ファッション雑誌にはないが大切なもの

fashion久々に洋服を探す機会があり、昔作った簡単なシステムを再稼働した。3年分くらいのコーディネートを貯めたもので、アイテムごとに並べたり、スタイルごとに並べたりできるようになっている。

スタイルは帽子やショートパンツといったアイテムを核にしたものもあれば、テーパードパンツというシェイプを核にしたものもある。何がスタイルを構成するのかを厳密に分けることは難しい。

ファッションショーの構成の仕方を書いた本などを読むと、あるテーマがあり、それを核にして素材、色、シェイプを構成したのがコレクションだということになっている。デザイナーは、すぐさま服の設計には取り掛からず、テーマに沿った写真素材を集めたコレクションボードを作成してゆく。しかし、コンシューマーレベルではそこまではできない。市場に出回っている服から過去に提案されたスタイルを選ぶことになる。

今回使ったシステムは、ネットで見つけたファッション写真などが組み合わさっている。大抵はこれはいいと思った写真をクリップしておいて再利用するのだ。クリッピングにはPinterestが使える。

だがPinterestには「私に似合う物」と「私に似合わないもの」がない。そこで、実際に試した自分の写真がコレクションしてある。

非情に面倒なシステムだが(少なくとも毎日写真を撮影して加工するのは面倒くさい)一旦作ると、かなり長い間利用することができる。ある意味財産になるんだなあと思った。こんな面倒な仕組みを作ったのは、ファッション雑誌に不満を持っていたからだ。読んでもなんだかよくわからないのだ。

fashion2ファッション雑誌にいくつかの機能がある。1つはトレンドを紹介する機能だ。旧来のファッション雑誌では主流だった考えかたかもしれない。しかし、トレンドがばらけてファストファッションが流行すると、組み合わせについての記事が見られるようになった。これは服にあまりお金をかけられない若い男性向けの雑誌に多い。一方で、男性ファッション雑誌の読者は高齢化していて、かつての腕時計や車のような感覚でラグジュアリアイテムを扱うカタログ雑誌的なものも増えつつある。

つまりファッション雑誌には、トレンド、組み合わせ、カタログという3つの要素がある。ところが、そこに出てくる登場人物は痩せすぎているか、成功した感じの人(日本人が考える成功した人とはショーン・Kのような白人とのハーフのガッチリした男性だ)しかいない。

ユニクロのルックブックですら、身長180cm超えの男性が出てくるので、自分で着てもその通りにならないばかりか「あれ、違っているぞ」ということになる。ユニクロはジーンズを売りたいので足のきれいな男女がモデルが多く採用されている。だから、同じように着ても満足感は得られないのだ。

鏡を見て自分を把握すればよいとは思うのだが、これはなかなか難しい。どうしても細かな点に不満を持ってしまう。その上、なかなか自分の傾向を客観的・体系的に覚えることは難しい。多分、コーディネーターになるためには、体系的にさまざまな要素を記憶する能力が求められるのだと思うが、訓練していない人には無理だろう。自分を知らないのに体系を作らなければならないのだが、そもそも何が体系を作るかもわからない。一方で、ある程度時間が経てば客観視はできるようになる。

そもそも成功した体系は一見するとつまらなく見える。自分の体型にあっていてなんなく着こなせてしまうのでつまらなく思えてしまうようだ。実際にはそれが「似合っている」ということなのだが、どうしても「それより上」を目指してしまう。何がそれより上なのかというとスタイルのよいファッションモデルのそれなのだ。

基礎のスタイルができれば、そこにトレンドを足して行けばよい。トレンドはファッション雑誌に載っているので、好きなだけみてから新しいトレンドに挑戦すれば良いのではないかと思う。

ファッション雑誌にないものは「私」なのだが、より細かに見てゆくと、体系のようなものが足りないことがわかる。そもそも雑誌なので、情報の体系化は消費者に任されている。私を核にしてデータを体系化し、情報に加工する過程が足りないのではないかと考えられる。

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