自動車税の話 – パリは燃えているが日本も燃えるのか?

自動車税を改変しようという動きが始まった。ネットでは走行距離によって価格が変わるらしいという話が話題になっており、スポーツ紙で反発する記事が見つかった。(日刊スポーツ・政界地獄耳)今後の議論がどう展開するかはわからないが、地方や比較的所得が低い人たちからもっとしぼり取れないかという話になってしまうのではないかと思う。

現在、自動車の課税は重量別になっている。これとは別に軽自動車への優遇もあり、大型車が売れず軽自動車を持っていた方が断然税金が安いそうだ。検索をすると2018年9月の数字が見つかった。5年間で90000円も違うという試算がある。このため、近所の足としては軽自動車が好まれるだろうし、公共交通が発達していない地方の低所得者ほどその傾向は強いはずだ。

Quoraで聞いてみたところ「日本の自動車税は高すぎるので低くしようという話では?」という回答があった。その通りならば喜ばしい限りだが、新聞の記事を読むと地方が喜ばないだろうというようなことが書かれている。自動車重量税はもともと地方で道路を作るために4割が充当されていたそうだが、民主党時代に一般財源化されたそうだ。つまり、自動車業界のいうことを聞い減税してしまうと地方が怒り出すことになるのである。となると、どこかで妥協して総額は変えずに税の取り方を変えるしかない。そうなるとターゲットになりそうなのが「現在優遇されている」軽自動車である。この優遇措置をなくすと軽自動車に弱い自動車メーカーが喜び、アメリカも大きな車が売れるといって喜ぶ。一方、一般消費者は政治的な影響力がない。

企業はこれまでも安い労働力を海外から調達できるようにしたり、残業代0法案を提案して通してきた。給料は伸び悩むので消費が落ち込む。するとデフレ環境化でも税金の取りっぱぐれがないようにしようと考える。すると、庶民のささやかな節税対策が狙われてしまうわけである。

消費税(所得はなくても毎日の米は買うだろうから食料に課税するというわけだ)は簡単に徴収できる税なので今後も上がり続けることが予想される。30%はとりすぎだが20%くらいまではいけるんじゃないかと言い放つ自民党の人(Sankei Biz)もいる。安倍政権は税金が安いからといって発泡酒に流れた客をビールに戻すために発泡酒の値上げも行っている。(週刊現代)比較的所得の低い人たちをターゲットに課税することをこの国では「弱いものいじめ」とは呼ばないで「公平な税制」と言っている。インスタントラーメンが400円もするおとぎの国に住んでいる麻生財務大臣に庶民への共感的な目線はない。

政府・自民党はデフレに対応して「賢く税金の徴収ができるようにしよう」と言っている。もはやデフレではない状態にまで持ち直したなどと言っているのだが、実際にはそうは思っていないのである。人々が発泡酒ばかり飲むようになったから発泡酒の税金を変えればいいじゃないかくらいの気持ちで車の議論をしているのではないか。被害妄想かもしれないが、どうしてもそう思えてしまうのだ。

ところが、発泡酒課税にあまり反発が起こらなかったように軽自動車の税金もそれほど抵抗なく上がってしまうのではないかと思える。それは日本人が自分に関係がない公の問題については強い人の側に立って弱い人を叩く傾向があるからだ。

ここで目を全く別の国に転じてみたい。それがフランスである。パリでデモが暴徒化して凱旋門の前の道が燃えているショッキングな映像(ハフィントンポスト)を見たことがある人もいるだろう。「黄色いベスト運動」と言うそうである。一時は28万人が参加し、11月24日にも100名以上の逮捕者が出たそうである。ようやく最近になってメディアに乗り始めたのでテレビで見た人もいるかもしれない。しかしハフィントンポストを見てもどのような人たちが何に起こっているのかはよくわからない。毎日新聞の記事にも黄色いベスト運動の主役が誰なのかということは書かれていない。観光で有名なシャンゼリゼ通りが燃えているというような報じかたしかされていないのだ。

OvniNaviというサイトに背景解説が出ているのを見つけた。日本ではまだあまり報道されていないが死者まで出ているそうだ。

軽油・ガソリン税引上げに抗議する「黄色いベスト(gilets jaunes)」運動が11月17日からフランス全国で展開されている。蛍光色の安全ベストを着た人たちが道路、高速料金所、燃料貯蔵所などを封鎖する抗議運動(17日で全国2034カ所)は26日現在も続いており、21日時点で死者2人、負傷者585人、599人が身柄を拘束された。

どうやらフランスで自動車関連の税金体系が大きく変わったらしい。日本の軽自動車優遇にあたるのが軽油(ディーゼル車の燃料になる)への優遇だった。これがなくなったことで低所得者が怒っているらしい。確かにディーゼル車は環境に優しくないので買い換えるべきなのだろう。名目は環境への配慮である。OvniNaviには書かれていないが、マクロン大統領がルノーに肩入れしていることから、マクロン大統領は自動車メーカーのセールスをアップするためにこうした政策で社会主義的に自動車市場を操作しようとしているのではないかとすら思える。

低所得者の運動なので日本だと「自己責任だ我慢しろ」ということになるのだがフランスはそうではないようである。この黄色いベスト運動がフランス語ではgilets jaunesというのだということを念頭にガーディアンを読む。運動の担い手は低所得者なのだが、実際には国民の支持を受けているようなのだ。

The gilets jaunes have significant support from the general public and are proving the biggest headache yet for Macron, who was taken by surprise by the anti-tax revolt and is struggling to quell it.

また、この運動の背景にはマクロン大統領の富裕税廃止などへの反発(OvniNavi)も含まれているようである。金持ち優遇のマクロン大統領が庶民に嫌われているのである。

さて、フランスでは自動車産業を保護するためだと思えるような政策が国民から反発を受けている。行動しているのは低所得者だが概ね国民からは支持をされているようだ。しかし、これは日本ではどうなのだろうかと思える。

最近QuoraやTwitterなどのコミュニティを見ていて嫌な空気に気がついてしまった。人々は高いところや大きな視点に立って自分を語りたがっているようなのだ。野球を見るときに弱小球団のプレイヤーではなく有名球団の監督の立場でものを言いたがるというような感じである。お笑いも容姿が整わない人をお笑い界の権威が叩くという弱いものいじめが「芸」と呼ばれる。日本は庶民が高いところから低いところを見下すことに喜びを感じる社会である。美人でない人は「容姿をいじられることが美味しい」と思わなければ生きて行けない。

前回見た秋篠宮のケースでは「政府や日本の伝統」という立場から「個人として発言する秋篠宮はわがままな発言をすべきではない」と考える人が大勢いるようだということを観察した。こうした人たちが表立って発言をすることはないのだが、空気としては広がっているのではないかと思う。

そこから類推すると、税制が変わって地方でどうしても車が持てなくなった人がなんらかの抗議運動を起こしたとすると、それを個人のわがままだといって切り捨ててしまいそうな気がする。これは政治問題でデモが怒ると却って問題が収束してしまうのに似ている。日本ではデモは弱者のスティグマのように扱われて共感が広がることはない。なぜかはわからないが日本人は自分とは関係がない問題については権力の側にたって発言したがることがこの現象の裏にあるのではと思える。

実は日本では民主主義が機能していないわけではなさそうだ。権力の側に立って他人を裁くのが正義だとされているので、権力への監視が進まないと考えた方が良いように思える。実は暴君は安倍政権ではなく、こうした強い側に立ちたがる「見えない大勢」であるサイレントマジョリティなのかもしれない。