異文化理解力

先日Twitterで教えてもらった本を読んだ。「異文化理解力」というタイトルがついている。Twitterで何かを教えてもらうというのはとても珍しい。

多国籍企業で働くと、誰でも自分の意思が相手に通じないと思ったり、相手が自分の思った通りに行動してくれないという経験をしたことがあるはずだ。文化が違うと行き違いが起こりやすいのである。外国に行くときにはガイドブックを持って行くのだから、当然相手の地図のようなものがひつようになってくる。エリンメイヤーはこれを「カルチャーマップ」と呼んでいる。つまり、この本は外国の人と仕事をするためのガイドブックのような本である。

2017年の新刊ではないのだがこの本はとても人気が高いようだ。それだけ海外赴任を命じられたり、外資系の会社で働く人が増えているのだろう。最近、建設現場で中国語などが飛び交うようになっているので、もしかしたら日本の会社に勤めていても外国人と働くことになる人もいるのかもしれない。

地図を作るにあたってエリン・メイヤーは8つの指標を用いて文化の間にある違いを研究した。8つの指標には名前が付いているがここでは詳しい説明ができないので簡単な説明をつけた。

  1. コミュニケーションがどれくらい文脈に依存するか
  2. 評価を直接伝えるかほのめかすか
  3. 物事をどう説明して相手にやる気を出させるか
  4. みんなで協力するのが好きかそれとも誰かがリードする方が好まれるか
  5. だれが意思決定するか
  6. 信頼の対象はものなのか人なのか
  7. 見解の相違をどう解決するか
  8. スケジューリングは柔軟か

メイヤーはどちらかというと実用的な側面からこれらの指標を抽出しているようで、指標を一通り読めば日々のビジネスシーンに役に立つティップスが身につく仕組みになっている。

同じような研究にホフステードの文化指標がある。どちらかといえばこちらは文法書のようなもので、全ての傾向を限られた指標で点数化している。ホフステードは様々な質問の傾向を抽出して違いが出やすい指標を抽出しているのだが、メイヤーは実務書として書いているので、指標の中にはお互いに関連しているようなものがある。メイヤーは会話書のようなものなのかもしれない。

例えば「説得」は全ての文化の指標になっていない。理由を説明して相手を説得しようとする文化と具体的なやり方を示す文化があるとされているのだが、これは欧米文化の違いを記述している。東洋人はこのようなやり方は好まず「包括的に」問題に対処するとされている。そして、これが対象物に注目する西洋人と背景を含めてものを見る東洋人という図式で説明されるといった具合に展開してしまう。東洋人の視点からは、この包括性と文脈依存は関係しているように思えるのだが、西洋人にはそれぞれが別のものに見えるのかもしれない。会話書なので本自体がある程度印象に左右されているように思える。

この本はインターナショナルマネジメントについて書かれている本なので、日本人だけの会社に勤めている人にはあまり役立たないのではないかと考えられるのかもしれないのだが、そうとも言い切れない。むしろ外国人と接したことがない日本人こそ読むべきではないかと思われる。それは日本人が外国人の作った文化をそのまま日本に取り入れて失敗することが多いからである。

この本を読むと、ほぼ全ての指標について日本人はかなり極端な位置に置かれている。極めて文脈依存的で婉曲なコミュニケーションを好みきっちりしたスケジューリングが好きであると言った具合だ。ある意味「ユニーク」なのだが「極端でわかりにくい」文化と言えるだろう。だが、こうした極端さは当たり前すぎて日本に住んでいるとあまり実感できない。

例えば、稟議システムは独特のものだと考えられているようである。ほとんどの文化はトップリーダーが決めたことに従い、その決定が覆らないか、平等な人たちがその都度必要なことを決めて行くというどちらかにプロットされるようなのだが、日本人だけはみんなで決めたことが覆らないという独自の文化を持っている。

これを「稟議システム」と呼ぶ。具体的には「持ち帰り検討します」といってなかなか返事がない(ものによっては数年かかることさえあり、誰が何を決めているかよくわからない)のだが、いったん「社の決定である」というコンセンサスが得られるとその後はとてもスムーズに物事が進むのが稟議システムである。いったん合意が形成されると、あとからそれが合理的な決定ではなかったということがわかってからも覆すのはとても難しい。

日本人には当たり前に思えるシステムなのだが、こうしたシステムを持っている国は少ないのできちんと説明しないとわかってもらえない。それどころか、日本人の中にもコンセンサスシステムについて理解していない人がいる。

最近の例で言うとトップダウンで物事を決めてしまったために全てが大混乱してしまった小池百合子の例がある。小池さんがこの稟議システムについて理解していればこのような混乱は起こらなかったのかもしれない。だが、海外でのトップリーダーを見よう見まねで模倣するうちに、日本でもトップダウン型の合意形成ができるだろうと誤解してしまったのだろう。

特に民進党のように「いつまでも何も決められない」人たちとトップダウン型の相性はとても悪かった。小池さんは文章による明確な意思決定を行ったのだが(これはメイヤーの本の中にも出てくるが、コンテクストに依存しない文化では明文化が好まれるとされている)あとから「やはりこれには従えない」とか「いや、実はこういうつもりではなかった」という人たちが大勢現れた。つまり、文脈を作ることで影響力を保持しようとした人や、いったん支持者たちとの間で稟議された暗黙の取り決めを破れない人が続出したのである。

もし、小池さんが強いリーダーになりたいのであれば、文脈依存はやめて西洋型の意思決定をしますとせんげんしなければならなかった。が、そのためには希望の党に入る人たちが自分たちは文脈依存で合議型の意思決定をしているということを知らなければならないという具合である。

文化というものがいかに大きな力を持っているのかがわかるとともに、それが普段は全く意識されていないということもわかる。つまり我々は文化に支配されているわけだが、その文化を知ることである程度その支配から自由になることができるのではないかと思う。

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