは、それを学ばせる必要が出て来たときだ。師匠に当たる人は説明できないので「馬鹿野郎、技術は盗んで覚えるもんだ」という。弟子も一生そのシゴトをやってゆくしかないわけだから、下仕事をしながら必死で師匠を盗もうとするわけである。15年経ったある日、師匠は弟子にそのシゴトをやらせてみる。するとだいたいのことは分かっているので、あとは簡単な手ほどきだけで知識の伝達が終わるのである。これが暗黙知の教え方なのだ。
これができなくなるのはどのような時だろうか。考えてみるまでもない。ここ20年くらいで日本に起こったことを想起してみればいい。

  • 熟練労働者が派遣労働者に切り替わる。盗もうとしている間に、労働者が入れ替わってしまう。盗ませる側もいつのまにか引退する。
  • IT化が進み、見ても盗めなくなる。(笑い話みたいだが、これは結構大きいと思いますよ)
  • 技術の入れ替わりが激しくなり、一生をかけて一つのシゴトをするということができなくなる。

トヨタの場合には、もう一つ問題があったようだ。それは急な成長にともなって現地の会社にこうした暗黙の前提が伝わらなかった、もしくは最初から理解されていなかったのではないかということだ。日本人にとって当たり前のことが、外国でも当たり前とはいえない。日本人が暗黙知として理解していたものを、形式化して覚え込んでいただけなのかもしれない。こうしたことは、これから先、各地のビジネススクールで研究されるようになるだろう。新しいケーススタディの誕生である。
さて、日本人はマクドナルドやディズニーランド型のマニュアル運営をとても嫌う。職人シゴトが一生ものなのに対して、マニュアルを見ればできるアルバイトシゴトは「腰掛け」だからだ。確かにマニュアル化すると細かいニュアンスが失われる。最初のボウタイの例に戻ると、素材や襟の形にあわせて微妙な結び目を作る技はマニュアルには載せられない。日本には誰にでもできるようにすることを蔑視する土壌がある。もともと終身雇用で長く勤めている人がエライのは、それだけ暗黙知をたくさん蓄積しているか、シゴト上のネットワークをたくさん持っているからである。
しかし、経営者がこうした職人芸に頼るようになると何が起こるだろうか。1990年代、バブル景気のころ「工場のヒト」が優れた製品をつくるのは当たり前のことで、そんなことはスキルだとさえ見なされなかった。「本社のヒト」は、だからこそリストラのようなことができたわけだ。コアの人材さえ残しておけばスキルは残るだろうと思ったのかもしれないし、もともと何が起こるかということを考える余裕すらなかったのかもしれない。
グロービス堀義人さんのブログにもどる。経営学には「製造業=擦り合わせ」という暗黙の了解があるようで、まずこれが物事の理解をややこしくしていると思う。しかし、一方で製造業の現場が、モノ作り=品質だと考えているのが問題であることも確かだ。またボウタイの例に戻るが、暗黙知に基づいた経営での強みは「ごちゃごちゃいわなくても、一定の品質を持ったものが、すらすら作れる」つまりスピードだからである。からなずしも高品質がウリではないのだ。
堀さんは経営力を「経営力」とは、何か。それは、必要な改革を行い、「戦略」を描き、「実行」する力だと考えるとわかりやすいと定義している。しかしここには一つ大きな問題がある。それは現時点が問題だというためには、私たちの強みがかつて何であって、何が変わったのかという分析が欠かせないのだ。
もし、日本の会社が内向きになっているのであれば、もうそれを徹底的に活かしてみてはと思う。自分たちのことを知っていれば、何か起こったときにうろたえることはない。「本社のヒト」はもう「工場のヒト」が何をしているのか分からなくなっているのではないかと思う。だから、これ以上動かすことはできないのだろう。これが自信のなさにつながる。自信のなさが自己否定につながるわけだ。かつてはバカにしていた「韓国企業」に追い抜かれるのを見ると、もう内心は穏やかではいられない。
変革管理において、関係各者が自信を持つのはとても大切なことだ。競合を横目に「どうしてウチはあそこみたいにできないのかね」という社長は尊敬されない。「お前やってみろよ」と言われるだけである。
もし毎日靴ひもを結べていたのに、それがある日突然結べなくなったらどう思うだろうか、ということを想像してみればいい。かなりの自信喪失につながるはずだ。よく分からないままにマジックテープの靴に変えても「かつてはオシャレなひも靴だった」と嘆くことになるだろう。歩いていても楽しくない。
難しい言葉を使うと、今あるリソースを分析するところからはじめよということになる。多分、結構正しく認識されていないのではないかと思う。出来ているのに認識されていないということがあるはずがないと思うかもしれないが、実はそういうことは頻繁に起こりうるのだ。

中年の危機

ユングは、40歳前後に多くの人が社会的な目標というものが人格の縮小という犠牲を払うことによってのみ達成される、という本質的な事実を見逃してしまう」ことがある可能性を指摘する。これをそのままにしておくと、50歳前後に狂気となってしまう時期が訪れることがある、という。

この「人格」という言葉は注意深く捉える必要がある。これは必ずしも社会的に立派な人ということを意味しない。人は社会生活を円滑に行なうためにある種の仮面を身につけている。それはペルソナと呼ばれる。外面(そとづら)と呼んでも良い。このペルソナがその人そのものと同一であればよいのだが、たいていの場合そうはいかない。中年期に入ると人格のずれが顕著になる。ずれに気がつかないまま過ごすと、取り返しのつかないことになる可能性があるだろう。

ユングは、多くの治療体験に自らの体験を加えてこの結論に達する。38歳の時に自らの信じる道を行くために、フロイトと決別した。同時にアカデミズムとも遠ざかり、引きこもりの期間に多くのものを失うことになる。この引きこもりが心理学の「ユング派」の源流になった。

本の中に45歳のビジネスマンの事例が出てくる。彼は立派な業績を残して引退した。しかし隠居生活に入った時から精神的な苦痛を感じだした。やがてビジネスの世界に戻るのだが、仕事への情熱は戻ってこなかった。精神病の治療というと元の状態に戻ることを意味しそうなものだが、この人の場合はそうではなかった。それでは、一体それは何なのか。

それは、意識が異常な段階にまで高揚し、そのため無意識から大きく離れすぎてしまった場合にのみ有効である。[中略] このような発展の道を歩むのは、人生の半ば(普通は35歳から40歳くらいの間)より前ではほとんど意味がない。もし、あまりに早く踏み出したとすると、決定的な害を被ることもある。

ユングはこの高揚を過大成長と名付け意識の新しい水準であると結論づけた。別の箇所では治療が終わり「創造的可能性」を発展させるとも記述する。創造性を扱った人は多くいるのだが、崩壊や危機に見える状態が創造の萌芽だと考えるひとはそう多くないかもしれない。

新しい水準の向かう先が「個性化」である。

個性化という用語を、それによって人が心理学的な意味での「個人」になる過程、すなわち単独で、それ以上には分割し得ない統一体、あるいは全体になる過程を意味するために使用する。

ここで、この言葉を鵜呑みにすることを避けると次のような疑問が浮かんでくる。

  • そもそも、人は生きる意思や目標を自明のものとして持っているのだろうか。
  • 果たして、人間は一律に個性化を目指すべきなのか。社会的に適応している状態の方が幸せなのではないか。
  • それはあらゆる対価を払っても価値のある目標なのだろうか。

まだ若い状態から「生きる意味がわからない」と言っている人たちがいる以上、これらの疑問は注意深く取り扱われるべきだろう。また、ペルソナと折り合いをつけながら、だましだまし死を迎えるという生き方もあるはずである。(それが、テレビの前で「昔は良かった。今の若い奴らは…」という姿勢であったとしても、だ。)ただ、やむにやまれず、個性化の過程に向かう人もいるはずだ。それには「治療」や「原状回復」以上の何かがある。

この個性化の過程は「夜の航海」とも例えられる。指標になるものがなく、どれくらいかかるか、どこに向かうかもわからないからだ。それは喜ばしいものではなく、ひどい時には精神的な危機として表出する場合も多い。人が生まれるときに生命の危険があるのと同じように、苦しみの多い「生まれ直し」であるともいえるだろう。

この「夜の航海」が、社会全体にとってどう有益なのかはわからないのだが、人によってはこの道を通らざるを得ない。「やむにやまれぬ」という言葉で言いたかったのは、そういうことである。

パウル・クレー 絶望がつくる芸術

人の略歴を探りながら20分くらいで画集を見るのは、なんというか冒涜に近いような気もする。引き続きパウル・クレーについて考える。音楽か絵画かという選択肢から絵画を選び、育児をしながら主夫として創作活動を続けた画家だ。チュニジアに旅行したあたりが転機になった。色彩感覚に目覚めて、以降さまざまなスタイルを模索した。

絵画は抽象的だ。感覚的に書くというよりは理屈の上に成り立つ創作を行なっていたようだ。絵画の中にしばしば記号的な要素が見られる。毎日日記を書きつつ理論構築を行ない、バウハウスで教えたりもした。『創造的信条』という論文の中で「芸術とは目に見えるものを再現する事ではなく、見えるようにする事」と語る。しかし単なる理論家ではなく、「神秘家」としての側面もかいま見せ、これを統合することが大きなテーマの一つだったのだという。このあたりはユングにも似ている。

しかし、ナチスはバウハウスの閉鎖を強要して前衛的芸術を「退廃芸術」として禁止した。Wikipediaの『退廃芸術展』によれば、ナチスは退廃芸術を「脳の皮質」の異常ではないのかと主張した。わからないものをはすべて「悪」だと決めつけ、退廃芸術家を公開処刑したのである。

クレーはナチスの支配下にあったドイツを捨ててスイスに渡る。しかし、スイスでも半ば狂人扱いされた上、病を得てそのまま亡くなってしまう。このスイス時代に多作の時期がある。テクニック的には衰えたとされるのだが、いろいろな不自由のなかで、その作風は純化されたようにも見える。

とりあえず、大抵の絶望には「いつかはよくなる」という希望があるものだ。しかし、この人の晩年にはそれがなかった。しかし創作意欲は衰えなかったし、新しい境地を生み出す事もできた。人間はある一定の年齢になるとそれ以上進歩できないというのは嘘だ。絶望がすべての終わりでないと考えると勇気づけられる。しかし、クレーにも焦燥感がなかったわけではないようだ。別段、達観の中から生まれた芸術でもない、というのを感じて何だかほっとする。

彼が教えてくれる教訓はただ一つ。できることをやり続けること。ただそれだけだ。