民主主義という暴力

イギリス国民がEUからの脱退を決めた。結果は重大で、世界の株価は下がり首相は辞任を表明した。スコットランドはイギリスから離脱すると息巻いている。一番驚いたのは当のイギリス人だったようだ。離脱に投票した人たちの中には「まさか過半数を取るとは思わなかった」という人がいるそうだ。ちょっと怒りを見せつけてやろうという軽い気持ちが大きな結果につながってしまったのだ。

このように民主的な意思決定プロセスは時に暴力的に作動する場合がある。なぜ、民主主義は暴力化するのだろうか。

人間は社会集団を維持するために暴力を封印して暮らしている。しかし、表面的に穏やかだからといってその人が暴力的でないという証明にはならない。イギリスで投票した一人ひとりの有権者たちが暴力的だったとは言えないが、その帰結は破壊的だった。一人ひとりが暴力だと思わないからこそ、大衆は暴力化するのだ。

背景には集団思考があるようだ。自分が極端な判断をしても誰かが調整して責任を持ってくれると考える心理状態を集団思考と呼ぶ。イギリス人は「ちょっと脅かしてやろう」と考えていたようだが、まさか自分たちのささやかな一票が国の形を大きく変えてしまうことになるとは思っていなかったのかもしれない。

  • 国民は根拠のない自信を持っている。
  • 叩く相手が見えず、軽い行動にはリスクがないと感じてしまうので、自分たちの行為が深刻なダメージを相手や自分に与えるとは想像できない。

情報そのものは氾濫しているが、国民一人ひとりの情報処理能力はきわめて限定的にしか動作しない。情報を埋もれさせて隠すのも簡単だし、逆に見つけさせるのも簡単だ。誰にでも分かるところに隠しておけば、誰かが見つけて拡散してくれるだろう。

  • 国民は自分のスケールでしか比較・検討・分析ができない。
  • 「市民感覚」は全てを網羅しているとは言えない。
  • 直近の変化にだけ反応し、蓄積する変化には対応しない。

大衆にとって最も分かりやすいのは「誰が正義で」「何が敵か」というメッセージのようだ。

民衆に暴力的な行動を起こさせるのは実に簡単だ。対立構造を作れば良い。いったん枠組みを作ることができれば同調圧力が働き運動体は自然に動き始める。「相手が優れていて序列的に上だ」と思わせてしまうと戦意が鈍るので「敵だ」と認識させるのがコツである。善と悪という構図さえ作り出すことができれば、運動は完成する。普段バラバラな人たちほど作られた枠組みに舞い上がりやすい。孤立した群衆は扇動者の味方なのだ。職場を破壊し地域社会や家族を分断すれば、国民は喜んで権力に従うということになる。

  • 権威との一体感を与える。
  • 新しい序列を与える。

キャメロン首相は国民投票で離脱派が負ければ保守党内の離脱派を抑えられると考えたようだ。しかし国民を理論的に説得することができなかった上に、壊滅的な結果をもたらし、世界経済を混乱に陥れることになった。つまり大衆的な暴力は火をつけることはできても制御はできないのだ。

一方で日本でも民主主義が破壊的な結果をもたらすことがある。舛添都知事を辞めさせるに至ったのは投票ですらなく、国民のチャンネル選択権だった。一人ひとりの国民が舛添裁判について見たがるのでメディアが燃え上がるために、舛添都知事は都知事の職を投げ出すことになった。市民感覚では不適切だが違法ではなかった。本来は法律そのものを是正すべきだが、法律は放置されたままだ。これが延焼しないように、自民党と公明党は舛添氏を切った。もし守っていれば政権批判にまで及んだかもしれない。

何が正義かという問題はきわめて流動的だ。しかしながら、イギリスの離脱派の勝利は、各地の分離主義者を力づけつつある。オランダでもEUからの離脱を訴える動きがあり、スコットランドもイングランドからの分離を訴えている。カタロニアもスペインから独立する法的根拠が得られると主張する人たちがいる。トランプ候補はアメリカも再独立すべきだ(何から?)と訴えており、サラ・ペイリンに至ってはアメリカは国連から脱退すべきだと訴えているのだ。

誰かが火をつけた暴力は延焼することがある。これをティッピングポイント(沸点)と呼ぶことがあるそうだ。

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