敗戦できない国日本の迷走する成長戦略

今日は敗戦できない国というキーワードで成長戦略について考える。勝負や競争が大好きな日本人は負けが認められないというお話である。つまり日本人は勝つことが好きなのであって、必ずしも勝負師ではないのである。




Quoraで、なぜ日本ではデビットカードが普及せずに、不便なチャージ式のカードばかりが流行るのかという質問があった。法律整備の問題と金融機関側の問題あるのだろうと調べたところ、金融庁のウェブサイトに全銀協の「決済高度化に関する取組状況について」というドキュメントが見つかった。どうやら、金融庁と業界が組んでプラットフォームを作ったらしい。

細かいことはわからないのだが、雨後の筍のように同じようなサービスが出てきて乱立するのはこの護送船団方式のせいだったんだなと思った。アメリカだと企業間が競争してプラットフォームを造るので利便性の高いものが生き残るのだが、日本の場合は官庁と業界が機会を作るのだ。当然仕組みは複雑化するだろう。外に向かって競争するのが大好きな日本人なのだが、うちわで競争をするのは苦手という奇妙な二面性を持っている。

もちろんそれで成功するものもあるのだろうが、最近では失敗が目立っているようだ。敗者を集めても勝者にはなれないという単純な理屈がある。ジャパンディスプレイ(JDI)が台湾と中国のもとで再建されることが決まったと日経新聞が伝えている。

JDIは革新機構が二千万円を出して議決権を握ったのだが、この革新機構の経営自体がうまく行かなかった。民間出身の取締役が提示した報酬は高すぎるとして報酬を抑制したために反発が起きて大量辞任が事件が起きている。結局新報酬体系を作り民間と比べると見劣りのする報酬体系になった。(時事ドットコム)政府が気にしたのは他機構とのバランスだったのだが、実際に意識すべきは実は中国と韓国だった。

日立製作所・東芝・ソニーが「儲けられない」とさじを投げた事業である。力の衰えた経済勝者たちが引退するのは認めたくない。そこでそれらの事業を寄せ集めて一つの巨人を作った。それがJDIである。だが、意思疎通がうまく行かず、中国や韓国にも勝てなくなってしまっていた。スポーツであれば引退勧告の時期なのだが、日本政府にはそれができなかった。

清算してしまうと負けを認めることになってしまうので、買い手を求めたのである。だが、実際に買ってくれるところは中国と台湾しかなかった。その中国ですら国内に工場が新設されているからという理由で買取に難色を示したという。結局、台湾企業が間に入り今回のディールをまとめたのだという。

日経の記事は「結局責任問題が曖昧になった」ことを指摘しつつ、技術流出を恐れるアメリカが介入してくる可能性があることを示唆している。記事は触れていないが、折しも中国とアメリカは貿易戦争の最中であり、この流れに引っかかってしまう可能性もあるのかもしれない。日本政府は実はそれほど気にしていないのだが、アメリカが中国に技術流出するのを嫌うのである。

そもそもできないことを引き受け、それができないといって中台に丸投げし、日本がこれまで蓄積してきた技術を盗まれかねない状況を作っている。政府が考えているのは自分たちの責任の回避だけである。負けを認めた人が粛清されてしまい再出発が許されないという「一発退場」社会なのだろう。

ディスプレイ事業を国に押し付けた日立だが別の件でも問題を抱えている。それが原子力発電所である。こちらはもっと悲惨なことになっている。

安倍首相のトップセールスがすべて頓挫し海外向けに原子力発電所を輸出するのが難しくなった。(東京新聞)どの国でも福島の事件を織り込んで安全対策費や建設費が高騰しているのである。福島第一をきちんと国内処理をしていればセールストークにも信憑性が出たのだろうが、一度失敗すると日本のような大国ですら処理ができないということが知られているのだからこれは当然のことだろう。

だが、政府は失敗を認められない。ニュースでは「経団連が」となっているのだが、日立の会長が「原発議論をしてくれ」と言っている。議論とは言っても安全性について話し合いましょうということでは全くない。もっと原発を建てたいと言っているのだ。これが反発されている。

だが、ダイヤモンドオンランの記事は日立会長の苛立ちは政府に向いているのでは?と指摘している。つまり政府が敗戦宣言をしてくれれば日立も手仕舞いができるのだが、それができないならということに苛立ちをぶつけているというのである。

ここからわかるのは、救済の仕組みが大きくなればなるほど他人の思惑が絡み合い動きを取るのが難しくなるということである。中国はQRコードという簡単な仕組みを作って安価な決済システムを作ったが、今の日本は失敗を恐れてそれを複雑化させてしまう。アメリカは競争社会なので敗者が消えてゆくが復活もある。日本はこのどちらもできないので、国が関わるまでに大きくなった事業がことごとく失敗してしまうのだということがわかる。

安倍政権の成長戦略とは実は衰退産業の介護なのである。

中でも重要なのが「終わらせ方」である。日本は見切りをつけて終わらせるのが下手だ。結果だけを見る所があるのでこれを失敗とみなしてしまうのだろう。この状況は第二次世界大戦の末期に似ている。行きがかり上戦争に勝ちづつけてきた日本はそこから抜け出せなくなり国としての戦略を立てられないまま第二次世界大戦に突入した。出口戦略を持たなかった故に(つまり負けたらどこで撤退するかを決めていなかった)泥沼化し、国民財産をすべて焼き尽くすまで戦争を止められなくなってしまった。

現在の状況はこれに似ているのだが、決定的な一打がないので敗戦決断ができない。第二次世界大戦は沖縄・広島・長崎という犠牲があってやっと終わったのだが、70数年後の我々もまた同じような過ちを繰り返そうとしているのかもしれない。