なぜ日本の戦争責任の議論はぐちゃぐちゃになるのか

先日、第二次世界大戦は侵略戦争だったのかという議論に回答した。回答していて「納得感は得られないだろうなあ」と思った。日本人が考えているオトシマエのつけ方と世界の考え方があまりにも違うからである。




そこで別の立場から回答を書いたところ高評価をたくさんもらった。これはこれで勘違いされているんだろうなあと思う。日本だけが悪いわけではないという回答なのだが、日本だけが悪いわけではないのだから反省しなくてもいいというように捉えられるのではないかと思ったのだ。この辺りが「空気が支配する社会」の難しさだ。集団圧力ですべてが決まってしまうので、内省・総括が起こりにくいという特性があるようだ。

日本人は多分この議論で「侵略戦争は悪いことだから謝罪してしまうと近隣国に頭が上がらなくなる」と考えているのではないかと思う。日本人は一度間違えた人はとことん叩いてもいいことになっている。それが次の掟破りの唯一の抑止力になっているのである。善悪の基準を内部に作らないので、結果的に騒ぎになったことが再び起こらないように抑止力が働くのだろう。そして、侵略戦争は悪いことに決まっているのでありそんなことをする人は悪い人なのだということになると、侵略事実そのものが認められない。

ところが欧米ではそうは考えない。例えばイギリスはインドを独立させてあげたことになっていて賠償はしていない。アメリカが独立した時も経済的な問題は話し合っていないそうだ。アメリカの場合は複雑で、実際に独立した人たちは白人であり征服者だった。つまり謝罪は現地にいた人たちになされなければならない。

例えば、アメリカ人はハワイ王国で革命を起こし最終的にハワイを併合してしまっている。勝手にルールを決めてアジア系とハワイ系の投票権を奪ってから「民主的に」王を追い込んだのだそうである。後になって謝罪はしたが補償はしていないようだ。つまりごめんなさいとは言ったが経済的な責任は取らなかった。決議は「今後もよく話し合ってくださいね」というだけである。同じようなあいまいな決着は本土のネイティブアメリカンとの間にも結ばれているようだ。

大陸欧州も同じようなことをしている。

ベルギーはコンゴを支配してかなりひどいことをした。最初は王様の私的なプロジェクトでありのちにあまりにもひどすぎるということになった。しかしベルギーはコンゴに経済的な補償はしていないはずである。フランスはハイチが独立した時に経済封鎖をしてハイチに賠償金を支払わせている。「奴隷所有者の権利を侵害したから所有者に賠償しろ」というのだ。ハイチは経済封鎖されており貿易ができなかった。だから山林を切り開いて木材を売ったそうだ。そのため今でもハイチは極貧国であり山は禿山になっているそうだ。やっていることがメチャクチャなのだ。

共通点は「その場その場で交渉をしてケリをつけている」という点である。そのため条約を結んで講和を確定してしまう。そして交渉が完全でなければ過去に遡って謝罪はするのだが経済的な賠償までは認めない。

「侵略戦争が悪い」となったのは、植民地獲得戦争に収拾がつかなくなり戦線がヨーロッパに拡張した上に非白人国家(つまり日本のことだ)まで参入してしまったからだろう。ヨーロッパの名誉クラブだった主権国家が非白人国に波及すれば収拾がつかなくなる。各地の植民地が賠償を求めて主権国家として戦争を起こせば多額の賠償も要求されかねない。そこで「植民地獲得は悪いことだったからみんなでやめましょう」という空気を作り、植民地を解放して「あげた」ことにした。

この時、東京裁判では旧植民地(インドとフィリピンが入っている)にコミットさせた上で、日本は悪いことをしたと断罪した。だが賠償責任だけは負わせなかった。日本は「なんだか助かった」と思ったのかもしれないが、そんなことをすればヨーロッパの国々は旧植民地からの訴訟リスクにさらされることになる。つまり、日本は自分たちが犠牲になってヨーロッパの総括・清算にお付き合いしたという事情がある。

つまり、ヨーロッパは自ら解放してあげたのだから賠償してあげなくてもいいが、日本はその機会を奪われたことになる。その上欧米は「日本からアジアを解放してあげた」ということにもなっている。

歴史を調べるのは楽しかったのだが、こんなことをいくら調べても日本人には響かないだろうなあと思った。例示したら例示したで「植民地賠償しないというのが国際法上正解なのだ」と言い出す人が出てきそうだ。つまり日本は悪くないという議論が展開されるのだろう。日本人はどこまでも「何が正解で、どっちが良くてどっちが悪いんだ」ということを知りたがる。

実際には日本だけでなくどの国も植民地に多かれ少なかれひどいことをしている。日本の場合は植民地と呼ぶのは感じが悪いからそう呼ぶのはやめておこうという配慮もあったようで朝鮮半島など「外地」の扱いなどがかなりあいまいになっている。だがそれも内向きの理屈であり非支配地には意味のない話だ。

欧米先進国は「その場その場で状況を確定させつつ、利権も確保しつつ、後で蒸し返されないようにいろいろ協力してあげる」というようなことをしている。つまり、旧植民地との関係をマネジメントしつつ現在の主権国家体制を維持している。

日本も本来なら過去にやったことは間違っていたと謝罪した上で、経済問題はきっちりと線引きをすべきだった。だが、このあいまいさに日本人自身が耐えられなかったのだろう。政権内部にも「全部悪くなかった」などと言い出す人が出てきた。すると「日本は全然反省していないではないか」とこれを利用する人たちが出てくる。

日本は行きがかり上列強になってしまったという歴史がある。だがこの事実が消えるわけではない。今からでも冷静に歴史を学び直してより良いご近所付き合いの方法を学ぶ必要がある。そのためには「全面的にいい国も悪い国もない」ということから認識をあらたにすべきではないだろうか。