「民主党政権時代は悪夢の時代」というのは言論の自由という人が首相をしている国

国会審議を見ていてもあまり面白いことはなさそうなので出かけようかと考えていたのだが、冒頭から耳を疑った。




安倍首相の「民主党政権時代は悪夢だった」発言の撤回を迫った岡田克也に対して、安倍さんが「それは言論の自由」と言い放ったのだ。「あんた本当に謝らない人だね」と呆れてしまった。それどころか品格を保たなければならない国会の場で民主党時代をさらに罵倒し始めたのだ。ついに壊れたかとすら思った。

言論の自由は民主主義と人権を擁護するためにある。理想の生き方を追求するためには、内心を他人に制限されることなく自由に話し合う必要があるからだ。だから言論の自由とは何を言ってもいいという意味ではない。加えて首相はリーダーだから難しい問題を解決するためにお互いに協力を呼びかける場面が出てくるはずである。つまり、品格を保つというのは「いざという時にお互いが協力できるような尊重し合う関係をメンテナンスする」という重要な意味がある。

だが、ネトウヨの人たちはこれを「何を言っても許されるはずだ」という理解で使う場合が多い。何かを発言すると誰かを傷つけてしまう可能性もあるわけだが「そんなのは構わない」というニュアンスで表現の自由を使う。例えば「在日朝鮮人は国に帰るべきだ」とか「アイヌ人などいないと学実的に証明された」とか「レイプされた女にも落ち度がある」という発言も言論の自由になってしまう。そもそも人権の一部である信条発露の自由のためにある言葉が、多数派が少数派を抑圧するために使われる。そして、その頂点にいるのが安倍首相なのである。

一方で、この民主党否定発言は安倍首相が切れるカードが少なくなってきているということを意味している。それは、外交、消費税増税延期、憲法改正議論、景気回復という実績である。

安倍首相はいろいろなペットプロジェクトを持っているが、これは自民党の政策を担う人たちからは白眼視され始めているようだ。いろいろ言っているが地方には金が回ってこない。夢みたいなことばかり言っていないで地方の支持者に金を回せというのだ。補助金で直接配るか公共工事のような馴染みのやりかたで地方に金を回せと言っている。諦めている都市の「無党派層」と違って地方の自民党支援者たちは上から目線で自民党に指示を送る。

この一環として消費税増税議論がある。つまり財源がさらに必要になるからさっさと国民を説得してあげてしまえというわけである。野党の一部には「ギリギリまであげると言っておいて選挙の時にあげないというのではないか」という懐疑論があるようだが、これは難しいのではないかと思う。すると選挙では大勝はできなくなるので、憲法改正議論も難しくなるだろう。憲法も自民党支持者にとっては首相のペットプロジェクトに過ぎない。憲法で飯は食えないのだ。

外交でも行き詰まりつつある。ロシアでは何も成果が得られなかった。プーチン大統領には二島をただで返すつもりはなく、安倍首相にも秘策はなかった。前回見たように、トランプ大統領は金正恩との親密な関係を演出しつつ、内政を優先して北朝鮮問題で大幅な譲歩をするかもしれない。北朝鮮から拉致問題で妥協を引き出すのは難しくなるだろう。迷走外交を繰り広げる日本は東アジアで取り残されつつある。

こんな中、安倍首相が頼れるのはもはや「民主党よりはマシ」という幻想だけなのである。安倍首相が民主党時代を思い出せと言っているのは、言い換えればもはやそれ以外に語れることがなくなってしまったということを意味している。国政は実はここまで停滞している。

一方で、旧民主党系の人たちにも「風が止まった」という実感があるようだ。ある地方の議員か候補者の人の「風が止まった」というTweetをみて、国民の間には「よくわからないがとりあえず今は動いているからあまり触りたくない」という気分があるのではないかと思った。国政は停滞しているが、とにかく動いている。これが民主党時代よりましだと思っている人が多いのではないだろうか。

スムーズに動いている車をみれば、誰でも車についてあれこれ言いたくなる。だが、ちょっと何かのボタンを押すと止まってしまい兼ねない車はできるだけ触らないようにしないと命に関わると思えてしまうのではないかと思う。

ただ、エンジンの中からは今までに聞いたことがない音がしており、なんらかまずいことが起こっているように思える。もう勇気を出して中を覗いてみるところにまで差し掛かっているのではないかと思える。