小選挙区はなぜダメな制度なのか

千葉1区のたじま要前衆議院議員からもメールが来た。昨日の奥野総一郎さんと同じく民進党から希望の党に転出した人なのだが、メールの内容はかなり異なっている。第一に説明責任を果たすというのが一種のスキルであるということがわかる。メール本文は文末に掲載したが、大切なポイントが3つある。

  • まず、有権者の懸念に答え、説明責任を果たしている。
  • 説明責任に応える機会を利用して、自分がなぜ政治家をやろうとしているのかという所信表明もしっかり行っている。いわば一丁目一番地というものだ。これがあるために、他の件で変化に対応したとしても「ぶれている」とは感じられない。
  • これによって柔軟性が生まれるので、逆に「やる」と宣言したことに信憑性が増す。

と同時に小選挙区制の弊害を強く感じる。建前上は地域の代表ということになっているので、たまたま割り振られた選挙区の代議士を「代表」をして仰ぐわけだが、この資質にばらつきがある。普段、マスコミなどをみながらやや概念的なことばかり観察しているのだが、こうしたメール一つ取っても資質の差は歴然としている。だが、小選挙区制だと有権者がこれを選び取ることはできない。有権者はテレビの動向だけを見て人物についてわからず「希望の党は」とか「立憲民主党は」などと言ったりするのだが、実際には候補者の資質は同じ党でも大きなばらつきがあるのだ。

あくまでも地元で聞きかじったレベルの話だが、たじまさんはNTT出身であり今でもNTT労働組合とのパイプが強いそうだ。「NTTに残っていれば副社長くらいにはなれた」というのが地元の声だった。千葉市には、連合系の労働組合を持つNTTとJEFという大きな企業がある。この地元密着性が、総務省出身で比例復活している奥野さんと異なる点である。千葉市は1区と9区が隣接しており、本当はたじまさんに入れたいが応援するつもりで9区に入れたという人も多いのではないかと思う。だが、制度上それはできない。落下傘候補とか刺客と呼ばれる人たちはさらにその傾向が顕著なのではないだろうか。

さらに区割りは実感する生活圏とはかけ離れている。千葉9区は四街道、八街、佐倉、千葉市の一部を含むのだが、地域的な一体性はない。

さて、実際に内容を見て行こう。奥野さんが単純に「民進党の左派が悪いから政権が取れなかった」としか説明しなかったが、たじまさんはかなり丁寧に説明している。これが本意なのかはわからないものの「逡巡はあるが前原代表に従って希望の党に移り、政策協定の内容には添いつつも民進党時代からの整合性を取るように努力する」としている。

そもそも「懸念の声があるのは知っている」というのは有権者のいうことを聞いているというシグナルになっており、これも声が届いているのかいないのかわからない奥野さんとは対照的である。ただしメールマガジンの発信なので主に労働組合系の人たちに向けたメッセージであり、無党派層に向けたものではないのだろう。

改めて奥野さんのメールを読み返すと「通り一遍の言葉」で書かれていることがわかる。たじまさんのメールは自分の文体で書かれており、違いが浮き彫りになる。さらに奥野さんは「、」が多い。多分有権者のことをバカだと思っているか、内容がないためにカサを増やそうとしているのかもしれない。説明責任という言葉の重みが理解できていないのだろう。

では政党が人を育てて粒を揃えればいいのではないかと思えるのだが、それをやって失敗しつつあるのが都民ファーストの会だ。マスコミ対応マニュアルを配ったのではないかという話が出ている。促成栽培なので「個人は何も考えるな」ということになってしまう。

労働組合を相手にしていることが予想されるわけだが「野党共闘でリベラルイメージが強い」ことをマイナス要因としていることも見逃せない。実感としてはこういう感想があるのだろう。現在の労働組合がリベラル思想に必ずしも共感していないということが伺える。もし労働組合が「右傾化」しているのだとしたら、市民団体をバックグラウンドにする左派リベラルは最初から支持母体を作らなければならないということになるだろう。普段、労組・市民団体とひとくくりにしているのだが、実はそうではないということが伺える。

この辺りは比例区の得票をみることによって、実際にどの程度の機会が野党共闘によって失われていたのか(あるいは失われていなかったのか)ということがわかるのではないだろうか。

なお、奥野さんのメールと同じく太字はあとから付け加えた。


かなめーるをお読みいただいているみなさま、こんにちは。

「政権交代可能な二大政党制の確立」という大きな目標に向かって少しでも前進するために、今回、私は、民進党の前原代表の決断を受けて、全国の多くの民進党の同志と共に、希望の党の公認を得ることを決断しました。引き続き立憲主義の堅持と平和を守り抜くことを大前提に、誕生後間も無い希望の党の中で、しっかりと役割・責任を果たし、一時のブームでは無く、党が着実に持続的に国民の皆さまのご期待に応えられるよう全力を注いで参ります。また、私の政治家としてのライフワークであるエネルギー政策に関しても、原発の無い自然エネルギー社会への大転換が今後我が国でも加速するよう、一層努力してまいります。

公認の発表直後から、私が希望の党に行く事について幾つかの懸念の声も私に寄せられています。以下、それに対する私なりのご回答をさせて頂きます。

まず、私の政治家としての立ち位置との整合性についてです。世に言う「保守」か「リベラル」かという観点では、普段私はあまり強く意識はしておりませんが、敢えて言うのなら、自身は「穏健保守」あるいは「リベラル保守」つまりは中道という立ち位置です。そしてその意味では、これまでの民進党の立ち位置よりも右寄りと見られる希望の党の立ち位置は、正直なところ私にとっては完全にピッタリフィットという感じではありません。しかし、さりとて、直近に誕生した「立憲民主党」では、野党共闘を含めリベラルのイメージが強すぎるのと、何よりも現時点では判断材料が余りに整っていません。そうした意味において、私の今回の選択は、前原代表の提案に沿うものとはいえ、民進党の公認候補という選択肢が無くなった中で、苦渋の選択だと言わざるをえません。

では、具体的な政策協定の中身についてご説明します。まず、一昨年に安倍内閣によって強行採決され、公布・施行されたいわゆる安保法制についてです。私が署名・提出した政策協定書には、その安保法制を「憲法に則り適切に運用する」「その上で不断の見直しを行う」とあります。既に成立している安保法制の10本の法律ですから、憲法に照らし合わせて運用上の歯止めをかける事が現実的な対応であり、かつ、違憲の疑いがある「武力攻撃事態法」については、引き続き「不断の見直し」の一環として、民進党時代の主張の実現を希望の党の中でも目指してまいります。

次に、憲法改正です。政策協定書では、「憲法改正を支持する」「憲法改正論議を幅広く進める」の二点が明記されています。憲法は不磨の大典ではないのは自明ですから、憲法改正はあってしかるべき、そしてそのための改正論議も、憲法9条も含めて、幅広く進められるべきです。ただし、具体的な改正の中身は党内で今後主体的に議論をしていく事になります。たとえば、現時点で明らかになっている自民党案、即ち、9条第3項で自衛隊を明記する改正案は、憲法学者からも懸念の声が上がっており、解釈改憲によって部分的に認められてしまった集団的自衛権の行使との関係で、そうした改正がどんな効果をもたらすのかなど、憲法審査会などで慎重に検討する必要があると考えます。なお、個人的には、憲法改正は優先順位の高い政策課題とは考えていないことも付言いたします。

なお、今回の政策協定の中身は、民進党の最後の政務調査会長の階猛(しな たけし)氏を窓口として、民進党と希望の党との間で文言の修正合意が行われたもので、その最終的な中身は、上記の2点を含めて、幅広い立場の者が受け入れが可能な内容となっており、マスコミが流布するような偏った極端な内容ではありません。さらに、公認候補は過半数が民進党の前議員であり、他方、希望の党からのプロパーの公認候補は、比較少数である事に加え、新人が多数です。小池代表の一連の発言やイメージに関わらず、現実には、前原民進党代表が両院議員総会で発言された通り、従来の民進党の積み上げてきた政策理念や具体的政策が、希望の党の中で今後発展的に受け継がれ、肉付けされていくものと、現時点では確信をしています。

誕生後間も無い、そして多くの新人を擁する希望の党が、ゆめゆめ失望の党や絶望の党にならないように、自信と責任を持って、主体的に党の運営やガバナンス、具体的政策の確立に関与して参ります。自らの政治信条や主張を曲げて希望の党へ移るのではなく、自らの政治信条や主張を体現していくために希望の党を育てて参る所存であります。中でも、私のライフワークであるエネルギー政策については、政策協定には含まれていませんが、政権公約の中で、「2030年までに原発ゼロ」を目指すとされる予定です。これは民進党で取りまとめた内容より更に踏み込んでいます。私は、希望の党でも、引き続きこの分野での第一人者として、一日も早く、原発の無い自然エネルギー社会の確立と地域経済の再生、すべての人々が将来不安なく豊かに暮らせる社会の実現を目指して、全力で取り組んで参ります。

最後に、今回の希望の党の公認のプロセスとその結果については、前原代表が両院議員総会で言われた趣旨からすると多少なりとも違和感があるのも事実です。ただ、他方で、「第二民進党」などと絶対に言われたく無いであろう希望の党が、民進党の全員を受け入れるはずも無いことも、冷静に考えれば容易に想像できます。いずれにせよ、民進党の玄葉光一郎氏が窓口として交渉に当たって頂いたにもかかわらず、かつての仲間が、結果として希望の党、立憲民主党、無所属という三つの道に別れてしまったこと、また立候補断念を余儀なくされた方も出てしまったこと、残念でなりません。ただ、たとえ残念ではあっても、一強多弱の今の政治のあり方が決して国民の利益にはならないこと、そしてだからこそ、緊張感のある健全な政権交代可能な二大政党制を目指す、この共通の大目標だけは見失わずに前進をしてまいる所存です。

たじま要


 

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