令和改元狂想曲

改元が発表された。令和と書いて「れいわ」と読むそうだ。「なんだ昭和に戻るのか」という気がしたが、当初心配されていたように安倍「安」が入っていなくてよかったとも考えた。




ネットではどういう理由で反対するんだろうかと思っていたのだが「命令みたいで嫌だ」という見解で統一されたようだ。Twitterではだいたい10分くらいでコンセンサスが作られた。何がなんでも反対したいのだという気迫を感じるがあまり意外性はない。

出典は万葉集ということなのだが、その意味がよくわからない。安倍首相の談話が発表されるというのでちょっと楽しみにしてみたのだが、それでもよくわからなかった。最初は首相のプレゼンが下手なのだと思っていたのだが、よくよく考えるともっと「ちゃんとした」理由がありそうだ。

今回は提唱者が発表されなかった。最初はアベトモだから言えないんだろうと思っていたのだが、そうではないかもしれない。誰かを言ってしまうと「その人に花をもたせた」ことになりネトウヨ界で揉めるのではないかと思う。

もともと元号とは統治者が「こういう世の中を作りますよ」という宣言文で、今でいうマニフェストだ。だが、最初からそうだったわけでもないようで時代によって変化している。もともとは皇帝の名前と年の名前(己亥+皇帝名)としていたようだが、前漢の時代には遡って時代名をつけることにした。前漢では6年ごとの区切りだったようだ。

Wikipediaによると今のように長い元号が出てくるのは後漢の建武が最初である。日本はこれを真似して「大化」を使ったのが最初とされているが、しばらく断続的にしか使われておらず、定着したのは大宝からだったようだ。日本書紀に使われていたところから「日本も独自の暦を持った文明国なのですよ」と示す役割があったものと思われる。大化などは木簡には使われていなかったというから「ちゃんとした文明国に見られるためには外向けにちゃんとした元号が必要」と考えられたのだろう。

そのあとは「神亀」とか「慶雲」とか「和銅」などの「気分がアガりそうな」名前を時代名につけるということが多かった。秩父で銅が出てきたことをお祝いする「和銅」が中国の古典に由来しているとは思えないので、必ずしも中国の古典でなくてもよかったということなのかもしれない。

ただ、明治という元号が明治維新のマニフェストだったことは間違いがないだろう。皮肉なことに「中国の古典にこだわるな」としている笹川陽平が明治の由来を書いている。明治とはつまり天皇親政の方が良い世の中になると言っているのである。そのあとも元号は君主がどのような時代を作るのかという宣誓文になっていたが、全て漢文から取られていた。

笹川の文章を読むと、なんとなく「日本のマニフェスト」を作りたかったように読める。ここに書かれているのは「書経や易経などを持ち出さなくても日本独自のマニフェストが作れるではないか」ということである。それがあの界隈の「日本独自化」の動機だったのだろう。

つまり万葉集が由来になっているということは、結果的には日本にはこれといった政治哲学が見つけられなかったということを意味する。安倍首相はSMAPの世界に一つだけの花を挙げていた「その程度の認識」しかなかったということになる。多分安倍首相は「選挙用に当たり障りのないキーワード」を作るくらいの認識だったのだろう。すると「美しい」しか残らない。トランプ大統領が「Good/Bad」しか言わないのと同じことである。コアなネトウヨの嘆きが聞こえる。

要するに日本の季節感を大切にするというようなことだと思うのだが、政治や哲学の基礎が全て中国からきているということを逆に印象付けた。つまり「我が国固有の」として中国の影響を排除すると「自然がきれいだよね」という当たり障りのないものしか残らないし、それしか理解できない。そしてこの新しい元号が発表されるとその由来は忘れ去られ「いち早く流れに乗らなければ」という人たちで溢れる。空欄にしておいて「タイムレース」を競う様子からは国民の「なんか良さげなものを決めてくれればあとは勝手に盛り上がるから」というある種の割り切りを感じる。政治哲学が作れないとも言えるし、政治哲学のようなものがなくてもみんなで盛り上がれればそれでいい国とも言えるのである。

例えば天皇支配を合理化しようとした時に、儒教と一神教の影響を受けつつも、形的には「お父さんお母さんを大切にするように昔からずっといる天皇を大切にしよう」とした教育勅語しか作れなかったのに似ている。

そんなことをしみじみ考えていた所、程なくしてTwitterで出典の出典は漢籍だということがわかってきた。つまりこれもコピペだったのである。

よく考えてみれば自然がありふれていてほっておけば桜が咲く環境で「四季ってありがたいなあ」などという感情が湧くはずもない。梅雨はじめじめしていて夏は暑い。四季を愛でる感情は砂漠や乾燥地帯に住んでいる人でないと感じられないのではないかと思う。これを日本人が輸入してきて「季節を楽しむ」という感覚を身につけていったのではないかと思う。多くの人が指摘するように今回の令和の由来も桜ではなく梅であり実はこれすらも中国の感覚である。暖かくなってから咲く桜と違い。梅は長かった冬が終わり暖かくなり始める時期の花である。

結局、日本人はみんながまとまれる政治哲学を国書から持ってくることはできず、「自然がきれいだ」という季節の感じ方すらも中国から習ったものだったのである。リベラルの人たちは安倍決めたものは全て嫌なので今頃猛烈に反対しているのだろうが、ネトウヨのコアな人たちも内心は怒っているのかもしれない。