価値観がぶつかる – イルカ漁問題の「非人道性」

100x100看過できない問題を説明するために使われる「非人道性」。ところが「シリア内戦」や「無人機による市民の虐殺」など「非人道的」と見なされる行為は多く、ラベリングしただけでは問題は解決しない。

キャロライン・ケネディ駐日アメリカ大使のイルカ漁に反対するコメントが感情的な対応を生んでいる。

『キャロライン・ケネディ大使がイルカ漁に反対声明、自民の佐藤正久氏「地元の伝統文化」と反論』(HUFF POST)

いろいろ考えて「日本人はコンテクストを重視する」という理論を考えたのだが、どうやらそれは正しくないようだ。逆に日本の首相や駐米大使が「日本政府はマクドナルドの非人道的な牛の大量虐殺に深い懸念を表明する」というステートメントを考えてみればわかる。多分、いろいろな憶測を生むだろう。

つまり、ケネディ駐日大使の発言は唐突であり、従っていろいろな反応を生んだものと考えられる。

例えば、駐米大使がアメリカ人向けに「マクドナルド発言」をすれば、アメリカ人はなんらかのアクションを予期するだろう。日本にあるマクドナルドの営業を停止するとか、アメリカからの牛の輸入を「非人道性」を理由に禁止するなどの措置だ。つまり、偉い人の発言にはそれなりの意味合いがあり、行動を伴う。

ところがケネディ駐日大使に「意図を聞いた」人はいない。誰も大使が何かするとは思っていないからだ。彼女の発言は「アメリカ政府を代表している」というよりは、彼女個人のその場の思いつきだと捉えられることになるだろう。

当初は、これを「彼女個人の」と考えたのだが、これも違っているようだ。例えばシリアで虐殺が起きていて、これを非難するヨーロッパのレポートにも「非人道的な」という表現が使われている。世界各国の非キリスト教国で様々な事態が起きている。例えばシリアの国内で殺し合いはとても看過できるような事態ではない。しかし現実には戦闘は止まないので「非人道的」という言葉が登場する。イルカ漁も駐日大使から見ると、シリアの大量虐殺と同じような「ゲームハンティング的イルカの殺戮」行為なのだ。

背景には「理解できない行為」を全て「人道的でない」と置き換える習慣があるのだということが分かる。ところが、アメリカ政府も「非人道的な」行為に手を染めている。例えば、「アメリカも外国に無人機を飛ばして戦争に関係がない市民をゲームのように虐殺しているではないか(CNN.co.jp : 米無人機が結婚式の車列を誤爆、14人死亡 イエメン)」と非難する事は可能だ。米軍側から見ると「意図してやったわけではなく、誤爆」なのだから非人道的ではないという理屈になるのだろう。

価値観の擦り合わせをしたいなら、大使に対して「イルカ漁を考え直す代わりに、非人道的な無人機による外国市民の殺戮を中止する用意があるか」などと冷静に聞いてみてもよいだろう。

このように「非人道性」を巡る議論は大変難しい。これを読んで「伝統的イルカ漁をシリアの大量虐殺と同列に扱うのはいかがなものか」という反発は当然予想される。また、日本の伝統を守りたいと考えつつも、アメリカとの同盟を大切だと考える人たちもいるだろう。そういう人たちは「話しをややこしくするな」と考えるだろう。

ところが現実的にはこれらはすべて「非人道的」というラベルが付けられているというのも事実なのだ。