森友事件に忖度などなかったのではないだろうか

さて、先日面白いTwitterのまとめをみた。森友学園事件で籠池理事長が外国人特派員協会に招かれた。そこで忖度という言葉が訳せず、そのままSONTAKUと訳されて報じられたというような筋だ。最初に書こうと思ったのは「日本は集団主義で主語が曖昧だから忖度のような独自概念が生まれる」というような内容だったのだが、ちょっと頭の中で転がしていて「そもそも忖度なんてなかったのでは」と思い始めた。

忖度とはある人が別の人の気持ちを汲み取って行動することを意味するので、直訳するとReading between the lineということになる。こうした表現は英語にもあり、実際に外資系では忖度が行われることもある。マネージャーが部下を雇うのでマネージャーに嫌われるとクビになってしまう可能性があり、日本よりもシビアな忖度が行われる。普通のアメリカは個人主義文化なのでボスはなんらかの手段で基本的なルールを示しているはずだが、イタリアマフィアのように集団主義が進むとこれが薄まるので、普通のアメリカ人はsontaku is yakuza’s ruleのように捉えるはずである。

日本で忖度が行われるのは周りの人々が同じ空気を共有しているからだ。つまり忖度の裏側には、長年非言語的に蓄積された経験とか共有された人間関係の認識などがある。超能力者でもない限り人の心は読めないわけで、暗黙知の共有度合いが高いほど「類推があたる」可能性が高くなるわけだ。つまり忖度は暗黙知的なコミュニケションが円滑に行われているということを意味する。

あるいは安倍首相は日本会議からの支持を期待して日本会議の主張を具現化するような教育に肩入れしていた可能性もある。これは、expectationとdealであり、その場合は官僚になんらかのプレッシャーをかけていた可能性がある。これは忖度ではなく不当な指示であり英訳には困らないし、忖度のような非言語的な一体感で不可解さを説明する必要はない。

だが、森友事件の場合、籠池理事長との関係が露呈すると安倍首相はその関係を切り捨ててしまった。また森友夫妻も「神風が吹いた」とか「素人がわからないまま政治に関与すべきではない」というようなことを言っており「よくわからないけど官僚の態度が変わったので、だれか有力な先生がなにかしてくれたんだろう」という感触を持っていたことがうかがえる

少なくとも安倍首相にはそれほどの思い入れがなかったことが想像できるので、官僚は(暴走する昭恵夫人や安倍首相との関係を騙る籠池理事長のせいで)勝手に誤解していたこととなる。もし官僚がちゃんと忖度できていたとしたら、このような危険な(少なくとも財政上は破綻する可能性が高かった)ディールには肩入れしないように安倍首相と夫人に報告できていたはずだ。

安倍首相は人事権を握り官僚を恫喝しているので、官僚との間にコミュニケーション上のディスコネクションができていたことが想像できる。するとこれは忖度ではなくディスコネクションの問題ということになり、これも英訳可能である。小池晃議員は「指示もないのに勝手にやったってことになるんですか」と質問しているのだが「そうだった」ということになる。

背景がわからない外人に説明しようとすると説明不能な箇所がいくつもでてきてしまうのは、我々が実はこの問題がわかっているつもりになっているが、本当はなにが起きたのかよくわかっていないということを意味する。すると不協和が発生するので「官邸と官僚が阿吽の呼吸でなにかしたにちがいない」というブラックボックスをおいて、不協和を解消しているだけということになってしまう。それが忖度なのだ。

それを助長しているのは実は情報を秘匿している官邸サイドなのだが、多分彼らはそれに気がついていないだろうし、気がついていても引き返せないほど騒ぎが大きくなってしまっている。

つまり、外人に向かって「日本人にはお前たちがわからない複雑なコミュニケーション様式があるんだよ」などと考えてしまうと、却ってことの本質がわからなくなる。官邸と官僚組織の間には、お互いのことがよくわかっていて忖度できる関係ができていたわけではなく、Because of Abe’s poor communication skill, beaurocrats misunderstood his will and lost their mindあたりが正しいのではないだろうか。つまり、忖度などなかったのだ。

背景には安倍首相の一貫しない指示があるのではないかと思う。民主主義を尊重して中国に対抗すると言ってみたり、日本を戦前の価値観に戻すと言ったりしている。すると周りにいる人々は安倍首相の意思を合理的には読み込めなくなるので、籠池さんのような気違いじみた教育理念を持った人が近づいてきても「あるいはそういう人に肩入れしているかもしれないなあ」などと考えて、不当な土地の値引きなどをやってしまうのかもしれない。考えてみれば国民に人権があるのはおかしいといい、国会で私人を吊るしあげようというきちがいじみた人が国会議員をやっているのだから、そう考えてもなんら不思議はない。彼ら日本会議系の国会議員は普段から官僚を恫喝しているのだろう。

つまり野党が心配すべきなのは忖度できるほどの濃密な関係ではなく、寸断されたコミュニケーションなのではないだろうか。つまり、安倍首相は官僚機構をコントロールできなくなっている可能性が高いのだ。つまり「忖度がなかった」ということを証明するのは安倍首相を支持するものではなく、逆に総理としての資格がないということを証明することになるのだ。

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