政治から相撲まで – 崩壊過程を観察する

各種の崩壊過程について調べてみた。中の人たちからみると「こんなに単純化はできない」のだろうが、あえて単純化した。さらにあるパターンを作り、それにストーリーをあてはめた。だからこの文章は「すべての崩壊過程には必ずパターンがある」というものではない。

これらのストーリーには、ある成功体験に特化した組織が、変化を察知できないくなるという基本パターンがある。しかし、集団には閉鎖性が強く新しい知識が入ってこないので問題が解決できなくなるという図式である。しかし、実際に崩壊するのは「組織」ではなく「社会」である。社会が成り立つためには信頼という通貨が必要なのだが、組織防衛を優先すると失われてしまうのだ。そのコストは計り知れないがいったん社会が崩壊すると信頼を回復する手立てがなくなる。そこで組織だけが残り構成員がコストを支払い続けるということになる。

政治

高度経済成長期に入り、自民党は企業の儲けを地方に還元するという利益分配型の政治を行うようになった。高度経済成長の中身はブラックボックスだったが政党はそれを気にかけなかった。しかし経済は変質しており、大蔵省の通達で資産バブルが崩壊する。これは資産バブルについて大蔵省が意識していなかったことを意味している。しかし、自民党は利益分配に特化しており経済の諸課題を解決できなかった。そこで動揺と権力闘争が広がり、それがマスコミを通じて伝わるようになった。政党は集団を組み替えたり新しい党首を求めたが戦略の変更はできなかった。世襲化が進んでおり新しい知識は入ってこなかったからである。最終的に民主党政権が誕生するのだが、政権交代で世間から否定されたことに耐えられなくなった自民党は民主主義そのものを憎悪することになり、戦略を立て直したり外部から新しい人材を迎え入れることはせず、民主主義を否定する憲法草案を作り有権者に対するルサンチマンを晴らそうとする。しかし相手を非難するだけで建設的な提案ができなかった民主党も国民から飽きられてしまった。この結果、かたくなになった自民党が政権に復帰した。この政権は民主主義に懐疑的で、どうやれば有権者を騙せるかということが政権運営の基本方針になった。有権者も政権交代での混乱が怖くなり目の前の矛盾を意図的に見過ごすようになった。そのようにして日本の議会制民主主義は壊死してしまう。

人材

資産バブルが弾けると人件費調整の必要が生まれたが、企業は終身雇用を前提として雇われた人たちを雇い止めることができなかった。そこで企業は人件費さえ削減できれば問題は解決できるのにと考えるようになり、非正規雇用に依存することで人件費削減策を採用するようになった人件費はしばらく高止まりしたのちに下落を始めたが、直ちに企業活動に影響は出なかった。しかし、この頃から経済が成長しなくなり一時は「デフレ」と呼ばれる物価の低下すら観測されるようになった。企業はデフレ対応を強めて低価格商品を市場に提供する一方で、政治的な圧力を加えて非正規雇用を拡大させた。日本は再び経済成長することがなくなり、政府は金融緩和などでその場しのぎの対応を行うほかなくなった。非正規雇用の通路は、正規雇用から転落した人、そもそも就職氷河期で正社員になれなかった人、年満退社後非正規雇用に転換した人というという正規から非正規への一方通行だったので、新しい知識は入ってこなかったし人材の流動化も起こらなかった。経済が再び成長する見込みがないので、人件費が低く抑えられており、海外に人材が流れることになった。この結果、企業内では知識が継承されなくなり、残った知的資産が外国に流れるようになった。地方では人材が調達できないからという理由で潰れる企業も出てきたが、企業収益は過去最高を記録しているため、企業がこの方針を変えることはあまり期待できそうにない。

金融機関

とにかく土地さえ購入していれば経常利益が黒字になるという時代が続き、金融機関は企業の価値を正しく測れなくなっていた。企業に資金を貸し出して土地を買わせて利ざやを稼ぐというのが金融機関のやり方になった。しだいに、必要な土地を買うという状態からとにかくみんなが買うから土地を買うのだというような状態になっていたが銀行は気がつかなかった。資産バブルが崩壊すると今度は一斉に貸しはがしが起こりその結果企業は金融機関を信じなくなり自己資金の蓄積を始める。経済が上向かないことに苛立った政府は紙幣を増刷して市中にばらまいた。その結果、利息が下がり金融機関は利息によって儲けることができなくなった。しばらくは国債を購入させてその利ざやで経営を支えていたがそれも難しくなる。かといって企業は潤沢な自己資金を持っているので金融機関には頼らなくなった。新しいフィンテックなども始まっていたが自前の社員でなんとかしようという気持ちが強く外資系の人たちを採用しなかったこともあり、新しいサービスへの適応は限定的なものだった。金融機関はリストラを進めざるをえなくなり、中期的に人材の数を減らし、支店も閉鎖する見込みである。合併した銀行は残ったが、一般消費者は近隣に支店が見つけられないという状態になっている。しばらくはコンビニのATMに頼っていたが、これも維持費が稼げなくなり削減の方向だという。

相撲

かつて困窮する農村部の人材の受け皿として発展した相撲部屋だが、高度経済成長期に入ると農村部から人材を引き受けられなくなった。しかしながら、相撲は近代スポーツに転換することはできず、相撲部屋という利益集団もなくならなかった。そこで、日本の農村部と変わらないだろうと考えられたモンゴルなどの発展途上国から人材を調達することになる。調達先が変質しており、当然ながら担い手の文化も変わっていた。しかしながら、当初はパスポートを取り上げて逃げられなくしていたが、やがて横綱が出てくると「品格」という曖昧な基準でしばり、モンゴル的な変質を受け入れなくなった。しかしながら、モンゴルでも高度経済成長が起こりいつのまにか世代間で考え方のずれが生まれた。これが軋轢となり問題が起こるが、一方的に価値観を押し付けていただけの日本人にはモンゴル人が理解できず、したがって危機管理もできなかった。それどころか、相撲協会の中にも考え方の違いがあり「協会が信用できないから危機管理はやらせない」と宣言する親方まで出てきた。相撲経験者だけが相撲協会の理事になるという形態なので特殊な文化が温存され、世間の常識が入ってくることはなかった。その軋轢が疑心暗鬼になりモンゴル人横綱がその場でジャッジに抗議するという「品格の面からはあってはならないこと」が起こり、品格という曖昧な基準は崩壊した。モンゴルでは日本の相撲界は揺れているという懐疑論が生まれており人材の調達は難しくなるだろう。

相撲は、政治経済とは比較的離れて固有な位置にあるので文化の変質が追いやすい。相撲は基本的に興行なのでお互いに完全な潰し合いをせず選手生命を長く保った方が良い。しかし、それが外に見えてしまうと競技性が失われ単に「プロレス化」してしまう。そこで、表向きは競い合っているような体で相互調整をする。これが貴乃花親方が嫌っている「馴れ合い」である。貴乃花親方が馴れ合いを嫌うのは相撲にすべてを捧げて健康を失い家族も崩壊しているからだ。しかし、すべての力士が親方になり雇用が保証されるわけではないのだから、特定のチャンピオン以外はすべて失ってしまうというような競技に人が集まるはずもない。つまり、相撲が現在のような体制である限り馴れ合いはなくせない。一方、この馴れ合いは選手間・部屋間で暗黙のうちの行われる。つまり、ハイコンテクストなのでモンゴル人が入れなかったのだろう。モンゴル人社会にも強くなれば認めてもらえるだろうという期待があり、それが頑張りにつながっていたのだが、最高位になっても二級市民扱いされるという状態が続いている。モンゴル人は穏やかな人たちだが、強さを誇示したいという気持ちもあるようで日本人とは強さの表現がかなり違っている。平成になって成功したチャンピオンは貴乃花のようにすべてを失ってしまったひとかモンゴル人しかいない。つまり馴れ合っているとチャンピオンにはなれないが、かといって馴れ合いなしには雇用が維持できないという状態になっている。だからすべての人を満足させる回答が決して見つけられないということになる。

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