慰安婦少女像を表現の自由として許すべきなのか?

Quoraで「慰安婦少女像を表現の自由として許すべきなのか?」という質問があって頭を抱えた。面倒なのであまり答えたくないのだが、すでに「許すべきではない」という回答が多くありさらに頭を抱えた。




天賦人権は誰かに許されるべき筋合いのものではない。日本では生存に他人の許可をもらわなければならない人は誰もいない。これが天賦人権のもっともわかりやすい説明だ。しかし人権となると話が変わってくる。なぜか集団の許可が必要だと考える人が多くなる。

この裏には土着の民主主義政治理解があるように思える。日本人は村に複数の価値体系があることを認められない。管理上面倒だということもあるのだろうが、単に居心地が悪いのかもしれない。そこで気に入らない価値体系があったらみんなで潰していいことになっている。今回の「表現の自由」はここにぶつかったのだろう。

さらにコメントを見ていると、芸術展という場所も理解を難しくしているようだ。もともと表現の自由とは「自分の生き方を誰にも邪魔されず表現していい」という意味だと思う。だが、日本人は芸術を素晴らしく高尚なものと考える。国が支援する事業ともなればなおさらである。つまり慰安婦少女像を芸術の場におくことで「立派な芸術であるというお墨付きを与えてしまうのではないか」という恐怖心があったのだろう。

日本語には「芸術表現」という言葉もあり、憲法の表現の自由と芸術表現の自由を混同した上で「自分にはよくわからない」とコメントしている人がいた。「一生悩んでいればいいんじゃないか」と思いそっと画面を閉じた。

にもかかわらずなぜかみんな「慰安婦については自分も語ってもいいのだ」と信じ込んでいるようだ。このため「天だったら人権が賦与できるということだろう」と考えて「天の代わりに俺が判断してやろう」という人がわらわらと湧き出してくる。さらに「私が許しても世間が許さない」などと言って集団を隠れ蓑にしてしまう。

慰安婦少女像を許すか許さないかという問いは「社会として受け入れていいのか」という問題にすり替えられる。同時に社会には自分と異なった考えの人はいないだろうしいるべきでもないという考えが働く。こうして議論の場は瞬く間に不毛な混乱に陥った。

こうした間違った人権感覚をなくすためには学校で繰り返し教えるべきだと思うのだが、学校で人権について習う時にも「国際社会の正解はこうなのでみんなで従いましょうね」というような翻訳がされているのではないかと思う。なのでこれを議論に使うといろいろな不都合が出てくる。

議論に値しないからといってその意見を切り捨てるのも少し「違う」ような気がするのだが話を聞いている疲れてくる。土着理解に思い込みが加わりその人オリジナルの心象が生まれている。その上怒りが次から次へと湧いてくるらしく筋がない上にいつまでも終われない。

最初にいとぐちが見つかったと思ったのは執拗に長い文章を書いてくる人の別の文章を読んだときである。パソコンが壊れたとかでイライラしていたらしい。つまり自身の問題がありそのイライラを誰かにぶつけたかったのだろう。つまり、そもそも意見についてのカウンターではなく「イライラしているだけ」だった可能性が高いのである。

と同時に自分自身も「自分の考えや表現に不備があるから理解されないのではないか」という恐怖心を持っていることがわかった。そもそも相互理解を前提としない会話に到達点はないのだからそんなことは考えなくても良いのである。単に自分の良心の範囲で見直せばいいだけである。そこで説得は諦めて、彼らの論理構成を探った。そこで発掘した共通項が今回の「土着的民主主義理解」と「芸術という権威」というキーワードである。何も相手を説得することだけが会話ではないということだし、相手のポジションを理解することは負けではない。

次のいとぐちは別のところにあった。

それが原爆である。アメリカ人には「原爆という科学」が日本の暴走を止めたと考えている人がいる。ユダヤ系のアメリカ人にとってはナチの恐怖からの解放も意味する。個人的な経験からいうと「日本人が原爆について複雑な気持ちを持っている」ことはあまり知られてはいないが、勇気を持ってそれを言い出すと聞いてくれる人はいる。アメリカ社会は自分も主張をするが相手の主張も聞かなければならないという社会だからである。

NHK WEBに私がいるのは、あの日が曇りだったからという記事を見つけた。原爆にも使われたプルトニウムの製造をしているワシントン州に留学した高校生の物語である。街ははプルトニウムを誇りにしていて学校のロゴにも使われている。ここに福岡県から学生がやってきた。地名は書かれてないが祖父と祖母は小倉の出身らしい。小倉は長崎が曇りだったので原爆が落ちなかった。つまりもし8月9日に小倉が晴れていたら彼女はこの世にいなかった可能性があるということだ。

彼女は町の歴史について学び(つまり相手の言い分も聞き)その上で自分の気持ちも伝えたそうである。そして町の人の中には「話をしてくれてありがたかった」という人がいた。

もちろんそれで町からロゴが撤去されることはないのだが、自分の気持ちは伝え相手の気持ちを聞くことはとても重要である。表現の自由とは相手を思うがままにコントロールすることではなくお互いの言い分を共有し違いを認めたままで共存することであるということがわかる。

慰安婦問題は慰安婦がいたかいなかったかという問題ではない。全面的に日本支配を否定したい一部の韓国人と、それが国際常識になり「国際社会で頭が上がらなくなる」ことを恐る多くの日本人の心理的せめぎ合いである。実は両方とも空気に支配される社会だからこそ起こる問題なのだ。

「表現の自由」とは本来は相手の気持ちを理解しあうという文化的背景があって初めて成り立つ。と同時に相手の言い分を全て受け入れなければならないということでもない。

多分、慰安婦少女像にこれだけ苛烈な反応が出るのは、日本人が国際社会というものを理解していないからなのだろう。慰安婦少女像が「立派な芸術である」と認めてしまうとそれが国際社会の常識として認められ自分たちの気持ちを表明する機会が永遠に失われるだろうというありもしない恐怖なのだ。

しかしその裏には自分たちが空気によって異論を封じてきたという歴史がある。皮肉なことに表現の自由を追求するという側の人たちもTwitterという村で少数者をいじめてきたという歴史がある。津田さんも東浩紀さんも取り巻きに囲まれてそういうことをやってきた人である。少なくとも彼らは「話し合いと相互理解」という雰囲気を作ってこなかった。このことが「表現の自由を許すべきなのか」という倒錯した問いになって彼らに襲いかかってきたことになる。