米国の日本単独占領と北方領土

最近、安倍首相の外交交渉は敗北だったとTwitter上で面白おかしく呟いている。気晴らしとして呟いてはいるのだがこれ実は嘘だ。実は日本は最初から北方領土を請求できないから外交的には敗北のしようがないのだ。なぜ請求できないかというと、日本は交渉の当事者ではなかったからである。




「南クリルは戦争の対価としてソ連に与えられた」というのは有名な話である。陰謀論でもなければ隠された歴史の真実でもない。

ソ連が土壇場になって日本に侵攻した時にその戦果として北海道の北半分を要求したという話がある。大前研一が2012年に書いているのだが、大前は、アメリカはこの時に南クリルを戦利品として与えて「お引取り願った」と書いている。

つまり、北方4島はソ連が侵略したのではなく、アメリカが“戦利品”としてソ連に与えたわけで、日本は4島を失った引き換えに北海道の南北分割を避けられたとも言える。これは当時のアメリカの公文書に残っている明確な事実だ。

https://www.news-postseven.com/archives/20120614_116147.html

最初から戦利品であって契約の当事者はソ連とアメリカである。だから日本には実質的な請求権がない。文句をいうなら(技術的にはヤルタ階段の密約部分の無効性を国際世論に訴えることになるのだろうが)アメリカに言うべきだという話は確か橋下徹さんもTwitterで呟いていたように思う。

ところがまた別の話がある。ソ連はブルガリアとルーマニアにあるウランと日本占領を天秤にかけたというのだ。つまり、戦後の処理をめぐっては終戦後も取引が続いていたということになる。こちらもあまり知られていないようだが、特に秘密と呼べるよなものではないらしい。

この1945年12月のモスクワ外相理事会では、ソ連のルーマニアおよびブルガリア支配を承認するという対価を払って、アメリカは日本の実質上の単独占領の権利を確保する。これは通常われわれ日本人は意識していないことであるが、戦後日本の再出発は東欧諸国のソ連による支配という犠牲の上に成り立っていたといえるのかもしれない

https://www.dailyshincho.jp/article/2018/09060710/?all=1

ソ連は当初日本への参戦を渋っていたが、原爆という最終カードがなかった時点ではアメリカも単独で日本を敗戦にまで持って行く自信がなかったのだろう。ヨーロッパでソ連が勢力を拡大するのを恐れたイギリスは躊躇したようだが、アメリカは勝手にソ連に「日本のどこかを与える」という約束をしてしまう。ソ連が望んだわけではなくアメリカが渡したのだ。そのあと原爆が完成しソ連が日本本土に侵攻することはなかった。タイミングとしてはギリギリのタイミングであり、どっちの犠牲がよかったかと考えることすらはばかられる。戦争というのは本当に恐ろしい。

結果的に国後・択捉・歯舞・色丹を切り捨てることでアメリカの単独占領が実現したことになるし、広島・長崎がなく膠着していればもっと広い範囲がソ連に渡っていたかもしれないということにもなる。それは沖縄が捨て石になったことでも明らかで、軍部が終戦を渋っていたら北海道で沖縄陸戦と同じような悲劇が起きていた可能性があるということになる。

現在の日本の平和と統一的な一億人超の市場はこうした犠牲の上に成り立っている。いずれにせよ、ソ連とアメリカの間の取引によって日本はアメリカの縄張りになった。そのあと、東京上空を占領し、沖縄にも大きな軍事的足がかりを作り、日本全国に自由に基地が作れる「契約」を結び、さらにはアメリカ軍が何をやっても日本が取り締まれないという体制も整えた。日本の政権は「アメリカに刃向かったら東京の西側の空域から何をされてもコントロールできない」と常に銃を突きつけられていることになる。

自民党の政治家はこのことをよく知っているはずである。特に安倍晋三の祖父である岸信介はアメリカの温情によって戦犯指定を解除されそのあとも対米交渉を長くやっていた当事者でありこれを知らなかったはずはない。にもかかわらず、自民党政権は国内向けの説明として「北方領土は固有の領土」と言い続けていた。これは国内向けの嘘である。

国会で安倍首相が「固有の領土」と言えなくなったことから想像すると、ロシアは日本が「北方領土は日本の固有領土だ」という日本の主張を取り下げて、南クリルのロシアの主権を認めれば、2島返還(ロシアが温情で返還する)なり優先的な利用権を与えても良いとほのめかされたのだろう。これは沖縄や小笠原が返還されたのと同じ理屈である。つまり、彼が託されたミッションはロシアの説得ではなく日本国内世論の説得だったのだ。

安倍首相の仕事は日本の世論を説得することなのだが、これが面白くない野党は(知ってかしらずか)「これまでの主張を取り下げることは外交敗北である」というイメージを先に作り上げてしまった。だから「負けを認めたくない」安倍政権は何もできなくなり失敗が確定した。

実際にはこれが「安倍政権の外交敗北」の正体でなのであり、実は国内問題なのだ。安倍首相は国内世論の取りまとめに着手することすらできず敗北が確定してしまったということになる。憲法議論は自民党地方政策立案組の不満と反乱によってほぼ潰されたと考えて良いが、北方領土交渉でも、国内世論をまとめることはおろか説得に着手することすらできずに終わってしまったと考えるのが妥当ではないだろうか。