長期的国際戦略が立てられなくなったアメリカとグリーンランド買収騒ぎ

トランプ大統領がデンマーク訪問を取りやめた。すでにいくつも分析が出ているのだが、「グリーンランドが買えなくなったからだ」と言われているそうだ。実際にはデンマークの女性首相に「馬鹿げている」と言われて腹を立てたのではないかと言う観測がある。「嫌な奴(ナスティ)」と応酬したという。




このことは日本ではあまりニュースにならなかった。だが、GSOMIAの件と絡めて「アメリカは長期的な視野で安保戦略を組み立てられなくなっているのだろうなあ」と思った。デンマークは小国とはいえNATOの一員である。アメリカは同盟国を重視しなくなっているのである。というよりデンマークがアメリカの同盟国であるということをトランプ大統領はわからなかったのかもしれない。個人的なつながりが重要なトランプ大統領にとっては北朝鮮の方が近しい国なのかもしれないのである。

さらにトランプ大統領はNATOをそれほど重視していないようだ。予算を削減しようとドイツなどに圧力をかけているし、INFからも離脱してしまった。自分たちは自分たちで守ればいいという考えなのだろう。

それでも大統領の無知は看過しがたい。そもそもグリーンランドはデンマークの自治領である。自分たちの頭越しにデンマークとアメリカの間で「買収計画」が進むことなどありえない。

とはいえデンマーク政府は怒ったりしなかった。どちらかといえば大人の対応を取ったといえるだろう。笑ってごまかそうとしたのだ。すると相手にされなかったとしてトランプ大統領は逆ギレし「ナスティ」と相手側首相を名指しした。ナスティとは「ムカつく」くらいの意味である。普通の外交儀礼では出てこない言葉だ。

このニュースを聞いてまず思ったのは「グリーンランドが買いたい」というのが誰の思いつきなのかということだった。不動産屋らしい発言ではあるがあまりにも突拍子がない。さらに、これを誰も止めなかったんだなと思った。つまり、止められる人が政権内部にいないのだ。

この話はここで落ち着いたと思っていたのだが、トランプ大統領がグリーンランドにトランプタワーを建てるコラ画像を流したところで「ああ、ムカついているんだろうなあ」と思った。さらに、デンマーク行きをキャンセルしたというニュースを聞いた時「ああ、大統領の暴走を誰も止められなくなっているのだろう」という気持ちが確信に変わった。安保だけでなく外交もできなくなっているのだ。

日本ではこのニュースが流れなかったが、これを聞いたヨーロッパの人たちは多分「アメリカはもう当分あてにならないのだろうなあ」と思ったに違いない。

ところがアジアはまだアメリカを信じきっている。韓国は今回GSOMIAを離脱するにあたり「米韓同盟があるから大丈夫だ」というような説明をしたようだ。巷にはアメリカのメンツを潰したという分析をしている人がいるが、文在寅大統領はアメリカに甘えたのだと思う。

しかし、実際のトランプ大統領は思いつきで金正恩と会談し韓国まで届くミサイルを撃っても「厳密にいえば国連安保理決議違反だがみんなやっているんだからいいじゃないか」ということを言っている。全てが場当たり的である。これはトランプ大統領が朝鮮半島情勢に大した興味を持っていないということを意味しており、同時に長期的戦略ではなく個人の経験や勘に頼りきっていることがわかる。

日本のマスコミは日韓関係に夢中になっており、政府もアメリカの調停力に期待もしているのだろう。アメリカは今でも東アジア情勢に関心を持ってくれているであろうという暗黙の期待が背景にあるのかもしれない。

ご存知のように日米同盟は在韓米軍の後方基地であるというのが暗黙の前提になっている。保守の人たちは口が裂けても言わないだろうが在日米軍の存在価値はそこにあり、アメリカに付随して動く自衛隊もその枠組みの中にある。今の政府が集団的自衛権の議論にこだわっていたのは、日米同盟(日本の領域が枠組みになった集団的自衛体制だ)を徐々に朝鮮半島からインド洋にまで広げたかったからだろう。

つまり、アメリカが朝鮮半島に興味を失うということは日米同盟にも興味を失うということだし、今ある自衛隊の改憲議論も土台から崩れるということを意味する。つまり、ここから先、保守の人たちはこのことをうすうす感じつつ表向きは絶対にそれを認めないという立ち位置に立つことになる。左派は自分たちが国内世論から見捨てられていることを知って護憲にしがみついたが、右派もこれからそうなるだろうということだ。

保守の人たちはアメリカがあてにならないということがわかっていつつアメリカを前提にした議論を続けようとするだろうし、いわゆるリベラルという人たちもその議論に依存しており反対を続けるのだろう。彼らがどちらとも「1mmも妥協できない」と主張するのは実は議論の土台がもはや有効でないということを知っているからなのかもしれない。そして残りの人たちはその無駄な議論に付き合わされることになるだろう。

こうなったら、この状況を前提に一度改憲議論をしてみればいいと思う。つまり、実際に議論が破綻するまで彼らはそれを認めようとしないだろうからだ。

トランプ大統領が長期的視野を持てなくなっているのは嘆かわしいことなのだが、よく考えてみればアメリカの国際戦略は対共産党シフトだった。経済圏としての共産圏は消えてしまったのだからもはや意味がないシフトなのだ。アメリカが国内や中南米の共産化を防ぎたかった気持ちはわかるが、なぜアジアまで面倒を見なければならないと思い込んでしまったのか、改めて考えてみるとよくわからない。

贅沢を言えばアメリカにはソフトランディングしてほしかったがトランプ大統領のような破壊者が現れるのは時間の問題だったのかもしれない。