治安維持法の必要性を叫ぶ人がいる

Twitterのタイムラインを見て久々に愕然とした。「彼らには治安維持法が必要」と言っている人を見つけたのだ。この問題はぜひ「民主主義は大切だ」と思う人に時間をかけて読んでもらいたいし、内容を理解した上で、自分の意見を拡散してもらいたい。

彼らとはSEALDsのことらしい。文脈は不明だし、どれくらい真剣に「治安維持法が必要」と言っているのかもよく分からない。

「治安維持法」を知らない人がいるかもしれない。第二次世界大戦中に言論弾圧のために用いられた法律だ。もともと共産主義と天皇制批判を取り締まる為の法律だったのだが、後に拡大され全ての政府批判が封じられたのだ。当時、第二次世界大戦は聖戦だと信じられていたので、それに疑問を持つ事は許されなかった。

拡大しつつあった戦争に対する庶民の反発を怖れた政府は投票権を拡大し普通選挙の実施に踏み切った。自分たちの選んだ政治家が決めたことならば多くの国民が従うと考えたからだ。一方で国民の政治意識が体制転覆に傾く事を怖れた政府は、普通選挙の実施と同時に治安維持法を成立させた。当時の脅威は共産主義の台頭だった。選挙権がない人が政府転覆に傾くのを怖れたのではないかと考えられる。関東大震災の際に発布された治安維持に関する緊急勅令なども参考にされた。

いったん作られた法律は後に拡大解釈されることになる。これが現在の憲法改正反対派が危惧している日本の歴史だ。決して単純に被害妄想を膨らませている訳ではない。

これが「問題だ」と思うのはなぜかを説明したい。現在の左派は安倍政権さえ倒せば戦争法案の危機は去り、立憲主義が守られると信じている。しかし、実際にはそれはあまりにも単純なものの見方と言わざるを得ない。「民主主義への疑い」を持っている一般国民は意外と多いのだ。この人たちを説得しなければ民主的なプロセスで国民の権利を制限する法律が通りかねないのである。

だが、現在の左派にそうした危機感はない。国政レベルでは「一致団結して安倍政権を倒す」などと格好のいい事を言っているが、地方ではまったくまとまりがなく、民主党が自民党を含む体制派の応援をするなどということは珍しくない。

ではなぜ治安維持法が必要という人が出てきたのだろうか。もともとは日本をアメリカが主催する「国際警察団」に引き込みたかった「ジャパンハンドラー」と言われる人たちがきっかけになっている。彼らは「中国が日本を狙っている」というイメージを植え込む事で、日本人たちの「目を覚まさせよう」としたのだ。実際に尖閣諸島を巡る争いが起きたので、これを最大限に利用した。

同時に、当時の民主党政権に対して「中国・韓国の意を汲む在日政党だ」という印象操作が施された。この結果右派雑誌には「このままでは日本は民主党によって中国に売られる」というような言説が見られるようになる。これを阻止するためには、憲法第九条を改正して軍隊を持たなければ、中国に侵略されると考える人が出てきたのだ。

治安維持法や緊急事態条項を支持する人たちが出てきたのは、このようなバックグラウンドによるものだと思われる。彼らは国内での争乱は中国や韓国の影響を受けた人たちの陰謀だと考えているのだろう。あれは民主的なデモではなく売国的な争乱行為なのだ。

だが、彼らを説得するのは難しい。実際に中国は野心を持っているからだ。ただし、彼らが挑戦しているのは日本ではなくアメリカを中心とした国際秩序だと考えられる。いわゆる「ジャパンハンドラー」はこれをアメリカの問題ではなく、日本の問題に転移することに成功したのだ。

しかし、アメリカは「梯子はずし」を始めた。防衛省に近いシンクタンクは、中国が尖閣諸島を侵略した際にアメリカが「巻き込まれれば」アメリカ本土へのサイバー攻撃を含めた反撃があるだろうと考えている。「わずか5日で陥落する」とレポートは結論づけている。だから放置しておけというわけだ。アメリカとしては日本の「ナショナリズム」が刺激されるのは好ましくないと考え始めているのだ。

ジャパンハンドラーとしては「中国の胸囲を煽れ」と推奨しているだけなので、特に結果責任は取らない。日本政府も仄めかしているだけだ。しかし、それを真に受ける人たちが出ているのだ。こうしたメッセージは1世代をかけて流布したので、すぐさまに修正することはできない。かといって真に受けて中国に喧嘩を売ると、防衛した自衛隊員だけが殺されて「日本の判断で決めたことだろう」と言われかねない。特に安倍政権だけを非難しているわけではない。野田政権が尖閣諸島を国有化した際に、中国の意向にあまりにも無頓着でアメリカ当局を呆れさせたという話も出ている。

この問題が深刻に思える点は、中国への脅威論の矛先が、国内の同胞(彼らは「反日勢力」だと思われているのだろうが)に向かう所ではないかと思われる。外国の干渉が国内の民主主義を蝕むというのは、多くの植民地で見られる現象だ。さすがにジャパンハンドラーたちが「国民の分断」を画策したわけではないと思うのだが、結果的にそのようになってしまう。

その結果、90年前に政府に押しつけられた法律を自ら欲しいと願うような人が表れるのだ。植民地の悲劇としか言いようがない。

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