慰安婦問題と村意識

今日は慰安婦問題について考える。一つだけお断りしておきたいのは、この文章の目的は慰安婦が無理やり連れてこられたか、それとも意思があってきたのかということについて白黒つけようということではないという点である。つまり、事実についても歴史認識についても考えない。

今回のムン・ジェイン大統領のステートメントについて見てみよう。

  • 合意には重大な欠陥があるから「最終的な合意だ」というのは認められない。
  • かといって日韓関係を悪くする意図はない。
  • 単に所感を述べただけで決定ではない。

正直なところ、何について怒っているのかが良くわからないし、どうしてあげるべきなのかもわからない。と、同時にこれは韓国内部の合意形成プロセスになんらかの問題があり、その気持ちの問題を述べているのだろうなということはわかる。つまりこれは韓国の「ムラの事情」であり、日本は八つ当たりされているように思える。

これまで日本の村落について見てきたのだが、韓国も同じような村落社会であるということがわかる。つまり、うちわのきもちがありそれがおさまらないと言っているのである。これまではコンテクストのはっきりした日本の問題を扱ってきたので、それが外からどう見えるかということについてはよくわからなかったのだが、韓国の問題を見ると「村落の問題というのは外から見ると良くわからないがなんだか気持ちが悪い」というのがとてもよく分かる。

それではこの村落というのはどれくらいの広がりを持っているのだろうか。Quoraで聞いてみた。最初は「慰安婦」を韓国語にしていたので韓国人にしかわからないはずだったのだが、これはQuoraでは直すべきだといわれた。

第一にわかったのは韓国人はあまりこの問題に興味がないか相手に説明するつもりはなさそうだということだ。

さらに韓国人も日本人と同じように自分の気持ちを整理して他者に伝えるのが大変下手だということが分かった。自分たちの文化の肝がどこにあり、それを外部の人たちに伝えるということができないようなのだ。

明確に韓国系だとわかるのは4人のうち2名だったのだが、そのうちの1名(韓国系アメリカ人)によると、どうやら韓国社会は「弱者への共感を示すのがとても大切な社会である」ということのようだ。しかし、これも明確な形では表現されておらず、こちらが「意を汲み取る」必要がある。

これを参考にすると、多分弱者への共感を形で示す必要があるのだろう。だが、日本人は逆に弱者への共感を示すのが極めて下手な上に自分たちの文化をうまく外の人たちに表現することができない。

もう一人の人は「我々の政府」のような言い方をしているので、プロフィールには出てこないが多分韓国人か韓国系なのではないかと思う。この人は「慰安婦問題が政治利用されている」ことに対して怒っていた。弱者の共感を示すべき「我々の政府」が慰安婦を利用して前政権を否定しようとしていると言っているのである。つまりこの人は日本人には怒っていない。

そもそもムンジェイン大統領のステートメントを見ても彼らが何を解決しようとしているのかがわからないのだが、実名掲示板で聞いても結局何について怒っていて日本政府が何を失敗したのかがさっぱりわからない。

ここから分かるのは彼らが「謝り方が悪いからもう一度謝れ」と言っていて、その謝り方も気に入らないが、どう謝ればいいかは自分で考えろと言っていることになる。

外側からみればこれほど理不尽な言い方もないのだが、良く考えてみると日本人もこういうことをやりがちである。自分の気持ちというものがあり「それがうまく伝わらない」ことに苛立っており、その苛立ちを外にぶつけているのだろう。

こうした人たちにどう対処するべきかは人によって異なるのだろうが個人的にはほっておけばいいんじゃないかと思う。

相手は感情的に苛立っているので、理性的に何かを言っても無駄だろう。さらにどうやって謝ったらいいのかを聞くというのも無駄だ。なぜならば相手は自分たちの文化を意識的には理解しておらず、さらに韓国人の内部にも意識のずれがありまとまらないからだ。

しかしながら日本政府にも全く非がないというわけでもない。相手が感情的になっているところに「いやそんな事実は全くなかった」などといって張り合ってしまう。日本人もいったい何が解決したいのかということが良くわかっておらず、国際社会で悪口を言いふらされるのに苛立っているということになる。そこで無理やりにお金で口封じを図ったうえで政府間で密約を交わしてしまうから話がややこしくなる。

韓国人は何について怒っているのかがわからないので、合理的な説明を求められると「賠償」といういかにも合理的に見えるものに仮託してしまう。しかし、お金をやっても問題は解決しないのでお金の渡し方が悪いとか決め方が気に入らないなどというのだ。

日本政府はすでに戦後賠償を済ませているのだから、彼らの非難については淡々と謝罪したうえで「お気持ちはすでにお渡ししてありますよ」という事実を伝えるべきなのかもしれない。国際社会を巻き込んでどっちが悪いなどと言ってみても、部外者には何のことだかわからない。

ここから我々が学べる教訓は意外と簡単である。村落内部の議論というのはこれくらい良くわからないものなので、普段から意識して説明ができるようにしておくべきだ。韓国政府の今回のやり方はとても子供じみているが、日本もいくつかの問題についてそう思われている可能性はきわめて高いのではないだろうか。