福田事務次官辞任騒ぎにみる女性差別の恐ろしさ

先日財務省の福田事務次官について書いた。だが、ネットを見ているとそれでも名乗りでなければならないというような論調がある。例えばこの記事は「名のり出なければ福田事務次官の不戦勝になる」と言っている。真実を明らかにするためには名のり出なければならないと言っているのだが、実際にはそうはならなかった。

この記事の前提には「真実は明らかにならなければならない」という前提がある。これが間違っていると思いその筋で一本書こうと思っていた。現在の民主主義にとって「真実」などどうでもいいことだからだ。安倍政権は明らかにクロなのだが、それを認めないことで「まあ、仕方がないか」というような印象操作をしてきた。この背景には有権者の諦めがある。政権交代をしても政治は良くならなかった。だったらもう諦めてしまえという思いが強いのではないかと思う。だが、それは諸刃の刃だった。有権者が体感からこれは「クロだな」と思ってしまうと合理的な説明はきかなくなる。福田さんの件はこの最初の事例になった。政権が動かない分個人に矛先が向かうのである。「やめさせてどうなるの」と思うのだが、そんなことはもうどうでも良いと思われてしまうのだ。

女性は普段からなんとなく「自分たちは不遇な立場に置かれている」という気持ちを持っている。だが、それはなんらかの理由で証明されない。これを「ガラスの天井」などと言っている。今回はそれがたまたま「明らかに嘘つきの政権」と結びついたことで「ああ、やっぱり男社会は女を差別して嘘をついているのだ」という確証に変わってしまった。福田事務次官が何をやったかというよりも、男性社会がそれを総出でかばっているということが問題視されるのである。

もう一つ安倍政権にとって不利な状況がある。官邸側は福田事務次官の辞任に動いたのだが、安倍首相の部下であるはずの麻生財務大臣が応じなかったという。任命は内閣人事局マターのはずなのだが、これまで人事に関する問題は各省庁に答弁を丸投げしていた。これを逆手にとられて「やめさせられない」と言われてしまうと官邸は何もできなくなってしまうということがわかった。もう安倍首相にかつての求心力はない。

ただ、この問題は実はここまででは終わらなさそうだ。テレビ朝日に飛び火したのだ。テレビ朝日の女性記者が会社に訴えたものの受け入れられず、やむなく週刊誌に流したという。さらに何もしなかったことに申しひらきができないと思ったのかあとになって会社側は「財務省に抗議する」と言っている。だが、それは福田事務次官がやめてしまったあとだった。テレビ朝日の動きが辞任につながったという批判を恐れたのだろう。

このことから女性の置かれているダブルバインドが可視化された。表向きは平等ということになっているが、実際のメッセージは男性並みになることを求められる。それは女性であることを捨てて男性性を帯びるということである。男性並みに家庭を顧みずに働くことを求められ、女性を蔑視して「言葉遊びを楽しむ」特権を許容するように振る舞わなければならない。さらに母性は弱さだと認識されると子供を作ることを諦めなければならない。しかし、場合によっては女性として男性の玩具になることも求められ、それを会社に訴えても「我慢しろ」と言われる。会社にとって「女性のような弱いもの」が政治記者というスーパーサラリーマンであることは許容されないからだ。明らかに根拠のないエリート意識を持っていて女性蔑視を特権だと認識する社会が間違っているのだが、それを是認しろと迫られるのである。この状態でアイデンティティクライシスに陥らない人がいるとしたら、その人は多分すでに少しおかしくなっているはずだ。

どうやら女性記者は複数回福田次官からセクハラを受けていたようだ。しかしテレビ朝日はそれを公表せず、事態が動いたことから慌てて深夜に記者会見を行った。上司に相談したというが上司が組織的に対応したのかは明らかにしていない。多分受け皿そのものがないのではない上に、男女平等が何を意味するのかを教育する仕組みもなかったのではないだろうか。

福田さんは週刊誌と女性を訴えれば良いと思う。彼の行状が司法の場で明らかになり、テレビ朝日が組織的な対応をしなかったことは社会的に明らかにされるべきだろう。そしてそれは社会的に非難されるべきだ。しかし、実際にやるべきことは少なくとも表向きではあったとしても「男女平等」というものが「女性の男性化」でも「男と一緒になって女性蔑視のある状況で働くこと」でもないということを教える学習の機会を従業員に与えることである。

民法労連は「女性が現場から切り離されることがあってはならない」と恐れているようだが、このような嫌がらせを前提にしか情報が取れないなら、その報道自体をやめるべきではないかと思う。取れたとしてもせいぜいインサイダー情報程度で大勢には影響のない永田町と霞ヶ関の内部事情にすぎないからである。いずれにしてもこの声明も「女性が社会で働くこと」についてあまり整理がなされていないことを意味しているように思える。

いずれにせよテレビ朝日はこの状況を被害者ではなく加害者として総括すべきだろう。

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