日本史の論点 – 邪馬台国はどこにあったのか

評判の「日本史の論点」を読んだ。とはいえ日本史の全部に興味があるわけではなく、古代史と大正デモクラシー以降だけを読んだ。もちろん、細かい点を全部把握できたわけではないのだが、なんとなく人にお話ししたくなるネタが豊富にある。通勤途中に飛ばし飛ばし読んでも面白そうだし、まとまった休みに読んでも楽しいかもしれない。




古代史の担当の倉本一宏さんによると「邪馬台国がどこにあったのか」という議論そのものがあまり意味を持たなくなっているのだという。倉本さんはは倭国連合と倭王権という二つの概念を紹介している。九州には邪馬台国を中心とした倭国連合があり、「それとは別に」倭王権があったというのである。

倭国連合は魏に朝貢していたがこれとは別に呉に倭王権が朝貢していた可能性もあるそうだ。魏志倭人伝の資料は残っているのだがそれ以外の書はあまり残っていないので記録になっていないのではないかと説明されている。つまり魏志倭人伝に倭国について書いてあったからといって、それが大和朝廷につながったという歴史認識そのものが正しくない可能性があるというわけである。

昔の学説は「そもそも日本というまとまりがあったはず」ということから出発し歴史を組み立てていたのだが、日本という枠組みが朝鮮半島とどう連動しているのかということや、列島の中にある歴史は「日本史一本だったのか」という点はあまり考慮されてこなかった。

この本には金印の話(つまり漢が日本を認識していた)話も出てこず、混乱の結果九州と中国・近畿に別の塊が出てきたというところから始まる。彼らが意識したのは朝鮮半島利権であり、それを認めさせるために当時の大国である中国の目を意識するようになっていったという筋書きになっている。そして魏と交流のあった邪馬台国(倭国連合)の話はどこかに消えて行き、倭王権の話になる。これ以降邪馬台国の話は本には出てこないので「歴史書にあるからといって本筋ではない」として切り離された可能性もあるのかななどと思った。

加耶の鉄利権に関心があった倭王権は百済に加担して朝鮮半島に出兵した。倭王権は宋の後ろ盾を得て朝鮮半島再度介入しようとする。天皇の空位時代があった後、婿入りした継体天皇が即位する。倭王権は渡来人の技術を取り入れて軍事的に強い国づくりを目指した。

だが、589年に隋が中国を統一すると倭王権は朝鮮半島に介入できなくなる。日本は遣隋使を送って朝鮮半島利権を認めさせようとするが「政治制度が不備である」という理由で退けらる。そこで政治制度を改革し自らを「天子」と称することで朝鮮諸国からの優位性を認められたという。ところがせっかく信頼関係を築いた隋がなくなってしまう。

隋にどうしても従おうとしなかった高句麗に4回侵攻したがその結果内政がおろそかになり滅亡してしまった。朝鮮半島では百済が滅亡し日本に助けを求めた。ところが、天智天皇は白村江で負けてしまい(663年)つづいて国内で壬申の乱が起こった(672年)。この頃から日本は内政の充実を優先させざるをえなくなる。

大宝元年(701年)から日本でも元号が使われるようになり政治体制が整ってゆく。歴史書も作られて国としての体裁は整った。だが、なぜか次第に朝鮮半島への関心が失われてゆく。この本にその辺りのことは書かれていないのだが、国内で金属資源が採れることがわかったという背景はありそうだ。製鉄がいつ国内で始まったかはわかっていないようだが、国内で製鉄ができるようになる。708年には秩父で銅が採掘されたことを祝って元号が和銅に改められた。こうして日本は国内で経済が回せる閉鎖系になってゆく。

さらに国際情勢も変化した。中国の政治的混乱が治ると朝鮮半島の現状が固定され倭国が介入できる余地がなくなる。こうした背景があり、なぜか王権の関心は東国へと向かった。陸奥鎮東将軍が最初に任命されたのは和銅2年だそうだ。そういえば東北では金が採れるんだなとも思ったのだが、その辺りのことも書かれていない。

この本を読んで面白いと思ったのは日本が最初から外国の目を意識して政治体制を整えていったという経緯である。背景にあったのも軍事的な野望ではなく経済的な事情である。だが、半島に進出すると自然と中国にぶつかってしまう。この辺りの図式は実は明治維新とそれほど違いはない。大正期の記事を読むと日本では政党政治がうまく機能せず大陸進出がほぼ唯一の論点だったというようなことも書かれており、地理的背景によって日本人に繰り返し同じ構造の議論を繰り返しているということもわかる。

外国の目という観点でみると、何かを認めさせたい時には外向きにシステムを整えるが、次第に関心を失って内向きになり、またショッキングな事件が起きて外向きになるという循環を繰り返していることもわかる。

この本は古代から現代までカバーしており、論点が簡潔にまとまっている。このため好きなところをつまみ食いしながら日本史の常識を更新することができる。昔学校で習った歴史認識はもう過去のものなのかもしれない。「日本史の論点」は新書で手軽に読めるので、ぜひゴールデンウィークのまとまったお休みにでもいかがだろうか。