菅野完さんに学ぶ「人を動かす」方法

菅野完さんがワイドショーの主役になった。事件そのものは冷静に考えると今後どう転ぶかはわからないのだが、フリーランスとして幾つか学べる点があるなと思った。一番印象に残ったのは「人を動かす」手法である。

「人を動かす」は、戦前に書かれて高度経済成長期にベストセラーになった本だ。今でも文庫版(人を動かす 文庫版)で読むことができる。肝になっているのは「相手のほしいものを与えてやる」ことで影響力を与えることだ。盗人にさえもそれなりの理があり、話を聞いてやるだけでなく相手に必要なものを与えることが重要であるということが語られる。作者のデール・カーネギーは貧しい農家に生まれ、紆余曲折を経てコーチングの講師として成功した。

古い本なので複雑な現代社会には有効でないと思いがちなのだが、意外と現在でも通用するようだ。多くの人が(マスコミによると怪しいジャーナリスト・ノンフィクションライターであるところの)菅野さんの主張に動かされて右往左往している。

人を動かすというと相手を説得したり強制したりすることを思い浮かべる。自民党の右派にはこうした考え方を持つ人が多いようで、憲法に国民を訓示する要素を加えたいなどと真顔で語る人もいる。他人に影響力を与えたいから政治家になるのだ。だがカーネギーは「相手を変えることはできない」という。変えられるのは自分だけだという主張だ。

菅野さんは立場としては籠池さんを追い詰める側にいたのだが、インサイダーになって話を聞く方が自分の仕事に有利だと思ったのだろう。そこで取った行動は「相手にじっくりと話を聞く」というものだった。つまり、自分の欲しいものを手に入れるために、自分を変えて相手が欲しているものを与えたのだ。それが結果的に籠池理事長の信頼を得ることになる。

これはなんでもないことのように思えるのだがマスコミから悪者として追いかけ回されて、細かい話のつじつまを突かれることに辟易していた籠池理事長がもっとも欲しがっているものだったのだろう。だから数日で籠池さん一家の「籠絡」に成功してしまった。

もう一つのポイントは、多分菅野さんがお金儲けを目的にしていたことではないだろうか。ご本人も含めて「政府に狙われる可能性があり危険でリスクがあるから儲けにはならない」と否定されるかもしれないしwikipediaを読むと政治運動に傾倒しているようだが、実際の菅野さんには(本人の自覚はともかく)政治的なこだわりはなさそうだ。左右の振れ幅が大きい。

実はこれが良かったのではないかと思う。大義や信条にとらわれてしまうと「敵か味方か」に分かれてしまうことが多い。すると、自分の考えや立場に固執して自分を変えることができなくなってしまう。相手を動かすためにはこれは有利ではないのかもしれない。

菅野さんにはこのような「守るべきポジション」がなく、相手に合わせて変わることができたようだ。つまり政治的信条ではなくお金儲け(あるいは生きてゆくこと)にフォーカスしているからこそ、柔軟な態度を取ることができた。

もちろん、籠池・菅野両氏が嘘をついているかもしれないし、今後「証拠が出てこない」ことで両者が嘘つきとしてワイドショーで消費されてしまう可能性はある。さらにあまり好ましくない行状もTwitterでは指摘もなされている。つまり、人格的に信頼できるかということは全く未知数だ。だからといって人に影響力を与えるという菅野さんの技術が無効ということにはならない。学べるところは学ぶべきだろう。

菅野氏は単なるお人好しではなく「ティザー」という手法を使うことでマスコミやTwitterの耳目を集めることに成功している。情報を一元管理して小出しにすることで期待感を煽って注意を引きつけるという手法を使っている。これがティザー(じらし)だ。なんとなく調べ物をすると「知っていること」や「考えたこと」などを全部言ってしまいたい衝動にかられるから、情報発信者がティザー手法を使うのはなかなか難しいことなのではないかと思う。だが人々は隠されるとより知りたくなる。ポジションや組織がない人は相手が何を欲しがるのかを知っている必要があるが、情報をを全部出してはいけないのだ

さらに菅野さんはマスコミを分断することに成功した。NHKにだけ情報を与えたといい横並びで情報を欲しがるマスコミに「いい子にしていたらあなたにだけ情報をあげますよ」と言っている。すると相手は競って言うことをきくようになるかもしれない。分断するだけでなく餌をもらうにはどうしたらいいかという条件を提示しているのだ

さらに情報ソースは1つしかないにもかかわらず、事前に聞いたことを小出しにしてあとで本人から語らせることによって、あたかも複数ソースから情報が出たように見せかけている。いろいろなところで情報を聞くと「第三者に裏打ちされている」ような印象が残るので信頼性が増すわけだが、実際には一人の話を聞いているだけな。籠池理事長は当初「言うことは全部言ってしまいたい」と思っていたのだろうが、それだと反発されるだけなので「言わない」ことを決めたのだろう。すると不思議と人は聞きたくなってしまう。籠池理事長もまた変わることで相手に影響を与える方法を学んでいるのかもしれない。

さらに貧しいライターがやっとありついたネタを(淀川を電車で渡るお金がなく十三大橋を歩いたそうだ)高給取りだか何もしないマスコミに手柄を横取りされかけているというストーリーを作ることで同情を引きつけるような演出も行っている。田崎史郎氏が早速「菅野さんは信頼できない」という発言をしていたが、これは却って菅野さんの同情論につながった。マスコミは明らかに劣位におり菅野さんから情報をもらいたがっている。菅野さんは勝っているのだがそこでガッツポーズをしてはいけないのである。

このように幾つかのテクニックは使っていらっしゃるようだが、かといって「人に影響力を与える」という手法の技術と価値が失われるわけではない。組織の裏打ちを持たない人は、菅野さんの手法に学ぶべきだろう。

相手が欲しいものにフォーカスするのは重要らしい。個人的には、このところ特に自分が書いたものに関して、相手の言うことを聞かないで言いたいことばかりを押し付けがちだったなあと大いに反省した。実はみんな作者の言いたいことには関心がなく、それをどう読んだかということを伝えたいと思っているだけなのだ。多分、自分が書いたものでさえ自分のものであり、読みたいと思った相手の動機がすべてなのだろう。

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