変わらない国日本で本格的なリベラル政権が生まれることはない

前回GHQが片山哲に肩入れした政権を作ったという様子をみた。これついて書かれているウェブサイトは少ない。いくか文献を当たらなければならないようだ。仕方なく「占領下中道政権の形成と崩壊」という本を借りて読み始めた。今、片山社会党政権ができたところまでを読んだところだ。社会党なのに左派政権ではなく中道と書かれている。保守政党は右寄りと見なされており共産党が左派だったからである。




これまで社会党や共産党は憲法改正プロセスには大して関与していないと思っていたのだが、どうやら制憲過程にはかなり積極的に参加していたようだ。社会党は当時第3党だったが第2党との間の差はわずか1名である。保守も社会党などを巻き込むことにこだわった。このため社会党と共産党はのちに護憲勢力になる。一方、自民党から護憲勢力は消えてしまいいつの間にか改憲政党だということになってしまった。この時の合意に加われなかった人たちがのちに党内抗争で勝ってしまったからである。

日本にはフランス人権、民本主義、キリスト教系人道主義というような伝統が戦前からある。ところがこの「美しい伝統」が庶民に支持されることはなかった。社会党が躍進したのは有権者が終戦直後の混乱を嫌ったからのようだ。社会党は第1党にはなったが過半数は取れなかった。そこで片山政権を作るためにはGHQが「ある介入」をしなければならなかった。

結局、片山政権・芦田政権も継続的な支持を得られなかった上に、最終的には疑獄事件で瓦解している。このパターンは繰り返し戦後政治に登場する。村山政権も自民党に取り込まれて社会党が分解されてしまった。最後は民主党政権である。これも最終的には瓦解して分解した。つまり「変化をもたらす政党」は日本では継続しないのである。

有権者の立場から見ると、リベラル系政権というのは「既存政権に対する不満のはけ口」でしかなく継続的な応援の対象にはならない。日本人は普段はメインストリームの政党を支持しそこからなんらかの利益を得ようとする。メインストリームに不満がたまっても個人で異議申し立てをしたり協力してデモを起こしたりはしない。彼らに対抗するために「反抗勢力」に力を与える。「後はご勝手に」というわけだ。

ところが変化を求める政権が長期政権になることはない。変化を求める政権は必ず内部対立が起きて最終的には分解してしまう。するとそのあとまた同じような政党政権が復活するのだが、有権者はなぜか満足してしまい何も言わなくなる。

つまり日本人にとってリベラルとは「嫌がらせ」なのである。

日本人は利益源がはっきりしている時にはそれを守ろうとして組織対立に慎重な姿勢を見せる。だからメインストリームの政権は崩壊しない。一方、変化を志向する政党はやがて確実に党派対立を起こす。日本人は話し合って何かを変えることができないのである。民主党がその後分裂したことを見てもそれは明らかだろう。

結果的に日本人は変化をもたらす「革新政党」を認めない。日本人が見せるのは本質的には変わっていないようにあたかも変わったかのように見せることができる政党だけだ。「我々は変わった。もうあれは過去のものになった」ということで変化しなくて済むからである。日本人は変化さえ変わらないために利用しようとする。

日本人は徹底的に変化を嫌うのでリベラル・革新政権というものは存在しえないということがわかった。その日本人が変化し続ける政治を見ると「民主主義が機能していない」という感想を持つ。日本人にとって変化とは混乱のニックネームに過ぎない。

つまり日本人は「民主主義が意思決定のプロセスである」という当たり前に思える定義を否定するのだ。

質問サイトQuoraではイギリスはなぜあんなバカな騒ぎを起こしているのかという感想が飛び交っている。確かに、直接民主主義的にEU離脱を決めてしまい収拾がつかなくなっている。国民が自分たちの行く末を決めようとしているから必死で議論をしているという感想には決してならない。「変わらなければあんな騒ぎは起こらないのに」と考えるのが日本人なのだ。

韓国も「うまくいっていない国」として評価される。地域対立もあり政府やメディアも政権ごとに人事が大きく入れ替わるのだそうだ。さらに大統領が変わると後追いで革命のような騒ぎになり前大統領か関係者が処断される。だが、これも民主主義の一形態である。決めたからこそ起きていることだ。

普通の国は決めたがる。決めたがるから対立が生まれることになる。その視点から日本を見ると日本は注意深く「決めないように決めさせないように」しているということがわかる。リベラルというのは政治が何かを決めようとした時にそのブレーキとして利用されているだけで政治勢力とはなりえない。リベラルにひと暴れさせると有権者は自分たちが大騒ぎしなくて済む。民主主義は日本人にとっては厄介で疲れる行為だ。

そんなことは代理にやらせておけばいいと思うのが日本人なのかもしれない。