強いリーダーを望まない日本人

カルロス・ゴーン容疑者が逮捕されてしばらくたった。テレビでは人民裁判的に「腐敗して堕ちた」英雄像が作られている。この経緯を見ていると面白いことがわかる。

ゴーン容疑者が「救った」当時の日産は、赤字が出ることがわかっている車の開発を止められなかったという。あえて開発を止めて悪者にはなりたくないが、責任もとりたくないの。誰もリーダーシップを取らない会社だったわけだ。そして結果が出るとお互いに指をさしあって口々に相手を非難し始めるという状態になっていた。担当という意味の責任はなく、結果責任をめぐって指の差し合いをしていたということである意味現在のTwitterに似ている。業績が落ちても不思議ではないし、NECのように同じような状況に陥った大企業は珍しくない。

ところがゴーン容疑者が救ったはずのメンタリティは20年弱もの間それほど変わっていなかったようだ。朝日新聞の記事では「巧妙でわからないように隠蔽していた」ということになっているが、彼らが事前に空港に張り込めたことからみて、これが検察の意図に沿った筋書きなのかもしれないと思う。フランス政府との駆け引きになっていたことからすでに政治問題化していたのかもしれない。

額があまりにも多いことから、取締役たちはみな知らないふりをしていたのではないかと思う。ただ、彼らはそんなことは別にどうでもいいことだと思っていたのではないだろうか。自分たちの領域から収奪されたのならそれは問題だが、そもそも配分前の利益なのだから「まだ誰のものでもない」。つまり、村を生きているに日本人には自分には「まだ」関係がない金だったのである。日本には公共という概念がなく村があるだけなので、会社という公共のためにリスクをとって状況を変えようという人は恐らくいなかったのだろう。

つまり、ゴーン容疑者が救った頃の日産に日産という会社がなかったと同じように、今の日産にも日産という会社はない。日産は単なる巨大なセクションの集合体なのだ。

面白いのは、20年弱の間に経営陣が入れ替わっているということである。さらに彼らはゴーン容疑者に取り立てられたものたちであり、当時の文化を引き継いでいるわけではなさそうである。にもかかわらず同じようなメンタリティが見られるところをみると、これが日本人かあるいはこの会社に特徴的な文化だったということになる。日本の文化の背景にある村社会がいかに強力なものかがわかる。

ゴーン容疑者はフランス大統領からのプレッシャーを受けて「不可逆的な統合」に乗り出していたという話がある。つまり「このままでは永遠に植民地化されてしまうぞ」ということがわかってからはじめて内部で慌てる人が出てきたか、彼らの責任は司法取引で問わないことにするから協力しろという外部からの働きかけがあったのだろう。つまり、自分たちの村が危ないと考えてはじめて村のリーダーたちはお互いに協力することにしたのではないだろうか。この場合には誰かに責任を押し付けてその人を生贄のように非難する臨時同盟が作られる。ワイドショーでおなじみの光景である。危機が去ればまた村の共同統治のような形に戻るのかもしれない。

いずれにせよ、逮捕されてから西川社長が「ゴーン容疑者は許しがたい」というところまでの流れがスムーズだったことから、政府・検察・マスコミ・日産社内にまで意思統一が図られていたことがわかる。当然ルノーの介入が予想されていたわけだから、彼らが動き出す時間を与えないことが極めて重要だったわけである。誰に習ったわけでもないのだろうが、村という集団民主的統治方法はかなり根強く日本に生きている。ただ、この集団民主主義は誰も全体への責任は取らない。

このことから、日産にDNAのように残っている誰も責任をとりたがらない気風が復活することは間違いがないのだが、集団で責任を押し付け合い最終的に誰も意思決定しないという意味では典型的な日本企業のあり方であり、何も日産だけが特別というわけではないだろう。こうして消滅しつつある大企業は他にもある。次に買われる時の飼い主はあるいは中国か台湾の企業なのかもしれない。

自民党にも同じような構造が見られる。各派閥が形式的には私物化を進める官邸には逆らわないが、かといって積極的に総理の政策にコミットしない。安倍首相の自民党支配が後何年続くのかはわからないが、外部からの介入やそれなりの危機がない限り、日本人は改革をせずに「強いリーダーにお付き合いしよう」と考えるわけである。そして、何かがあったときには、これまでの経緯とは全く関係なくバッサリと切ってしまうのだ。一部のネトウヨ議員を除いて安倍首相に味方する人はいないはずである。

このように日本で「一見強い」リーダーが出てきてもそれは実質的に強いリーダーとは言えない。日本はその意味では強いリーダーのもとに集団が協力するという主義の社会ではないのである。だが「自分たちの領域が支配されるかもしれない」となると一気に文脈が変わる。今までとは態度が一変してしまうことになる。

ゴーン容疑者は取締役会を支配することで企業を支配していたつもりでいたのかもしれないが、村の集合体である日本にとって一番大切なのは実は実働部隊だ。自民党で言えば、各利益団体とか地域の選挙区などがそれにあたる。権限の割り振りという西洋流のものの見方をしていたゴーン容疑者はそこを読み違えたのだろう。普段の日本人のリーダーはあえて均衡を崩すことは考えない。ところが村が理解できないゴーン容疑者は「意思決定をしているのは取締役会であるから、当然取締役を掌握すれば上から企業が抑えられるはず」と思い込んでいたのではないだろうか。

歴史ヒストリアで鳥羽伏見の戦いの回を見た。外から迎えられた徳川慶喜がしぶしぶ戦いを承認するが、途中で逃げてしまうという回である。慶喜には子飼いの部下がいたわけでもなかっただろうし、家臣たちにもそれほどの信頼も置いていなかったようだ。彼が現場を掌握できず油断した部下たちを引き締めることもできなかったのは当然のことである。結果的に徳川慶喜は逃亡し幕府は滅亡したが徳川慶喜自身はその後も生き続けた。

また、昭和天皇も、なし崩し的に大陸に進出して責任を取らない部下たちを掌握できなかった。昭和天皇も直属の軍隊や領地を持っていたわけではなく、単に祭り上げられる存在だった。

日本人は仲裁のために調停者としての権威を祭り上げたがるが、強いリーダーを置きたがらない。一見強いリーダーが出てきたとしても村には手出しできないし、手出しをすれば放逐されてしまう。だから中からトップダウンで改革するのがとても難しいのである。

皮肉なことに安倍首相は日本人なのでこうした村の仕組みがなんとなくわかっているのだろう。彼が実際に自分でやりたいことを始めた時、あるいは彼が去ってこれまで先送りしていた問題が全て表面化してくる2020年ごろには日本は大変なことになるのかもしれない。憲法の問題は進展していないので、このまま問題が先送りされオリンピックの後にはかなり大変なことが起こるかもしれない。これまで隠していた問題が次々と浮上するからだ。この時安倍首相を形式的に祭り上げ、あるいは下ろす時に同盟を組むことになる村長たちは自分たちで責任を取るために同盟できるだろうか。

「日本人が英語を話せないのはなぜか」問題

Quoraによく日本人が英語を話せないのはなぜかという質問が出る。あまりにも繰り返し出てくるので、逆に「なぜ日本人は日本人が英語を話せない問題」にそれほどまでに関心があるのだろうかと思い始めた。




TOEFLなどの英語テストのランキングをみると、確かに日本の成績はあまり良くない。先進国と比べると「欧米とは言語体系が違っているから仕方がない」という理由付けができるのだが、アジアの各国にも負けている。

ところがテストができない理由も明確だ。そもそも、日本人はそれほど英語を必要としていない。英語が必要な理由は二つある。学問とビジネスだ。例えば、現地の言語に学術用語が充実していない国があり、そうした国では最初から英語で高等教育を行った方が良い場合がある。ラテン語経由の学術用語を豊富に使えるからである。日本はすでに漢字を輸入しており学術用語の造語にはそれほど困らなかった。

もう一つの理由はビジネスである。国内のマーケットが狭い国は海外へ出て行く必要がある。この場合英語か中国語が必要だ。中国語は中国では圧倒的な人々に話されているものの、第二言語話者は英語の方が圧倒的に多い。つまり英語ができればビジネスに有利だ。さらに、外貨が少なく海外からの投資が必要な国も英語が必要になる。国内に一億人以上の人口を抱えるマーケットがあり、外貨も十分にある日本にはこの必要がない。

この二つの理由により切実に英語を話したいという人が少ないのだと考えられる。だから別に英語などやらなくても良いのである。

するとますます日本人は英語が必要だと思い込んでいるのかという疑問が湧く。ところがこれがわからない。試しに「あなたは何があれば英語が話せるようになると思いますか」と聞くと答えが戻ってこない。この質問には日本語が堪能で英語もできるイタリア人らしき名前の人が返答してきただけだった。多分どうして英語が話したいのですかと聞いても答えは帰ってこないだろう。

最初は「英語ができない自分を恥じているのだな」などと思っていたのだが、そうではないかもしれないと思い始めた。個人としては英語は必要ないが、他人には英語をやらせたい人が多いのではないかと思ったのである。

おそらく、個人としての日本人は具体的な英語学習に対するイメージを持っていないし、自分の子供に英語をやらせたいとも思っていないのだろう。例えば日本人にメジャーリーガーが少ないのはなぜかと思う人が、別に自分が野球をやりたいわけでもないというのと同じ程度の疑問なのかもしれない。

だから、個人としての日本人は何の努力もしない。なんとなく学校の勉強には不信感を持っていて、学校が変わればみんな英語ができるようになるんじゃないかと思っている可能性はある。

以前に自己責任について見たときに、日本には「結果としての責任」という特殊な概念があり、相手を助けてやらないという冷酷な宣言の代わりに「自己責任」という言葉を使うことを観察した。この対極としてスポーツなどで優勝した人がハーフや米国籍取得者であっても「日本人として誇らしい」などというようなことがある。つまり、日本人は、何か利得があると考えたときには「我々」の範囲を広くとって成果を横取りしたがり、持ち出しがあるときには「我々」の範囲を狭くして扉を閉める傾向があることがわかる。加えて、社会一般と自分の間には明確な区別があり、自分のことを語る場合と社会全般のことを語る場合には意見が変わるのだろう。

だから、日本人には「英語」に対する一貫した意見がない。英語がどのような文脈で語られるかで意見が変わるのからである。ただ、すでに英語が話せる人だけが「日常会話程度の英語ならすぐに覚えられるのだから」といってあれこれ教え他がるのだが、そもそも英語を必要としない日本人にはどうでもいい知識なのだろう。

ここから類推すると「日本人が英語ができない」という疑問の意味がちょっと見えてくる。つまり「私」として英語ができるような努力はしたくないけれども、学校でよりよいカリキュラムができて全体が底上げできるのであれば「なんとなく誇らしい」と考えるだろう人が多いのだろう。だから「あなたは何が解決すれば英語ができるようになりますか」という主語をあなたにおいた質問には最初から意味がないのだ。

こうした「日本」で顕著なのが軍隊の必要性だろう。なんとなく西洋には劣等感を感じていて、軍隊さえ持てば尊敬されるのではと考えている人が多そうだが、具体的に聞いてみると実に曖昧なイメージしか持っていない人が多い。

軍隊を持つようになればなんらかの形で国民が負担を強いられる上に兵隊を出さなければならない。それを他人に押し付けられる自信のあるかあまり考えたことがない人は軍隊を持ちだがり、いつも何かを押し付けられていると不満を感じている人はことさら軍隊を拒否するのだろう。軍隊を持ったからといって個々の日本人が「日本は軍隊を持っていてすごいねえ」と言ってもらえることはないのだが、そもそも具体的なイメージがないのでそこまでは考えない。前回見た米子市長はこうした「具体的なことを考えない」人の典型例なのかもしれない。

よく、日本人は集団主義的だと言われることがある。確かに同調圧力が強く、自分の意見を言いたがらないし自分で考えないなどという集団主義風な傾向が見られる。しかしこの伸び縮み可能なアイデンティティというのは一般に言われている集団主義的感情とはどこか違っているように思える。一般的な集団主義の社会は厳格な秩序と決まりがあり個人の見解で勝手に伸ばしたり縮めたりすることはできない。そもそもこれを便利に使える時点で集団主義ではないのだ。

ただ、これを個々の日本人にぶつけても、決して認めようとはしないと思う。ただ、英語が話せないくらいだと「それはそれでいいのではないか」と思える。問題になるのは軍隊の問題のように「みんな何もしない前提では色々言いたがるが、実際に自分では努力も負担もしないというようなケースだ。

誰かに押し付ける前提で勇ましく行動しても、結局は全部自分たちに降りかかってくるというのが第二次世界大戦の結果だった。韓国や中国からは未だに恨まれており、場合によっては何倍にも誇張されて伝わるケースもある。韓国政府からは繰り返す問題を蒸し返され「ここをつつけば金がむしり取れるだろう」と思われているようだ。これも我々の祖先が後先考えずに大陸で威張り散らした結果なのである。我々は今これを国内でやろうとしている。使い倒しても構わないと侮っているアジアの人たちを大量に国内に招き入れており、これを固定化しようとしているが、将来彼らが怒りを日本社会にぶつけてくる可能性には全く気がついていないし、考えようとすらしない。日本人の非正規労働者は勝手に自己責任を感じて潰れてくれるかもしれないが、送り出し国の政府が騒ぎだしたらそんなことは言っていられなくなるだろう。

集団主義は集団の中での序列をはっきりさせることで結束を強め実力主義が持っている混乱を防ぐというような目的がある。一方、日本型の「集団主義」は他人の権威を笠にきて状況を悪化させいざとなったら誰も何もしたがらない可能性があり、却って集団を弱くしてしまうのではないかと思える。

ピッツバーグのシナゴーグ襲撃事件の議論から見るアメリカ人の議論のやり方

ピッツバーグのシナゴーグが襲撃され11名が亡くなった。いろいろな議論が起こっているのであろうと考えてQUORAを見てみた。

この問題はいくつかの重層的な問題を含んでいる。第一に今回の事件は「ヘイトクライムだ」という認識があり、この傾向を煽って大統領になったトランプ大統領と結びつきやすい。次に銃規制の問題がある。銃が悪いのではなく銃を使った人が悪いという議論と銃そのものを規制すべきだという二極化がある。最後にイスラエルとユダヤ人の問題がある。イスラエルはアメリカ共和党の保守強硬派との結びつきが強いとされているのでユダヤ人もそうであろうという類推が働く。

日本だとこれらの要素がごっちゃになり議論の収拾がつかなくなるのではないかと思う。反トランプ陣営は過去の行状をあれこれ持ち出してトランプ大統領を人格攻撃するだろう。だが、QUORAの質問者は「質問されたこと」に対して、冷静な反応を見せていた。中には感情的なものもあるが、それでも別の要素を持ち出す人は見られなかった。

日本でこの種の議論が起こると政権側の人たちと野党支持の人たちに別れた討論に二極化して安定する。その過程で要素は混ぜられ、場合によっては他の話題や人格攻撃も入ってくる。ところが、アメリカではこうしたことが起こりにくい。彼らは人ではなくトピックに反応するようだ。もちろん実名制でモデレーションがあるQUORAの特性もあるのだろうが、アメリカ人が努力してこうなっているというよりは、そういう教育を受けているか、あるいは文化的にそうした背景があるのではないかと思われる。

このためQUORAの議論は論理的に見える。つまり外から論理が見えやすいのだ。一方日本の議論は文脈や経緯がわからない人がみると非論理的に見える上に、中にいる人も十分には説明ができない。

たとえば「憲法第9条が改正されるとなぜ戦争になるのか」は中にいる人にも説明ができない。もともと反米運動でありその原点はアメリカが落とした原発への反発だ。アメリカ流の資本主義を問題視していた共産党がこの運動を利用し、ベトナム戦争への反対運動も加わったという経緯がわからないと全体がつかめない仕組みになっている。

この違いの他にもう一つ面白い特徴がある。アメリカには言論の自由がないのである。意外と日本人はこれを見過ごしていると思うのだが、政治的に言ってはいけないことがきっちりと決まっており、政府ではなく世論によって管理されている。これが公共だ。

トランプ大統領をめぐる議論は二極化が進んでいる。しかし、QUORAはトランプ大統領の支持者の発言をかなり隠しているように思える。QUORAは議論を削除せずに畳んで隠してしまう。コラプス(畳まれている)された議論はほとんどトランプ支持のようで「トランプの隔離政策を支持する」というような主張が書き込まれていた。アメリカの通常の市民感覚から見るとこの類の意見がコラプスされるのは仕方がないだろうなあとは思う。そういう世論の国だからである。

一方で、こうした「抑圧された」人たちがコングリゲーションに集まってトランプ大統領を讃える気持ちもわからなくはない。彼らは長い間、彼らの心情をパブリック(公共・世論)に対して語ることはできなかった。彼らにとってのトランプ大統領は救世主に見えるのだろうなあと思う。理路整然と語ることができなくても、その場の勝ち負けだけで大統領まで上り詰められるアメリカはすごい国だと思えるだろう。

いずれにせよ、アメリカの議論を見ていると日本人が知的に劣等だから議論ができないというわけではないということがわかる。アメリカ人はいくつかの異なるイシューを混ぜ合わせて非論理的に組み合わせることができない。だからある程度の論理的な背骨を作ってから意見集約をするのだろう。

一方、日本人は信条が異なっていたとしても一緒に暮らしている人たちとはうまくやってゆく必要があった。そこで、部族とか村とか徒党と呼ばれる集団を作るのがうまい上に、相手にしている人がどの部族なのかという類推をする傾向にあるのだろう。個人の発言は内心ではなくその人が属する部族の方針で決まる。こうして部族は個々の問題を損得と序列で考えてゆくうちに非論理的な意思決定の束を集めて行く。日本人の議論は運動会のような総力戦で、あらゆる手段を動員して敵に勝つことが目的になっている。

集団化能力が高いために、日本人には公共が作りにくい。また、日本人の村の論理は自然発生的にできていることが多いので、他者から聞かれても説明できない上にいったん壊れてしまうと再構成ができない。だが決してそれは、日本人が劣っているからではないのだ。

国家としての背骨がないのに日本はなぜ崩壊しなかったのか

先日来、柴山新文部科学大臣の教育勅語発言について考えている。教育勅語にはこれといった哲学がないと書いた。にもかかわらずこれを持ち出すのはどうしてだろうというわけである。もともと日本人は国家を作る上で背骨となる信条を持たず、外来概念で代用してきたと分析した。だが、なぜそれで済んだのかということについてはあまり考えなかった。

この「教育勅語はどうとでも取れる」という危険性を認識している人は多い。が、それは天皇のための人殺しに利用されたという文脈でのことである。Twitterを読んでいたら「天皇の直接発言としては唯一のもの」であり、立憲主義の外側にあったという分析が流れてきた。これが明治天皇の孫の世代に悪用された。

ところがこれを統治の側から見た分析はない。つまり、どうとでも取れるということは「柴山という民主主義否定戦前反動主義勢力が明治天皇の威を借りてよからぬことを画策している」と捉えることもできるわけだ。例えば、国民から熱烈に支持されたはずの過去の大統領さえ有罪判決を受けて収監されるような韓国では確実にそのように利用されるだろうし、民主主義の裏打ちのない中国でも同じようなことが起こるだろう。大陸の国では「教条」が真剣に受け止められるからこういうことが起こる。

日本でこのような運動が起こらないのは、日本人が基本的に優しいからなのだが、同時に表面的な権力や原理原則にはあまりこだわらないからであるといえる。だから、平和憲法も「なんとなく解釈すれば」アメリカ軍についていっても良いということになるし、柴山大臣もなんとなくTwitterで叩かれる程度で済んでいるのだ。

柴山新文部科学大臣は多分教育勅語を真剣に読んだことがないのだろう。態度の変遷を見ていてるとそれがわかる。騒ぎが起きたあと、柴山さんは具体的な条文を上げて「どこに普遍性があるのか」を一度たりとも説明していないようだ。また、支持者たちが条文を挙げて柴山発言を擁護することもなかった。唯一見たのは産経新聞の擁護論だったのだが、共産党の悪口が書いてあるだけだった。曰く「バカをバカというやつがバカ」という中学生レベルの文章だった。この程度の気軽さで多くの人を戦争に巻き込んだ教育勅語を語れるほど軽い人が文部科学大臣に就任したということに恐ろしさと滑稽さを感じる。

現代の国家の背骨は民主主義である。民主主義は人工的に作られた信仰なので、これを守ってゆくためには不断の行動と信仰が必要になる。だが、これは国家レベルのことである。実際の日本人はもっと小さな共同体に住んでいて、国家レベルの取り決めをあまり真剣に捉えない。だから、押し付ける方も気軽にいろいろ言いやすいのだろう。

今教育勅語に反対している人の中には「教育勅語にはいざとなったら天皇のために死んでくれ」という文言が入っているのであろうと考えている人がいるのではないかと思う。だが、実際に書かれた文章にそのような文字はない。ただそれを読んでみても何が言いたいのかはよくわからない。「はっきりした定訳はない」のだそうだ。高橋源一郎のいったように「ぶっちゃけ戦争が起きたときには天皇のために戦ってください」という意味だったのかもしれないのだが、そうでなかったかもしれない。

教育勅語が出された4年後に日清戦争が起こるのだが、これは総力戦ではなかった。「国民全体が戦争に駆り出される」というような状態はその時の日本にはなかった。

むしろ、日本は国民に主権があるのではなく君主制の国であるということを強調しているように思える。つまり、背景にあったのはアメリカやフランスの影響を受けた共和主義者とドイツやイギリスのような君主制主義者の間の駆け引きである可能性が高い。

高橋源一郎の訳は、作られた当時の状況とこれが悪用された二つの時期をごっちゃにしている可能性がある。これが意図的なものなのかそれともそうでないのかはわからない。しかし、どうとでも取れるということは高橋訳が間違いとも言えないということになる。結果として「天皇のために死ね」という文脈で使われている実績があるからだ。だから柴山さんをその線で攻撃しても間違いとは言えないのだ。権力者が柴山さんや自民党政権に「反動勢力」のレッテルを貼って追い落とすというところまでは行かないが、民間で「自民党とそれを支援する秘密組織は国民を戦場に送ろうとしている」と騒ぎになる程度には曖昧で危険な文章だったということになる。それを軽々に持ち出した程度に柴山大臣は軽い大臣であり、その人が今後1年は文部科学行政を司ることになる。

教育勅語の曖昧さが悪用につながったことは間違いがない。普通の軍隊であれば、自分たちの兵隊を大量に殺してしまえば責任を取らなければならない。ところが、誰も責任を取りたくないので撤退したことを「転戦」のように言い換えたり、兵隊を無残に見捨てることを「英霊化する」と言い換えた。その一環として国民は天皇のいうことに従うべきだと主張したのであろう。だが昭和天皇に直接命令をしていただいたわけではない。明治天皇の過去の曖昧な発言を持ち出して「学校でそう教えてきたでしょ」と言えばよかったのである。

昭和天皇は報告を受けて不快感を表明したり、逆に善戦したことを喜んだりしていたようであるが、戦争に主体的に関わったわけではない。やれば主体的に戦争を指導できたのか、それとも無理だったのかということも今となってはよくわからない。

教育勅語が作られた時代と昭和15年ごろでは何が違っていたのかを考えるのは面白い。明治維新は個人的につながった武士が起こした革命である。この明治維新の支え手たちは元勲という50人に満たない私的なネットワークを持っていた。最後の元老と呼ばれた西園寺公望が亡くなるのは昭和15年だったそうだ。この頃日本には様々な変化が起きていた。中国大陸へのなし崩し的な進行と軍事衝突が始まり第二次世界大戦に突入してゆく時期なのである。議会制民主主義もこの頃に崩壊する。二大政党制に疲れ果てた議会は大政翼賛会を作りそのまま戦争を容認するようになった。

つまり、日本は外来的な立憲君主制の憲法を保持しつつも、実際には村によって支えられるという二重性を最初から持っていた。これが崩壊すると集団思考に陥り中心核を持たないままで戦争に突入していったということになる。

同じことが戦後の日本でも起きている。日本で戦後政治の中枢を担ったのは、多分民主主義憲法ではなかった。敗戦処理を知っている一部の官僚あがりの政治家たちだったのだろう。彼らは吉田茂を中心として「吉田学校」を作り、政策は池田勇人に引き継がれた。例えば宮沢喜一はサンフランシスコ講和条約に参加し池田勇人の勧めで政治家になった。この宮沢が最後の自民党単独政権の首相だったのだが、金権政治に耐えられず政権を失い、細川政権が誕生する。そして、現在ではこうした戦後政治の担い手は格段に長生きした中曽根康弘だけになっている。中曽根は今年100歳になったそうだ。

この時にバブル経済が壊れて「日本はなんとかして変わらなければならない」というような空気が蔓延するのだが、誰もどう変わっていいかというプランを提示できなかった。最終的には自民党の「公共事業頼みの政治が悪い」ということになり民主党政権ができるのだが、相手を避難して政権を取っただけの民主党は何もできなかった。民主党の光景政党は未だに背骨となるような信条を提示できておらず分裂したまま国民の指示を失った。結局残ったのは保守本流を破壊し民主党勢力が自滅して残った自民党保守傍流だけになってしまった。

とはいえ、自民党も背骨となるような国家観は打ち出せていない。安倍首相が憲法を改正したいのは「みっともない憲法だった」とおじいちゃんとその友達たちが言っていたというだけの理由である。自分で具体案を出したが誰からも賛同してもらえなかった。そこで「今国会で具体案をお示しする」と言っていたのに、たたき台を作って出すに止めてはどうかと言われると「最初からそう思っていた」というように返答をした(東京新聞)という。また最初に公明党に提示すると言っていたのだが、公明党が巻き込み事故を恐れて「関わりたくない」というと「自民党としての案を出す」と言っていることがコロコロと変わっている。具体的にやりたいこともなければ、それを押し通すための戦略すら持っていないのである。

教育勅語はどうとでも取れるがゆえに暴走して多くの国民を死に追いやった。だが、安倍内閣はその危険性を全く認識していない。現在は、妥協してでも憲法を変えたという実績を作りたいと焦っている。妥協の末に出来上がるのは多分どうとでも取れる憲法だろう。最初に悪意がなかったとしても、それはやがて誰かの失敗を隠蔽するために利用されることになるのだろう。

ただ、これがどう転ぶのかはわからない。背景に背骨のなさを支える非公式の村組織があれば大したことにはならないだろうし、それがなくなった時には集団思考に陥り暴走を始めるだろう。

こうした憲法の瞑想の影では経済危機が迫っている。日銀の金融緩和策は利子が上がると破綻してしまう可能性がある。日銀の利子払いが爆発的に増えて行き、最終的には通貨が信任を失うからである。経済界が慌てないのはこれまでアベノミクスが実質的な効果を挙げていない上に、日本経済が高齢化により弱体化することを見越しているからだろう。しかしIMFからはアベノミクスを見直して効果が出る政策を打ち出すべきだ(AFP)と言われており、今後何かが起きた時にはもう打ち出せるマクロ政策はないだろうと予測(ロイター)されている。

日本人は何を信じ、何を信じてこなかったのか

柴山文科大臣の「教育勅語」発言から日本の保守の劣化について考えている。前回は教育勅語が出来損ないの思想体系であり、保守を名乗るならば教育勅語を否定すべきであると書いた。ところがこれが出来損ないであると断じるためにはいくつか考えなければならない点がある。

第一に考えるべきなのは、なぜ教育勅語が二段構えになっているかという点である。反ネトウヨの人たちからは「天皇崇拝につながるので全体として捉えるべきである」という主張が聞かれるのだが、やはり読んでみると前半と後半の二段構えになっている。最初の部分では儒教からコピペしたらしい「徳」が羅列され、それが天皇家のために命を投げ出しなさいという行動規範につながる。そこから、次になぜ最初が儒教なのだろうかという問題が出てくる。

この疑問を転がしていると、そもそも国家が精神的な支柱を必要とするのはどうしてなのかという疑問が出てくる。日本人であれば「みんなが仲良くなる自然な共同体にわざわざ精神的支柱を持ち込むのはなぜか不自然だ」と感じるのではないか。例えば仲良し家族ではお父さんが無理やりに家族の決まりを作る必要はない。みんなが自然と和気藹々となれるからである。逆にお父さんが無理やり「日曜日には家族みんなで出かけること」のような決まりを言い出す家には「何かあるに違いない」と感じるはずである。つまり、お父さんは嫌われているのである。

だが、国家や文明圏というのはたいていそれを支える精神的支柱を持っている。ヨーロッパの民主主義社会はキリスト教を支柱としており、中東にはイスラム教を支柱とする社会が広がる。中華文明の基礎にある支柱は儒教秩序である。だが、日本にはそれが見当たらないのである。

日本を文明圏として捉えると、日本文明は神道文化圏であると定義されることが多い。神道の特徴は中心教義がないということである。天皇家は自分たちの神社は持っていたがこれが他の家の宗教を飲み込むことはなかった。

明治維新期の日本政府がキリスト教のような背骨を求めたように、大和朝廷も外国と交流を通して「国には宗教が必要である」ということを学んでゆく。

寺という言葉があり日本語では「じ」か「てら」と発音する。「じ」は中国由来だが、「てら」はなんとなく固有語らしき響きがある。仏教は外来宗教なので「てら」は別の概念を意味していてもよさそうだが、これが仏教意外で使われていたという痕跡はない。

朝鮮語では寺を절(cheol)というようだ。このチョルが日本語風に発音されて「てら」と読まれるようになったのではないかと唱える人がいる。日本人の中には朝鮮から文化を輸入したということを認めたくない人たちが大勢いて「定説はない」ことになっており、インドから直接入れたという人もいるが証拠はない状態である。いずれにせよ「てら」という言葉は、寺を導入する時に日本に入ってきた外来語であり、朝鮮語の読みをそのまま入れた可能性が高い。

日本(倭国)は当時朝鮮半島南部の国と接触があった。特に鉄の輸入は軍事的に大変重要だったので、わざわざ海を渡り朝鮮南部から鉄を持ってきていた。朝鮮半島南部の経営を巡って百済・新羅と対立する。やがて百済と外交を行って新羅に対立するようになった。百済は軍事的支援を求めて倭国に度々使節を送り、軍事的支援の見返りとして仏教と寺院建立の技術を提供するようになった。こうして仏教は周辺技術を伴って日本に伝来する。

百済は中国南部にあった南朝の王朝との交流があり仏教もそこから輸入したようである。当時の中国は国家を挙げて仏教を崇拝していた。中国はインドから仏教を学んだ。仏教は儒教が広まる前の東洋圏の最新モードだったわけである。

寺という漢字にはもともと宗教的な意味はなく「役人が侍う場所」という意味の漢字だったそうである。また、仏教は教会を統一しなかったので、いくかの仏典がバラバラに残った。聖天はあるがキリスト教会のような統一聖書は作らなかった。このため、国家が仏教を捨てた大陸部では仏教は衰退してしまう。

日本では国家宗教を何にするかが豪族同士の派閥争いに利用されることになる。旧来の神々を奉る物部氏と仏教という先進技術を使った蘇我氏の争いが起きた。そして、蘇我氏が勝利することにより仏教は国家の宗教になってゆく。日本で最初に建てられた飛鳥寺は蘇我氏の氏寺だった。やがて、国中に国分寺が作られるようになる。仏法を通じて天皇中心とする統治と国の安寧を広げようとしたのである。

中国や朝鮮半島では王朝の簒奪が起こるとそれまでの宗教的秩序を破壊する必要があった。だから仏教は迫害されるようになる。なぜ儒教だけが残ったのかはわからないが、寺のような宗教的権威がなく、国家秩序に組み入れやすかったからではないかと思われる。代わりに国家が試験で選抜した官吏が儒教教義について論争するというような体裁がとられる。宗教組織が国家権力を簒奪するような危険が儒教にはなかったが朝鮮では内輪化した教義論争となり最終的には国が滅びることになる。儒学者は国民教育の重要性を理解しなかったので国力が上がらなかったからである。

しかし日本の精神的支柱は全く別の道をたどる。天皇家は自分たちの宗教を捨てなかったし、従来の宗教と仏教を区別せず「混交させる」ことにした。儒教が仏教を駆逐することもなかった。つまり全部をごちゃ混ぜにしてしまった。これは日本人が本当の精神的支柱を持っているか、そもそも必要としていなかったことを意味している。やがて天皇家を中心とした社会は崩壊するのだが、かといって天皇家が権力を簒奪されることもなかった。なんとなく取り入れた精神をなんとなく形骸化するのが日本式なのである。

もちろん、日本にもオリジナルの精神文化を作ろうという動きはあったが、江戸時代になってからである。これを国学というそうだ。戦国時代に落ち着いて日本人の精神性について議論できなかったことはわかるのだが、それ以前にも日本固有の背骨となる宗教体系を作ろうという関心はなかったことになる。

やがて、国学は復古神道につながってゆくのだが、復古神道は日本の伝統を復活させることはできなかった。神道はバラバラの神々の固有の信仰群であり統一した文字も口伝による教義すらもなかったからではないかと思われる。だから、教育勅語には儒教の徳を「なんとなく羅列した」ような徳目しか並べられなかったことになるし、これを天皇家の治世と直接的に結びつけることはできなかった。伊勢神宮の教義を持ってくることもできたのだろうが、これは国家統一の精神的支柱としては利用されてこなかったし、そもそもこれを国家の精神的な支柱にしようなどと考える人すらいなかった。

根がないものが固有性を主張すると相手を否定さざるをえなくなる。これは、もうお馴染みになった図式である。つまり、他者の否定に走るしかなくなるわけだ。復古神道の場合それは廃仏毀釈運動だった。国家は西洋との対抗上「固有の宗教」を作る必要性を感じ「神道から仏教的要素をなくす」という意味合いで廃仏毀釈運動を推進したのだが民間ではそうは受け取られず暴動に発展し数年で収まった。

だが、それでも仏教は残った。神道は死を穢れとして扱うので葬式だけは仏教で行う人が多かったためではないだろうか。その意味では靖国神社が英霊を扱うのは例外的である。靖国神社はこの「死は穢れ」という問題を「戦死した人たちの遺骨を別にする」という処理をしている。前回ご紹介した伊勢神宮からきた靖国神社の小堀宮司の「天皇は遺骨を見て回っているだけ」という発言は実は「そういう穢れたものはどうでもよい」と考える神道の伝統に則っている。しかし、国のために死んだら、面倒な葬儀は行わずに「きれいになった霊」だけがみんな一つの何かになってなんとなく靖国に集まってくるというのも考えてみればずいぶん乱暴な教義だ。

この「私をなくしてもっと大きなもの(公)」になるという概念自体は大陸的集団主義から見た公共の概念なのだが、実際の日本人は公をこうは捉えない。日本人はできあがった公からいかに村の私的な利益を引き出せるかということを考えると同時に、みんなでワイワイ騒げば個人の責任は追求されないと想定する。第二次世界大戦のようなおおごとも突き詰めて行くと最終意思決定者がいないのはそのためである。公は何かを成し遂げるための目標ではなく、責任逃れのための手段なのだ。このため英霊は「指揮官が配下の兵士の死の責任を問われない」ための装置としてのみ機能し、やがてそれゆえに非難されることになる。

最終的に日本は国家を守るための精神的支柱を作らないままで帝国建設に突き進んだので、帝国の意義を新しく獲得した領土に伝えることができなかった。現在の大相撲協会の「村社会の理屈」が外(マスコミ)に説明できないのによく似ている。国内での議論も行われず、GHQにも否定された上に、当の保守の人たちにも「なぜ負けたのか」とか「何が足りなかったのか」という議論はやらなかった。そもそも日本人にはそういったことを突き詰めて考える習慣はない。あるとしたら冒頭の「嫌われているお父さん」が個人理想の日曜日を作るために子供達の行動を制限して「週末はみんなでデパートに出かける」と決める時くらいである。そしてお父さんが考える日曜日はたいていつまらない。つまり、日本人にとって決まりごとのある集団はそもそも不自然でつまらないものなのである。

現在の国の中心教義は当時のアメリカで流行っていた民主主義でありその根本思想は天賦人権である。これはキリスト教から宗教臭さを取り除いた人工宗教だが、実によくできている。日本人は神道も仏教もキリスト教も民主主義もなんとなく取り入れて、都合のよいところを取り出して使っている。突き詰めて考えないのが自然な状態なので、別にこれでも構わないわけである。

このことから、「日本が統一された固有の宗教的世界観を提示できなかった」から日本人が劣っていると考えるべきではないと思う。統一された宗教的世界観が作られなかったのは日本が利権を中心にした小さな村社会の連合体だったからだろう。村社会は血縁制約がある家族や氏族よりは大きくなれるが、人工的な理想で利権社会を拡張するほどは大きくなれない。つまり、所有概念を外した「パブリック」も、個人や私(これはつまり私的利権のことだ)を超越した「公」も必要がなかったのだ。

日本人は他人を説得する価値体系を提示できないので村を超えて結びつくことはできない。しかし村社会は相互監視と牽制による「永遠に勝者がない」状態である。真正保守がやってきたのは他派閥を支える利権組織を壊して保守本流を弱体化させることだった。だが、それに代わる中心教義はないので破壊にばかり目がいってしまう。もともと自民党がやってきたのは憲法を形骸化させてなんとなく崩してゆくことだったのだがこれは日本人には受け入れやすかった。だから、現在の真正保守(いわゆる安倍トモの人たち)がやろうとしている天賦人権の否定は現在の廃仏毀釈運動なのである。

いわゆる保守と言われる人たちは「天賦人権」も気に入らない。だが、それの代替になる統治理念としての統一された世界観も提示できない。多くの人がそれに気がつき問題点を口々に指摘すると、彼らは結局沈黙を守るしかない。だが、自分たちに何が欠落しているかということには気づけないために、壊れたテープレコーダーのように同じ間違いを繰り返すことになる。だから、真正保守の人たちと議論をすると「特にやりたいことはないが権力を集中させたいし、とにかく憲法を変えたい」という中身のない議論に収斂してゆくしかない。その中心教義は「国家という大きなものを引き合いに出せば私物化も目立たないだろう」くらいのものである。

ところが、これを迎え撃つ側の人たちも「天賦人権」が単なる教義であるという前提が受け入れられないのでうまく防衛ができない。一億人を超える巨大国家という化け物のような共同体が運営されるためには人工的に作った背骨が必要である。そして人工的な背骨を維持するためには不断の改良と人々の信仰による支えが必要だということが飲み込めない人が多いのではないかと思う。

オリンピックはなぜ尊く、なぜ今の日本でやってはいけないのか

先日来、徳治政治について考えてきた。徳によって治められている社会が実際に存在したわけではなく過去を振り返る中で「あの頃には徳があった」と考えるのが徳治政治の実態なのではないかというようなところまでは到達した。

しかし民主主義と同じようにどこか隔靴掻痒の感が否めない。民主主義の理解がキリスト教と紐付いているように、徳治政治について理解するためには漢字の字源を調べなければならないということに気がついたのである。

今回はオリンピックについて書くのだが、オリンピックの目的は和語で説明できる。よのなかのこころをひとつにするためにことほぎのまつりをおこなうのがオリンピックの目的である。ことほぎとは言葉(こと)を出して祝う(ほぐ)ことを意味しており、祭りは大切なものを奉(たてまつる)る事を意味する。また、言葉という単語には事という重大事と葉という瑣末なものが含まれている。今回は寿ぐと言われているので「端(は)」ではなく事が重要なのである。

日本人は政治を政(まつりごと)としてきたことからわかるように、問題解決よりも世の中の心を一つにすることを重要視する。

徳治政治が重要視されるのは価値観が撹乱する中で人々が心を穏やかにできる価値観の提供が求められるからだ。これを儀礼と日々の思索・鍛錬によって実現しようとしたのが儒教なのだと理解した。一方で日本の伝統的な政治感に照らし合わせると「すっと腹に落ちる」定義ができる。みなでことほぎができる場を作るのが政治の役割である。だから、オリンピックのような祭りを司祭することは政治の本質の一つなのだ。

周国の儀礼であれ日本の祭りであれ古代ギリシャの祝祭であれ、共通するのはそのありがたみである。例えば私たちは正月に神社にお参りをした時に「日本人である」と感じる。神社で手をあわせるという行為を通じて先祖とのつながりを確認したり、家族との関係に思いを馳せたりするわけである。

しかし、そのありがたみはどこに存在するのかを改めて問われてみると「よくわからない」としか言えない。日本の場合それは特に顕著だ。建物は数年おきに建て替えられており、場合によっては場所さえ移動する。そして中を覗いてみてもそこには鏡が置いてあるという具合である。オリンピックも祭りの場は4年に一度遷座し、そのありがたみの象徴は触れる事ができない(形がなく熱くて触れない)炎である。しかも炎そのものは太陽の光の熱にすぎず、いろいろな燃料で燃やされているだけである。それがありがたみを帯びるのは時間をかけて皆の前を通過してゆくからだ。

ここで空と虚の概念が生きてくる。大げさでよくわからないと感じる人も多かっただろうが、空は何もないことで満たされている状態を意味する。ところがこのありがたみが崩壊させられる事がある。誰も手を入れなくなり打ち捨てられた神社や、宮司の一家が争っておりありがたみを失った神社がそれである。打ち捨てられた神社に手を合わせても物質的なものは何一つ変わっていないのに「かつてあった」ありがたみが失われている。このかつてあったものが失われたあの感じが虚である。

オリンピックも同じである。人々が心を一つにして準備をすればそれはありがたみをうむが、人々が争って準備をすればそれは呪いの場になってしまうのだ。

形を取り繕うことで虚を再び空で満たす事はできない。なぜならばそもそも空は物質的には存在しないからである。これまで繰り返し述べてきたネトウヨと称される新しい保守の虚しさはそこにある。道徳を押し付けて人々を従わせようとしているが、形を押し付けても人々の心は一つにならない。そこで躍起になって嘘をついたり歴史を捏造したりすることになるのが現在の保守を僭称する人たちの姿なのだが、それは彼らが「ありがたみ」を肌身を通して理解していないからであると言える。

ギリシャ悲劇の上演は政治から切り離されてエンターティンメントに発展するが、スポーツはいったん失われた伝統が再現されて結果的に政治に利用されるという道を歩んだ。近代オリンピックは古代ギリシャのオリンピアの精神を現代に蘇らせるものとして開始されたが必ずしも当初の意図どおりにはならなかった。1896年に最初のオリンピックが開催されるが、もともとは個人参加のアマチュアの大会だったそうだ。しかし万博の付属行事のようになってしまい、その脱却のために第四回のロンドンから各国代表制度が取り入れられたそうだ。人々の心を一つにするという目標はあったがナショナリズムを利用する事なしに普及する事はできなかったという事になる。そしてそれはコマーシャリズムを加えて拡大され現在に至る。

国というまとまりを通じて世界の人たちが集まり「世の中が安らぐように」という言葉を述べるのがオリンピックという祭りのもともとの意味合いである。人々が体を使って自分の限界に挑戦することを通じて「心の中にある天に向かって伸びたいという気持ち」を確認し合い、それを良きものとして祝うのだ。オリンピックを開催するためにはその国の状況が安定していなければならない。腹が満たせておらず心に余裕がない国はそもそもオリンピックが開けない。

ところが今回のオリンピックはどうも違っているようである。第一に人々にオリンピックを希求するような動きがない。長い停滞の中にいる人々は社会を通じて自分たちの可能性を追求できるなどということは信じていないのであろうし、そんな遊びをするくらいならまず自分たちの方に振り向いてくれと言っている。

もう成長する機会はやってこないのだから長い冬に備えて自分たちだけは蓄えなければという動きが見え隠れする点も気になる。収益は独り占めされ、テレビ放映権をもっと得たいから社会を犠牲にしてサマータイムを導入したいといい、古くからあった私たちの心と腹を支えてきた市場を壊し、さらに無償の労働を提供しろというような私物化の動きが加速しておりとどまるところを知らない。

さらに深刻なのは当事者たちの問題だ。スポーツ選手は「自分たちは天に向かってすくすくと伸びてゆきたい」と願っているが、既得権に閉じこもる「協会側」の人たちはそれを許さない。そこで「暴力はいけない」という突破口が見つかったので、告げ口が横行する。だがいつしか選手たちの希望は横に置かれてしまう。大人たちがお互いに指をさしあって「権力闘争だ」とか「昔から気に入らなかったのだ」とお互いを呪い合うのである。中には選手を呪って「今のままではオリンピックにいけない」とか「あの人はそもそも選手なのか」などという言葉がテレビを通じて呪いの言葉として国中に響く。これが一つの協会だけでなくいろいろなところで起きているのが今のスポーツ界だ。実際に何が起こったのかはよくわからないが、とても「心を一つにできる」ような状態ではなさそうである。

人々が「逃げろ」とか「冬に備えろ」などと思い合っており、そのためには面倒なものは切り捨てて、相手から奪ってでも生き残ろうとしているのがよくわかる。多分政治の世界でも同じような状況が起こっており、このこころもちが口に虚と書いて「嘘の首相」を生み出している。

オリンピックは人々の穏やかな世の中ですくすくと天に向かって伸びてゆきたいという気持ちを社会に響かせるための装置になる可能性がある。ところが実際には人々の相手から奪ってでも逃げなければという気持ちを拡大する呪いの場になっている。今心を入れ替えて「ことほぎの場になるぞ」という強い決意がなければ、打ち捨てられて行く「レガシー」と化した競技場の廃墟感を伴って日本人に苦い記憶を植え付けてしまうかもしれない。

たとえ金メダルをたくさん取れたとしてもそんなものは一週間程度消費されて終わりになるだけである。人々が心を一つにして何かを祝う気持ちがないのであれば、オリンピックは返上すべきではないだろうか。

安倍首相はなぜ<嘘つき>なのか

徳知政治について考えている。もともとのきっかけは「安倍首相は徳のない嘘つきの政治家なのか」という疑問から始まった。この質問には需要があるようだ。と「安倍首相や小池百合子東京都知事は嘘つきやサイコパスである」というタイトルを立てると「読み込まれる時間」が全く異なっていることがわかるからである。全体的に安倍政治が容認されている一方で「これには我慢できない」と感じている人が増えているのだろう。

だが、今回実際に調べるのは「論語」である。小倉紀蔵という京大の先生の書いた「新しい論語」というテキストを使うので、興味のある人はぜひお読みいただきたい。この本を読んで論語は考えているよりも面白いテキストだったのかもしれないということだった。人権について知りたい人はキリスト教の哲学を一通りおさらいしておくべきだと思うが、保守政治を語る人は論語を読むべきだと思うし、知らないともったいないとさえ思った。ただしこれは論語が面白いというより小倉さんの論語解釈が面白いのかもしれない。

もともとは論語を中身を原典を読まずに手っ取り早く理解するという目的で手に取ったので最初はがっかりした。小倉先生が「これまでなかった論語の解釈をするぞ」という意気込みで書かれており、興奮気味に「これまで誰もこんな解釈をしたことがない」と書いているからである。

変な印象をつけたくないのであまり多くは言及すべきではないのだが、論語の「儀礼」の精神はむしろロックフェスや古代ギリシャの演劇祭に近いもののように思える。「動作」そのものよりもその中で生まれる一体感のような「感覚」が重要なのだというのである。

小倉先生は第三の生命という言葉を使っている。肉体的な生命を第一の生命としているのはわかるのだが、宗教的に拡張された生命を第二の生命としており、それを越える(あるいはそれとは違った)という意味で第三の生命という言葉になっているのだが、個人的には宗教であるキリスト教の世界観にそれほど違和感はないので「第三の」はしっくりこなかった。つまり、宗教的な体験とそれほど違いはないように思える。

キリスト教は教会の活動がすべてだとして聖書を一人歩きさせることを許さなかったのだが、孔子の主張はテキストが一人歩きして様々に解釈されるようになる。そこで「先生や国のいうことを聞いて死んでゆきなさい」というような道徳が生まれることになった。現在のいわゆる保守の人たちのいう「日本の国柄」というのは集団のために犠牲になれというメッセージと、その国柄は保守の人たちだけが知っているのでとにかく自分に仕えなさいというメッセージが組み合わされたものだが、もちろん孔子のもともとの主張にはこのような意図はなかったのではないかと思われる。ただし、そう曲解されても仕方がないようなテキストは残されている。

まず基本的なところを押さえておく。前回までのエントリーでは徳と仁の違いがよくわかっていなかったのだが、徳の中に仁・義・礼・智・信という五つがあるそうだ。孝悌はこの四つの徳目には入っていない。この構成も旧約聖書に昔の価値観が入っていることを考えると理解しやすい。例えば同性愛は旧約聖書では忌避されるべきものだと考えられているのだが、更新された現在の教会ではずいぶん許容されている。当時の社会常識としては当たり前だったものが、もともとの精神を殺してしまうこともあるのではないかと思う。

小倉さんの説によると、孔子が徳と考えた仁は人と人との間に立ち現れる「何か」なのだという。孔子のいた魯国は周の儀礼をよく保存していた地域なので各種の儀礼を通じて先祖や社会との間に一体感を感じていたのだろうというのである。経験的に感じられるものであり明確に定義はできないので、弟子があれこれ「仁」の定義を探ろうとするが孔子は周囲に明確な答えを与えなかった。

キリスト教ではこの徳目を「愛」と呼んでいるが、中国語での愛は個人的な感情であって、公共や社会とつながる「仁」の方が高尚だと考えていた。仁は言葉の成り立ち上、人と人との間にあらわれる「何か」を意味している。人間の中にあるものとされ、果物の核のことも仁と言ったりする。

この定義のないものを追い求めるのが儒教の基本的な実践である。一生を通じて「人の徳とはなにか」ということを学ぶのである。

学したことを時々習う。これは説(たの)しい。友達が遠くからやってくる。これも楽しい。人が知らなくても慍(いきどお)らない。これが「学ぶ」ことである。

「学」は調べたり情報を集めたりすることを意味するようで、習とは実際に練習してみることを意味するようだ。また、思いついても学しなければ危ういし、学しても思わなければ何もわからないと言われているので、単に「こうかなああかな」と思っていてもあまり意味はないということになっている。つまり、思いついたことを調べ、時々練習するということを繰り返して、徳の核心に近づいて行くのが儒教の学習なのである。

この本には出てこないのだが「智」という別の徳目も「口から出てくる矢が曰れる」ことを意味するようで「ズバリ本質をついた発言をする」という意味のようだ。つまり智はたくさんのことを知っているということではないようである。中国人が学んで実践することについてかなり細かい区分けをしていたことがわかる。

この本によると君子にはいくつかの意味合いがあるとしている。一つは学習を通じて「徳」について考える人たちである。儀礼の実践もこの学習の中に含まれるのであろう。もう一つは巧言令色な人たちである。これは当時の事情がわからないと理解できないと、小倉は主張する。

孔子はもともと山東省魯国の郷党社会の一員だった。母親は巫女だったそうである。民間習俗とされる地方の礼には詳しかったが、周の儀礼をよく保存する魯国の朝廷儀礼には詳しくなかった。しかし自ら学問に勤しみ「礼の専門家」であるとして朝廷に出入りするようになる。そこで様々なことを一から聞き直して礼を知識化してゆく。最終的には3000人ほどの教団になり周国の礼を保存してゆくようになった。周は都市の氏族社会の連合体だったのだが、やがて争うようになり、最終的には統一国家としての秦に取って代わられた。

つまり、立派な人を意味する君子には三つの意味があることになる。旧秩序の中で地域の王となれる資格を持った元々の意味の君子がいる。孔子はこの君子ではない。また、競争社会になり見た目がよく言葉が巧みな(今の言い方をするとコミュ力の高い)君子が現れていた。しかし、孔子はこうした人たちには「仁は鮮(すく)ない」として、儀礼の意味を考えながら実践してゆく君子像を作ろうとしたのである。

孔子がどう「仁」を定義付けたのかということを離れると、社会が生き生きとするためには政治家や統治者と庶民の間に「生き生きとした一体感」が必要であるとおくことはできる。すると、安倍首相は日本のトップリーダーなので「君子」的であることが望ましいということになる。優れたリーダーのために「頑張ろう」と思える時に社会に一体感が生まれるからである。ただ、もう一つおかなければならないのは「グローバル化」との関係である。グローバル化した社会で必要とされるリーダー像はまたこれとは異なっている。

周という中心国家は弱体化しており氏族社会が崩壊に向かっていた。もともと周の権威の元に地方の貴族的な有資格者がいてそれを「君子(立派な人)」と呼んでいたらしいが、混乱した実力社会に入りつつあったので「容姿がよく言葉が巧みな人」が取り立てられる傾向があった。これが「巧言令色」である。巧言令色な人には仁が鮮(すく)ない(鮮には鮮やかという意味と稀であるという意味があり、それがどう関係しているのかはよくわかっていないようである)と言っている。しかし、結局勝ったのはグローバリストだった。「秦国」という国家ができ、都市国家の集合だった周の社会はなくなってしまったからだ。

この状況が今の日本に似ているからこそ「論語は面白い」と言えるし、魯国の状態を今の日本に重ね合わせて小倉さんの論語解釈があると言える。

例えば運動会の時に苦労して一つの行事を成し遂げる。時には徹夜もして一生懸命に頑張った。多少の失敗もあったがみんなの間に笑顔が浮かんでいる。この感覚はいずれ消えてしまうだろうが連体感として一生残るであろう。「人と人との間に立ち現れる」ものというのは容易に想像ができる。これを政治に展開すると「一体感がある政治」という理想像が見えてくる。

だが、「みんなの運動会」であるはずの東京オリンピックにはこのような連体感はない。全ての行動が搾取と疑われて、イベントを私物化しているのではないかという疑いを持たれている。この冷めた感覚は「オリンピックを私物化」したい人がたくさんいるから生まれるのかもしれないのだが、そもそも「イベントを通じて一体感を味わおう」という感覚が古臭いのかもしれない。

この辺りがはっきりしないので「自民党的」な人が政治やイベントに触れるとそれはことごとく生き生きとした感じを失ってしまう。少なくとも(小倉さんが主張する)孔子的な仁とは異なっている。安倍首相は真剣な議論には正面から答えず、ご飯論法で議論を歪め、黙って官僚の書いた文字を抑揚のない調子で読んでいる。これは「生き生きとした政治」に恨みがある人が、政治から生き生きとしたものを殺している姿である。安倍首相は仁という徳目を殺すことを毎日実践しているのだ。

だが「仁ある政治」を復活させるべきかどうかはよく考えて合意する必要がある。本当に政治や社会に一体化した「あの感じ」は必要なのだろうかということである。

仁とはいきいきとしたものなので、言葉がうまく理路整然と周りを納得させられる巧言令色な人たちの間にはあまり見られない。つまり孔子は古くからあった伝統的な儀礼などのなかに定義ができない「仁」という生き生きとしたものがあると考えたのだろうというのが小倉の説である。つまり巧言令色とは合理性だと言える。周の後継国家になった秦国は、行政単位を整え、法令や度量衡制度を統一した。こうして世界を合理的に統一しようとした。儀礼を通じて何かが立ち現れるのを待つのではなく、合理性で世界を理解しようとしたことになる。ただ、人間は完全に合理的な世界には耐えられない。必ず言葉で割り切れないものが残るからだ。小倉さんの本には書かれていないが、儒教が生き残ったのはこうした事情があったからかもなのしれない。

これまで安倍首相は「空である」という論を展開してきたつもりなのだが、仏教的には「空」は最終解脱地点なのでこの定義はふさわしくなさそうだ。東洋にはゼロを表す言葉が二つある。一つは空でありもう一つは虚である。虚はもともとあった場所に何もなくなってしまったことを意味するそうだ。廃墟などという使われ方をする。安倍首相は折に触れていろいろなことをいう。しかしその言葉は「かつては意味を持っていたのだろう」が「今は虚しい」ものが多い。

官僚の書いた文章に感情が乗らないのもその中身に興味がないからだろう。目の前の問題や相手の苦境には一切関心がなく、未来への危機意識もない。やりたいことを問われると憲法改正と答える。しかし、憲法改正をして何をやりたいのかがさっぱりわからない。「戦後レジームからの脱却」とか「中国の脅威」とか「おじいさんに言われた」などと言っているが、何が本心なのかもさっぱりわからない。

「嘘」は口からでた虚を意味する。文法的には意味があり、かつては実を伴っていたかもしれないが、今は誰の心も動かさないということになる。安倍首相は嘘の政治家だという本当の意味は、この人の言っていることに実がないからであり、それが「社会を信じているすべての人」を苛立たせるのである。そして安倍首相の嘘を信じる人たちは「社会や公共」という私を越えたものを重んじず、すべては私物化の対象であると確信しているからこそ、安倍首相を指示できるのだろう。

孔子の目指したものが人々の間に時折立ち現れる生き生きとした何かであったかどうかは一冊の本を読んだだけでは確認のしようもないわけだが、少なくとも安倍首相という現象は「生き生きとしたもの」をかたっぱしから殺してゆくという意味で君子の対極にあるということが言える。そして、そうした人こそリーダーとしてふさわしいと言っている自民党はすでに終わっており、そういう終わった党にしか国家をまとめられないほど、我々の社会は行き詰っているということになる。

安倍首相のような虚の政治家が跋扈するのは、我々が村落社会に住んでいてある程度の一体感を感じていた社会を抜けて、巧言令色が支配する社会に移行する途中だからなのかもしれない。つまりどうしていいかわからなくなってしまっているのかもしれない。ただ、合理性が支配する社会ができたとしても「割り切れないもの」は残るので徳治の重要性は変わらないものと思われる。

日本人は何からどのように逃げてきたのか

偽の保守思想についての考察から始まって、日本型のリーダーシップについて考えた。その上で、日本には東洋流の徳治政治も根付かなかったし、かといって人権思想も根付かなかったと結論付けた。日本人は自分を大きく見せるために思想を利用することはあるが、それを信じているわけでも理解しているわけでもない。Twitter上でもそういう人を見かけるが、国レベルでも「日本人は権利を主張せず先生と自民党のいうことだけ聞いて生きて行きなさい」というまがいものの道徳教育が実践されようとしている。

そもそも「なぜ中国では徳治政治が行われたのだろうか」と考えた。念のために東洋哲学入門の本を探してみたが、そんな本は見つからない。図書館にあった小倉紀蔵の「入門朱子学と陽明学」という本を読んでその理由がわかった。儒教は孔子が言ったことやその討論などが記録として残っているが「正解」は書いていないそうである。彼らは古来からずっと宇宙の真理について議論を続けているであり、それが愉しいのだそうである。

小倉先生の専門は朝鮮思想史・哲学史だそうだ。もともと孔子のいた国は政治的にはメインストリームではなかった。またのちに中国は異民族の侵入を許してしまった。そこで「本来ならばこういう政治が行われるべきなのに」というような気分が高まったというようなことが書いてある。小倉先生によればそもそも儒教は政治哲学ではなく「宇宙の原理」について考える学問なので、政治だけを抜き出すのは間違っているのだろうが、儒教は実践的な政治哲学ではなく「徳による政治が行われるべきだ」という思想の温床になっていたという理解ができるのかもしれない。

キリスト教と違って儒教には男系血族中心の集団が秩序を保つべきだという男性優先主義がある上に、宇宙の秩序について考えそれを実践することが高尚とされた。五行思想という科学的観測に基づかない宇宙論もそのまま残った。これらが基本的な道具箱を形成しており、それをもとにして現実について考えるというような体系になったようである。確かに内側で学問に親しんでいる分には奥が深く楽しそうではある。

一方、実務的には国土が広く教育が完全に行き渡らないのだから単純な統治理念を庶民に押し付けることが必要だったことはわかる。だから「長幼秩序」のような単純なルールを抜き出して上から抑えつける必要があったからだろう。政治的には高尚な理念ではなく長幼秩序と不安に対抗する未来予測ツールとしての易の理論などが政治に取り入れられてゆく。こうした秩序がなんらかの理由で失われると「社会秩序」が破壊されて、結果的に徳が失われたから革命が起こったのだと説明されたのではないかと考えられるのだが、中国で徳治政治が行われていたかどうかはよくわからない。

朝鮮半島の村では労働しない男性が支配する儒教的な世界とシャーマニズムが残る女性的な世界が連続して広がっていたそうである。朝鮮は自らの運命を自決できなかったので学術論争が政治の中心課題になり次第に問題解決能力が失われていったものと考えられる。徳による政治は朝鮮半島では実践されていたのだろうが、それはむしろ問題解決を伴わない儀礼的なものだったのかもしれない。

いずれにせよ中国と朝鮮半島は北部から敵が攻めてくるという地理的な構造があった。このため「先祖を同じくする」氏族集団が固まって身の安全を図る必要があったのだろう。「徳」とか「仁」などといってみてもそもそも言葉が通じないのではお話にならないからである。しかし、そpれがいつも起こっているわけではなくので、権力構造は固定されることが多かった。

最終的に味方として頼れるのは序列がはっきりしている同じ血でつながった人たちだけなのだから、常日頃から先祖祭祀を行って誰が見方なのかということを確認しあわなければならない。韓国には未だに氏族制度があり、中国人も家族を様々な国に送り込んで「リスクヘッジをする」のが基本になっており、移民先でも出身地ごとにコミュニティができているという。これはいつか来るかもしれない混乱に備えた行動である。

中国は同じような言語を話すまとまった人口がありったので、固定的な氏族的なネットワークを作ればよかったのだが、ヨーロッパはそれもできなかった。言語がバラバラな人たちが集まっており誰もヘゲモニーが握れないという世界である。バラバラな主張を始めるとたちまち混乱が起こる。そこでヨーロッパは外来の宗教であったキリスト教を入れて「理想によってお互いが結びつく」という形態を作り出して氏族を排除した。神のもとに平等というのは要するに先祖が違っていても同じ人間だという意味である。

ヨーロッパは現実に引き戻されると生き残りをかけた争いが始まってしまい誰かが決定的に世界を支配することができない。人権について観察した時に不思議に思ったのは、なぜヨーロッパ人は絶対に実現しない理想を追い求め、それを他者に押し付けるのかということだった。植民地の解放が経済的に必要だったこともわかるし、民族自決という考え方があったこともわかる。だが、それを先住民族やマイノリティにまで割りあてる「新しい考え方」を持ち出してきたのかという理由がよくわからなかった。

日本人がいつもがっかりさせられるのはそこである。一生懸命に西洋の価値体系を真似して褒めてもらおうと曖昧な微笑みで西洋に近づくと「今度はこれをやりなさい」と言われる。そしてまたそれを実践すると次の課題が与えられるという具合であり、一向に「よくやったね」とか「えらいね」とか褒めてもらえない。しかし、ルールをずらしつづけることにこそ意味があるのかもしれないと考えると納得できる。それがヨーロッパが戦乱を防ぐ方法だからである。

同じようなことが資本主義についても言える。資本主義の理想もどんどん高くなってゆくわけだが「もうここで十分だ」となると資本が蓄積された企業に溜まってしまう。そうなると経済が止まり今の日本のような停滞状態が生まれる。日本人としては戦後に「早く西洋世界にキャッチアップしたい」と考えてきた。しかしいつまでたってもゴールが見えない。これに不安を覚えるのも日本人が「定住」を最終的なゴールにしているからなのだろう。しかし、もともとヨーロッパには安定という概念はないのかもしれない。ヨーロッパでは変化は起こらなければならないが、日本では変化はいつかは終わらなければならないのだ。

日本列島に止まっている限り言葉が通じない人たちに突然攻められることはないし、メンバーが固定されているので隣の人たちが何を考えているのかもなんとなくわかっている。平地さえ確保すれば米は取れるので整然と真面目に稲を植えて水漏れを防いだり雑草を抜いたりしていれば良い。一方で平地から出て行ってもどこにも逃げ場はないので出て行った人たちは放置するし、山に行っても暮らせないのにとお互いに納得し合う。湿気が多く病気は怖いので清潔にだけは気をつけなければならない。

日本人は理想が踏みにじられるという経験をしたことがないので、自分たちの価値体系を突き詰めて精緻化する必要もなかったし血族集団で固まって過ごす必要もなかった。儒教も仏教も民主主義も形式的には取り入れたが、それほど真面目に追求する必要はほとんどなかったはずである。自分たちの居住地を決めてお互いに干渉し合わないようにしていればよかったのである。

大陸型の人たちは普段はバラバラでもよいが、いざ何かあった時にまとまって対処する必要がある。そのために普段から「誰が味方になるか」ということと「誰がリーダーになるか」ということを確認しておく必要がある。日本人は逆で普段は「調和がとれている」ように見せておくことで社会の秩序を保っている。だが、実際にはお互いに必要以上には干渉しない。日本人の調和は「うわべだけ」のことなのだが、それでも構わなかったし、そうあるべきだったのだ。

では日本は外敵のない暮らしやすい土地だったのか。日本人にとって重要なことは二つある。一つは整然と水田を整備することであり、高温多湿な状態でも衛生状態を悪くしないために清潔を保つことである。つまり平時の調和はたんなる理想論ではなく実践的な哲学だったことになる。

日本人にとって最も大きな問題は水害だった。水害を作り出すのは津波と洪水である。水田に依存する日本人は水害から逃れることはできない。ナイル川とか、揚子江・長江の水害は季節的で予測可能なものだが、大きな川のない日本の川は雨水を一気に流すので水害を予測することはできない。昔もできなかったし、今でも時々大規模な水害が起こる。

水害が起きたら同じ方向にみんなで逃げてはいけない。全部が滅びてしまう可能性があるからだ。何か災害が起きた時日本人はバラバラに逃げる。これは中国や韓国とは全く逆である。普段は調和しているが災害の時にはバラバラに逃げる。中国や韓国では敵は絶対にいなくならないが、日本の場合台風が過ぎてしまえば災害は終わる。すると今度はみんなで秩序だって誰に命令されるでもなく復興を始めなければならない。同じ土地でずっと暮らしてゆくのだから復興時に略奪は起こらない。

そう考えると現代の保守の人たちが何をしているかがわかる。彼らは嘘をついて「天賦人権など必要がないというのが日本の伝統的な考え方だった」などと言っているのだが、実際には災害から「自分たちだけで逃げよう」としているのだろう。つまり正確にいえば嘘ではなくパニック時のデタラメということになる。

日本は失われた20年を経験していると言われる。これは日本人から見ると「台風で逃げているだけ」なのにその嵐がいつまでも収まらないことを意味する。緊急時にまとまって行動する行動様式を持たない日本人は強いリーダーを作らずバラバラに逃げる。問題は嵐がいつまでたっても収まらないということである。

問題はこれが一時的な混乱なのか、それとも混乱に見えるものがずっと続くのかという点にあることがわかる。さらにヨーロッパ人が理想を常に前進させて安定を防いでいると考えると、そもそもこれが混乱なのかということも検討しなければならない。ある意味日本人は大陸から逃れてきて以降初めての「大陸体験」をしているのかもしれない。

安倍首相はなぜ空洞の国で独裁者と呼ばれるのか

Twitterで安倍首相は独裁者だというタグを見つけた。これを見てちょっとした違和感を覚えた。日本は基本的に強いリーダーシップを好まず、安倍首相にも強いリーダーシップは感じられないからである。

安倍首相が独裁者と呼ばれる理由を考えると、背景にある現在の日本のマインドセットがわかる。ここで「日本人」のと書かなかったのは、このマインドセットが変化するからである。どのように変化するのかということを観察すると「ここから抜け出すにはどうしたらいいか」や「それが適切な戦略なのか」が見えてくる。これまで民主主義と東洋思想という観点から国の統治について考えてきたのだが、いったん答えが見えるとこうした思想体系についての分析はあまり意味を持たなくなる。

実際に日本人は原理原則にはあまりこだわりがない。このブログの閲覧履歴を見ると、ニュースのディテールをまとめた記事は熱心に読まれるが、東洋的な長幼の序について書かれた記事はあまり読み込まれなかった。日本人は、周りがどう行動しているかは気にするが、原理原則にはあまり関心を持たないのである。どう逃げるかが重要であり誰と逃げるかは重要ではない社会なのだ。

これはこれまでの観察とも合致する。日本には個人の良心に基づく民主主義も、中国の哲学をもとにした保守政治も存在しない。東洋的な保守政治は強いリーダーが徳を持って政治をするのが伝統なのだが、そもそも日本には強いリーダーシップはない上に、いわゆる保守という人たちも「天賦人権はおかしい」というばかりでそれに代わるリーダーシップを提示しないことからそれがよくわかる。保守を名乗る人はそう言っておけばこの状況から自分だけは逃げ切れると考えているにすぎない。

実際に日本が1000年の歴史をもっていようが、100年の歴史をもっていようが、自称保守の人たちにとってはどうでもよいことなのである。だから彼らは科学的根拠の全くない神話を持ち出して「日本には長い歴史があるのだから個人には意味がない」というばかりである。彼らはどうやったら自分だけが逃げ切れるかということを熱心に考えているにすぎない。

この状態で東洋思想や西洋哲学について調べてみてもあまり意味はない。実際にやってみると「自分は博識である」と披瀝したい人が熱心に「自分が知っていること」を語りだす人が少なからず出てくる。これも彼らの世界観を投影して他人に押し付けていてマウンティングしようとしているだけで、実際には哲学や思想について語っているわけではない。「価値観が共有されない」ことに苛立ちを覚える人はおらず、自分だけが知っていると語りたがることから、問題解決ではなくマウンティングが主目的であるということがわかる。

今回の北海道の地震と台風21号の事後処理で、安倍首相が力強いリーダーシップを発揮して復旧に全力を尽くすように見える絵作りが行われている。しかし、安倍首相が最も関心を寄せているのは総裁選挙である。安倍首相は細かいことには興味がないが地位には強いこだわりを持っている。やりたいことはないがなりたいものはあるという人である。

これを見た一部の人たちは、NHKを独裁国家の国営放送のようだと非難しているのだが、やりたいことがないのに独裁者になれるはずはない。だから独裁者というのは周囲が作り出した幻想にすぎないのだ。中にはなりたいものがあるのだからやりたいこともあるのだろうと思う人もいるかもしれないが、もしやりたいことがあればもう実現しているはずである。

安倍首相の像が作られたものであるということは役割分担を見てもわかる。例えば関西空港が止まったことに対して謝るのは関西空港の人たちだが再開を発表したのは安倍首相である。つまり成果を安倍首相に集めることで「力強いリーダーシップ」を偽装しているのだ。産経新聞社は高らかに「安倍首相が死者は16名である」と語ったと報道しているのだが、実際には間違いだった。しかしこれを謝罪するのは菅官房長官である。「ぼーっと生きている」普通の日本人は安倍首相に任せておけば日本は大丈夫だと考え、それがごまかしである(実際に嘘のつきかたはかなりあけすけだ)と考えている人には嘘つきの独裁者に見えるのだ。

安倍首相の嘘は大勢の人たちに支えられており、それ自体が嘘である。何もやりたいことのない嘘つきを中心に据えることで、自分たちは責任を追求されなくて済むと考える人が多いのだろう。逆に周りの人たちは「議論」が起きて抜本的な解決策を模索されると困る。議論をすると課題に向き合わなければならなくなるからだ。この点、石破茂は危険である。内閣を中心に会議体を作って経済政策を行おうとしているのだという。ロイターから引用する。

経済戦争や金融市場の不安定化に対応するため日本版NEC(国家経済会議)を創設するとした。地方創生のため、「創生推進機構」を設立し、官庁や企業の地方への人材移転を掲げた。専任大臣を置く形での防災省の設置も盛り込んだ。

乱立している会議体を整理すると公言しているのだが、会議体が乱立しているのは関係者たちを満足させて責任の所在を曖昧にすることが目的である。問題解決ではなく利権の確保が問題なのだから「余計なことはしないでくれ」と思うのも当たり前なのではないだろうか。

特に小池百合子の乱を経験した東京出身の自民党関係者は石破の「危険性」をよく知っているはずだ。東京自民党は小池百合子に既得権益層であると名指しされて壊滅させられたという苦い経験をしている。そして、こうした「名指し」が単なるパフォーマンスであり問題を解決しないこともわかっている。

小池百合子はよそ者で女性というアウトサイダーであるがゆえに、既得権を攻撃して世論を味方につけるしかなかった。一方で、東京都民は彼女が「総裁選にも出た保守本流の政治家」に見えたのだろう。よそ者が権力を握るためにはインサイダーであり破壊者というイメージを持たれるしかないのだが、これは以外と狭い道である。小池はそれをやってのけたという意味では稀有な戦略家だった。

だが、これは彼女が得意とするイメージにすぎず、実際には自民党が持っているはずの政策ブレーンなどは利用できなかった。「小池党(たしか名前があったはずだが忘れてしまった)」が増えても政治経験がなく、ブレーンも怪しい人のようだ。つまり、彼らが実際に会議体などを作ってしまうと、利権が攻撃されて「めちゃくちゃ」になってしまう上に、新しくできた会議体も結局は何もできない。これで大きくこけたのが民主党政権である。素人が政治に手を出した上に未曾有の災害も起きてしまったので収拾がつかなくなり改革は3年で頓挫した。民主党政権はイメージから実務の党になろうとして破綻したが、小池都政は「政治は所詮イメージ」という徹底した思想に貫かれており未だに破綻していない。破綻が起こるのは実際に何かをしてしまった時である。オリンピックの期限が迫り、豊洲市場が運用を開始すれば問題が噴出するはずなので、そこで彼女の4年間が何だったかがわかるだろう。

逆に安倍首相は「やりたいことがない」からこそ、利権集団のまとめ役として「利用しがいがある」ということになるだろう。安倍首相には日本を統治する意欲はないので「憲法というおもちゃ」を与えて、強いリーダーであるというイメージに酔わせておけばよい。適当にやり過ごして3年が過ぎれは、その時のことはその時考えればよいということになる。もっとも利権集団が憲法を「おもちゃ」と考えているのは、書かれているものはいかようにでも解釈すればよいから実質的な意味はない考えているからだ。これが本当にそうなのかは誰にもわからないが、少なくとも平和憲法はそのように運用されてきた。

いずれにせよ、日本には細かな利権集団がたくさんあり「力強いリーダー」を祭り上げることによって外から干渉されることを防いでいる。これが日本が和を強調する国に見える基本的な原理だ。そして本当に強いリーダーシップが登場すれば、協力しない(あるいは表面的に協力する)ことで干しあげて潰してしまうのである。

だから安倍首相が周りの協力で強いリーダーに見えるとしたら、それはすなわち安倍首相がリーダーにはとてもなれないということが共通認識としてあるということを意味する。石破茂の人当たりがよいのはあまり人望がない(ゆえに周りに取り込まれていない)人が権力を奪取するために人当たりをよく見せているということを意味する。石破はその意味ではリーダーだが、多分類型としては「小池型」のリーダーだということが言えるのではないだろうか。

高齢者に席を譲らなければならないのはなぜか

QUORAに「高齢者に席を譲らなければならないのはなぜか」という質問が掲載されていた。たいていの人はお年寄りは弱者なので席を譲らなければならないと書いていた。なんとなく当たり前に感じられるかもしれないのだが、実は違うのではないかと思った。

先日来保守思想について書いている。東洋の思想体系で高齢者を敬わなければならないのは長幼の序が社会秩序の基礎になっており、上司に忠義をつくして親には孝行しなければならないからである。目上を尊重するというイデオロギーを徹底させて社会の安定を図るのが東洋的な統治システムの根幹なのである。東洋で高齢者に席を譲らなければらないのは、高齢者が弱いからではなく敬われるべき存在だからだということになる。だから本来は優先席でなくても高齢者や先輩に席を譲るべきなのだということになるだろう。

よく考えてみると西洋の電車に優先席があるのは全員参加型の社会を目指しているからである。主に障害を持った人が利用することが前提になっているようなのだが、「個人がそれぞれにあったやり方で社会貢献ができる」ような社会の実現が優先席設置の目的であり、かわいそうな障害者に憐れみと施しをするために席が作られているわけではない。日本型の優先席の議論からは「普通ではないかわいそうな人に施してやる」という日本的な考え方が、誰かが教えたわけでもないのに社会に浸透していることがわかる。

ただ改めて調べてみて(とはいえ原典に当たるのも面倒なのでWikipediaを見ただけなのだが)意外なことも分かった。忠孝という概念とは別に孝悌という概念がある。孝行は親にたいして行うべきものであり年長者一般を敬うことをといって区別するらしい。基本になっているのはあくまでも忠孝である。どちらも固定的な社会集団に対する序列を前提としており、社会という広い概念はあまり考慮に入れられていない。西洋のダイナミックな社会とはまた違った集団についての概念があることがわかる。

Wikipediaの関連項目を見ていて、この忠孝・孝悌という考え方は現在の日本ではかなり否定的に扱われているようだと思った。年長者に尽くす義務はあるのだが、年長者には何の義務もない片務的なものとして扱われおり、搾取という印象が強いようである。考えてみると老人は既得権益にしがみつき権利ばかりを主張している。電車の例えでいうと、高齢者は尊重されなければならないと威張り散らして2/3を優先席にして若者を排除した上で威張って座っているようなものだ。床では子供達が「疲れたよ」と泣き叫んでいても「自己責任だ」と切断したり「うるさいから黙らせろ」と恫喝するようなことがまかり通っているということになる。このような状態で高齢者に席を譲れなどいっても炎上するのがオチだろう。

年功序列を前提にすると「公平」という概念を使えないので別の原理で説明するしかないのだが、子供達が泣き叫ぶ電車が正常な状態であるとは思えない。

東洋哲学位は「仁」や「徳」という考え方がある。特に政治には徳がなければならないとされている。徳は自発的に持つもので誰かから強制されるものではなく、したがって徳がなかったとしても罰則はない。ただし君主が徳を失うと天命が改まって革命が起こるというような考え方はある。誰からも管理されないということは保護も得られないということなので滅ぼされても文句は言えないのである。

いずれにせよ子供達が疲れてぐずっていれば「席を譲ってあげなさい」と年長者が「指導する」というのが東洋的な社会のあり方なのだということになる。そのためには年長者には徳のある謙虚な振る舞いが求められる。

韓国のバラエティ番組をみると長幼の序はかなり厳格に守られている。弟や妹は年長者のいうことをよく聞き尊敬もしている。これは視聴者がそのような価値観を肯定しているからなのだろう。だが、年長者もただ威張っているだけではダメで兄弟を代表して交渉を行ったり、心配りをして弟・妹たちが困らないようにしてやるといった配慮が必要であるばかりではなく、優れた技量を持って尊敬されなければならないといったような一定のプレッシャーがあるようだ。つまり、忠孝も孝悌もは片務的な概念ではないのである。

もちろん、財閥の娘や息子たちが従業員にパワハラを繰り返して最終的に訴えられるというようなニュースも聞かれるので、やはり忠孝に仁徳で応えなければという理想論がかならずしも守られているわけではないということはわかる。だがやはり理想とされるのはお互いに尊敬されるという徳のある社会である。

だがこの「徳」が何を示しているのかがよくわからない。東洋哲学では信頼が通貨になっておりこれが保たれた状態を「社会に徳がある状態だ」と考えているところまではわかる。西洋はそもそもこのような信頼がなくても世の中が成り立つことを理想としている。だからこそお互いに契約をしてそれを適時見直す「説明責任」という言葉が存在する。そして「徳のない社会」がどんなものかもわかる。

現在の安倍政権は資料を提示せず、嘘をつき、話をごまかして正面から答えない。すなわち「徳を失っている状態だ」と考えられる。彼らがそのように傲慢に振る舞えるのは「徳を失うと天から追放される」という切実さを忘れており、もともと選ばれた人間だからどのように振舞っても良いのだと考えているからなのだろう。

いずれにせよ東洋的な価値観を遵守するつもりは彼らにはないようだ。にもかかわらず「日本では西洋型の人権はふさわしくない」と言っており、同時に「ルールは俺たちが決める」とも言っている。ある意味とても無邪気に振舞っている。この無邪気さの裏には日本型の権力構造の曖昧さや優しさがあるのだろう。

日本には個人が社会全体の責任を取るという強いリーダーシップは生まれなかった。外敵が少なかったので外からの強い敵に対峙する必要がなかったからだろう。このため中心には空洞があったとする説が幾つか見られる。

徳川幕府中心の体制だとは言っても実経済の担い手は「藩」であって、権威の中心である天皇には実権がなかった。いったい誰が責任者になっているのかが極めてわかりにくい状態である。状況は明治維新期に入ってからも変わらなかった。昭和天皇には戦争を始めたりする権限はなく、原爆を落とされて初めて「戦争をやめたい」と意思表明することになった。基本的には集団統治であり、誰か一人が責任をとることが巧妙に避けられている。

現代の保守がいう「日本に天賦人権という考えは馴染まない」という言い方は東洋的なイデオロギーである徳治政治を持ち出せば正当化できないことはない。だがこれには「徳の実践」という義務が伴う。実際に戦前から戦後すぐの政治家たちは東洋哲学に詳しい学者と親交があり徳についても学んでいたようだ。戦後公職追放された安岡正篤は吉田茂に陽明学を基礎とした帝王学を教えていたという。陽明学は孔子などの中国古典を再認識した学問体系なのだそうである。だが、吉田茂らは孫の世代にはこれを引き継がなかったようだ。孫の世代は新しい民主主義という価値観を学ぶだろうと思ったのかもしれないが、彼らはそうしなかった。

前回「現在の保守には核がない」と書いた。では核は何かというと「信頼をもとにした社会作りの理論化と実践」である。それがなくなるときに天は怒り狂って権力者を放逐してしまうのだが、実際に起こることは自己保身からそれぞれが好き勝手なことを始めるというガバナンスの崩壊である。今回は概念だけなので具体的なことには触れないが、政治やスポーツの世界ではこのガバナンスの崩壊が起きており問題になっている。

現在の保守と呼ばれる人たちは切断による自己保身を目指しているだけであり、基底には社会を変えられなかったという「諦め」があるので、徳という概念を使って社会建設をリードするという気概を持ちにくいのだろう。そして、それは革命という形で一気に噴出する場合もあれば、日本のようにそれぞれがバラバラに振る舞いだして収拾がつかなくなるというような見え方もする。信頼という通貨もなく契約も信用できない社会ではそれぞれが「自己責任」で保身を図るしかないからである。