北方領土交渉で覚悟なく説明責任を求めるマスコミ

河野太郎という政治家を信頼していない。Twitterでアカウントをブロックされているからである。直接メンションして悪口を行った記憶がないので、多分保守系のブロックリストかなにかを流し込んだのだと思うのだが、批判に耐えられない人なのだと思う。そんな河野大臣がやらかした。ロシアとの交渉について記者団から聞かれたのを無視して「次の質問をどうぞ」と言ったのだそうである。




一応ブログで取り繕ってはいるようだが、批判に耐えられないのと同時に自分の計画通りに話をしたい稚拙な人なのだろう。前回までリベラル系の人たちも自分たちのシナリオでしか話せないというのを観察しているので、特にこれが保守の人や世襲政治家の悪癖だというつもりはない。特に世襲政治家で周りからちやほやされてきたであろう河野大臣が批判に弱いというのは別に不思議なことではなさそうに思える。

加えて河野太郎は党内の批判勢力を気取ることによって有権者やマスコミから一定の支持を得てきた。選挙基盤が強いという背景に加えて平塚・茅ヶ崎という準都市部が地元なので「脱原発」のような「自民党のわりには洒落た政策」も理解されやすかったはずだ。だが、それは多分自民党らしくないという演出で旧来の自民党への批判をかわす目的だったのではないかと思う。政権に入った途端自分の主張を封印し、今度は頑なに韓国などを攻撃し「ネトウヨぶり」を発揮し始めた。

朝日新聞の記事では「「答えられない日ロ交渉に関する質問で限られた会見の時間がつぶれてしまうよりも、(外務省が力を入れていたトピックに)しっかり時間をかけて答えたいと思った」」と書かれているので、自分の言いたいことだけを言いたい人なのだということがわかる。こんな人がタフなロシアとの交渉などできるはずはない。

だが、この問題についてはメディアにも責任の一端があると思う。国民の知る権利などと言っているのだが、実際にあるのは政府に対する不信感であろう。おそらく記者も読者も北方領土が戻ってくるなどとは思ってはいない。その上ロシアは「日本がロシアの主権を認めたらその後の交渉をしてやってもいい」という立場を明確にしてきている。マスコミは今回も政府が妥協してしまうのではないかと思っているのであろう。だから「妥協しないですよね」と言っているのだ。

この場合の説明責任というのは、つまり判断はこちらでするから材料だけを提供しろということである。例えば河野大臣が「難しい交渉が予想され、国民の期待通りにならないかもしれない」といった場合、マスコミが世論をまとめ賛成なり反対の立場を表明するならば、確かに説明責任を果たしていないという批判をする権利がある。

一方で、期待することだけを聞かせてくれというのは厳密には「知る権利」ではない。国民は難しい判断はしたくないし知りたくないという立場なので、知る権利を行使したいとは思っていないはずだ。すると記者たちは単に記事が書けないから怒っているということになる。

判断するつもりがないのに東洋経済は「河野大臣が傲慢答弁で国民の知る権利を侵害している」とご立腹である。これが記者会見に応じない政治家に対する一種のテンプレートとして自動化されてしまっているからだろう。

自然環境によって国境が決まっている日本と違って大陸の国は交渉と戦争によって領土を決めているのだから、日本側には相当の覚悟とある程度の見込みがないと領土交渉はできない。何かを犠牲西手でも両国関係を進めたいという気概もない。この話は全く前に進まないのではないかと思える。逆に彼らが功を焦って何か決断をするとまた誰かが嘘をつかなければならなくなる。こんな交渉は今すぐにでもやめてしまうべきだと思う。

国民は「二島先行返還」とか「ロシアの主権の確認」といった難しい判断はできないししたくもない。安倍首相にも北方領土交渉の成功の見込みはない。にもかかわらず話がここまで進んでしまったのは、もとはといえばプーチン大統領が「(お前にはできるはずもないが)何の条件もなしに平和条約交渉を再開しようではないか」と挑発してきたからである。河野大臣はブログでは手の内を晒してポーカーをやるようなものと言っているらしいが、本当にポーカーのゲームに呼んでもらえているのか、それともからかわれているだけなのかということをマスコミは取材した方が良い。

この問題は「知る権利」について考える良いきっかけになると思う。知ってしまった以上判断が求められるし、結果にも責任を負わなければならない。だが、日本人がそこまでの覚悟をして北方領土交渉に望んでいるとも思えないし、他の件についてもそれほどの覚悟と関心を持っているとは思えない。民主主義が破壊されていると嘆く前にこのことについてもう一度考えてみてはいかがだろうか。