韓国の国民情緒法と日本の改憲議論の共通性

朝日新聞が韓国の国民情緒法を批判する記事を掲載し話題になっている。かなり扇情的な内容になっているのだが、主語が「関係者」となっており、どのような立場の人が発言したのかがわからない。つまり民主主義というのは国民感情に合わせていると言っているのか、それとも国民情緒で法理が歪められていることを否定しているのかがわからないのである。だが、修辞が見事なために一人歩きしやすい文章になっており、様々な立場の人が「国民情緒法」という言葉を好き勝手に利用している。

韓国では大統領が司法機関を含む人事や予算などの権限を一手に握り、「皇帝と国王の力を足したほどの権力」(大統領府の勤務経験者)を持つ。半面、その政治が世論に迎合しやすい例えとして、「法の上に『国民情緒法』がある」ともいわれる。今回も、世論の支持を得るための政治ゲームに徴用工問題が巻き込まれたとも言える。

国民情緒法は韓国憲法の上位にあるとされる民意のことである。軍事政権を経てデモで民主化を達成した韓国では国民感情が一気に燃え上がることがある。それが政権さえ転覆させることもあり、政権といえどもそれを無視できないと考えられている。その一方で、国民世論があるから仕方がないという言い訳のためにも使える便利な言葉でもある。朝日新聞は国民情緒法に従った司法が間違った判断を下したと言いたいのだろうが、実はベクトルは逆かもしれない。つまり権力が世論に訴えかけるためにこれを利用したかもしれない。つまり革新政権が正当性を示し続けるためには保守を否定するのが一番なのである。

すでに見たように、今回の問題の原点になっているのは朴正煕大統領の対日処理の否定である。クーデターで成立した朴正煕には正当性がない。政権を安定させるために、ベトナム戦争に参加してアメリカの関心を買おうとしたり、日本からの実質的な賠償金を得ることで国内経済を活性化しようとした。アメリカがこれを容認したのは共産主義との闘いを優先したからである。韓国を経済的に豊かにし、日本との関係も改善する必要があったのだ。このため民主主義の理想は棚上げされ、矛盾した状態が固定化することになる。これが今回の「パンドラの箱」の中身だ。

長年韓国の保守政権は朴正煕の経済優先路線を継承してきた。つまり、日帝強占からの独立を国家の正当性を示すために利用しつつ、経済大国としての日本も利用してきたわけである。ところが本質的には矛盾してしまうので、行政と司法を分けることでなんとなく処理してきた。

現在の安倍政権でも同じような構造が見られる。日本はもともと軍事的に無力化される予定だったのだが、朝鮮戦争が始まりそうも言っていられなくなった。このため憲法と自衛隊の間には矛盾がある。実質的に世界屈指の軍隊なのだが憲法上は認められていない。

もう一つの矛盾が憲法そのものである。この制定に参加できなかったとして不服を申し立てる国内勢力がいるのだ。

安倍政権が憲法を改正したいのは、これがおじいちゃんの仇である吉田一派によって作られたからだ。もともと旧政権で重要な役割を果たした岸信介らはこの交渉に加わることができなかった。彼らはアメリカの意向を背景に保守本流を名乗った。さらに岸の一派(保守傍流と呼ばれる)は、体制を保証してくれるアメリカと民主主義を導入したアメリカを分離する傾向にある。アメリカとの軍事同盟は是認するが天賦人権は左派的すぎて認められないという具合だ。旧社会党系野党は自衛隊までは認めるがアメリカとの軍事強調には巻き込まれたくないという立場を取っている。これは韓国が日本を「日帝」と「経済協力国」という二つの姿に分離してなんとなく折り合わせてきたのに似ている。

一つの対象をいくつかに分離して文脈の解釈で処理するというのが共通点である。この解釈ができる人たちのことを権力者と言っている。「解釈」は書かれたものや実態に優先するというのが文脈主義なのである。日本の契約書の最後には「問題が起こった時には双方でよく話し合うこと」という条項が入れられている。そして契約書そのものはアメリカのような文脈非依存の国より短くなる。

憲法にしろ国家間協定にしろその上にいろいろなものが積み上がってゆく。ここで、韓国国内の文脈によって65年協定が覆るようなことがあれば日韓関係はめちゃくちゃになってしまうだろう。それが今起こりつつある。

だが、この変化の背景にアメリカの変化を見ることは容易い。アメリカは中国をかつてのように絶対的な敵とは見ておらず、コンペティターだと考えている。ゆえに極東に同盟国を置く理由もかつてのような絶対的なものからディールの一部に変わってきている。この顔色を見て今まで押さえつけてきたものが浮かび上がったというのが今日本と韓国で起こっていることなのだろう。「国民情緒法による民主主義の未成熟」というわかりやすい図式を安易に入れてしまうと、この簡単な図式が見えなくなる。一方、日本の改憲運動も「安倍が戦争をしたがっている」と考えるとわからなくなることが多い。

これまで、アメリカはマネージャーとしての役割を果たしてきたのだが、トランプ大統領はプレイヤーとして参加することが増えている。ということは日本のアメリカに対する姿勢も変わらなければならないということである。

これを真面目に考え出すと、国のあり方は変わらなければならないということになり、憲法の書き換えだけの問題ではなくなるのだろう。しかし、変化が起こっているということも見えにくい上に、当事者たちの意識も変わらないので、具体的にどのような変化があり、それに対して何をすべきなのかも見えてこない。

護憲の立場をとると、憲法をおもちゃにし国民の人権を制限したいという自民党の憲法改正を論議を容認するわけには行かないだろう。だが、そこに止まることなく「なぜ民主主義が守られるべきなのか」ということを自分たちの言葉で語れるようにならなければならない。代理で守ってくれる人はもういないのだ。一方、逆に国を守る保守の立場をとると、我々はアメリカが極東に同盟国を置く理由が変化しつつある状態に対応しなければならない。アメリカが日本という国を自動的に守ってくれる時代は終わったということだ。

これを読んでいる人がどちらの立場をとる人たちなのかはわからないのだが、少なくとも「相手がバカだから間違った判断をした」という地点に止まってしまうと見えなくなることもあるということは知っておいて良いのではないだろうか。いろいろやるべきことはありそうだが、まずはそこからだろう。

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