消費税はなぜ導入されたのかというそもそも論について見直す

Quoraにまた面白い書き込みを見つけた。「消費税議論は本来福祉目的税なのに議論が混乱している」というのである。




これを聞いて「この人は何を言っているのだろう?」と思う人もいるかもしれないのだが、実は消費税は福祉目的の税ではない。Quoraで再度質問すると「もともと大型間接税議論だったのに変ですね」という人もいたので知っている人は知っている。消費税は使い方が限定されていないにもかかわらず福祉目的税と説明されるので「あれ変だな」と思う人もいるだろうが、実はそれが正しい見方だ。にもかかわらず多くの人が福祉目的税だと信じている。

さらに問題なのは実は政治家たちも最初の目的をよく理解していないという点である。確かなことはわからないのだが、これは官僚が政治家を操作しようとして失敗したのではないかと思う。この辺りは読み手の皆さんに判断していただくとして、経緯だけを説明したい。

まず概念整理をする。最初の書き込みに答えるときにやや混乱し、そのあとで調べ直したものである。間接税に一般間接税(消費税)と贅沢品にかける税があるというのがポイントである。

  • 直接税:法人税や所得税など
  • 間接税
    • 自動車(税制上は贅沢品扱いになっている)に関する各種税・お酒・タバコなどの贅沢品への課税
    • 一般物品にかける消費税

消費税導入の狙いはもともと財源の安定化と単純化だった。シャウプ勧告で整理された間接税がなし崩しになっており、再度引き締め直そうとしたところに原点がある。途中まで読めるコトバンク(世界大百科事典)は次のような書き出しで始まる。

もともと直接税としての所得税にはサラリーマンが補足しやすく農業などが補足しにくいという問題があった上、将来は少子高齢化で現役世代が減り捕捉がますます難しくなるという予測があった。しかし、これを従来型の間接税で補うと体系がますます複雑になる。これを直間比率の見直しという。

ところがこの説明で政治家を納得させることはできなかった、むしろ彼らに響いたのは「赤字国債の穴埋め(つまり財政再建)」という説明だった。子孫に借金を残すなという言い方が真面目な日本人にアピールしたのだった。ここが最初の失敗である。

だから、竹下内閣で消費税が導入されたときの目的は財政再建だった。

ところが政治家の説明に国民は納得しなかった。ロッキード事件やリクルート事件で金権選挙批判があり自民党は選挙で負け続けたので「年金が維持できなくなりますよ」という説明に変わった。否定的だった細川内閣が突然構想がぶち上げて頓挫(内閣そのものが崩壊)するが、この頃から福祉が全面に押し出されるようになり現在に至る。政治家も官僚も国民さえ納得させられればいいと考え始めたのかもしれない。

ところがこの嘘は現在収拾がつかなくなりつつある。元々の目的が税制の簡素化であるという視点が忘れられているので軽減税率が導入された。この後この軽減税率は複雑化するだろう。官僚システムがしっかりしていた日本の議会政治は国家運営について真剣に考えないので、税制議論が票取引の材料に使われてしまうのだ。現在のTwitter論壇では「選挙に有利だから5%までの引き下げを検討しろ」などという議論が真剣に交わされている。

財政再建という目的すら忘れられており、プライマリーバランス黒字化の目標は先送りされ続けている。ついに「国債は無限に発行できる」という日本版MMT理論が議論されるようになった。

国民の多くは「自分が生きている間は年金システムを維持してほしい」と考えており福祉目的税だと信じている。一方、安倍政権は手薄になっている現役世代を民主党系に取られまいとして、教育無償化にも使いますよと範囲を広げてしまった。

そして、自民党の足元から消費税延期議論が出てくると慌てて「消費税を延期すれば一兆円の国債を発行しなければならない」と言いだしている。消費税増税を前提にして予算を組んだのだから延期すればそれがなくなるのは当たり前なのに、もう使い道を決めたから止められないのだという議論を始めてしまったのである。

さらに、政府の説明も「直間比率の単純な見直し」となっているものがある。これを見ると直接税(所得税と法人税)に何か欠点があるように見えてしまうのだが、実はこれも本質ではない。間接税の中にも自動車関係税のように徴収に手間がかかる税金があるからだ。そうすると読んでいるうちにとても混乱してしまう。

引きの絵で見ていると、とても無駄な議論をしているということがしみじみわかると思うのだが、Twitterで情報を眺めているとなかなかそれが実感できない。もともと説明しやすい嘘から始まった議論なので、細かな情報を調べれば調べるほど話がわからなくなってしまうのである。現在の国会議論はとても混乱しているように見えるのだが、実はこれが定常なのかもしれない。