モノが売れなくなった理由を街から想像してみる

いつも新聞やTwitterをみながらいろいろ考えているのだが、どうしてもバーチャルになりがちである。たまには実体験を書いてみたい。こういうのはあまり読まれない傾向にあるのだが、いろいろな角度から考えてみたい人には面白い内容なのではないかと思う。

個人的に経験したことは、製品の成長についてである。高度経済成長期に育ったので、電化製品というのは直線的によくなってゆくというような印象がある。例えばテレビだったら白黒がカラーになり薄くなって音がよくなり、モノラルだった音もステレオからサラウンドに変わってゆくという世界である。それに従って変わってゆくのは「経験」だ。社会全体が同じ経験をしているからこそ「次は何が出るんだろう」というワクワク感がある。これが経済成長である。

だが、現代にこうした成長を実感するのは難しい。単に給料が下がっているからという理由ではなさそうである。そしてこれがいいことなのか悪いことなのかはわからない。今回勉強したのは音響設備についてである。

どういうわけだかわからないが部屋のオーディオ設備を改善したくなった。使っていなかった5.1chサラウンドシステムを引っ張り出したのだが、スピーカーに不具合があり上手く行かない。いろいろ調べてみるとスピーカーの結線が悪いようである。SONYは特殊なプラグを使っているのだがこれに欠陥があるようだ。代替え製品はあるものの少し高価なので、結局プラグをこじ開けて金属部分を手で曲げたりしてなんとか音が出るようになった。

一旦使えるようになると使ってみたくなる。最初はテレビをつないでいた。CMのピアノやドラムの音がクリアに聞こえる。CMはお金がかかっているので実は音がいいんだななどと思った。あとは音楽番組が楽しくなった。しかし、そういえば音楽番組をあまりみなくなってしまった。ニュースバラエティではいい音が出てもあまり面白くない。

するといろいろな音源で試してみたくなった。最初に思いついたのはDVDとパソコンだった。DVDは手持ちの光ケーブルで使えた。他愛もないアクションムービーだったが、サラウンドはなかなかだった。しかし、Macを光ケーブルで接続するためには丸型のプラグが必要だ。ピンプラグが光デジタルに対応しているのだ。昔はどこの量販店でも取り扱っていたらしいのだが、最近は手に入れにくくなっていた。結局、ハードオフで見つけた。

次にパソコンを試してみたくなった。2004年頃のAirmac Expressという製品があり「光デジタルに接続できますよ」と書いてある。だが、やってみても5.1chで音を送ることができない。パソコンに直挿しすると5.1ch対応になるのでAirmac Expressの「何かがおかしい」ということになった。

アップルのディスカッションボードで聞いてわかったのは「仕様書やマニュアルには接続できると書いてあるが、どうやらできないらしい」ということだった。チップが5.1chに対応していないらしい。そこでAppleに連絡してみたが「自動で判別されるのでできるはずです」の一点張りだ。そこで、本当にそうならデジタルで設定できる方法を教えて欲しいと粘った。

最終的には「対応するとは書いてあるが、出力するとは書いていない」との結論が返ってきた。ずっと、お客にはできるはずなのでお客さんの音響設備が故障しているのでしょうと回答してきたそうである。

少し詐欺に近いなどと思ったのだが、なぜAppleは光デジタルの本領が発揮できない製品を「接続できる」と書いたのだろうか。日本で地上デジタル放送が始まったのが2003年なので、2004年といえばちょうど機器の出始めである。最新鋭の機器が5.1chに対応していたので「接続だけはできる」というつもりで書いたのだろう。が、実際には接続はできるが5.1chで出力はできないという状態だったようだ。2007年頃のAPpleTVのディスカッションボードをみても「今は対応していない」と書いてある。

では、今の製品はどうなのだろうかという疑問が出てきた。

そこで現在のAirmac Expressの仕様をみると、そもそも5.1chについて書いていない。サポートの人も「できるとは思うが実際には試したことがない」という。Appleは光ディスクを排除してしまったので、現在MacでDVDをみるという酔狂なことをする人は誰もいない。そこで「多分できるがよくわからない」という状態になってしまったのだろう。DVDやブルーレイがないとあとは音楽だけになるので2chで足りてしまうからだ。

そこで家電量販店に行ってみた。するとかなり悲惨なことになっていた。家電はもう売れないらしく、ケーズデンキは黒モノ家電の売り場を縮小してしまったのだという。そもそもオーディオ機器など買って行く人はいないそうで、お客がいないから店員もリストラされてしまったらしいのだ。この店にはオーディオの専門家はいませんと言われた。

担当者も「ホームシアターシステムなんか買っていく人はいないので、テレビをお勧めしています」と言っていた。YAMAHAやSONYなどのサウンドバーが売られていたが、この後は入ってこないかもしれないとのことである。確かに数万円のホームシアター機器を売るよりは数十万円するテレビを売った方が効率がよいし、お客がAmazonに流れているので、効率の良い商売をしないと潰れてしまうという危機感があるのかもしれない。露骨にスピーカーが横についているテレビを勧めてきた。

製品に対する知識もないのに露骨に高いものを勧めてくる。部屋用なので20インチくらいでいいのだがというと「そんなものは置いていない」という。テレビの他に何が売りたいのかと聞くと「エアコンを重点的にやれと言われています」ということである。

だったらAmazonで自分で調べた方が早いですよねというと、その通りですねと否定しなかった。もはや諦めの境地なのだろう。こうしてパソコンができる人はオンラインに流れて行き、あとはパソコンができない層の高齢者だけが残るということになる。

ホームシアターシステムだが、2.1chが主流になっていて、そこから擬似的に5.1chを再生するようなものが作られているらしい。考えてみるとリアルに5.1chであっても擬似であってもそれほど広がりに差がないので、これはそもそも5.1chがオーバースペックだったのかもしれないとはおおう。あとはパッケージソフトではなくオンライン配信が主流になってきており5.1chで外部機器をつなぐということも少なくなってきているのだろう。さらに、忙しい人が増えているので、そもそも家で映画を楽しみたいなどと考える人がいなくなっている可能性もある。

つまり、現代では電化製品やサービスはリニアでよくなってゆくということはなく、小型化省力化の方向に縮小して行っているのだ。そしてそれに合わせるかのようにお店もなくなっており、サービスレベルも低下してゆくという悪循環が生まれている。

一度どこかでいい音を経験すると「これはいいな」と考えることができるはずだ。地デジが出てくる頃までには「これからはテレビの音も格段によくなるのでホームシアターシステムを買いましょう」という宣伝文句にもある程度の説得力はあった。

だが、Amazon で知っているものしか検索しないとホームシアターシステムを買おうなどとは思わなかっただろう。知っている中でしか商品選択しないからである。だが、現実的にはお店のショールーム機能が失われている。だからメーカーのサポートも5.1chがわからなくなっているし、お店からもそうした商品が消えてゆく。商品が展示されなくなるだけでなく、同時に店員も消えてしまう。すると市場から知識が消えて行くという具合にどんどんと悪いスパイラルが働くのである。

よくものが売れなくなるのは企業が給与をケチるからなのだと言われるし、このブログでも度々そのようなことを書いている。だが、実際に足元で起きていることはそれよりも少し複雑らしい。オンラインショッピングが盛んになるのはいいことだが、ユーザーは新しい経験ができなくなっている。新しい経験に触れなくなると古い知識の中から品物を選ぶことになるので、結果的に品物がうれなくなってしまうのである。多分、今充実したオーディオ装置を買おうと思うと一番よいのはハードオフのような中古ショップにゆくことだ。

これが悪いことなのかなと考えてみたのだが、そこはよくわからなかった。じっくりソファーに座って臨場感のある音を聞いたりする人はいなくなった。しかし、忙しくなるのに合わせて便利に情報を取れるようになっていて、合間合間にスマホで映画を見たりすることも可能だ。

同じことは洋服でも起きている。昔のように着飾って街に出てゆくということはなくなり、代わりにインスタグラムなどを通じて経験をシェアするという方向に変わっている。そこで高級ブランドは必要なくなり、ファストファッションで小綺麗にする人が増える。多分ファッション好きな人は古着屋に行った方が選択肢は多いだろうが、これが必ずしも嘆かわしいことかどうかはよくわからない。

いずれにせよ日本人のモノに対する考え方はこの10年で大きく変わっているようだ。

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