米韓FTA「合意」と日本への影響

ニューヨークで国連総会が行われるのに合わせて米韓FTAが「合意」に達した。これについて日本のマスコミはあまり取り扱わないだろうと思い調べてみることにした。交渉プロセスでは、アメリカの強引ぶりと韓国の「強かさ」が目立つ。だが、重要なのは合意内容ではなくプロセスそのものである。アメリカは経済と防衛をリンクさせようとしている。また米韓両政府は内政問題とこの問題をリンクさせている。内政問題とは端的に言えば選挙である。このためそれぞれの内政の情勢次第では日本や中国を巻き込んで地域情勢が不安定化しかねない。

北朝鮮と韓国は終戦協定に向けて動いている。ムンジェイン大統領は直前に、「核兵器廃絶」が北朝鮮政府内部で規定路線になったと発表した(聯合ニュース)。ただいつも通り時期や方法についてはなんら発表が見られない。これはある意味韓流ドラマが「また来週をお楽しみに」とするのに似ている。だが、この韓流ドラマは「視聴率競争」ではない。失敗すれば、今度は核兵器付きでの朝鮮戦争の再開もあり得るという危険なゲームである。

韓国産業通商資源部は、安全保障と経済が関連していたということを公に認めている。(聯合ニュース

「南北関係と朝米(米朝)関係に変化が予想されるなか、両国が安全保障と通商の両方で安定的かつ緊密に協力することが望ましいとの考えでFTAの改定を進めた」と説明した。

この二番目の記事の最後に「この先は、米国が検討する通商拡大法232条に基づく自動車への高関税賦課で、韓国が適用を受けないよう集中的に働き掛けていくと説明した。」とある。この聯合ニュースの記事だけを読んでも意味がわからないのだが、Bloombergには次のようにある。

ただ韓国の議員らは、米国が韓国製自動車に追加関税を発動させた場合はFTA見直し案を承認しないと述べている。米韓FTA見直し案の批准には韓国議会の承認が必要。

つまり、今回の合意は議会の承認が必要なのであり、議会が承認してくれるかどうかはこの時点では明確になっていない。

この鉄鋼関税は韓国の政財界に大きなプレッシャーになっていた。中央日報の記事を読むと、中国とアメリカがおおっぴらに貿易戦争を始めており「それが韓国に波及するのでは」というプレッシャーがあったことがわかる。結局、韓国は制裁的な鉄鋼関税の対象にならなかったが、代わりに総量を規制されてしまった。中央日報の別の記事は「次は自動車が危ないかもしれない」と危惧しつつも、鉄鋼が守れたと安堵する論調で書かれているが、Newsweekは韓国の鉄鋼業界の不況ぶりを次のように伝えている。

韓国で大きな外交的成果として当初歓迎された米国による鉄鋼輸入関税免除は、今ではその代わりに導入された輸入数量を制限するクオータ制がネックとなり、一部の鉄鋼メーカーの生産能力が半減するまでに追い込まれている。

日経新聞はアメリカの強硬な姿勢を次のように伝える。

改正交渉は今年1月に始まり、わずか3カ月で大筋合意に至った。その過程では、米国が在韓米軍の撤退論や鉄鋼関税の適用を持ち出して韓国に早期妥結への圧力をかける威圧的な姿勢を見せた。

どこまで本気なのかはわからないが、トランプ政権は交渉過程で「在韓米軍を引き上げる」と脅したりしていたようだ。これが実現するかどうかはわからないが、トランプ大統領の「強み」は、これを実際にやりかねないということである。

だが、この一連のことは日本ではニュースにすらならなかった。在韓米軍が引き上げてしまうと在日米軍の意味付けは大幅に変わってしまう。これについて日本が事前通告を受けていたとは考えにくい。

実は日本の防衛にも大きく関わることが経済的な取引の材料に使われており日本は蚊帳の外だったということになる。いずれにせよ、日本人には正常化バイアスが大きく働いており「安全保障環境が一夜にして激変するような事態」はなかったことにしたいという気持ちが働いているのだろう。これを照らし合わせると、総裁選挙の安倍・石破「議論」がいかに空疎なものだったかがわかるだろう。実は、自衛隊の名前がどうこうと言っている場合ではなかったのだ。

この威圧が成功したので、合意はアメリカに有利な内容になっている。アメリカは国内基準で韓国にピックアップトラックを売り込めるようになった。また韓国は鉄鋼関税の適応は免れたが代わりに輸出量を7割に抑えるように内容が変わった。トランプ大統領はこれを中間選挙の宣伝材料に使うつもりなのだろう。Bloombergの記事では「全く新しい協定」と自画自賛している。一方で韓国は議会の反発を恐れてなのか「改定」と説明した。

 トランプ大統領は24日、米韓FTAは内容を若干修正したものというより「全く新しい協定」だと述べた。一方、文大統領は通訳を介して、米韓両国はFTAを「改定」したと語った。

トランプ大統領はロシアゲートでかなり追い込まれている。中間選挙で共和党が負ければ議会からの追求が激化しかねない。すると弾劾されて二期目はおろか逮捕されてしまうという最悪の事態さえ予想される。今回もロシアゲートの調査担当者の任命権者の司法省副長官人事を巡って大騒ぎが起きている。(BBC)情報が錯綜しており「大統領の弾劾を狙っていた」とか「自分から辞めると言ってきた」とか「クビにしようとしているのだ」とか「辞める裏には危険な罠がある」などという異なる情報が飛び交っている。はっきりしたことは木曜日にわかるそうだが、トランプ政権がもはや正常な状態にはないことだけは確かだ。

ここから、アメリカが防衛を一種の他国へのサービス産業のように位置付けているということがわかる。もはやアメリカの世界戦略の一環という理解はされていないのだ。前回の防衛議論の時に小川和久氏が「日本はアメリカの世界戦略に貢献している」などと主張していたが、その主張がむなしく感じられる。小川さんが持っているチャンネルでは「日本が貢献している」ことになっているのかもしれないのだが、トランプ大統領は取引の材料としか思っていない。民意に基づいて実際に国を動かしているのはトランプ大統領なのだ。さらに、トランプ政権はもはや長期的な視野に立ってアメリカの国益を計算するような心理状態にない。とりあえず中間選挙が乗り切れるのか程度のことで頭がいっぱいになっているのだろう。

日本の安全保障環境は大きな曲がり角にあるのだが、国内でこうした議論は見られない。安倍首相には政治的なビジョンはなく、石破さんも原理原則にこだわるばかりだ。だから、アメリカの要求を丸呑みするか、経済産業省の役人たちが官僚的ないやらしさで事態をごまかすくらいの事しかできないのではないかと思う。また、マスコミもこのことは伝えないだろう。

Newsweekの記事には「日本と明暗」と書かれているので「韓国に勝った」と無邪気に喜ぶ人もいるだろうが、置かれている立場はそれほど韓国とは違いがない。また経済的に追い込まれた韓国はロシアとの経済協力に走りかねない。中央日報には造船不況により韓国経済は極東での活路を模索しているという記事があった。つまり、韓国が追い込まれれば中国やロシアとより緊密に結びついてしまうという新たな危険が生まれているのだ。

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