神の啓示としてのノートルダム大聖塔の尖塔火災

ノートルダム寺院が火災になっているというニュースがTwitter上を流れてゆく。完成したのは1225年で全てが完成したのは1345年なのだそうだ。日本では鎌倉時代から南北朝期にあたる。




このニュースを見て比較的まともなTweetをする人が「イルミナティが……」と呟いていた。衝撃度合いとしてはわかるし否定もしないのだが、ちょっとそれはどうかなと思う。にもかかわらず今回のタイトルは「神の啓示」である。これを聞くと普通の日本人は「シューキョーはちょっとな」と思うのではないだろうか。

最初はショックだというニュースが流れていた。フランスはカトリック国でノートルダム大聖堂はパリ大司教区の司座になっているそうだ。つまり精神的支柱が燃えていると言っても過言ではないのである。改修工事が行われていたせいで火事になったのでは?とも言われているそうだ。つまり放火ではなく事故だったということだ。(時事・AFP

石造りなのになぜ燃えたのかと思った人も多かったようだが内部には木材が使われていた(テレビ朝日)という。ストーブのように空気が上に集まる構造だったという指摘も目にした。

Twitterで印象的だったのは空爆で破壊された聖堂が「再建された」というTweetだった。つまり、形があるものはなくなるが人々に気持ちがあればまた再建すればいいというのである。そのために「みんなでお金を出し合おう」というような気持ちが大切だということになる。マクロン大統領は早くも再建を表明し(毎日新聞)寄付も呼びかける意向のようだ。

神様というものが存在するのかということはわからないし何かが壊れてしまうというのはショックなことだ。大切なのはその存在を信じて「信じる気持ち」を再建しようという心意気だ。その気持ちを集めるために聖堂があるということになる。

ただ、現実的な問題はあるようで、組織の隔たりの問題などもあり再建計画が滞る可能性もあるのでは?と指摘(時事・AFP)されている。そもそも過去には人々から放置されてきた歴史もあるという。この中に出てくる「ビオレ・ル・デュクという人が記録を残してくれたために再建ができるだろう」というのは記録の大切さがわかる話だ。人は今自分たちのために記録をとるわけではないのである。

Wikipediaのビオレ・ル・デュクの項目には、ビクトル・ユーゴが修復を訴えたことと当時の色々思惑で再建計画が錯綜した様子が書かれている。気持ちを一つにするというのは必ずしも容易なことではない。さらに意外なのは、この建物がビオレ・ル・デュクらによって改変されているという点である。つまりノートルダム大聖堂は古い伝統を残しつつも、時代によってアップデートされているという側面があるのだ。ノートルダムは単なる博物館ではなく生きている建物なのである。

さすがキリスト教国だなどと思ったのだが、なぜか熊本城を思い出した。産経新聞によると熊本城の再建には20年の歳月と600億円がかかるそうである。崩落した石垣を修復するためには手作業が必要で、1日に1つしか作れないという。気が遠くなりそうな時間と労力がかかる。にもかかわらず今でも一日いちにちと再建は進んでいる。これを疑問視する人はあまりいない。フランス人と同じように日本人も「古い伝統を残しておく」価値を知っているからだ。

精神的な支柱というものは「形」が大切なのではなく、それがつくられる過程を通じて人々の心が集まることが大切なのだ。だから壊れたら終わりになるわけではなく「また立て直せばいい」のだ。逆に言うとそれが立て直せないと思った時点でその建造物は意味を失ってしまうということになるだろう。何かを壊せないというのも「もう作り直せないのでは」という不安から来ているのかもしれない。

なんとなく「何かを壊すのを恐れてはならない」というのは言葉としてはわかるのだが実感はしにくい。実際には「壊れた」という事実が重要なのではなく、そのあとで人々がそれを復興したいのかという気持ちの有無こそが大切だ。人類にはそれができる資質があるということになる。神の存在を信じるにせよ信じないにせよ、こうした人が持っている可能性は信じてもいいのではないだろうか。

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