自民党の考える表現の自由

自民党の若手議員の勉強会で「意に添わない報道をする新聞社には経済的圧力を加えるべきだ」という発言があり、ちょっとした騒ぎになった。講師の百田さんは「冗談だ」と言っているが、参加した議員の中には「報道機関は百田さんの表現の自由を抑圧している」と真顔でツィートする人もいて、問題の根深さを感じさせる。

菅官房長官は新聞社の取材に対して「報道するのは許された自由だと思う」と述べた。()沖縄タイムス)ちょっと見逃してしまいそうな発言だが、表現の自由は「政府から許されて」得られるものではない。

少なくとも今の憲法下では……

現行憲法は集会、結社および言論、出版その他一切の自由は、これを保障する。ということになっている。(第二十一条一項)

ところが、自民党の発表した憲法案には、言論の自由その他に対して「公益及び公の秩序」を害してはならないという制限がつく。(改正案 第二十一条二項)

もちろん、これだけで「国民の自由を大幅に制限するものだ」とはいえない。具体的に何が「公益および公の秩序を害する」行為になるかは、法律で規定されるはずだ。故に、国会議員が高い見識を持っていて、有権者が適正に政治に関わっている限りにおいては、問題は起きないだろう。

しかしながら、一連の安倍シンパの人たちの「非公式な発言」を聞いていると、自分たちの意に添わない言論に何らかの圧力を加えるべきだという意識を感じる。菅官房長官はさらに「報道の自由というのは誰かに許可されるべきものだ」という認識を持っているようだ。

何もこれは自民党の議員に限った事ではない。2011年の民主党政権下で就任したての松本龍復興相は「今の最後の言葉はオフレコです。いいですか? 皆さん。絶対書いたらその社は終わりだから」と新聞社を恫喝した。

国会議員になり権力を得るとついついうれしくなって「けしからん言論は潰してしまえ」と言いたくなるというのはよくあるありふれた願望なのではないかと思われる。国会議員と言ってもいろいろな人がいるのだ。

時間をかければ高い見識が得られるかと言えばそうでもないらしい。菅官房長官の「許された自由」というのは、どちらかといえば大日本帝国憲法の発想に似ている。戦前の憲法下では主権は国民にはなく、全ての権利は天皇から臣民に与えられていたものだったのだ。その点では自民党の憲法改正案は戦前への回帰を指向しているといえるだろう。

長い間永田町にいると、自分たちのことを統治者だと考えるようになり、有権者が臣民のように見えるのかもしれないが、それは現行憲法下では間違いだ。だが、彼らの考える「正しい憲法」のもとでは、間違っているのは我々かもしれない。

戦争は平和である。自由は屈従である。無知は力である。

自民党の若手有志が勉強会「文化芸術懇話会」を立ち上げ、ここで講師に呼ばれた百田尚樹氏自民党に批判的な新聞には経済的な圧力が加えられるべきであるという主張をした。これを受けたTwitterのタイムラインは朝から荒れている。「全体主義だ」とか「自民党は極右政党になったのか」という反応が飛び交った。ヒトラーユーゲントとかファシストとかいう言葉も見られる。

この会合は自民党とっては害悪だろう。

自民党が全体主義政党化しているのは間違いがない。一部が勝手に暴走しているわけではなく、党全体が全体主義を指向しているようだ。

全体主義を批判したジョージ・オーウェルの小説『1984年』に有名な一説がある。戦争は平和である。自由は屈従である。無知は力である。というフレーズだ。

安倍自民党は「積極的平和主義」を唱い、戦争は平和であるという主張を掲げている。さらに、アメリカ追従政策を追求し、日本の自立を指向しようと考えている。追従することこそが自由なのである。

安倍首相は国会答弁でよく「敵に手のうちを明かせないから、それは言えない」と主張する。「敵に手のうちを明かせないから言えない」のではなく、安倍さんには決められないし知らさられていないのではないだろうか。それを決めるのはアメリカの軍や政府だ。日本国民に知らせようがないから、分かりやすくもならない。

「無知は力」である。知らないほうが良い事もあるのである。

この一連のロジックに従うと、国民は何も知らせない方がよいことになる。故に、マスコミは自民党に翼賛的な報道をすべきではない。「マスコミは何も知らせないこと」が重要なのだ。自民党にとって幸いなことにテレビからは報道番組が消えつつある。政府が抑圧しているのではない。視聴者はニュース番組であってもお天気やグルメニュースを求めており、政治には興味がない。

興味がないところに、わざわざ興味を引きつけるような「ネタ」を提供する必要はない。周囲や世論に賞賛されていないと自分たちの政策に自信が持てないようでは、全体主義政党の次代を担う自覚が足りないのだと批判されても仕方がない。

この思想を拡張すると、改憲は無意味だ。どっちみち政治に興味のない国民が「判断」できるはずはないのだから、自民党が指導した正しい解釈(ただしそれは場合によって変わりうるが)を持っていればよいだけの話である。解釈が変わったら、その都度過去の教科書を修正して回れば良い。どっちみち最高裁判所は何も判断しないだろう。

さて、ここまで書いて来て大きな疑問が湧いた。全体主義の蔓延の背景には大きな混乱や危機がある。第二次世界大戦下のヨーロッパでは共産主義の台頭や経済の行き詰まりから民主主義では何も決められなくなった。日本では議会への不信感から軍部への期待が高まって行く。人々は複雑さに疲れ果てて、強い指導力を指向することになった。

ところが、現在の日本にはそれほどの危機は認められない。むしろ一番の危機として考えられるのは、増え続ける国債、人口減少、世界一急速に進む高齢化などだろう。非正規雇用が増えて中流層が崩壊してゆくというのも危機的な問題なのかもしれない。例えば、財政が破綻し年金制度が崩壊したりすれば、民主的な政府では何も決められなくなるかもしれない。

だが、これといった危機がないにも関わらず、政治だけが急進化してゆくのである。政治家は一体何と戦っているのだろうか。

安保法制の議論が分からないのは何故か

法律整備の手順がめちゃくちゃ

今回の一連の法律には2つの上位になる体系がある。1つは憲法であり、もう1つは日米安全保障条約(「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」1960年成立)だ。日米安保条約の下位に日米ガイドラインがある。今回はまず、集団的自衛権の行使を否定してきた憲法解釈を閣議決定で変更し(2014年7月1日 ハフィントンポスト)、ガイドラインを改定(日本時間で2015年4月28日日経新聞)し、アメリカ議会で夏までの成立を約束してから(2015年4月29日 外務省)、法律を改正することにした。

そもそも憲法と日米安保に互換性があるかどうか議論のあるところに、法案を無理矢理当てはめた為にパズルを組み合わせたように複雑になった。これが、諸々のそもそも論の大元になっている。法案の背景にある論理が破綻しているという議員もいるし(柿沢未途)、他国の領域で戦闘行為は行わないとした安倍首相とできると答えた中谷防衛相の間に矛盾があるという指摘(田原総一郎)もある。また、集団的自衛権が違憲なのではないかといった議論があり、さらに日米安保条約の守備範囲からの逸脱も見られるのだという意見もある。

全体像が見えない

推進派(自民党の議員や読売新聞・産經新聞)の説によると、今回の法整備の目的は日米安保の更なる強化と平時から有事までのシームレスな対応などらしい。ところがこの説明を聞きながら国会中継などを見ているとつじつまが合わないところが出てくる。自衛隊が協力する相手がアメリカ軍に限定されておらず、オーストラリアやインドなどの名前が挙っている。7月1日の閣議決定(前出派フィントンポスト)を読むと「日米同盟の強化」を唱う一方で「どの国も1国で平和を守ることができない」と言っている。

アメリカ議会での演説を引くと、日米同盟の守備範囲が太平洋からインド洋にかけての広い範囲を自由で、法の支配が貫徹する平和の海にするらしい。

どうやらもっと広い協力体制の構築が念頭にがあるらしい。このような視点からインターネットを見ると、APTO – アジア太平洋条約機構(もちろん現在このような構想はない)とTPP体制について言及している人たちがいる。アメリカが主導して作る経済と軍事の国際的な枠組みだ。ヨーロッパのNATOとEUに該当し、中国の封じ込めを目的にしている。これを国民に説明せずに議論が進んでいるので議論が錯綜している。

APTOもTPPも国家主権の一部放棄につながる。この放棄が正しいかどうかは、枠組みが戦略的に合理的かどうかという問いになる。ところが全体像が見えないために、議論そのものが成り立たない。

この不整合を合理的に説明するために「安倍首相は現状が分かっていない」とか「おじいさま(岸信介)への思いから暴走している」と主張する人もいる。(佐藤優 リテラ

歴史的な経緯

日本の軍備に関する状況は、外的要因の変化が積み重なって、お互いに整合しないままなんとなく成立している。まず、第二次世界大戦後日本が再び地域の脅威にならないように憲法で再軍備が禁止される。その後ソ連と中国が台頭し、朝鮮半島情勢が緊迫したために、アメリカは日本に再軍備を求めた。しかし、吉田茂首相は、自衛隊の基礎になる組織を発足させたものの、憲法第九条を盾に、軍事費を最低限に抑えて経済発展を優先させる政策を取った。これを吉田ドクトリンと呼ぶ。結果的にこうした経緯が積み重なり第九条と自衛隊のねじれた関係が生じた。その後、冷戦が終わり状況が複雑化し、アメリカは日本に応分の負担(リスクと金銭的負担)を求めるようになったが、日米安保条約も憲法もそれに合わせた改訂が行われていない。

日米同盟強化を指向する人たちは、アメリカという極に寄り添っていれば、自動的に日本の安全が守られると推定している。しかし、この期待は裏切られるだろう。リスクの分担と応分の負担が求められているからだ。安倍政権は今回の法改正でリスクが高まることはないといっているか「嘘をついている」か「現状とアメリカの要求を誤認しているか」ということになる。どちらなのかは分からない。

日米安保は日本防衛のために必要な枠組みと説明されている一方で、日本の軍事大国化防止が目的だという見方がある。(ヘンリー・スタックポールの「瓶のふた」発言 日経新聞

こうした諸々の事情から、日本の憲法第九条を巡る議論は硬直化した護憲派と現状を認識していない改憲論者に支配されてきた。全体像が見えないために多くの国民は複雑な議論についてゆけず、無関心なままである。

分からないと何が起こるのか

護憲派(特に憲法第九条の)の現状認識は第二次世界大戦直後から変化していない。このため「現状認識が甘い」ものとみなされ積極的な賛成が得られない。中には、アメリカに反対するということは、対中追従だから反日である、という単純化した議論も見られる。

改憲派と現在の政権担当者は、歴史的に堆積し、お互いに整合性があるかどうかよく分からない体系に無理矢理現状を合わせている為に複雑な説明を強いられている。また、潜在的には「アメリカが押しつけた憲法やアメリカが押しつけた戦争観(東京裁判史観)を脱却すべきだ(自主独立派あるいは修正主義者とも)」という人たちと「現状を甘受し日米安保を堅持すべきだ(対米追従者あるいは現実主義者)」という対立がある。

国民の無関心は政権にとって好都合のように思えるが、政策についての理解が広がらず、従って積極的な賛成が得られない。誰も主体的な判断ができず、結局どっち付かずのうちに状況に流されることになるだろう。国民も政治家も主体的な動きができないので、戦争に巻き込まれるかどうかは運次第ということになるだろう。

映画会社は斜陽時代にどのように対応したか

映画産業は1950年代に黄金期を迎えたが、その後テレビの台頭があり1960年代に急速に斜陽産業化した。ピーク時の動員数は年間11億人で、日本全国に7,400以上の映画館があった。(トピックス: 日本映画産業のピークと斜陽のはじまり

各社は人気俳優に依存する「スターシステム」を取り、「五社協定」(後に六社協定)として知られる俳優の囲い込みを行っていた。しかし、人気のある俳優の引退や流出が相次ぎ、テレビドラマが本格的に作られるようになって有名無実化した。

斜陽への映画会社の対応はそれぞれ異なる。

日活は性風俗を扱う映画(日活ロマンポルノ)を制作するようになった。しかし1980年代には再び行き詰る。アダルトビデオ(AV)の登場でニーズがなくなったからだった。その後、1990年代に一度倒産する。「〜をする」に注目せず、「形」にこだわったことによる失敗と言える。

東映から別れた新東宝や大映のように斜陽産業化してすぐに倒産してしまった会社もある。1980年代に大げさな演出の「大映ドラマ」で知られる大映テレビは大映本体から別れて生き残ったテレビ制作会社なのだそうだ。

「〜をする」に着目した会社は斜陽時代を乗り切った。東映・東宝がその例だ。結局映画会社の強みはコンテンツの制作や経験の提供だ。

例えば東映太秦映画村のようなテーマパークを作ったり、テレビ朝日に出資しテレビコンテンツを作るようになった。また、東宝も多角化し、テレビの制作事業や芸能プロダクションを立ち上げた。1980年代にはアイドル映画も制作するようになる。2000年代には東宝シネマズというシネマコンプレックスを立ち上げ成功を納めている。

ある産業が斜陽化したときにうまく対応するためには多角化が良いということが分かる。結果的に映画制作会社は「コンテンツ制作」という強みを活かし、テレビやテーマパーク向けにコンテンツを制作するのが最も成功率が高い生き残り方である事が分かる。一方、日活のように映画という形にこだわると苦戦する。いったんは乗り越えたと思っても、また別の形(日活の場合はAV)にとって代わられることになる。

興味深いことに、斜陽産業化した映画はその後極端に動員数を減らすことはなかった。つまり、かつて程の勢いはないが全く消えてしまうこともなかったのである。

さらに、テレビと映画の関係はその後面白い展開を見せる。2006年に洋画と邦画の関係が再度逆転した。(邦画と洋画のシェア逆転)背景にあるのはテレビとの連係だ。テレビがヒットすると、スペシャルドラマを作る感覚で映画が作られる。これをテレビで宣伝し流行らせるという方式である。かつては映画を斜陽に追いやったテレビが邦画ヒットの原動力になっているという点は皮肉といえば皮肉といえる。

TPPについて考える前に「世界経済」についておさらいしてみてはいかがですか?

TPPについて考えるべきポイントはいくつかある。実際には農業も大きなファクターなのだが、今回は除外した。農産物のだぶつきにより価格が低迷し、その後の飢饉で農家が壊滅的な打撃を受けるということがなんどか起こっている。

  • ヨーロッパの戦争と戦間の平和な時期が景気の循環を作っている。それを次第にアメリカ合衆国が引き継いだ。戦争は次第に大きくなり、最終的に世界大戦に拡大した。戦争は破壊をもたらし、その後の需用を喚起する。しかし行き過ぎた需要喚起は在庫のだぶつきを招く。ただし、内戦や恒常的に続く戦争は需要喚起には役立たず、単に経済を悪化させる。
  • 戦後の安定期に蓄積された富が投資先を失い、一つの分野に殺到するとバブルが起きる。これが破裂すると金融システムが不安定化する。しかしその影響は、先進国と新興国で全く異なっている。
  • 経済に自信がある国は自由貿易を指向する。場合によっては周辺国を恫喝したりして、自由貿易に引き入れる事がある。しかし、それはやがて「周辺の」後発諸国から反発を受け、ブロック経済化をもたらす。
  • 理念と現実の間にはタイムラグがある。ときに深刻な状態をもたらす。
  • 100x100アメリカは過去の記憶から自由貿易に自信を持っているようだが、実際には赤字が累積している。逆に日本は過去に製品貿易では黒字を出している。つまり、自由貿易が拡大するとこの不均衡も再拡大する可能性がある。これはアメリカには不利だ。日本人の貯蓄がアメリカに吸い取られるのではないかという懸念もあるが、貯蓄の所有権が変わる訳ではないので、却って貸し手である日本への依存度が高まることが予想される。また過去の実績としては2000年の大規模小売店舗立地法(新大店法)がある。アメリカの圧力によるものとされており、実際に外資系小売りが市場参入したが選り好みが激しく、高い(ときには過剰な)サービスを期待する日本人の消費者は外資系小売りを受け入れなかった。だから、アメリカがどうして自由貿易を推進したがるのか良くわからない。例えば、アメリカは公共事業や政府調達から外国製品を排除しようとしている(バイ・アメリカ法)のような保護主義的な動きもある。つまり、アメリカには保護主義と自由主義の2つの流れが存在する。自由貿易主義が行き詰れば、選挙による政権交代が起こるだろう。

イギリスが自由貿易を指向 – 非公式帝国を作り上げる

フランス革命の後、ナポレオンが出現し、ヨーロッパは全面戦争に入った。戦費出費で疲弊したイギリスのポンドが暴落する。ポンドの暴落を防ぐ為に1816年にイギリスは金本位制に移行した。しばらくイギリスの銀行は混乱するが、ロバート・ピール内閣のもとで銀行法が成立し、イングランド銀行が中央銀行となった結果安定する。

ナポレオン戦争後、ウィーン体制の元でヨーロッパは安定する。長期的に見ると民族主義や自由主義運動を押さえきることはできなかったが、それでもフランス革命以前の安定した状態が戻ってきた。

イギリスはビクトリア女王の時代に入り、イギリスは自由貿易主義を採用した。主要な輸出品目は綿織物や鉄鋼などだった。各地の関税を引き下げて、軍事力を背景に港を確保した。当初、イギリスは中国に対して貿易赤字を抱えていたが、アヘンを売り込む事で貿易不均衡を解消する。その後「麻薬を売り込むな」と主張した清に対して戦争を仕掛け、逆に中国の一部に権益を確保した。1838年にトルコ=イギリス通商条約が結ばれ、既に弱体化していたトルコの市場がイギリスに解放される。このような「自由貿易」の結果イギリスは繁栄し、中間層や富裕層が生まれる。

好景気を背景にして、農業が好調となり工業生産も急増した。また、ヨーロッパ各地では人口が増え始めた。ロイターのこの記事ではこれを第一次グローバリゼーションと呼んでいるようだ。つまり現代のグローバル化は第二次だ。

約50年で経済が過熱し、その後で大不況に

しかし、好調は長くは続かなかった。1848年にヨーロッパ各地で革命が起こる。19世紀の後半になると供給が過剰になり、農産物や工業製品の価格が値崩れして大不況が起こる。不況のあおりで資金需用が低迷し、英国債の利回りが低下する。イギリスからの借り入れに依存するようになっていたオスマントルコはこの時に財政破綻した。余剰資金は海外に流れ出した。例えば、新興国のアルゼンチンは好景気に湧いた。

自由貿易は徐々にブロック経済化に向かい、アジアやアフリカに各国の経済圏が作られるようになった。日本はこのころ開国した。ドイツは統一に向かうが植民地獲得戦争には乗り遅れた。結局、ドイツ、オーストリア・ハンガリー、トルコは第一次世界大戦を起こして、西のイギリス、フランス、東のロシア帝国と対抗することになる。第一次世界大戦は1914年に始まって1919年に終った。

第一次世界大戦・アメリカの好景気・大恐慌

20世紀の初頭にはアメリカで好景気が起きていた。アルゼンチンは引き続き好調で、アメリカ合衆国も順調だった。第一次世界大戦向けの輸出が好調であり、重工業への投資も順調だった。株式市場も過熱した。第一次世界大戦後はヨーロッパの工場が破壊されたせいで、アメリカ合衆国の比較優位は拡大する。

実際には在庫が積み上がっていたにも関わらず、投資は過熱しつづけた。結局、1929年に株価が暴落した。これが大恐慌だ。各国に影響があったが、当時世界第五位の富裕国だったアルゼンチン経済はここで破綻した。モノカルチャと呼ばれる極度の農業依存であり補完産業がなかった。また資金供給を外国に依存していたことも崩壊を招いた原因だった。

金本位制から離脱する国が増え、ブロック経済化が進んだ。戦後補償で追い込まれたドイツは、大恐慌が最後の一押しとなり、憲法が停止されて狂人が国を支配することになった。麻生太郎さんが「真似をしてみては」と言っているのがこの時の状況だ。日本は中国大陸に遅れて進出したが、経済的な包囲網を敷かれて追い込まれた結果、第二次世界大戦に突入した。

第二次世界大戦・戦後体制・アメリカの貿易不均衡

結局、第二次世界大戦で日本は敗戦したが、その後海外からの資金調達を受けて復興して再建を果たした。各国の海外植民地は独立を果たし、ブロック経済は自然消滅した。ドイツと日本は経済が好調になり、投機が殺到する。両国はドルを買い支えて暴落を防ごうとしたが、支えきれなくなる。またアメリカでは1970年に不況が始まり、歳出が増大した。財政支出の増大が予想されることから、アメリカは1971年に金本位体制を停止した。これをニクソンショックと呼ぶ。しかし、その後もアメリカの財政赤字は増え続けた。一方、日本では外資によるバブルは起こらなかったが、国内の資金の行き場が土地などの資産に向い大幅なバブルを引き起こした。1980年代半ばから1991年まで続いた。これが弾けて以降、失われた20年と呼ばれるようになる。

共産圏の自由経済圏復帰と新興国経済

一方、ソ連が1991年に崩壊し、自由主義経済ブロックに復帰した。中国も「改革開放路線」で国内市場を開放したために急激な成長が起きた。まず1980年に特区が作られ、次第に拡大した。インド経済も徐々に市場開放を進めており、最近では「総合小売りが解放される」ことがニュースになったばかりだ。このような経済を「新興国経済」と呼んでいる。ブラジルも資金が少ない新興国だが、1993年に2500%のインフレを記録した後、高度成長に転換した。これらの国をまとめてBRICSと呼んでいる。

これまでの流れを概観すると、日本、アメリカ、ヨーロッパの金融市場不調よりも、新興国由来の金融パニックの方が「時代の区切り線」にはふさわしい。しかし、今のところその兆候はない。

麻生さんの失言について考える

麻生さんが「ナチに学んで憲法をこっそり改憲せよ」と主張したというニュースを聞いたときには、たいして驚かなかった。「ああ、またか」と思ったからだ。

この問題で検索したところ、BBCの記事が見つかった。BBCは日本の副首相麻生太郎がナチコメントを撤回と題する記事の冒頭で「月曜日には、副首相の麻生氏は平和憲法を変えるためにはナチのテクニックに学ぶべきだと主張し、木曜日に撤回した」と書いている。確かに間違いではないが、平和憲法とナチを引き合いに出す事で、あるニュアンスを与えている。そのあとご丁寧にも「ナチが憲法を停止したのは非常事態下でのことだ」という解説を加えた。つまり「日本の政治家はヨーロッパの歴史なんか知らないのだろう」というイメージも持たせてある。

ノーマン・デービスの『ヨーロッパ』によると、第一次世界大戦の賠償で疲弊したドイツ経済は大恐慌で完全に混乱状態に陥った。議会は長らく少数分裂状態が続いており、多数派を形成できなかった。そんな中登場したのがヒトラーだ。ヒトラーは国民を「説得」し、複雑さに耐えかねた国民はそれを受け入れる。大統領も最初はヒトラーを利用して混乱状態を切り抜けようとしていた。結果的に、憲法は停止され、ドイツは暴走を始めた。ワイマール憲法自体は改訂されなかったので、第二次世界大戦に負けるまで存続した。

ただし「複雑さに耐えかねた」のはドイツだけではなかった。ロシアでは共産主義が台頭し、イタリアとスペインにはファシスト政党が出現した。自分たちだけが科学的だと信じ、敵を設定して、国内の不純物を除去しようとした。また、どの政権も目的を達成するためには暴力的な手段の行使もいとわなかった。

だから麻生さんの発言に従って、ナチを手本にするなら、憲法改正などというまどろっこしい手段は取らないで、自民党に全権を渡すように大衆を煽動すべきだということになる。

自民党の幹部たちが本音ではどう思っているかは知る由もないのだが、表向きは麻生さんの親切な提案には乗らなかったようだ。ご本人たちは意識していないようだが、自民党政権が「複雑さに耐えかねて」いるという点は似ている。麻生さんの発言を読むと「静かにやりたい」という点が強調されており、静かにならないのは、野党やマスコミが騒ぎすぎるからだということになっている。安倍首相は衆議院・参議院選挙を通じて「国会がねじれているから」(つまり状況が複雑だから) 問題が解決できないと主張し、概ね受け入れられた。

100x100自民党とナチス党や共産党との違いは、自民党が「<理論的>で<科学的>な理論の整備」を行っていないところだ。また、国民が感情的に追い込まれていないという点にも違いがある。さらに情報環境の違いもある。現代の情報環境は雲の巣状になっていて、誰か一人が煽動しても必ずチェック機能が働いてしまう。

麻生さんの発言自体は「無邪気」なものなのだろう。彼が一人で考えた物語だ。中にはかなり危険な思想も含まれるが、それは「暴れた馬を乗りこなす」ような喜びにあふれているのかもしれない。そして思いついた話を誰かに聞かせたくてたまらない。

個人で着想しているぶんには何を考えても構わない。危険な発想も面白いかもしれない。ところがいったんそれを口にすると、それぞれの受け手が、それぞれの状況で勝手に解釈してしまうので、話がややこしくなる。結果として「静かに改憲したい」と考えた麻生さんが騒ぎを作り出す結果になってしまった。

麻生さんは楽しい人だが、時々中途半端な知識をひけらかし回りをあぜんとさせる。彼は財務大臣と金融担当大臣を兼務しているので、大きな国際会議で世間を騒がせるようなことがあれば、たちまち国債などの価格に影響を与えるだろう。大切な会議の場では官僚たちに押さえられて、お話の才能が発揮できないとイライラを募らせていたのかもしれない。エンターティナーとしての才能をいかんなく発揮していただきたいところではあるが、できれば飯塚あたりで小説家になっていただいた方がよいのではないだろうか。

しかし、この議論が無駄だったということにはならない。我々がこの一連の議論から学んだことはいくつもある。国家権力は、国民に制限されることなく自由に国家権力を行使したいと考えるようになるという点。そうした権力の暴走から国民を守るのが憲法だという点。さらに、日本人はそのような憲法を自分たちだけで作れなかったということだ。今回さらに、国会が混乱すると複雑さに耐えかねた国民が「憲法を停止してもよい」と容認することもある(時事ドットコム「民主政体でなぜ独裁?」)という点を学んだ。

その点では自民党というのは「憲法のありがたさ」と「合意形成の大切さ」を教えてくれる立派な教師のようなものだといえなくもない。

日本の製造業が衰退してしまったわけ – モノ消費とコト消費

自己否定に走る日本の製造業

週刊ダイヤモンドのその記事はちょっと憂鬱なものだった。日本のモノづくりももはやこれまでかというようなトーンだ。パナソニックがプラズマテレビから撤退し、関西にある工場は中国や日本のその他地域に逃げて行ってしまう。新しいヒット商品も生み出せそうにない(つまりユーザーのニーズが分からない)のでBtoBに移行することでその危機を乗り切ろうとしている。

このように最近の経済ニュースには憂鬱なものが多い。遂には「経済ニュースは本当に役に立っているのか」という自己否定とも取れるような考察まで飛び出すようになった。

所有から幸福な経験の追求に移行する成熟市場

しかし、この状況をじっと眺めていてもよいアイディアは浮かんできそうにない。こういうときは外にアイディアを求める方がよいだろう。一つは『選択の科学』のように、ユーザーが選び取る喜びについて研究することだ。購買=選択がイベントだという考え方である。

「幸せを買う方法」というLA Timesのコラムを見つけた。このコラムによると、100万ドルを手に入れて理想の家を買ったとしても、その人はあまり幸福にはなれないのだそうだ。幸福感を増すためには「経験」を買う必要がある。旅行、コンサート、特別な食事などがそれにあたる。コラムではこうしたものを買う行為を「経験購買」と言っている。

さらに、他人に何かをごちそうする事でも幸福感は増す。つまりは、他人と一緒に何かを楽しむと、その人はより幸せになれるというのである。記事では、スターバックスで自分にコーヒーを買う、他人に奢る、他人にコーヒーを奢りなおかつその人と一緒に時間を過ごすという3つのオプションを比較して幸福度を測っている。他人にコーヒーを奢ってなおかつその人と一緒に過ごすのが一番幸福になれるというのだ。

プラズマテレビを買っても、一人で見ていては幸せになれない。どんなに画質がよくても、大きくてもバカバカしいだけである。つまり消費者はテレビを買っているわけではなく、テレビを見るという経験を買っている。そもそも、みんな忙しくてテレビなんかみている暇はないのかもしれない。

別々のフレームをごっちゃにして議論すると分からなくなる

こうしたことを主張するのはアメリカ人の経済行動学者だけではない。別のブログではゴールデンウィークの支出を「コト消費」と「モノ消費」にわけて分析したうえで、モノ消費に関しては「デフレ的な消費行動」が示されていると結論づけている。

この分析を読むと、どうして出口が見つからないのかという点が明確に示されている。デフレ・インフレという金融・経済用語と、マーケティング的なニーズの分析は本来別物だ。両者は異なったドメインに属する用語だが、よく混同される。物が売れないこと=デフレではないし、マーケティングでモノが売れるようになってもインフレにはならない。こうした用語の混じり合いが気にならないのは、私達がもはや論理的な解決を諦めているからだ。心配が多く忙しいのでよく考えている時間がないのかもしれない。だから専門家も分かっていながら、ごっちゃに書いてしまうのだろう。

実際に、自分たちの行動に当てはめてみるとよく分かるだろう。つまり何か「モノを所有して消費する」という経験に関しては、必要最低限で済ませようという気持ちが働く一方で、(できれは気に入った人と)楽しい経験をしようという経験にはそれなりに支出している。それだけ市場が成熟し「単に持っているだけでは満足できない」という市場になっているということになる。

つまりは、過去のメンタリティで成熟した市場を分析しているために、なんらかの通訳が必要になっている。記事は「選択性が強い」という別の要素を仄めかして分析を避けている。ひどい場合には「若者に欲望がなくなったので、車を買わなくなった」などと世代論に落とし込む人もいる。

購買=所有という思い込みは、エンターテインメントに対する分析にも当てはまる。ソニーはエンターテインメント部門を持っている。例えば「映画」の価値は、家や本棚にディスクをたくさん並べてコレクションすることではない。おいしいものを食べる口実に映画館に行くとか、同じ映画をみて感想を述べ合うなどの広がりがある。こうした楽しみ方は「ソーシャル」と呼ばれ、今や一般化している。しかし、映画作りとテレビ作りをいっしょくたに考えると、映画とはすなわちポリカーボネートの板の事だという誤認が生まれる。発想が制限されることになり、ビジネスの幅が狭まる。

自己否定の必要はなく、ちょっとだけ見方を買えてみればよい

「幸福を求めるために消費する」というのは簡単なコンセプトだ。しかし、長時間残業でくたくたになったスタッフが、多くの部署に別れた30人ほどに電子メールでCCしながら、会議を重ねてアイディアを絞り出そうとしていると、とても難しく感じるに違いない。特に「是が非でもテレビを家に置いてもらいユーザーを幸せにしなければならない」となると、ほぼ解けないパズルになってしまうだろう。それよりも、会議室を出て、家族とゆっくりとした時間を過ごした方がいい。

100x100乱暴にまとめると「製造業は、働きすぎて、何が売れるのか分からなくなってしまった」ということになる。成熟した市場では「効率」だけでは不十分で「心地よさ」が重要になるのだと分析してもいいが、多分実感した方が速いのではないかと思う。

苦しみながら自己変革のアイディアをひねり出そうとすればするほど、泥沼にはまるだろう。既にリソースは持っているのだから、製造業も経済学者も自分自身の過去を否定して変える必要など少しもないのだ。

ヒトラーの思想はいかにして生まれたのか

今回は多様性について考えている。英語やドイツ語では健康な状態を「whole」という単語で表現する。これを日本語にすると「まっとうな」だろうか。ここから何かが欠落すると流れが失われる。流れが失われると何が起こるのかというのが今回のテーマだ。極めて単純にいうと、暴走が始まるのである。

ヒトラーはオーストリアで生まれた。父親は私生児(つまり、祖父が誰だということが分からない)だったのだが、その事は後に問題になる。画家を志すが挫折し、ウィーンの底辺で生活する。このころに様々な「思想」に触れる。当時、ドイツ民族はそのアイデンティティを模索中であり、ロシアでは社会主義が姿を現しつつあった。ヒトラーが身につけたのは、そうした知識の寄せ集めだった。今で言うと、ネットで集めた知識を元に偏った思想を強化してゆくのに似ている。

ヒトラーが寄せ集めの知識から思想をでっちあげる

ノーマン・デイヴィスは、『ヨーロッパIV 現代』の中で、白人に共通の気質を見つけようという取り組みを「有りもしないもの」と一刀両断にしている。つまり、アーリア人というのは科学的事実ではなく、思想(あるいは幻想)であるということだ。

ともかく、ヒトラーはそうした知識を寄せ集め、「思想」を作り上げた。ドイツをドイツ人の手に取戻すということと、そのためにはドイツの東側に生存のための領域が必要だというのが、その主旨だ。

いったんはクーデターのような形で政権奪取に失敗した後、大衆を煽動することに成功した。ここから彼は民主主義のルールを一切破らずに、ドイツ全体に君臨することになる。

でっちあげられた思想が現実を変えようと取り組む

『ヨーロッパIV』を読み進めると、いささか気分が悪くなってくる。思想が寄せ集めなので、冷静に考えれば論破できそうなものなのだが、ドイツ国民はヒトラーを支持した。第一次世界大戦にも負けて、多分「考えるのを止めた」のではないかと思う。唯一この狂気を説明できる論理は次のようなものである。

思想が寄せ集めの場合、現実との間に差違が出てくる。すると普通は「ああ、思想が間違っているんだな」と考えるだろう。しかし「現実が有るべき姿ではないのだ」と考えることも可能である。つまり、現実から「有るべきでない姿」を切り取ってしまえばいい。

ヒトラーに率いられたドイツ人はまさにそれを実行した。ポーランドの知識層を殺し、近隣諸国に攻め入り、ユダヤ人や障害者などを「効率的に」抹殺しはじめた。今もって何人のユダヤ人が殺されたのかは分かっていないものの、だいたい400万人から600万人が殺されたそうである。

現実をいくら変えても、出発点が間違っていては、幸せになれない

しかし、ヒトラーはそのことで幸せにはなれなかった。極秘裏の調査の結果、自分の祖母がユダヤ人らしい家庭に奉公していたことを突き止める。確かな証拠はないものの、自分がユダヤ人の血を引いているかもしれないのである。部下に命令を出し、故郷の村を爆破する。

ヒトラーは「全ての権威あるものが自分の価値を認めている」と主張しつつ、言いようのない自信のなさにうちひしがれる。ソ連軍が検死した時には「自分で自分を去勢しようとしたのでは」という疑いがかけられたそうだ。自殺する直前まで結婚をしなかった。『ヨーロッパIV』では自分が父親になることを怖れた可能性が仄めかされている。

一言で表現すると「狂っている」で終ってしまうのだが、ヨーロッパ全体がこの狂気に巻き込まれたというのはまぎれもない事実である。民族や国民国家という概念が急ごしらえで作られていた、この当時のヨーロッパには「それぞれの価値観を持った人たちが、共存する」という多様性は失われ、純粋さを取戻すという名目で、大規模な殺人が効率的に行われることとなった。

多様性が失われたことでこうした暴走が起こったというよりも、実は健全な状態には多様性が含まれていると考えた方が分かりやすい。状況が不健全化すると「純化しなければ」という運動が起こり、自身を攻撃し始める。これが「多様性を損なう」ことになるということだ。そこで起こるのは成長どころか、自身の破壊である。

また、現在の欧米人のエリート層はこうした歴史を学んでいるというのも重要な点だろう。だから「国民国家」という概念に対して懐疑的な見方をするだろう。それを考えると、日本人の手に日本を取戻すというような主張が、どのように響くのかということがよく分かるのではないかと思う。

キプロスとお金の話

しばらく前に「キプロスの銀行が大変なのだ」というニュースを聞いた。ところが日本ではあまり伝えられる気配がなく、伝えられたとしてもEUとの関係で少し触れるだけという感じだ。ところが、この話について少し考えてみるといろいろなことが見えてくるように思える。

まず、疑問を並べてみる。

  • なぜ、キプロスは国にはお金があるのに(GDPの8倍もある)経済破綻の危機に直面しているのか。
  • メドベージェフにとってキプロスと北方領土の共通点は何か。
  • 日本銀行が金融緩和してもインフレにならないのはどうしてか。

キプロスの金融危機について、納得の行く説明をしてくれたニュースショーは皆無だった。日本には以前銀行口座が封鎖された歴史がある。そのために「報道を自粛しているのだろう」という人もいる。

唯一、なんとなく分かったように思えたのは、キプロスは昔からロシアの金融オフショア先になっていたというネットの記事だ。どうやら、お金は「お金A」と「お金B」に別れているらしい。お金Aは人々が何かを買うために使う手段だ。しかし、お金Bは「貯めて増やす」ものであり、お金Aとは分離されている。ロシアのお金持ちたちは、儲けた金を国内ではなく海外に逃避させた。これをオフショア金融というのだそうだ。しかし、キプロスの銀行はギリシャ危機をきっかけに資金の一部を失ってしまう。銀行が潰れると、ロシア人のお金持ちたちは資金の一部を失うことになる。

なぜ、ロシア人たちは自分たちで稼いだお金を国内ではなく海外に預ける必要があったのだろうかという点が次の疑問になる。この点についてはよく分からないものの、キプロスが小さな国であり、なおかつロシアと宗教が同じであるという点が重要らしい。さらにイギリスの植民地だった経緯がありビジネスインフラが整っていたことと、EU圏だということも重要なのではないかと思われる。つまり、ロシアにとってキプロスは、EU圏に開かれた出島のような存在だったということになる。EUの立場から見ると、自分の圏内にロシアの出先があるのは面白くなかっただろう。単に規模が小さいから潰すのではなく、この機会に「オフショア金融」を潰したいと考えても不思議はない。政府からみるとそれは「脱税行為」だからだ。

すると、メドベージェフが言った「北方領土をオフショア基地に」という言葉の意味が分かる。ロシアにとって北方領土は「円経済圏の出島」になれる。領有権問題を棚上げにして共同運用区域にすれば、日本の税制もロシアの税制も完全には及ばない(逆に言えば、両方の影響力が等しく及ぶ)区域を作る事ができる。ロシアはEUと日本の間でバランスを取りながら、両方のいいとこ取りができるだろうし、日本の政治家たちにもうまみがあるかもしれないと考えても不思議ではない。

このように世界のお金は、国民の懐からオフショア勘定に流れて行くような仕組みができあがっているらしい。この事が正しければ、いくら金融緩和策を取っても一般消費者が関与する物価が上がらないことが説明できる。これは結局、税金として戻ってこないことを意味する。

お金がそのまま消えてしまえば、それはそれで問題がなさそうだ。しかし、実際には株式、国債、土地、資源、小麦などの農産物などの価格をつり上げる「バブル」が起こる。だから、「株がちょっと上がった」くらいで喜んでいてはいけないのだろう。しかし、バブルを経験した事があるおじさんたちが支配的なマスコミはもウキウキらしい。投資信託や株の本を読んでいる高齢者も多いのではないかと思う。つまり、多くの日本人(多分政治家も含めて)にとって、お金にはAもBもないのだろう。また、経済についての考え方にも一定の「しばり」がかかっているに違いない。1980年代の物の見方が支配的なのだといえる。

メドベージェフの言う事をそのまま受けるのはあまり得策とは言えそうにないが、日本はロシアの提案を戦略的に検討することができる。アメリカとロシアの間でバランスを取りながら、政策選択ができるからだ。ところが安倍首相は「優等生」のように見えるので、このような「リスクを伴う」政策を検討する事はできないだろう。「日本にとってアメリカとの同盟が基軸です」というのが、日本にとっての唯一の正解であり、ここから外れることはない。

例えば、多くの国民はロシアに譲歩することは受け入れがたいと感じるだろう。たぶん選択肢として俎上に載せただけで「売国・親ロシア派」というレッテルが付くのではないかと思う。これも戦後すぐに作られた感情的なフレームをそのまま維持していることによる弊害だ。だから、ロシアと「取り引き」して「新しい金融ゾーンを作ろう」などと言い出せば、国賊扱いされた上でTPP以上の大問題に発展するに違いない。戦後すぐに構築されたマインドセットに縛られていると「北方領土にオフショアセンターを作るとは、さては返す気がないというサインだな」などと読んでしまいかねない。

マスコミがこの件をあまり熱心に伝えないのは、キプロス問題が、基本的にはEUの問題だと考えられているからではないかと思う。だから、EUがこの問題を処理できさえすれば問題は解決するのだろうと思っているのだろう。ところが、実際にはもう少しだけ多面的な広がりを持っているのではないかと思う。

日本はどうTPPを取り扱えるかということを3年も逡巡している。背景にあるのは、アメリカの機嫌も損ねたくないし、戦後すぐに作られた農業利権も損ねたくないという「解答のないパズル」だ。それぞれ一定の時期に作られたマインドセットである。そもそも動けないのだから、新しいスキームが入り込む余地はない。日本が動きを止めている間にも、事態は大きく動いている。しばりから自由になれれば、いろいろな選択肢が手に入るだろうし、今考えている経済政策には実は誤りもあるのではないかということが分かるだろう。

日本人はマインドセットを変更せずに、問題をどのように処理しようかと考えている。このために、周囲で起きている様々な問題が不安定で恐ろしいものに思えるのではないかと思う。

このように、マインドセットは人々の選択肢を大きく制限して物事に対する理解を限定的にしてしまうのである。

トウガラシから見えてくるもの

インド料理について調べていて興味を持ったので、トウガラシのことを調べてみた。なかなか面白いことが見えてくる。

トウガラシは中米(現在はメキシコ説が主流らしい)原産のナス科の植物だ。にも関わらず、トウガラシ料理を自国の文化と結びつける民族は多い。例えば韓国と日本を比較するのに「トウガラシとワサビ」という言い方をする人もいるし、インド料理やタイ料理にはトウガラシが欠かせない。

新大陸からヨーロッパに渡ったのはコロンブスの時代であり、それ以前のインド料理にはコショウはあってもトウガラシの辛さはなかったはずだ。こうした料理を見るとグローバル化という言葉が使われる以前から、世界の交易が盛んだったことが分かる。

トウガラシの叫び: 〈食の危機〉最前線をゆく』は、気候変動とトウガラシの関係について書いた本だ。邦題を読むと、いたずらに悲壮感をあおる本のように思えるが、実際にはトウガラシとアメリカ各地の人々の関係について実地調査した「明るめ」の本だ。

この本を読むと各地のトウガラシ – 日本人はひとまとめにしてしまいがちだが、実際には様々な品種がある – とのつながりと「トウガラシ愛」が分かる。気候変動によって引き起こされたと思われる水害によって壊滅的な被害を受けた土地もある。気候変動が将来の可能性の問題ではなく、いま目の前にある現実だということが強調されている。その一方で、過去には育てられなかった作物が収穫できるようになった土地もあるそうだ。

『トウガラシの叫び』は作物の多様性についても言及している。農作物も産業化しており、大量に収穫が見込めるトウガラシがローカルのトウガラシを駆逐して行くことがあるそうだ。それぞれのトウガラシには固有の風味というものがあり、それが失われることで、食べ物の多様性も失われて行くであろう。各地のトウガラシ栽培には、先祖たちのストーリーがある。それが失われるということは、すなわち先祖とのつながりや誇りといったものが切れてしまうということを意味する。

その事は、『トウガラシの文化誌』からも読み取ることができる。この本も人々のトウガラシ愛について言及している。

両方の本に書かれているのが、タバスコ・ソースについての物語だ。現在に至るまでルイジアナの一家が所有した企業によって作られているタバスコ・ソースは、南軍の兵士がメキシコのタバスコ州から持ち帰ったトウガラシから作られている。この一家の先祖は、北軍による攻撃を受けてその土地を追われてしまった。戦争が終わって戻ってくると土地は荒れ果てていたのだが、ただ一本残っているトウガラシを見つけた。タバスコペッパーは生きていたのだ。そのトウガラシから作ったソースは評判を呼び、今では世界中で使われている。

このようにトウガラシから分かることはいくつもある。地球温暖化や気候変動は身近な作物 – つまり私達の生活 – に影響をあたえている。多様な食文化は、食材の多様性に支えられている。グローバル化はそれを脅かしつつある。一方で、伝統的に思えるローカルな料理も実はそのグローバル化の影響を受けて変質している。変質してはいるものの、世界の人たちはおおむねこの変化を歓迎しているようだ。

トウガラシに着目するといろいろなことが見えてくる。理屈だけを見るよりも、具体的な物や人に着目する事で、問題についての理解が深まる。

さて、世界の人々がトウガラシに愛着を感じるのはどうしてなのだろうか。

トウガラシにはカプサイシンという成分がある。ほ乳動物はこの物質を摂取すると舌に痛みを感じる。ところがこのカプサイシンを少量だけ摂取すると体温が上がり、ランナーズハイに似た症状を感じるらしい。エンドルフィンなどの鎮痛成分が生じるためと言われている。

また食べ物の味を明確にする機能があるようだ。よく「辛いものばかり食べていると舌がしびれてバカになる」と言う人がいるが、実際には逆らしい。このことは日本人の好きなスシとワサビの関係を見てもよく分かる。ワサビの辛みが加わる事で、味に「枠組み」のようなものが生じ、うまみが増すのが感じられるからだ。