鈴木琢磨とタマネギ男

面白い話をTwitterから仕入れた。「日本でチョ・グク氏がタマネギ男と呼ばれている」という話である。タマネギは韓国語でヤンパという。タマネギ男は약파남(ヤンパナム)という。検索してみたら「テレビ朝日が放送で伝えている」という記事がたくさん出てきて驚いた。てっきり韓国発のあだ名だと思っていたからである。




これをつぶやいたところ韓国語がわかる人から「日本でそう呼ばれていて、韓国に逆輸入された」という話を教えてもらった。

もともとこの話を始めたのは鈴木琢磨さんだと思う。毎日系の週刊誌にいた人で学校時代は朝鮮語専攻だったそうである。鈴木さんはヤンパと左派(좌파/チュワパ)が似ているので揶揄しているのだという説を得意そうに語っていた。が、それを辺真一さんに言わせようとして辺さんに嫌がられていた。

「あれ?何かあったのかなあ」と思っていたのだが、辺さんは事情を知っていたのかもしれない。鈴木さんは「こんなことまで知っている情報通なんだ」という印象になるが、実は「チョグク疑惑は玉ねぎのようだ」という話を聞きかじって広めてしまったのではないかと思う。フェイクニュースなのだ。

辺真一さんやその他の韓国系の人たちはそれでも日韓の関係維持に心を砕いているようである。だが、日本人関係者は日韓関係などどうでもいいと思っているのだろう。単に消費できるニュースとして極めてぞんざいに扱っている。今のワイドショーには日韓関係がアイデンティティになっている人と韓国で飯を食っている人が混在している。そして韓国で飯を食っている人の方が見ていて面白い。思い切ったことをいえるからだ。

いずれにせよワイドショーの担い手たちが「自分たちはジャーナリズムをやっている」という意識がないのは確かだ。彼らは週刊誌気分で問題を煽っているだけなのだろう。

中には利益関係者もいる。公平な専門家として韓国批判を展開している武藤正敏さんは、徴用工訴訟の当事者である三菱重工業の顧問をされているそうだ。外交官として(多分)立派な業績を残されたであろう武藤さんがなぜ三菱重工の顧問をなさっているかはわからないが2013年からということなので「この問題を収めること」を期待されたのかもしれない。

ある人は自己の正当化のため、またある人は商売のため、面白おかしく言動をエスカレートさせた結果、長崎県が災害レベルと言っている韓国の旅行客の減少が起こった。もちろんテレビ局は責任は取らない。テレビ局は厳しい競争の中で広告枠さえ売れればあとはどうでもいいのである。

真実はテレビが作る。演出上「タマネギ男」という名前はキャッチーで覚えやすい。まずテレビ朝日がタマネギの模型を作り「次から次へと疑問が出てくる」というようなことを言い、それをTBSが真似してニュース(あるいは情報番組)で同じような模型を使っていた。テレビが目指すわかりやすさと胡散臭さをあの玉ねぎは象徴しているが、テレビの中にいて時間までにパネルを仕上げなければならないスタッフから「何かいいネタないですか?」と言われて、それを断れる人がどれくらいいるんだろうかという気にもなる。

その一方で、全く無視されているニュースもある。最近トランプ大統領がタリバンとの秘密会談をキャンセルした。なぜ秘密会談のキャンセルがわかったかというと例によってトランプ大統領がTwitterで暴露したからである。これが一部で話題になっている。

トランプ大統領が会談をキャンセルしたのは米兵を含む12名がタリバンに殺されたからである。ただ、この手の話題をTwitterで読んでゆくと、トランプ政権内部で外交政策が一貫しないということがわかってくる。政権内部で深刻な対立が状態的に起きているらしい。トランプ政権はスタッフの入れ替わりも激しい。高官の離職をきっかっけに、国務省の外交官が多数の退職したという話は2017年のものだったが、未だに対立は続いているようだ。

例えば、長島昭久自民党衆議院議員と鈴木一人教授の会話には次のようにある。トランプ大統領は選挙キャンペーンで話せるディールが欲しいのでいろいろな人にいろいろなことをやらせている。その際に邪魔な人を排除してしまうのだ。この他にも例えばアフガニスタンディールではボルトン氏を外してしまったことでアフガニスタンの状況が読めなくなっているようだ。

GHQの憲法制定過程と中道政権の話を簡単に勉強した時、民政局と各部局との間に対立があったという話を読んだ。アメリカは個人主義なのでそれぞれの部局の人たちが自分たちの信念で行動し、結果的に収拾がつかなくなる可能性がある。現代はそれが歴史文書ではなくTwitterで伝わってくる。テレビ局はネタには困らないはずである。

テレビ朝日の玉川徹的説明を間に受けると「日本に関係が深いから韓国ネタをやっている」ことになるのだが、それは建前に過ぎない。アメリカの内部で外交混乱が起きていることのほうが日本に関係が深いからである。

ところが日本のテレビはこれをやらない。わかりにくく馴染みがないという点では韓国もアメリカも似たようなものなので、視聴者が不安を感るだけに終わるニュースは流したくないのだろう。「政権に言われてやっている」というより高齢の視聴者はもう日本がうまくいっていないという話は聞きたくないのだ。

韓国ネタを見ていれば、視聴者は昭和と同じように「日本は韓国よりマシなアジアで唯一の民主主義国である」という幻想にひたっていられる。我々には安全毛布を高齢者から取り上げる権利はない。だが、ニュースは別のところからとってこなければならない。テレビの報道はもう重要さを基準にニュースを選んでくれないからである。

政治的な黄昏を生きる我々は安倍政権批判も政府批判もしなくなった

昼間のワイドショーがおかしなことになっている。もともと「韓国が日本に逆らっている」という話だった。それが「韓国のスキャンダル隠しだろう」ということになり、そのスキャンダルとはチョ・グク氏の疑惑だということなった。




ただ、チョ・グク法相候補の国民審査会(要は記者会見のことだ)くらいから疑惑そのもの報道するようになり、記者会見や野党の審査会の話をやりだした。ある人は韓流ドラマのようだといい、別の人はなぜこんなものに日本人は関心を持つのかと困惑している。メディアが視聴率に編集権を譲り渡したために自分たちが何のために何を報道しているのかがわからなくなっている。

この絵面がロッキード事件に似ているなと思った。小佐野賢治の「記憶にございません」が流行語になるほど注目された事件なのだが、視聴者は事件そのものではなく右往左往する関係者たちを楽しんで見ていたのだろう。この手のワイドショーを見ているのは高齢者なので昔のようなニュースを懐かしんでいるんだろうなあと思った。例えていえばサザエさんを見ているような感じである。

ではロッキード事件時代と今の違いは何だろうか。ロッキード事件が騒がれたのは政治家や国のリーダーは清廉潔白でなければならないと信じられていたからである。つまり政治家に期待値がありそれが裏切られたから騒いだのだ。だが今の人たちは安倍政権にそのような期待は抱かない。いろいろやってみたが「結局ダメだった」から行き着いたのが安倍政権だからである。我々は政治に期待しなくなったし日本の先行きに確信を持てなくなっている。

もともと、ワイドショーの目的は世間の敵を作って処罰することにある。つまり報道ではなく人民裁判ショーか古代ローマのコロシアムだ。ただ、そのためには次から次へと敵を作り出さなければならない。ただ、それができるのは「自分たちの生活はまともに機能しており、これからも機能し続けるはずだ」という確信があるからだ。

例えば高齢者がアクセルとブレーキを踏み間違えて事故を起こしたとする。テレビはこれを悪者として裁こうとするのだが、考えれば考えるほど扱いが難しくなる。老いて行く自分たちを見つめなければならなくなるからだ。視聴者の不安と番組の中の出来事がリンクしてしまうと、ワイドショーこのコロシアム性がなくなる。つまり観客席とコロシアムの間の敷居が消えてしまうのである。

最近、統計不正について報じなくなった。国民の側に「頑張ればなんとなかる」という見込みがあれば政府批判をしているはずである。ところが「この先日本には見込みがない」という認識を持っているとそれができない。「落ち目の国に暮らす」という現実を見ないためにはテレビの電源を落とすしかない。だからテレビはこの話題を扱わなくなった。

最近、アルゼンチンでまたデフォルト騒ぎが起きているそうだ。アルゼンチンでは統計のごまかしが横行しているという。だが、そうした国はアルゼンチンだけではない。日本もよくあるありふれた罠にはまっているだけだ。特別な国ではなくなってしまったのである。

もっともこうした強引な統計手法の駆使は、トランプ氏が先駆けというわけではない。中国政府は、GDPを引き上げ、公害汚染関連データを押し下げる方向で算出していると長らく批判されてきた。さらに最近は、民間機関が不動産価格や景気動向のデータ公表をしないよう指導しているもようだ。インドやトルコ、アルゼンチンの当局も、統計を良く見せるため計算方法を変更したと後ろ指をさされている。

コラム:恣意的な統計作成に潜む「危険な罠」

外交も行き詰っている。ロシアを訪れている安倍首相がプーチン大統領にへつらうような発言をしたがプーチン大統領は薄ら笑いを浮かべただけだったそうだ。さらにプーチン大統領は歯舞の式典にわざわざビデオで参加したそうだ。歯舞の人口だけを見ればロシアから見てそれほど重要な地点とは思えない。日本を挑発するためにわざとやったのだろう。日本などどうでもいいとロシアは考えており、我々もまた「あの総理では仕方がないな」と考えるのでそもそもニュースにならない。

だが、これを特に報じた新聞社が二つあった。読売新聞と産経新聞である。

安倍首相はプーチン大統領と親しいというが、会談を重ねた結果がこの仕打ちである。島を返さず、日本から経済的実利だけ引き出そうとするプーチン政権の正体を認識しなければならない。安倍首相は首脳会談など開かず、さっさと帰国した方がよかった。

【主張】日露首脳会談 どうして席に着いたのか

朝日新聞や毎日新聞は「外交の安倍」などという言葉は信じていないのでこんな書き方はしない。日経新聞も含めて淡々と建前の会話を伝えているだけである。逆に産経新聞は外交の安倍という言葉をまだ信じていて日本に国力や外交交渉力があると信じているのだろう。だから席を蹴って帰れと言った。つまり批判は期待の表れである。だが、もうすぐ産経新聞もそれを言わなくなるだろう。

最近の世代は「中高年はなぜ政府・政権批判ばかりするのか」と反発しているという話をよく聞く。それは実は日本には実力がありそれが発揮できていないと感じていたからである。つまり日本に期待があったのだ。

しかし、日本に期待がなくなると何も言わなくなる。言っても無駄だからである。現在の世代はそもそも「日本が衰退する」という予言に呪われて生きているので批判が受け入れられない。あるものは政治に全く関心を寄せなくなり、あるものは極端な擁護に走る。我々は政治的な黄昏という新しい時代を生きていることになる。民主主義に何の期待もしなくなった社会である。

日本の高齢化をまざまざと見せつけられた韓国報道の過熱

週刊ポストが炎上した。「韓国はいらない」という見出しを打ったところ、執筆者たちが「もう小学館では書かない」と言い出し謝罪したのだった。ハフィントンポストが経緯を詳しく伝えている。「誤解が広がっている」というのはいつもの言い分だが、売れると思って打ったのだろう。見出しだけでなく中身もひどかったようだ。10人に一人が治療が必要なレベルと書いた記事もあったという。




ちなみに「これがなぜいけないのか」という問題を先に片付けてしまおう。日本は戦争を煽って新聞の購読数を伸ばした歴史がある。気がついたときには取り返しがつかなくなっており、戦後に朝日新聞などは盛んにこれを「反省」した。つまりビジネスヘイトは歯止めがきかなくなりやがて深刻な対立を引き起こす可能性がある。日本人は戦前の歴史をきれいに忘れてしまったらしい。

韓国人が火(ファ)病に侵されているというなら、日本人は群衆の病と忘却の病の持病を抱えていることになる。多分ジャーナリズムが細かな村にわかれており業界全体として検証作業や人材の育成をしてこなかったために、戦前の貴重な知見が蓄積されていないのだろう。

ところがこれを観察していて全く別のことに気がついてしまった。

サラリーマンが出勤前に見ているようなニュース情報番組はそれほど韓国について扱っているわけではない。彼らには生活があり従って様々な情報を必要としている。ところが中高年しか見ていない昼の情報番組は盛んに韓国を扱っている。つまりヘイトというより老化現象なのだろう。

このことは残酷な事実を私たちにつきつける。テレビは中高年に占拠されており、中高年は他人を叩くしか楽しみがないということだ。こういう番組をみんなで楽しく見ているとは思えないので少人数(一人かあるいは二人)が次から次へと「けしからん他人」を探しているのだろう。

ところがこれを見つめているうちに不都合なことが見えてくる。今回のチョ・グク法相候補はほぼ一人で11時間以上の会見をこなしたようだ。日本の政治家(正確にはチョ氏は政治家ではないのだが)にこんなことができる人はいないだろう。最終的には記者たちも視聴者たちも疲労困憊してしまったようだ。大谷昭宏さんなどはうっかりと「羨ましそうな」表情を見せていたし、辺真一氏も「少なくとも記憶にございませんとはいわなかった」とどこか誇らしげである。つまり韓国には自分の言葉で釈明が出来る政治家がいるが、日本にはそんな人はいないということが露見してしまった。民主主義が機能していないと笑っていたはずなのにいつのまにか「なんか羨ましいなあ」と思えてしまう。

しかし、この「かわいそうな老人のメディア」としてのテレビが見えてしまうと不都合な真実はどんどん襲ってくる。例えば最近のアニメは中年向きに作られている。2019年8月末のアニメの視聴率(関東)をビデオリサーチから抜き出してきたのだが、新しく作られたものはほとんどない。「MIX」は知らなかったがあだち充の作品のようである。目新しい幼児向け番組は「おしりたんてい(絵本は2012年から)」だけである。サザエさんなどは昭和の家庭を舞台にしている。我々が昔水戸黄門を見ていたようにサザエさんも昔のコンテンツと思われているに違いない。

タイトル視聴率(関東)
サザエさん9.0%
ドラえもん6.7%
クレヨンしんちゃん6.2%
MIX・ミックス5.8%
ちびまる子ちゃん5.8%
ワンピース4.6%
おしりたんてい4.3%
ゲゲゲの鬼太郎4.2%
アニメおさるのジョージ3.3%
スター・トゥインクルプリキュア3.1%

特にテレビ朝日は「ファミリー層を排除しようとしている」と攻撃の対象になってしまった。アニメを土曜日に動かしたのだそうだ。テレビ局も新しいコンテンツを作りたいのだろうが視聴率が取れない。最近の若い人は高齢者に占拠されたテレビを見ないのだろう。

アニメだけでなく音楽にも高齢化の波が押し寄せている。TBSは関東ローカルでPRODUCE 101 JAPANの放送を開始する。吉本興業が韓国のフォーマットをそのまま持ってきたようで、制服やショーの構成がそのままだ。ところがこれをみてショックを受けた。韓国版ではイ・ドンウクが練習生の兄貴(とはいえ三十代後半のようだが)として国民プロデュサーに就任していた。この視線で比較してしまうと日本版の国民プロデューサ(ナインティナイン)が老人に見えてしまう。ASAYANが放送されていたのは1995年だということで「昔の若者」が倉庫から出てきたような感じである。

ナインティナインが普段老人に見えないのは実は日本の芸能界がそのまま老化しているからなのだ。しかもこの番組も夜のいい時間には時間が確保できなかったようである。確かに老人が見てもよくわからないだろう。もはや歌番組は深夜帯のサブカル扱いなのである。

嫌韓本が広がる仕組みを見ていると、出版取次が「この本は売れるはずだから」という理由でランキングに基づく商品を押し付けてきているという事情があるようだ。高齢者であってもAmazonで本を買う時代に本屋に行くのは嫌韓本を求める人たちだけということなのだろう。テレビの動向を合わせて見ると、最終的に残るのは「昔は良かった」と「ヘイト」だけだろう。まさにメインストリームが黄昏化している。

幸せな生活を送っている人たちがヘイト本を見てヘイト番組を見て日中を過ごすとは思えない。結局見えてくるのは、高齢者が潜在的な不満と不安を募らせながら、他にやることもなくヘイト本を読みヘイト番組を見ているという姿である。つまりなんとか生活はできているが決して満足しているわけではない人たちがヘイトを募らせていることになる。

こうした人たちが韓国との間で戦争を引き起こすとは思えない。そんな元気はないだろう。多分、テレビに出ている人や雑誌で書いている人たちが心配するべきなのは民主主義の危機ではない。深刻な老化なのだ。