「幸せ」の黄色いインク

最近「ネットがつまらない」についてよく考える。知らない人と協同したり、問題解決のための議論ができる媒体なのだが、どうも人の悪口や不幸ばかりが盛り上がっているようにすら思える。ついつい、立ち上がり当時の状況を懐かしんだりする。一部の人たちの媒体だった当時のインターネットでは、簡単に珍しい趣味の仲間を捜す事ができたのだ。

こういうときは個人的な経験から考え直してみるに限る。

「人の不幸」や「転落」が面白い理由を2つ思いついた。1つは本人がそれ以上の悩みを抱えている場合だ。この時に他人の幸運を見ても面白くない。頭の中が「ブルーな」モードになっているし、他人の幸せよりもそこに行き着けない自分のことを直視しなければならなくなるからだ。他人の不幸を追いかけている時だけは自分の問題を感じなくてもすむわけである。もう1つは「喜び」などの感情が一切欠乏している場合である。良くわからないが、頭の中から「セロトニン」が抜けてしまったような状態である。この時には、幸せに関する感度が極端に落ちているが、不幸にたいする感度は上がっている。

感情をプリンターに例えると、そのプリンターにはいくつかのインクがある。1つは「心配や不安」で、もう1つは「幸福感」のインクだ。前者を青、後者を赤で例えたい。前者はブルーのインクに支配されている。後者は色そのものが抜けかかっている状態だ。

「他人の不幸」に対する感度が上がっているときというのは、目の前が「ブルー」に見える。心配事に支配されている状態である。これとは違った状態もある。世の中から「色」が抜けたような感覚だ。「ほとんどやる気がしない」ので、膝を抱えてその場に座り込みたいような気分になる。ここまで来ると他人の不幸さえ何の感情も呼ばなくなるだろう。「グレー」と呼んでもよい。だから、やはり「人の不幸に需要があり、それが持続する」という状態はある種の刺激が与えられている状態だといえるだろう。問題は外部からの刺激らしい。それに合わせて頭の中の彩りが変わるのだ。

他人の不幸に需要があるということは、グレーではなくブルーだということだ。どぎつい青の人もいるだろうし、ほとんどグレーでうっすらと青味がかかっている人もいるだろう。つまり、なんとか平常の状態を保っているが、ネガティブな感情に常に支配されているということだ。お金を出してまで人の転落や悪口が読みたいという人が多い社会というのは「ブルー」な社会なのだろう。

こうした状態から脱却するためには「快感」が役に立つ。快感は「グレー」を瞬間的に赤に変える働きがある。その間だけは脳が「ピンク」の状態に変わる。例えば、もう歩きたくないときに「目的地についたらシュークリームを食べよう」などという目的を置くと、その間だけ気分が軽くなる。しばらく砂糖を食べていない時に味わう砂糖の刺激というのは格別なものだ。実際に脳の血流があがり「しびれる」ような感覚すら味わえる。

ところがこの刺激はあまり長く続かない。また、その刺激には中毒性がある。日常的に摂取しつづけると、その内に刺激は効果を失う。また砂糖の取り過ぎは肥満や糖尿病の原因になる。つまり、刺激体験には副作用が存在する。いわば麻薬中毒のような状態だ。

さらに、最初はシュークリームを見ただけで幸せな気分になれるのだが、その内にそれだけでは足りなくなるかもしれない。「絵ばかりを見せられるのに一向に脳内に砂糖が入ってこない」ということを脳が覚えると、快感は発生しなくなり、代わりに怒りが生じる。

反対にブルーのインクからも幸せを感じることができる。つまり「それが避けられた」とか「ある行動を取った(取らなかった)」ので、嫌な思いをしなくてすんだというものである。これが他人の不幸を見て「ああ良かった」と感じる元になっているのではないかと思える。これにも副作用がある。これはやはり刺激性の体験なので、幸せが欠乏してしまうと、さらなる「不幸」を探してしまうのだ。その不幸は前のものよりもどぎついものでなければならない。

こうした「刺激」は人々の感覚をおかしくする。例えば洋服や家電を手に入れるのは「快感系」の体験だ。ところが物があふれると「手に入れる快楽」を得る事ができなくなる。そこで「人よりよいものを得た」というような快楽が欲しくなる。しかし、いつも他人が褒めてくれるとは限らない。そこで行き着いたのが「いつもより安く手に入れる」という体験である。

赤と青は「刺激性」の行動要因であり、刺激はさらに強くなる。この刺激には耐性限界があり、それを越えるとヒトの脳は壊れてしまうようにできているのではないかと思う。

幸せをインクの色で例えてきた。あと残るのは「黄色」である。どちらかといえば「のんびりしてているときに発生するほんわかとした感情」のようなものだ。洋服や家電でいうと「使っているときの満足感」である。

だが、よく考えてみると「どうやったらほんわりとした幸せに包まれる」のかは分からない。それは刺激性でないので「外部刺激的な条件」によって達成できるものではないからだ。また、マーケターは買わせるまでは熱心に活動するが、買ったあとのことは気にしない。もしかしたら「早く壊れるように」「早く破れるように」と願っている可能性すらある。そうしたら次が買ってもらえるからである。

ただ「人がグレーになる」のは、赤や青の刺激を求め過ぎ疲労を起しているような状態だと考えられる。結局「黄色いインク」が欠乏しているのだといえるが、普段からあまり関心を払っているとはいえないのではないだろうか。

100x100ブルーやピンクといった色は外から与えることができる。しかし、その刺激を与えすぎると中毒が起こり、効果が薄くなる。また、思わぬ副作用にも襲われる。一方、黄色いインクは外から与えることはできない。相手を観察して、どうやったら自発的に穏やかで満足した状態になるのかを観察する必要がある。いわば「共感」だ。

ブルーに彩られた社会はこの「共感」が苦手な社会なのではないかと結論づけることができる。