特攻隊とジハードの自爆テロ

百田尚樹の『永遠の0』の中に「特攻隊と自爆テロ」に関する議論が出てくる。どういう議論だったかは忘れたが、特攻隊は自爆テロとは違うという結論になっている。まあ、当然と言えば当然である。

前回のエントリー「日本人の政治的態度」について検討した際に、国家神道について調べた。一連の議論の中に「国家神道は宗教なのかそうでないのか」という議論があるそうだ。明治政府は信教の自由を認めているので国家神道は「宗教ではない」ということにしたのだ、とWikipediaには書いてある。だから神社には葬式のような宗教行事がないのだそうだ。現在、葬式でお坊さんに来てもらうのにはそんな理由もあるようだ。

ところが、国家神道はやはり宗教だったという説がある。教義がないから宗教ではないという人もいるが、そのような宗教はいくらでもある。聖戦・英霊・顕彰の三点セットが認められ、人類学からみた宗教の類型に合致するのだという、菱木政晴という人の説が紹介されている。プロフィールを見ると護憲派の僧侶のようだ。

この説に従うと先の第二次世界大戦は聖戦だったということになる。イスラム教的に言うとジハードだ。

ジハードには2種類あるそうだ。一つはイスラム教の精神を外れないように努力する「内なるジハード」であって、もう一方は外敵や堕落したイスラム教徒に対する戦い「外向きのジハード」である。

イスラム国やアルカイダのいわゆる「自爆テロ」は、原理主義的なイスラム教徒から見た外向きのジハードの呼び方だ。コーランによると、自分の命を差し出すことによって天国での地位が約束されるのだ。ジハードに参加した戦士はムジャーヒド(ムジャーヒディーン)と呼ばれるのだそうだ。逆に外敵に背を向けるものは地獄に堕ちるのだという。

政府に属さないイスラム国やアルカイダは単なるならず者に過ぎないが「カリフ国を実現しよう」という意味では、ヨルダンやサウジアラビアなどのイスラム国と変わりはない。闘争がジハードと認定されるためには宗教権威者がジハードを宣誓し法的根拠を与えることが必要なのだそうだが、イスラム国やアルカイダの指導者が宗教的な指導者であるかどうかが、彼らの活動がジハードなのかそうでないのかを分ける基準になるのだろう。

国家神道には天国という概念はないが、代わりに靖国神社に祀られる事になっている。これは先祖霊と同一になるということを意味する。神から地位を与えられるということはないが、国体(家族や日本民族のことと思われる)が護持されて先祖供養してもらえる。聖戦を認定しているのは、現人神である天皇の権威だ。

第二次世界大戦(大東亜戦争)の開戦詔勅は「欧米が国際秩序を押しつけようとしている」という前提で書かれているという。欧米が押しつける秩序をはねのけて世界を安定させるのが、神の加護(天佑)を受けた日本の役割だ。その為に「国際法(すなわち欧米が押しつけたルール)」による宣戦布告にはなっていないのだそうだ。大東亜戦争は異教徒から世界を守る防衛的聖戦であり、その為に特攻して死んだ人たちはムジャーヒディーンなのだ。

故に特攻隊とイスラム原理主義者の自爆テロは同じ構造に基づいているということが分かる。

この結論を感情的に攻撃することは容易だ。現代の日本は西欧陣営に属している。西側の視点からみるイスラム国やアルカイダは世界平和を乱す単なるならず者にすぎない。彼らは地元住民を弾圧し、女性をレイプする。アフリカでは「ジハード」と称して、女性に爆弾を括りつけて市場に放り込んだりもする。日本軍の兵士は(多分)そんな卑劣なことはしなかったし、独立国に正規に雇われた兵士だった。

ただし、共通点もある。70年前の日本はグローバルスタンダードに異議を申し立てて神の加護の元に戦争を始めた。現在、同じような活動をしているのはイスラム原理主義者である。

70年前、日本は当時のグローバルスタンダードから脱却しようと戦争を始めた。そして今「戦後レジームからの脱却」と称して同じような挑戦をしている。しかし、何から脱却しようとしているのか判然としない。また、西洋と異なる国家体制にしても西洋諸国に受け入れてもらえるとは思えない。

現代の日本では国内に向けたジハードが進んでいる。右派政治家の中には国民が現状に甘んじた堕落した衆愚に見えているのだろうなあと思う人たちがいる。雄弁に「改革」を唄い、外向きのジハードを戦っているようだ。演説を見ると心理的にはすでに戦闘モードなのだろうなあと思う。

だが、政治家たちは自分で爆発したりしない。もっと弱い立場の人たちを見つけて彼らが前線で戦うように促すのだろう。そして他人が犠牲になっても「自分たちにはなすべきことがある」と言い訳するのだ。オウム事件では多くの実行犯が逮捕されたが、首謀者はサティアンの中に隠れていた。扇動者とはそうした人たちなのだ。

国家神道は長い間タブーとされてきた。そのため、従来の神道との関係が語られることはなかった。極端に美化されるか狂信として退けられるだけだったのだ。もともと海で大陸から隔てられていた日本には外敵に対峙することがなかったので、確立した教義も聖戦のような外敵排除の概念は必要がなかった。なぜ、聖戦を戦い抜き、同胞の命を差し出すというような教義が生まれたのかについては、もう少し研究をした方がよいのかもしれない。

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