本来賢いはずの日本人は何故戦争についてまともに考えられないのか?

丸山穂高さんの話をQuoraで見ていて気になったことがある。日本が戦争をできないということが意外と知られていないのではないかと思うのだ。




戦争をできない理由はいろいろあるのだが、どれも第二次世界大戦の結果から来ている。

  • 国連は国連憲章で戦争を禁止している。
  • 日本には敵国条項があるので現状変更をやろうとすると無条件で攻撃される。
  • 周辺国は核爆弾を持っているので戦争になるとかなり悲惨な事態が予想される。
  • 日本人は戦争に強い拒絶反応があり仄めかしただけでバッシングを受ける。

ただ、国連憲章をそのまま読んでも戦争を禁止しているというのはよくわからない。コトバンクにブリタニカの戦争違法化の記事が載っているのだが、自衛(集団自衛・個別自衛を含む)という例外について書かれており、なおかつ実際に戦争も起きている。だから「理屈をつければ戦争ができるのでは?」とか「アメリカのような強い後ろ盾があれば大丈夫なのでは?」と考える人がでてくるのだろう。丸山さんのように思いついたら言ってみたくなる人も出てくる。

これまで日本人は戦争についてどちらかというと感情的・道徳的に捉えてきた。この方が手っ取り早かったからだろう。だから、そもそも戦争について語ることがいけないということになっている。8月15日近くになると戦争被害のことばかりが取り上げられて「感情的に」やってはいけないというような空気が醸成されてゆく。そして8月15日をすぎると、結果的に経済発展したからいいじゃんというような感じで終わる。

こんなことを繰り返しているから「憲法さえ変えれば戦争できるのでは」とか「左翼が黙ればいいのでは」とか「道徳的によいという空気さえできれば戦争ができるようになるのではないか」と思い込む人が出てきてしまうわけである。

すると今度はそれを利用して「やっぱり憲法第9条は絶対に変えてはならない」と言いだす人が出てくる。社会主義の仕組みについて説明するのは大変だけれども「戦争はダメ」という正解はわかりやすいからである。

これまでの道徳で政治を語るのはこれが人権概念とコンフリクトするからだというような説を見てきたのだが、道徳は意外ともろい。みんなが「まあ別にいいのでは?」と考えると「なんとなくそれもアリかなあ」という空気が生まれると絶対的であったはずの道徳は相対化して力を失う。

賛成する方も反対する方も漠然と戦争について考えているだけなので「実際にやるとしたら誰かが銃を持って人殺しに参加するのだ」とか「核兵器で報復されるかも」というようなことは検討されない。

とても悪い例えなのだが「サッカー選手の国家代表を応援する」くらいの気持ちで問題に接しているのではないかと思う。日本人はなにしろ70年以上もの間国際戦争をほとんど体験してきていない。だから兵隊を持つということがどういうことなのかよくわからないのではないかと思う。サッカーは管理されたスポーツなので死人が出ることはめったにないが、戦争はそうではないということすら忘れ去られている。

安倍政権とそれを応援する人たちも「勝てる米軍側にたっていれば戦争に負けることはない」し「戦争に出かけるのは自分たちではない」し「戦争というのはどこか遠くで行われることである」という前提があるように思える。

そもそも危機を煽って支持を集めるというのはポピュリズムの常套手段だ。そのために議論を利用しているだけなのかもしれない。

例えば安倍首相は「自衛隊が違憲だと言われてはかわいそうだから」と、不確かな自衛隊員の例を出す。一見とても優しいが、実際に彼らを交戦権のない状態で戦場に送り出しているということにはまるで無関心だ。日報隠蔽問題で一度表に出かけたこの問題はいつの間にか曖昧になった。これも道徳で政治を語っているからである。道徳は主観的であるがゆえに「都合よく歪められがち」だ。

安倍首相がいうように「自衛隊が違法と言われてかわいそう」というならまず目の前いある危険を取り除くために国民を正面から説得すべきだった。でも、自衛隊を感情的に利用しているだけの今の政権がそれをやることはないだろう。

丸山さんはこの問題を被害者に直接ぶつけてしまったので話が複雑化してしまったのだが、合理的に説明すれば、意外とちゃんとわかって議論ができる人たちも多かったのかもしれない。日本は戦争はできないし、たぶん第二次世界大戦の結果確定した領土を交渉で変更することも極めて困難だろう。それでも諦めきれないなら地道に交流を続けるしかない。

日本人は本来合理的で頭が良いはずなので、合理的に説明すれば「なぜ戦争ができないのか」ということを理解するのはたやすいはずだし、戦争は割に合わないということも理解されるだろう。そこではじめて「ではどうすべきなのか」ということを冷静に話し合いできるようになるはずだ。

そう考え直してTwitterの議論を見るといい。一部では訴訟がどうだというような話になっているようだが、みんなたぶんこれをネタにして騒ぎたいだけなのである。他に彼らが一つになれるものが見つけらないのだろう。