カール・グスタフ・ユングの時代

カール・グスタフ・ユングは1875年にスイスで産まれた。父親はプロテスタントの牧師だった。Wikipediaには触れられていないが、母方には心霊術的なバックグラウンドを持つ人たちがいた。
カトリックは教会が一つの家族のようになっている。故に神父は家族を持つことはない。修道女も同じく結婚しない。しかしプロテスタントは必ずしも聖職者の結婚が許されていないわけではない。

改革派はカルバンによってはじめられ、主にスイスで発展したのだそうだ。カトリックとの違いは地域のことを地域で決めるという政治形態だ。また、産まれたときに洗礼を受けても、成人時に改めて信仰告白をする必要がある。

カトリックは、教皇を中心とした権威が聖書の解釈を決めている。トップダウンの政治形態を持つ。一方、改革派のキリスト教徒は、長老と呼ばれる人たちによって管理され、常に信仰告白(ドクトリンと呼ぶそうだ)を通じて、自らをリフォームすることになっている。

ユングは、この父親からあまり影響を受けなかった。ユングが聞く聖書の解釈にあまり自信がなく「決まっているからそうなんだ」というような姿勢に落胆していたようだ。父親は生活の為に牧師になったとも言われていて、生活のために宗教があるような状態だったのかもしれない。一方、母親には優しい表の側面となにかしら怖い裏の側面を見ていた。母親が心霊的なバックグラウンドを持っていたこともあり、ユングの最初の論文は「夢遊症と霊媒現象」を持つ少女の研究だった。

そのころの北ドイツはプロイセンを中心にプロテスタントドイツ圏が統一されつつあった。1866年にはオーストリアとの間で戦争がある。1867年には北ドイツは統一され、1870年にかけてドイツ帝国が成立する。次の統一対象は南部ドイツだった。こちらはカトリックが中心だったので「ドイツ語」を話す人たちを、ドイツ人と定義した民族主義が「発明」された。

しかし、ドイツ語を話すが、多民族国家だったオーストリアは枠組みから排除された。だから、ドイツ民族にとっては、自分たちは何者であるかということは一筋縄で片付けられる問題ではなかった。そこには、言語(ドイツ語)、民族(ドイツ人というより、ゲルマン人という意識が芽生え始めていたようだ)、国家(ドイツ、スイス、オーストリア)、宗教(カトリック、プロテスタント)という事情が絡み合っていたのだ。オーストリアは、1867年にハンガリーを含む多民族国家を成立させる。

このドイツの民族主義は次第に周辺各国とぶつかり合うようになる。ユングはある夢を見るのだが、ヨーロッパには緊張が高まっていた。このときユングはオーストリア人のフロイトに接近する。ユダヤ系だったフロイトは、ゲルマン人だったフロイトを自らの学派の後継者と見なしていたのだ。

ユングの心理学とフロイトの心理学はちょうど鏡合わせの位置にあるように思える。フロイトは心理学にエネルギーや力学といった科学的な要素を組み込んだ。実際に実験で証明できないので、純粋に科学とはなり得ないのだが、これは当時としては画期的なことだっただろう。ユングも統計を使って言葉に対する反応速度を探る科学的な手法を考案するのだが、一方では心霊のような証明できない事象も排除しなかった。

フロイトは幼少時のトラウマ(母親の愛情不足や父親の抑圧的な態度)が生涯の性格を決めると考えていたのだが、ユングは必ずしも全てを幼少時の性的な体験に結びつけるべきではないのではないかと考えていた。幼少時の父親との関係も違っていた。フロイトの意識は外を向いていたのだが、フロイトは自分の内面を見つめる(つまり内向いている)という違いもある。

最大の違いは、内面にある意識が及ばない領域に対する扱いの違いだろう。フロイトにとって無意識は人々を苦しめかねない存在だった。しかし、ユングにとってそれは成長しつづける、創造性の源泉になっている。フロイトにとって精神的な病は、幼児期に原因があり、治療すべき異常な状態だ。しかしユングは、人が成長する上である種、精神的にアンバランスになることがあり得るのだと考える。

1914年までヨーロッパは、ドイツ、フランス、ロシアなどの各国がお互いの緊張状態を利用しつつ、結果的に均衡を保つという危うい状態を維持していた。結局、オーストリア=ハンガリーの皇太子がセルビアで暗殺されるという事件をきっかけに戦争状態に突入した。この戦争は1919年まで続き、第一次世界大戦と呼ばれるようになる。1916年にユングはフロイトと決別する。結局、ドイツは敗戦し共和制に移行した。これがユングの40代だった。

ドイツは、この第一次世界大戦の敗戦から立ち直る過程で、民族意識を過剰に高揚させてゆく。使える理論は全て使い、一つの方向に向かって邁進した。ヒトラーは1889年生まれのオーストリア人だった。しかしなぜかドイツに流れ込み、1933年に首相になり1939年にポーランドに攻め込んだ。そしてこれが、第二次世界大戦のきっかけになった。

この時代を説明するものはいろいろある。中産階級が台頭して、小さな君主国家の枠組みが崩れさったこと。そうした諸邦を統一するのに言語に着目した「民族」という意識が産まれたこと。宗教権威が崩れつつあり、代わりに「科学」が台頭しつつあったことなどだ。新しい枠組みが作られつつあったのだが、まだその秩序がどのようなものになるかという形は全く見えていなかった。

一方、オーストリアは多民族国家を成立させた。この事が多様性を生む。たとえばイノベーションで知られる、ヨーゼフ・シュンペータは1883年生まれのオーストリア人だ。シュンペーターの理論は、均衡を停滞と捉え、均衡が何者かによって崩されることで市場全体の活気が保たれるという理論で、これを創造的破壊と呼ぶ。つまり一定の枠組みのもとで、動的に動いているのが「活気」の源だと考えられていたわけだ。

ヨーロッパにはもはや、領主やカトリック教会の元で秩序ある暮らしをするというような状態にはなかった。枠組みは常に崩されており、対立関係が至るところに見られた。こんな中で「個人がどう時代に対応するか」ということはとても大切なテーマだったに違いない。マネジメントの父と呼ばれることになるピーター・ドラッカーは少し遅れて1909年にウィーンで産まれる。この人もユダヤ人だ。ドラッカーはユダヤ人迫害を怖れてアメリカに逃れる。社会の一方の極を支配しはじめていたのが「企業」と「アメリカ」だった。

オーストリアにはいまのグローバリズムに似た状態があった。混乱と多様性が、経済学と心理学を生み出したのである。

暗い夜の海を行く

このブログの人気のあるエントリーに「中年の危機」がある。Googleで上位に上がっていることもあるのだろうが、エセンシャル・ユング―ユングが語るユング心理学をアフィリエイト経由で買って行く人もいる。今回は、この「中年の危機」について考えたい。

「中年の危機」という言葉にはネガティブな含みがある。そもそも「中年」はもう若くないということだし、スーツを着て定年までの日々を数えるサラリーマンといったイメージがある。理想の40代といえば、いつも若々しく、シゴトはできるのだが、失敗も怖れないというイメージだ。一般的には、中年を迎えずにいつまでも若々しくいることができる人が成功した人だと考えられている。
近年自殺が増えている。Chikirinの日記「自殺に見る男女格差」によると近年増えた自殺のほとんどは男性のものなのだそうだ。そして自殺原因のほとんどは「経済・勤務」の問題である。健康問題も自殺の大きな原因なのだが、病気をしてしまうと経済的にも行き詰まるのだから、日本は男性がお金の問題で周囲に助けを求めずに死んでしまう社会だといえるだろう。

一般的に、勤務先や仕事はその人のよりどころ(つまりアイデンティティ)になっていて、周囲に助けを求めることは女々しいことだと考えられている。リストラされる、あるいは経営していた会社を失うということは、拠り所を失ってしまうということだ。
ここで、これが果たして挫折なのかという疑問が湧く。規範は変わって行くものだし、変えて行くこともできる。

たとえば、大昔には殺人は「悪」ではなかった。殺さなければ殺されてしまう可能性があったからだ。また、奴隷制も悪ではない時代があった。女性に参政権がないのも当たり前のことだった。社会に合わなくなったということは、その人が失敗してしまったということにはならない。しかし黒人系の南アフリカ人がパスを持たないと逮捕されてしまう時代には、パスを燃やす事は「社会への反逆者」になることを意味した。20年以上も刑務所に入れられても文句が言えないほどの重罪だったのだ。

エッセンシャル・ユングによると、ユングは社会的な目標は人格の縮小という犠牲を払うことのみによって達成されるといっている。ユングは「その人らしくあること」と「社会に適合してゆくこと」はお互いに相容れないと考えている。社会的な目標(たとえば、会社の社長として尊敬されたい)がその人を一生満足させる目標足り得るかどうかは分からない。

当時の臨床経験からユングが大切だと考えたのが40歳くらいの年齢だ。日本ではちょうど厄年にあたる。うまく成熟が進むと、このあたりの年齢で違和感を感じ始める。そしてその違和感を無視したまま50歳を迎えると、さまざまな支障を来す事がある。エッセンシャルユングには、それまで熱心に教会活動を行っていた人が、ある日「自分のやっている事は、本当に下らないどうでもいいようなことだった」と考え、無気力に落ちいるという例がでてくる。それまで彼を支えていた正義が音を立てて崩れてしまうのだ。

この経験を「失敗」と捉えるのか、それとも「成長」と捉えるかで見えてくる風景はだいぶん違ってくる。22歳くらいで働き始めるとして、20年も働いてくれば社会がどいうい仕組みで動いているのかということが分かるようになる。若い時がピークで、あとは衰えて行くのだと考えると、残りの人生では勝ち得たものをできるだけ失わないように生きて行こうと考えることになるだろう。若いときに得たような好条件はもう二度と現れないからだ。

一方、人間はその後も成長してゆくのだと考えると、社会の仕組みが自分に合わなくなるということもあり得ないことではない。前者では人間を消耗品として扱っている。若くて消耗が少ないことがよいことだ。一方後者では経験は蓄積である。この違いがつもると「新しい経験」に対する態度の差となって現れる。前者は新しい経験に対して抑圧的で、後者は変化を促進する。

リストラで職を失ったり、病気で退職を余儀なくされた人が、家や病院に取り残される。するとアイデンティティを喪失し「自分が何者か」が分からなくなる。これは大変なストレスだ。経済的な見通しが経たなくなり、人によっては家族も失う。

一方、留まる人たちも「明日は我が身」として脱落した人を意識する。ある種、彼らとは鏡の関係にある。この人たちも「成功の中に引きこもらざるを得なくなる」わけである。こうした人たちは不得意なことはやらないだろうし、変わることは難しい。
加えて成功者には別の試練もある。「私はうまく立ち回ったから、成功することができた」と考えると、何が正しい事なのか分からなくなってしまう。組織によっては正常な判断力を失い自壊してしまったりする。ある種の傲慢さだが、他人を追い落とすから悪なのではなく、自らを滅ぼしてしまうから悪なのだといえる。

中年の危機は、成長から来る産まれ直しだ。人間はまず0歳で「産まれる」。そのあと、親、学校、社会の価値観を刷り込まれつつ20歳くらいで独立し、社会に産まれる。40歳の誕生はだれも「産んではくれない」という意味でそれまでとは異なっている。一人で価値観を選び、自分で自分自身を産むという体験をしなければならない。このことが孤独を生む。しかし、この産まれ直しの経験をすることで、社会規範と自分が合わなくなったときに、どう変化して行けばいいかということを経験できる。これ故、中年の危機は「夜の航海」に例えられる。
(2012.11.26:リライト)

非デュシャンヌの笑い – 偽りの笑顔

親戚に女の子がいる。いま1歳。この子がかわいい。多分血がつながっているからだろう、とは思う。この子がかわいいのは、時折見せる笑顔のせいだ。この子に限らず子どもの笑顔はかわいい。大抵、あかちゃんは見つめると笑い顔を返してくれるのだ。しかし顔は口ほどに嘘をつくによると、この笑顔生後10か月を過ぎると「人が近づくと自動的に」笑うのだそうだ。
人間が作る事ができる表情は10,000程度。意識して動かせるところと、意識しなければ動かせない筋肉がある。笑ってみるとわかるのだが、笑い顔に関係する筋肉は2つ。口の周囲と、目のまわり。口は意識して動かすことができる。しかし目は楽しくないと動かないのだという。赤ちゃんの笑い顔にも2種類があって、母親に笑うときには目と口が動く。知らない人(たぶん親戚のおじちゃんも含む)への笑いは口だけだ。
あかんぼうが嘘をついているとは思えないのだが、別に楽しいから笑っているわけでもない。別に誰かに教えてもらったわけでもないのだが、とりあえず笑ってみる。すると回りが和み、襲われる危険が少なくなる。こうやってあかちゃんは身を守っている。襲われないどころか、遊んでもらえたり、運が良ければ食べ物がもらえたりする。
怒りや不安は「完遂しない経験」だった。完遂しない経験が積もり積もって、悪い場合には世代間を越えて伝わるのだった。一方、笑いも何もない所にうまれる。とりあえず、笑ってみる。すると場が和み、私たちが本来持っている「可愛がりたい」というような感情が刺激される。するとさらに場が和む。このように、感情には、スパイラルの起点としての役割がある。
こうした、目が笑っていない状態を「非デュシャンヌの笑い」(non duchenne smile)と呼ぶそうだ。Wikipediaによると、デュシャンヌの笑いは不随意筋である目の回りが動くので「純粋な笑い」であると考えられている。一方非デュシャンヌの笑いは口角だけで笑っているのだから、本当に楽しい訳ではない可能性がある。つまり嘘が介在する余地があるというのだ。
笑いのトレーニングに「口角を上げる」というものがある。割り箸を使って口角を上げる訓練をしろというのだ。残念なことに口角だけを上げても、目が怖いままでは笑っているようには見えない。笑顔のトレーニングに割り箸を使うのは口角が意思の力でコントロール可能だからだ。つまりお愛想笑いの練習ができるわけである。
口角を上げるトレーニングが重要なのは、筋肉がこわばっていて半分しか上がらなかったり、右か左のどちらかしか動かなくなっている場合が多いからだと思う。普段使わなくなっているか、抑圧されていて笑えなくなっている場合には、こうした訓練は重要だろう。しかし実際にこの練習をしてみると、楽しくないのに笑うことに違和感を感じるようになる。そして訳もなく落ち込んだりする。口をかたく結ぶのは「緊張」の現れだからだ。緊張が続くと却って弛緩してしまうのだ。怒りは完遂しない経験だ。本来は怒るべき場面で笑っていると怒りの経験が完了しないから、お愛想笑いは有害かもしれない。
一方、目を使った笑いは楽しい事を思い浮かべないと作れない。これは緊張を緩和するのに役に立つ。実際に笑いには緊張の緩和という役割がある。たとえば、誰かがスピーチでとんでもないことを言う。一瞬何が起こったのか分からない。緊張がその場を支配する。誰かが「わはは」と笑うと、それが冗談だったということが分かる。この場合人は楽しいから笑っているわけではない。緊張が臨界点まで高まり、それを緩和するために笑うのだ。そして笑うとだんだん楽しくなってきて緊張があったことを忘れてしまう。
雑誌などでいろいろな人の笑いを観察すると、口角だけを使った笑いは到る所に見られる。たとえば選挙のポスターは、たいてい口角だけの笑いだ。不自然にならない程度に目尻が下がっていたりする。これが失礼にならないのは、笑いが相互作用によって成り立っているからだ。
たとえば私がまじめに話しているのに、あなたがデュシャンヌスマイルを振りまいたら、きっと私は怒り出すだろう。それは私はまじめに話しているのに、あなたがそれをまじめに受け止めなかったと考えるからだ。しかし口角だけを上げて微笑みながら聞いてくれれば、私の興奮は収まるかもしれない。それは「楽しいから笑っている」わけではなく、その場を円満に納めるための笑いだからだろう。このように人はノンバーバルコミュニケーションを通じて感情のコントロールを行いながら会話を進める。
Twitterではこうした非言語のコミュニケーションチャネルが塞がっている。だからオフラインのコミュニケーションに慣れている人は、Twitterを不完全なチャネルだと思うだろう。一方、Twitterに慣れている人は、言語的な要素(たとえばエモティコン :-))を使って感情を捕足するのに慣れているか、こうした感情的な要素を排除してニュートラルな会話ができる人ということになるだろう。たぶん、感情を排除しているのではないかと思われる。最近はウェブカメラを使って非言語的なコミュニケーションを導入することが可能なのだが、こうしたやり取りは却って「生々しい」と敬遠されることが多いからだ。
生々しい会話に慣れている人は、こうした会話を「ぱさぱさして」抑圧的だと感じられるのではないかと思う。これは都市と農村の人間関係に似ている。農村の人から見ると、都会の人間関係は稀薄で「ぱさぱさしているように」見えるだろう。しかし都市の生活に慣れた人にとって農村の人間関係は濃厚すぎて煩わしいと感じられるはずだ。これは群れの密度と交換される情報の多さに関係しているのであろう。農村よりも都市の方が人口密度が高い。交換される情報量も多いので、農村と同じ密度で情報を発信するときっと疲れてしまうに違いない。同じようにインターネット上を流れる情報量は飛躍的に大きく、濃密な関係を不特定多数と結ぶと疲れてしまうのかもしれない。
コミュニケーションの中に「笑い」をうまく織り込むと、効果的に意思を伝え、対立を解く事ができる。楽しいから笑う場合もあれば、笑うから楽しくなるということもある。そして、笑いは状況によって意味が異なり、不適当な時や場所で笑うことが侮蔑の意味に捉えられたりする。オンラインメディアではこうした非言語を使ったコミュニケーションがうまく使えない場合があり、それを代替する機能が必要になるかもしれない。

甘えと日本人

アメリカ人がうんざりする日本人の特性といえば「日本人特殊論」だ。この二つの国には共通点がある。どちらもシングルカルチャーだと言う点だ。アメリカ人は自分たちが世界から集って来た多様な民族により構成された多文化社会だと信じているのだが、英語が暗黙の共通言語になっていて、かなり強烈な個人主義を「アメリカらしさ」だとして信奉している。一方、日本人も日本語が暗黙の共通言語になっていて、日本教といってもよいような独特な社会慣習のセットを持っている。

アメリカ人が嫌いな日本人のヒトコトに「我々の文化は独特だから…」というユニーク・ジャパンという概念がある。アメリカ人は「我々の文化は世界各国の移民からよりすぐられたものだ」と信じているので、日本人は独特であなたたちには理解できないのだということを認められないわけだ。しかし日本語でしか表現できない概念もある。やはり雰囲気は伝えにくいのだ。何でも話して説明しなければならないというのはかなりしんどい。気分を察してほしいと思う。しかしアメリカ人には伝わらないことが多い。それでは伝わらないのは一体何なのだろうか。

土居健郎は英語で論文を書いていて「甘え」というコトバにぴったりくる日本語がないことに気がついた。英和辞書を見ると「子どもっぽく振る舞う」とか「依存する」と書いてあるのだが、英語ではかなりネガティブな含みのあるコトバだ。日本では必ずしもネガティブな意味では使われない。それどころか、上司が部下に対して「もうすこし甘えてくれてもいいのだよ」と言ったりする。さて、この甘えるというのはどういうことなのだろうか。

土居や斉藤が指摘するように、甘えているときに、子どもが「僕はいま甘えているのだな」ということはない。甘えは無意識に行なわれる行為だ。甘えている状態とは、気兼ねなく相手に受け入れられていると考えられることだと思われる。これに対する大人のコトバは必ずしも明確に定義されていないのだが、「気を配る」だろう。気とは何かということを考えてみると、「注意や意識を向けている」「非言語を読み取ってほ何が求められているか拝察する」という事だ。これは昨日見たアクティブリスニングに似ている。アクティブリスニングと違う点は言語が介在するかどうかだろう。斉藤孝は身体性にこだわる学者なので、この総合の関係が持っている「非言語性」に注目する。甘えが存在する関係では「話さなくても分かる」のである。

いったんこうした関係が成立すると、その内に「甘える人」と「甘えられる人」の被我がなくなる。気分の「気」は様々な意味に使われる。気を配るとは「注意を向ける」ということだから、気は自意識を表現していると言ってよい。しかし雰囲気や空気といった気はその場に漂う意識のことであり、それは必ずしも私の気とは限らない。このコトバを無理なく受け入れられるのは私たちが自分の意識と相手の意識、さらにはそこにいる人たち全体の意識を区別していないからだろう。

ともかく、許容されることが種になって、相手を許容するようになる。こうして話さなくても分かる文化ができ上がる。しかしこうした文化ができ上がるためには、時間をかけて子どもを甘えさせてやる必要がある。悪い事をしても叱らないで配慮する、危ないものがあったらよけてやるといった具合だ。この間子どもはこれを意識しない。しかし、この後「アダルトチルドレン」で取り上げようと思うのだが、甘えにも健全な甘えと不健全な甘えがある。また、家庭の中では甘えられているのに、外では甘えられないということになると、重大な問題が起こる。それが「引きこもり」だ。

甘えは非言語に依存している。話さなくても分かってくれるのは、相手が常に自分に注意を払って非言語的なシグナルを読み取ってくれているからであり、相手と自分の文化が共通していて「だいたいの場合類推が当たる」からだ。つまり、忙しすぎて相手が自分に注意を払ってくれなくなったり、共通性がなくなりお互いが類推できなくなると甘えの関係は崩壊してしまうのだ。
一つには共働きが増えて、子どもが十分に甘えられる環境がなくなってきていることが問題になっている。また終身雇用が崩壊して親の側の見通しが立たなくなると、相手に十分に注意を払うことが難しくなる。そして十分に甘えられなくなった子どもは20年も立つと親の側に立つようになる。すると甘えのない状態が再生産される。どう甘えていいか分からないのだから、どう甘えさせてよいのかが分からないのだ。

次に挙げられるのは、情報が過剰に流れてくることに関連している。青少年期には盛んに情報を吸収して、その後の精神的な姿勢を決める。

喫茶店や居酒屋の会話は形骸化した甘えの発露の場だ。全員に共通しているのは「聞き手にはなりたくない」という気分だろう。誰も聞いてくれないから勝手にしゃべっている。しかしその場では何を言っても許される。無制限に受け入れられているという点では甘えの場なのだし、それが至る所で観測されるのは我々が「甘え」を求めているからだ。日本でTwitterが否定的に捉えられるのは、誰も本当には聞いていないからだ。形骸化された甘えの場がオンラインに拡張されているからだということになる。

このように「甘えさせてくれる人」が貴重なリソースになると「甘え」の奪い合いが起こる。一人ではやって行けないわけだから、自意識を慰めるためのさまざまな手段を準備する必要がでてくるわけだ。こうした一連の行為がすべて「非言語」で行なわれる。相手にも説明できないということだが、自分にも説明できないということになる。だから、こういう状態では、我々がどうしてこうなったのかということがよく分からない。

この状態が不快なのだと考えるようになったとき、解決策は2つある。一つは社会を「甘え」がふんだんにあった時代に戻す事。本来は父親が家にいて子どもの面倒を見てもよいわけだが、たいていは母親が家にいる。また、定年(これは子どもを育ててからしばらく余裕のある十分な甘えの時間を提供する)までの見通しが明確に立っている。地域が一体になって子どもを見守る。家族は他人(近所のおじいさんやおばあさん)の干渉を受け入れるという社会だ。そしてもう一つは言語が介在しない甘えの関係を乗り越えて、言語的に分かり合う社会を作る事だろう。そのためには「私」と「あなた」が明確に分離された社会を作ることになる。普通の日本人の感覚では、これはとても「水臭い」関係だ。

甘えとは相互依存関係を構築するということだ。子ども時代と違って部下は上司に意識的に甘える。それは同時に相手の影響力を受け入れるということになる。しかしそれはやがて双方向的な依存関係に発展する。上司は時々部下を居酒屋に誘い「無礼講」と言って部下に愚痴をこぼして甘えたりする。ここで部下が甘えないと、上司も部下に甘えることができない。見方によっては部下は「甘えてやっている」のだ。
ここまで書いて来て、こうした相互依存的な関係は30代より下の日本人の間にはなくなって来ているのではないかと思った。少なくとも派遣社員と正社員というように会社に対する態度が異なる人間関係では成立しにくい。この関係はどこか疑似家族的で、両者が日本的な「甘え」を体得していることを前提にしているのだろう。

さて、ここまでは「相手と自分の問題」を分離する個人主義的な解決方法と、相互依存的な環境を作って非言語的に折り合いを付けて行こうというアプローチを見た。相互依存的な関係は、機能しているときには非常に心易い関係なのだが、ともすると不健康なものに転移しやすい。悪い相互依存「共依存」について見て行く。何が共依存を作るのだろうか。

アクティブリスニング

アクティブリスニングは問題解決のための対話

アクティブリスニングは積極的に聞く技術なのだと説明される。しかしネット上のアクティブリスニングの解説には部分的なものが多い。また、結局の所「相手に話を聞いてもらえたと考えてもらえたら勝ち」とか「相手は学習の宝庫なのでトク」といった損得、勝ち負けに落とし込んだアクティブリスニングの解説も見られる。実際に、アクティブリスニングの原典の一つであるトーマス・ゴードンの本ゴードン博士の人間関係をよくする本―自分を活かす相手を活かすを読むと、どうもそれが誤解なのではないかと思えてくる。アクティブリスニングは問題解決のための対話手法の一部らしい。

子どものカウンセリングから生まれたアクティブリスニング

トマス・ゴードンは子どものカウンセリングを行なっていた。しかし子供たちが口を揃えて「問題があるのは親の方だ」ということに気がつく。親にカウンセリングを受けさせるわけにもいかないので、親業とはリーダーシップであるという路線で、親に「聞く技術を教える」ことにしたのだという。あいづちをうつ、距離を取る、批判をしないなどという個別のメソドロジーについては、様々なウェブサイトや解説本が出ているので割愛する。

操作しないことが重要

キーになるのは、相手の話を聞くふりをして「相手を操作しないようにする」ことの重要性だ。たとえば会社を辞めたいと言っている人にたいして「僕はそういう人は好きじゃない」と自分の価値観を押し付けたり、「世の中はそんなに甘いものじゃないんだよ」と説教したりすることが他人を操作することにあたる。また「僕に相談されても…」と話題を変えてしまうのも聞かない行為だろう。ゴードンはこうした一連の行動を「非受容の言語」と言っている。アクティブリスニングでは、相手を「好ましい方向に向かうように援助」したりもしない。この行為そのものが操作に当たるからだ。
相手は自分で問題を解決する。聞き手はそのための手助けをするだけだ。それではどうして相手は人に話をするだけで問題を解決できてしまうのだろうか。

経験を完遂する

人が怒りや不満を持つというのはどういう状態なのだろうか。それはある感情が完了しないことから生まれるようだ。つまりその感情を整理し、それがどこから来ているのかを捉えるか、別の経験が起こりその感情が上書きされてしまえば、怒りは消えてしまうということになる。経験を完了させてしまえばいいわけだ。他人に何かを話すことでこうした経験を(少なくとも頭の中では)完了することができるのだ。
ここで非受容の言語を聞いてしまうと、話し手は自分の経験を完了できなくなる。そればかりか自分の言い分に対して防衛をはじめてしまう。すると問題が解決できなくなってしまう。するとイライラが募るので、いつまでも怒りや不満を抱えたままである。
たとえば女性が何人も集って喫茶店で話をしている。相手のいうことを聞いているようなのだが、実は全く話を聞いていない。大抵「それでさあ」といいながら全く関係のない自分の話をはじめる。このように、誰かに聞いてもらえるだけで満足してしまうのである。居酒屋でも同じことが起こる。愚痴を言い合っているだけなのだが、それでも参加者はなんだかすっきりした気分になる。こうした時に「自分の価値観を押し付けるのはよくない」し「自分が聞き手に回っては疲れるだけ」である。しかし無反応なのもよくない。相手のいうことを聞いてやる必要はない。ただあいづちを打てばいいということになる。話をすることで「経験を完遂している」ということになる。
アクティブリスニングはそれだけでは「対話」ということにはならない。なぜならば、相手は一方的に自分の話をしているだけだからだ。

アサーティブ – 自分のことは明確に伝える

アクティブリスニングは実はもう一つの技術と対になっている。それは自分の問題を明確に伝えることだ。トマス・ゴードンの本には出てこないのだが、これを「アサーティブ」とか「アサーティブネス・コミュニケーション」と言ったりする。私の気持ちを「私」を主語にして伝えるのだ。つまりアクティブリスニングとは、ただ聞き手に回るだけの技法ではないのだということになる。喫茶店や居酒屋の会話とは違っているわけである。
大抵の場合この二つは別々に言及される。だから「アクティブリスニング」だけを見ていると「ただ聞き手に回る技術」だということになり、「アサーティブ」だけを見ていると、ただ自己主張しているだけということになる。しかし実際はコミュニケーションなので、相手のことは相手に話させる、自分のことは自分で伝えるという二局面が一つのコミュニケーション術になっている。

相手と自分の問題を切り分ける

自分の問題を解決できるのは自分しかいない。トマス・ゴードンが強調するのはこの問題の切り分けだ。相手を操作してしまうのは、相手が抱えている問題をつい自分のモノだと認識してしまうからなのだ。聞き手が相手の問題を解決してやれるのは、その人よりも一段高いところに立って、問題を俯瞰的に見ているからだろう。逆に「我々」の問題について、相手の言い分を一方的に聞かされるのはかなり苦痛だろう。さらに悪い事に、相手に自分の意見を伝えるのはさらに苦痛だ。だから利害関係がある会話においては、ついつい相手の話に自分の考えを紛れ込ませてしまうことになる。ここに相手を操作する余地が生まれる。
本では「私が持っている問題」「相手が持っている問題」という図式がくり返し使われる。そして「自分が持っている問題」について許容できない場合にはそのことを相手に自分の問題として伝えることが大切だと、ゴードンは主張するわけだ。
つまり、アクティブリスニングを使ったコミュニケーションでは、相手と自分の問題を切り分け、さらに問題が何なのか(つまりどんな経験が完了していないのか)を明確にすることが重要なのだ。

個人主義社会と集団主義社会

この「誰が問題のオーナーか」という概念はかなり受け入れがたい。理解するのに「ん」と一呼吸置かなければならない。これはなぜなのだろうか。
個人主義であるはずのアメリカでさえ、相手の問題に絡めて自分の願望を伝えてしまうことがある。英語は主語がある言語なので「私」「あなた」という切り分けは容易にできるはずだ。しかしながら実際には彼らにとってもそれは難しいことだということが分かる。まして、我々が日本人と日本語のコミュニケーションを考えるときには「私」と「あなた」がなく、「我々」とか「世間では普通は」とかいう主語(しかも隠しながら使う事ができる)の存在が問題になる。そもそも言語的なコミュニケーションがどれくらい重要なのかという視点も出てくる。
日本人のコミュニケーションを考えるにはまた別の視点が必要なようだ。それは、相互依存的で「私」と「あなた」がない世界だ。明日は、英語にはこうした相互依存の関係性を肯定的に現すコトバはないのだという主張を交えながら、日本人のコミュニケーションについて考える。こういった信頼関係は一度でき上がると非常に強固なモノなのだが、作り上げるのに時間がかかる。アクティブリスニングは、バーバルコミュニケーションを軸にヒントとしてノンバーバルコミュニケーションを使う。しかし、日本人の関係性構築は「ノンバーバル」が中心なのである。こうした一連の特徴が多分、日本人を「コミュニケーションべた」にしているのだろうということが洞察できそうだ。

リーダーとは何か

集団は権限の一部をリーダーに委譲することで自分たちを外敵から守り、協力関係を築くことができた。しかし政治的リーダーだけをみてもその種類は一つというわけではない。外に打って出るための組織に必要な父性的リーダー、内部調整のための母性的リーダーが存在するのであった。また、破綻しかけの組織にはコドモ型リーダーが出現するかもしれない。例えば自民党末期の麻生太郎さんはコドモ型リーダーだろう。このようにリーダーの性質を見ると、その組織がどんな状態にあるのかをも見る事ができるかもしれない。リーダーには国際的なバリエーションもあるようだ。アメリカのような個人主義・平等な社会のリーダーと、中国のように集団主義・権力格差が大きい国のリーダーでは期待される役割が異なるはずだ。
さて、ここまで考察してきたところで、教科書的なリーダー像について勉強してみよう。ハーバード流リーダーシップ「入門」を使った。リーダーシップに必要なものは2つ。ビジョンとコミットメントだ。リソースを適切に管理して、プロセスを円滑に進める人たちをマネージャーと呼ぶ。ただプロセスがうまくいっているかを見るのが監督者である。このように指導者だからといってリーダーというわけではない。ある目的を設定して、そこに導くのがリーダーというわけだ。一方、コミットメントとは「本気で取り組む」こと。コミットメントを示すためには、言動が常に一致していて、熱意があり、言動と行動が一致している必要がある。
さて、ビジョンが明確で、理にかなっているものであれば自動的に採用されてもよさそうである。しかし、実際には、人はビジョンだけでは動かない。どうにかして、このビジョンが本物で信頼に足るものだということを納得して貰わなければならないのだ。コミットメントが重要なのはそれが人を動かすからだ。
リーダーの性質は生まれついてのものと考えられがちである。これをカリスマ性と呼ぶ。しかし実際にはカリスマ性がなくてもリーダーになる人たちがいる。リーダーはいくつかの資質を使って人々に影響を与える。

  • カリスマ
  • 専門知識
  • 地位や立場(地位が先にあってリーダーシップを発揮することがあると筆者は指摘する。逆に地位があってもリーダーでない人たちがいるということになる。もう一度、マネージャー、監督者、リーダーの違いについて考えてみよう)
  • 成功実績(過去うまくいったから、未来もうまく行くだろう)
  • コミットメント
  • 共通の価値観(人は、共通の価値観を持っている人をリーダーに担ぐ傾向がある)
  • 共感(話を聞いてくれる人はリーダーとして受け入れられやすい。聞き出すために、アクティブリスニングという手法が用いられることがある)

リーダーとは何か

この本は、MBAの学生向けにリーダーについて書いている。本の最初の部分はこのようにリーダーについて定義しているのだが、後半はキャリアマネジメントについて書かれている。MBAを取りたいと思う学生はリーダーの地位を熱望してマネージャーのキャリアをスタートさせるわけだ。この点が日本と異なる点ではないかと思われる。日本人の場合、給料が上がるから管理職になりたいと思う人は多いだろうが、必ずしも責任を伴うリーダーのポジション(そう、リーダーには権限だけではなく、責任も伴うのだ)を熱望する人は多くないのではないかと思われる。
また、リーダーの役割が比較的狭義に解釈される。それは集団を今いるところから他の場所に移すのがリーダーだという考え方である。常に変化していない集団はそのまま衰退に向かうだろうということである。これが現状維持を求める日本の集団との大きな違いだ。集団が変化に対する消波ブロックのような役割を果たすと、リーダーに求められる資質は異なってくるように思える。
アメリカに比べると日本は集団性が高い。個人の資質ではなく集団の総意が重要な社会だ。集団内に権力格差が大きければ「偉い人の言う事を聞く」という文化が生まれる可能性があるのだろうが、日本人は中国人程は権力格差を持っていない。故に結果的に突出したリーダーが出る事を嫌い、コンセンサスを重要視する文化が生じるのではないかと思われる。
強いリーダーを求めない集団では(これは日本だけではなく)、ビジョンを元に強力なリーダーシップを発揮しようとする人がいると引き摺り下ろしが始まる。引き摺り下ろされないようにするには、相手のいうことを聞いた共感型・調整型のリーダーになるか、畏怖心を抱かせる(あの人に逆らうと怖い)になる必要があるように、いっけん思える。

リーダーシップとは取引ではない

しかしリーダーシップについての議論をもう一度見ておこう。リーダーシップはビジョンを通して人々に影響を与えるということだった。これは取引とは異なる。取引は「〜してあげる代わりに」「〜してくださいね」といって支持を取り付ける事だ。一方リーダーシップは「一緒に〜に行くといいことがある」と納得させることなのだ。リーダーシップは取引することなしに、相手を動機付け(モチベーション)、規範を示すということが言えるだろう。
集団が老化現象を起こすと、変革の意欲がなくなってしまう。ここでR/C(レベニューとコスト)に対するモニタリングが利いている組織であれば、やがて失敗の少ない事業しか行えなくなり、やがてはコスト削減しか取り得なくなる。顧客に影響を与えることなしにRを変化させることはできないが、従業員は自分たちの支配下にあるからだ。すると変革に対するリーダーシップを取り得る人材は外に流出する。すると自己変革ができなくなる。これが死のスパイラルを形成する。
自民党では別の事が起こった。自民党にはR/Cモニタリングは働いていない。組織がうまく動いていた頃には、複数の候補者が血みどろの勢力争いを行いリーダーを決めていた。小泉純一郎のように「変革します」というような人たちもいた。しかし組織が老化するに従って「みんなで仲良く決めよう」というようなことになり、自分たちの権益を侵害しなさそうな穏やかな人たちをリーダーとして頂くようになる。すると自己変革ができなくなる。自民党には顧客はいないのだが、有権者がそれに当たる。自己変革して「ビジョン」を示さないと、変化した有権者の欲求には応えられない。そして「みんなでやろうぜ」から「みんなで逃げよう」に移行して、最終的な分裂がはじまった。組織には「形式を維持しよう」という機能と「自分たちを変えて行こう」という機能があるのだろう。これが微妙な均衡が働かなくなったときに組織の死が訪れるのかもしれない。
民主党はまた別の経過を辿っているように思える。「ビジョン」に当たるものはマニフェストだったのだが、2009年のマニフェストを見ると「どのように利益を分配するか」という取引のリストになっていることが分かる。農村にいくら、コドモを持っている母親にいくら、沖縄にいくら、高速道路を使う人たちにいくらといった具合だ。自民党は成長期の政党だったので、アメリカ型ではないにしても「ビジョン」を作る機能を持っていたのだが、民主党は低成長ないしは縮小期の政党でありビジョンを作る機能がビルトインされていなかったのだろう。結果的に取引に長けた党のリーダーと、理想は語るけれどメンバーの権限を制限しない「お飾り型」のリーダーが管理する体制に落ち着いた。
「民主党にはもともとリーダーシップはなかった」と言えるかもしれないし、「国民はリーダーシップなど求めていなかった」と取る事もできる。もう変化はいいよというわけである。国全体が小泉純一郎さんの作ったビジョンにうんざりしている。フォロワーたちは分かりやすいビジョンに飛びついたが、結果的には搾取されるだけだったからだ。同じ事が企業にも言える。1990年代の終わり頃、低成長期に入ったころ「変革しなければ、淘汰されてしまう」というようなビジネス書が氾濫した。結局これでトクをしたのはコンサルタントの人たちと一部のIT産業だけだった。そのあと起こったのはコストカットの嵐だったわけだ。今20年程たって、あのときにミドル・マネージャだった人たちが、企業のトップに立っているのだが、彼らが変革に対して懐疑的なのはむしろ当たり前といってもよい。
さて一体何が悪かったのか。多分「変革」をどう行うべきかという議論が欠けていたからだと思われる。ビジョンは変革するために作られる。故に変革に失敗したビジョンは組織のトラウマを残すのである。次回は変革管理について見て行きたい。

リーダーシップの国際比較


リーダーシップについて、教科書的なことを調べる前に、日本の立ち位置を見ておきたい。例によってホフステードの指標を使う
ハーバード流リーダーシップ「入門」によると、リーダーシップには似たような概念がもう2つある。マネージメントと監督だそうだ。マネージメントは、目的を設定してそこに行き着くための算段を整えることなのだそうだ。これについては後日まとめる。

日本はリーダーシップ後進国?

送信者 Keynotes

まず、このグラフを見ていただきたい。日本は集団指向が強く(IDVが低い)、集団の力関係が平等ではない(PDIが高い)。故に、不平等な上下関係に基づいた関係が温存されやすく、個人が先頭に立つ形でのリーダーシップが形成されにくい。つまり日本はリーダーシップ後進国なのである。だいたい日本人は…。

落ち着いて全体像を見る

まあ、というのが、大方の見方かもしれない。これは日本人が国際比較を行うときに欧米と比較をするからである。立ち位置を見るためには全体を見なければならない。

送信者 Keynotes

クラスターの数は便宜的に5つに分けた。どうやらIDVとPDIには相関関係が認められるようだ。この線に沿って「赤」「緑」「オレンジ」がある。そこから離れたところにオーストリア、イスラエル、デンマークがある。他のヨーロッパに比べると集団生活に慣れた個人主義者といったようなポジションだ。また対局には集団性が強く、権力格差が著しく高いフィリピンのような国がある。
東南、東アジアの他の国々から見ると、日本はより個人主義的で平等性の高い国ということになる。

「グループ」の見方

これだけでは何のことか良くわからないので、指標を個別で見ておく。個人主義的な指向が高い国の人たちをマネージメントするのに必要なことは何だろうか。ここでは3つを挙げておきたい。一つ目に必要なことは個人の役割を明確に設定しておくことである。これをジョブ・ディスクリプションと呼ぶ。もう一つはその仕事をすると個人にどういういいことがあるかということをはっきりさせることだろう。つまりモチベーションの持たせ方が異なるわけだ。集団指向の強い国では、集団にどのようないいことがあるかを明確にすれば、人々は自ずから従ってくれる。しかし個人主義の国ではそうはいかない。最後はこの2つの裏返しだ。つまりマネージャーになっている人たちが個人としてどう思っているかを常に明確にしておくことだ。「私はこう思う」「私はこうしたい」というのが「私たちはこうあるべきだ」よりも大切だということになる。
だいたいこの3つを明確にしておけば、ヨーロッパやアメリカではうまくやって行けるように思えるし、アメリカ人の部下を持ったときにも安心だろう。逆に集団指向の強い国では日本のような「私たちはこうあるべき」というやり方でマネージメントができる。より濃密な人間関係が求められるかもしれない。国によって文化依存があるはずなので、その表現の仕方は異なるだろうし、日本人がアメリカで感じるように、心を開くまで時間がかかるかもしれない。アジア系の人たちと対応する場合にはこの原則を心に止めておくとよいよいに思える。

「Power Distance」の見方

PDIは直感的に見るのが難しい。平たく言うと、俺はあなたよりエライといったような上下関係がより強固な社会ということになる。アメリカでは人は生まれながらに平等だと思うのだが、PDIの高い社会ではそうではないのである。インドのPDIは77だし、中国も80だ。ここに入った日本人は「より偉そう」に行動する事が求められるかもしれない。周囲がそうあるように期待するわけだ。
このインデックスの難しいところは、例えばイタリアと日本を比べるとあまり差異がなく、中国とインドを比べるとあまり差異がないところだろう。にも関わらずイタリアは赤群でインドは緑群である。イタリア人は日本人と同じ程度に上下関係にうるさいということになる。しかしクラスターを作るにあたって個人主義も指標に入れているので別のグループに分類されているわけだ。

リーダー、マネージメント、監督

オレンジ群や黒群の人たちは、「目を離す」と権力的な行動に出るのではないかと思える。例えば集団の財産を自分のもののように扱ってしまったり、目下の人たちに尊大な態度を取ったりするかもしれない。これは権力者だけの特質ではないだろう。社会全般に、自律性・自発性が期待しにくい。かといって「自律的に行動してください」と求めることもできない。もともと社会とはそのようなものだと思っている可能性があるからだ。こうした社会では「監視・監督」が重要な役割を果たす。一方、アメリカで監視・監督というと「独裁者が出ないようにリーダーを監視する」というように使われることが多い。
また、自律性が低い人たちと一緒に働くためには、一つひとつのインストラクションを明確にする必要がある。必要なリソースを使う許可を与えて、プロセスごとに明確に支持をするわけだ。このリソースとプロセスの管理はマネージメントを特徴付ける機能なのだが、同じことをアメリカ人に行なうと「マイクロマネージメント」と拒絶反応が起こるのは目に見えている。アメリカ人をマネージするためには、大まかなゴールと報告点について指示を与え、プロセスは管理しないことだ。難し目のコトバを使うと「ゴールとマイルストーンと設定して…」ということになる。
ここで、今まで話題にして来た「リーダー」の役割が、リーダー、マネージャー、監督者に分かれることが分かって来た。ここでは出てこなかったが、利害がコンフリクトした時の「調停者」という役割を加えると、だいたい指導的立場にある人たちが何をやらなければならないかということが見えてくるように思える。

国際比較の大切さ

これから見て行くリーダーシップ理論はアメリカで作られたものだ。故に、リーダーシップそのものの定義がアメリカ的だ。アメリカ的とは「グループ全体の目標を設定して、それに向かって平等な個人を動機づける」というリーダー像だ。この目的をビジョンと呼ぶ。しかし、これが日本に当てはまるかどうかは分からないし、中国や韓国のようなアジア各国で使えるかどうかは分からない。
アメリカから見た日本の特徴は「コンセンサスを大切にするので、集団の意思決定に時間がかかる」ということなのだそうだ。これをマトリックスから理解すると、日本は個人主義ではないので個人のビジョンやモチベーションに頼った意思決定が出来ず、かといって中国のように権力者が支持した通りにも動かないというように理解ができる。この平原のちょうど真ん中にあり、意思決定を迅速に働かせることができないわけだ。逆にそれがレギュレータとして働いているともいえる。じっくりと考えた末に集団に都合のよい意思決定だけを取捨選択するということである。これがうまく働くかどうかは、外的環境にかかってくる。リーダーシップが求められるのは、外的環境が劇的に変化し続けるからだそうだ。外的環境が劇的に変化するのは、情報とお金の2つが流動性を増してきているからで、これを「グローバル化が進んでいる」と表現したりする。
指導者の役割は一様ではない。変化に対応するためには、中国のように強い権力者が指示をするやり方か、アメリカのようにコミュニケーションを通して他人に影響力を与えるやり方に自らをシフトしなければいけない。

運用注意

最後に蛇足として運用の注意事項を。ここではアメリカとか中国というような言い方をかなり不用意に使っている。僕が知っている例では「アメリカで勉強したタイ人のデザイナー」とか「日本での生活歴が長いアメリカ人のマネージャー」といった人たちがいる。この人たちは、日本では日本人のように振る舞うのがよいということを知っているので、集団的なコンセンサスを大切にしたりする。タイ人なのだが、個人主義的な価値観も理解する。このように人間は複数の価値観を理解して振る舞うことができる。また外資系に慣れた個人主義的な日本人と、日本企業で定年まで勤め上げた日本人は同じ価値観を持っているとは言えない。
また、このことが差別的な感情を生んだりもする。どちらが優れているとか劣っているというように受け止められてしまうわけだ。これを乗り越えて行くのはとても難しい。アメリカに対して過剰な劣等感を持っていたり、アジアに根拠のない優越感を持っている人もいるかもしれない。

開き方を覚える

まず、ビハインド・ザ・サンというブラジル映画を題材に、国家の調停力がないとどのような状態が起こるのかについて見た。協力がなくなると全体の生産性は落ちる。また、将来的な協業の可能性も奪われる。しかし映画を見る限り。当事者同士で分断された状態を協業に持ち込むのは難しそうだ。これが生存本能に基づくものだからだろう。こうしたフレームワークを拡大するとお互いに争っている企業や国家の状態を分析することができるだろう。
映画の洞察から、いくつもある国家の機能の中から「プラットフォーム」を作るという働きを取り出した。この国家観のもとでは、国が持っている労働力とリソースを最大限に活かすことが最大限の目標になる。ここではアイデンティティの保持、防衛力、公平などの概念は棚上げした。特に公平については別に議論しなければなるまい。国が持っている労働力とリソースを最大限に活かすためにはどうしたらよいのだろうか。経済学者はすべてを「市場原理」に任せるとこうした状態 -パレート均衡- を実現できるのだという。この考え方では、所得再分配などの政府の介入はすべて「コスト」として捉えられるのだった。しかし市場原理には限界もある。競争の結果リソースが一カ所に偏在してしまう可能性があるのだ。こうした状態を市場の失敗と呼ぶ。また空気や環境といった公共物も適切に扱う事はできない。こうした公共物をコモンズと呼ぶ。
ここまで見ると、市場競争は「分断」と「一極集中」という2つの失敗があることがわかる。そして国家の過度の介入はコストとなるのだ。ゲームルールの組み方次第でどれだけ円滑に長期間ゲームが続けられるかが決まるようだ。
さて、国家などの「単位の枠組み」は常に変動しているらしい。例えば、新重商主義と呼ばれる形態では、国が主体となってシステム化されたもの -例えば高速鉄道や携帯電話のようなもの -を売り込もうとする。これはいっけん、国家がスポンサーになってある地域の貿易を独占したかつての重商主義に似ているように見える。しかし見方を変えれば、かつて企業単位で行なっていた活動を国家が担うようになり、国単位だった市場が世界市場に変わりつつあるのだとも考えられる。この「単位」に関する揺らぎはこのあと至る所で目にするようになるだろう。
さて、こうした国家観とは別に、日本には国は利益誘導のためのパイプラインだという考え方があるようだ。こうした考えかたを分かりやすくするために「水田に水を引く」という例を挙げた。水田には、水門や水路がある。場所に利権がはりついているのだ。場を離れてしまうと、利益が得られにくくなる。故に流動性が妨げられるという仮説だった。例えば高速道路の建設に関する議論を見ていると、インフラを整備して全体の効率化を図ろうという「建前」の他に、公共工事を通して中央部で得られた利益を地方に分配したり、ETCのように長期間利権が得られるように水門を作るというような「本音」が見えるのだった。そして建前よりも本音の方が理解されやすい。選挙のための理屈としては「本音」のほうが優れている。
こうした利益誘導型の社会システムがいつも悪いというわけではない。中央に潤沢な利益があれば効率的かつ安定的に利益分配ができるよい制度とすら言える。アジアの開発途上国の中にはこうした利益誘導システムがないために、国力を十分に活かしきれないところがある。しかし一方で、利益ソースが外部にありコントロールが不能である点、システムが緻密すぎて柔軟性にかける(変化に対する耐久性がなく、不確実性に弱い)という欠点があるのだった。柔軟性のあるシステムは単純でモジュール化が可能である必要がある。単純なシステムは拡張が簡単だし、古い機械を新しい機械に置き換えるのも簡単だ。しかしシステムの変更は難しいかもしれない。特に当事者間の調整でシステムが変更されることはないかもしれない。こうしたシステムが変化するのは、全体の急速な崩壊が起こり、極端に不安定化した状態を経て、新しい秩序が生まれるというような急速な変化だろう。日本のシステムはクローズなシステムだが、拡張可能なシステムはオープンなシステムと呼ぶ事ができる。
さてクローズなシステムは自前主義を取っている。このような仕組みが病的な相を見せているのが「ゴミ屋敷」だ。ゴミ屋敷は過去に蓄積したものを全て自前で貯め込んだ姿である。もはやリソースの活用もできなければ、何がゴミでなにが資産なのか分からなくなった状態だと言ってよい。しかしこれも自然な人間の生存本能がもたらす状態の一つなのだ。人には所有欲があるのだし、他人は信頼できないと思うかもしれない。
こうした問題を解決してくれるかもしれないのがオープンイノベーションだ。これは自社で扱いきれなくなったイノベーションの種をサプライヤや顧客などの力を借りて推進するやり方である。さらに資産を解放するオープンソースというやり方すら行なわれている。こうして外部への開き具合をコントロールする事で、イノベーションの為のエコシステム(プラットフォーム)を作るのだ。しかしオープンイノベーションには一つ大きな障害がある。クローズな世界に慣れている人たちには、この開け放ったところから利益を生み出すという概念を理解することはできないのだ。つまり人間の自然な欲求の一部を諦める必要があるということになる。これはビハインド・ザ・サンのような状態だと考えられる。つまりゴミ屋敷に閉じ込められている状態は、貧しいサトウキビ農家が競合しているような分断を生み出しているわけである。
例えば「地域主権」は、地域をグローバル市場で独立したプレイヤーとして機能しうる単位に分解することを目指して作られた。うまく行けばシンガポールのような通商国家として繁栄することもできるだろう。九州のようにヨーロッパの1国と同じくらいの経済規模を持った地域もある。しかし議論をしている内に、いつのまにか議論が「水路」や「水門」をどうするかという利害関係の話にすり替わってしまう。そもそも有権者の間には「どうして地域分権するのか」という理解はないように思える。意識を変える事は、時にはほとんど不可能と思えるほど難しい。結果的に、依存的な制度が温存されたり地方同士の分断を加速させてしまったりするのである。
さて、今回の議論はここまでだ。この中では「オープン」なシステムの良さは分析できたものの、どうやって既存の組織を再活性化できるかというアイディアはない。変革には危機意識とリーダーシップ(目標を明確にし、ゴールを指し示す事)が必要なように思えるが、利益分配型の政治にリーダーシップは期待できそうにない。また日本人が「本当に変わらなければいけないのだ」と考えるに至るような深刻な事態は未だに起こっていない。また議論の途中で競争的市場原理に際して公平性をどう担保するのか、そもそも公平とは何なのかということは扱えないでいた。そもそも市場主義がうまく行かず、格差が拡大する(これはパレート均衡に反する)のはなぜなのか、十分には分からない。
協業がどれほど難しいかを考えるに当たっては、例えば隣の部署と垣根を越えて協業ができるかどうかを考えてみると良いだろう。きっとどれくらい分断されているかということがよく分かるはずだ。
日本ではまだ労働力をどう流動化させるかというレベルで議論が止まっている。いわゆる正社員・非正規社員問題というやつだ。一度正社員を辞めると二度と雇用ができないのでは技術移転は進まないだろうし、海外の優れた技術を内部に取り込むことも難しいだろう。海外にはこうしたオープンな協業ができている企業は多く、もともと日本よりは流動化が進んでいるのだから差はひらく一方である。海外の企業と協業していればこうした状態に危機感を覚えることもあるだろうが、人材の交流が進まず、孤立した状態ではこうした危機感を抱くことすらままならないに違いない。
外に向かって開いて行くということは自信のあられとも言える。全てを解放する必要はないし、強制されるべきものでもない。しかし、開き方を覚えることで企業や国家の打ち手の自由度は増すはずである。

ビハインド・ザ・サン

ある物語が人に響くとき、その背景には普遍的にあてはまるテーマや物語があるのだとされる。ビハインド・ザ・サン [DVD]は2001年のブラジル映画。原作はアルバニアの小説。
20世紀の始まりごろのブラジル。川が干上がってしまった荒涼とした大地。2つの家の間で土地の争いが起こっている。この土地を取ったり、取り返したりする過程で、殺し合いが起こる。殺し合いは様式化されていて、もはや家の名誉のかかった闘争になっている。まず長男が殺される。次男は長男の復讐のために相手の家のものを殺す。満月までは休戦協定があり安全なのだが、そのあときっと殺されてしまうだろう。
映画を見ている我々は客観的な視線でこの映画を見ている。だから「土地を巡ってこんな争いをしていては、いつかは一家は皆殺しになってしまうだろう」ということが分かる。逃げてしまえばよさそうなものなのだが、名誉がかかっているので逃走するわけにもいかない。逃げ出せば、きっと土地は相手の家に渡ってしまうにちがいない。つまり、解決策は「殺されること」しかないわけだ。
この映画のキーになっているのは、映画を見ているひとと同じ目線に立っているサーカスの2人(途中で「あの人たちはバカなことをしている」とつぶやくシーンがある)だ。人々が労働に勤しんでいる間、広場で楽しそうに祝祭に興じている姿はある意味ドロップアウトした人々だといってよいだろう。次男はこのサーカスの世界に触れる事で復讐に疑問を持つようになる。
もう一つは名前のない3人目の息子。まだ復讐に巻き込まれておらず、サーカスの女性から本を貰い、字が読めないのに本を読むことになる。(つまり、空想の中で、自分が知っている世界を再構成しつつ物語を創作しているわけだ)多分、この子どもに名前がないということが重要で、この子どもが「解決策」になる。ぜひ結末はDVDなどを見て確認していただきたい。

人殺しはなぜいけないのか

ヤノマミを考えたときに、なぜ人殺しはいけないことなのかということについて考察した。いったん命に値段をつけてしまうと、人の命をもってあがなえば何をしてもよいということになる。この一家の闘争の歴史はそれを象徴している。人の命に等価なのは人の命しかないので、いったん殺し合いが始まると、解決策は「逃げる」(ヤノマミはこうする)か「誰もいなくなるまで戦う」の二者択一ということになってしまう。この権利を人々から取り上げて、国が一括管理しようというのが死刑制度だといってよい。よく死刑制度を存続させる議論で「抑止力として死刑を残すべきだ」という人がいるが、死刑は抑止力にはならない。「私の命をかけて、相手を殺してしまおう」という人はいなくならないだろうからだ。国が「人々の財産を守るために殺し合う権利」を取り上げるという抑止力も、国対国の争いでは無効だ。ある程度様式化されていたり、兵士の人権に関する取り決めがあったりするのだが、やはり戦争は集団同士の人殺しなのだ。
闘争を止めることができるのは、関わっている人たち全員が「ああ、こんな事をしていても何も変わらない」と思う出来事だけだ。映画の中には少なくとも片方の当事者の間にはそれが起こる。すると、対立していた視点が一段上に上がる。それがサーカスの視点であり、映画を見ている人たちの視点だ。だから、この映画を見ると、俯瞰的な視点の重要性がよくわかる。
つまり命を取ったからといって、人殺しやその他の重大犯罪をあがなってもらったことにはならないのだと人々が思ったとき、はじめてこの手の犯罪がなくなる可能性が生まれるということになる。そう思った人たちは、罰として命を取ろうとは思わなくなるはずだ。
一方、こうした冷静で客観的な思考を持ち得るのは、我々が当事者ではないからである。もし子どもが殺されたとしたら、相手も命をもって罰してほしいと思うようになるかもしれない。しかし一方当事者の視点は問題を根本的には解決してくれないのだ。
解決策にはロジックはない。つまり議論から解決策は生まれない。我々が「ふ」と思うことだからだ。ロジックがないからといって、意味がないというわけでもない。

俯瞰する事

例えば同じことが、いろいろな論争にも当てはまる。例えば、基地の問題が解決しないのも同じことだ。例えば基地の問題を解決するためには、世界的な軍事の枠組みをどう変えてゆこうかという視点がないと根本的には解決しないだろう。そう考えると、核の枠組みについて話し合う現場ではもっと積極的に議論に参加してもよかった。
なぜこういう視点を持てないかということについて考えてみたい。「あの政党」が選挙に勝つ事を軸に意思決定をしているからだ。パイが拡大しているときには成長利益を誘導してくればよいのだが、パイが拡大しないと仮定すると、誰かがもっている利益を取り上げて持ってくるしかない。基地はマイナスの利益なわけだから、損の付け替えをせざるをえないわけだ。
現実の問題を解決するのは、当事者の視点を越えたリーダーシップから生み出される解決策か、我々一人ひとりが「ああ、当事者で闘争していても、何も変わらないだろう」と考えて行動を変えて行くかのどちらかだろうと思われる。
日々の議論の中で、我々は当事者的な視点から逃れることはできない。小説や映画といった創作物はそうした視点を脱するためのきっかけを与えてくれる。この映画の中では、3番目の男の子が持っていた本と、サーカスがそれにあたる。人々が本を読んだり、映画を見たり、テレビドラマを鑑賞するのは、こうした機能を持っているからなのだ。
ある物語が人に響くとき、その背景には普遍的にあてはまるテーマや物語があるのだとされる。これがある限り、出版物が日々のつぶやきに取って代わられることはないだろう。逆に本が一冊残らず消えてしまったとしたら、出版物から普遍的にあてはまるテーマが消え去り、日々の闘争の中に埋没してしまったということなのだろう。

ウィリアム・ジェームズ – 死にたくなったら読む本

ウィリアム・ジェイムズ入門―賢く生きる哲学という入門書を読んだ。この本を読むまで「ウィリアム・ジェイムズ」という哲学者を知らなかった。そのあと、ウイリアム・ジェイムズ本人が書いた本も読んでみたのだが、それほどピンとこなかった。にも関わらず、あえてご紹介しようと思う。

とりあえず、まだ死にたい程でもないなあという方は天才はいかにうつをてなづけたかがお薦めだ。うつは外面と内面を統合する機会であるという主張だ。ストーはこれを創造のモチベーションのひとつだと考えている。

さて、ウィリアム・ジェイムズに話を戻す。彼のポイントは簡単だ。考えるのをやめて、実感に任せるということだ。ポイントは簡単なのだが、これを実現するのはなかなか難しい。

ウィリアム・ジェームズは1842年生まれ。家族の期待に応えるべく医学を学び、めでたくM.D.の学位を取得して医者になった。彼はその過程で「魂の病」にかかる。どうやら医者になりたかったわけではなかったわけだ。さまざまな身体症状が出た後、神経衰弱になり、鬱を経て、最後に自殺を図った。この経験のあと、医者になるのをやめてハーバードで心理学を教えながら、最終的に哲学者として知られるようになった。

ウィリアム・ジェームズ入門は、ウィリアム・ジェイムズは「復活」をテーマにしているのだという。これは、伝統的なライフスタイルが壊れた後の文化的な混乱の最中で、人々が陥っている、無気力、消極性、自己破壊的なシステムを克服することを目指すと説明される。これが今回、この本をご紹介する理由だ。私たちの社会も今同じような状況に置かれていると考えるからだ。

もちろん、哲学者にお説教されたからといって「消極性」や「自己破壊」が克服できるわけではない。最近よく聞く「日本を成長させるために、みんなが起業家にならなければならない」とか「就職して社会的に望ましいステータスを得る事ができないのは、個人が怠けているからで、これは自己責任だ」という、奇妙な集団主義的個人主義が蔓延している。こうした近視眼に陥った人たちに、欠けているものが、ウィリアム・ジェイムズを読むことで見えてくるように思える。

ウィリアム・ジェームズがよりどころにしているのは実感だ。人生の意義のようなものを観念で証明しようとすると、内的な破綻を来たすと断言する。つまり考えても無駄だったということだ。しかし、そんな中で彼は「それでもわきあがってくる実感」を感じたのだという。

考え抜いて、何もかも期待が消え去ってしまった。それでも、人間はわき上がった実感の喜びを経験することがある。そこで、はじめてその存在が当たり前のものではないということを知ったわけだ。考えてみても無駄で、考えるのをやめた時に何かが見つかった。それはそこにあるのだから「それを信じることを決めよう」というところに自由意志の入り込む余地があると考えているようだ。

仏陀のストーリーの中にも同じような記述がある。あらゆる修行をこなしたものの心理は見えてこない。そこで差し出された粥のおいしさに目覚め、そこから修行を再開することで悟りに至ったのだった。

悩むほど考え抜くことが「ムダ」だったのか、という疑問も湧く。考え抜いたからこそ実感が大切という洞察を得たのかもしれないし、そもそも考えすぎない方がラクに生きられるよということなのかもしれない。悩みの中に答えはないのだが、その体験そのものはムダにはならないかもしれない。

さて、日本語版のwikipediaでウィリアム・ジェームズについての記述を見ると、日本の哲学者や夏目漱石などの文学者に影響を与えたという点に主眼が置かれている。また言葉が力強いので「起業」「モチベーション」「人生の成功」と結びつけた名言として語られることも多いようだ。つまり積極性を得るための言葉として利用されているわけだ。

しかし、ネズミ車のような環境で日々のノルマに疲れ果てているサラリーマン、自己実現ができないと悩んでいる女性総合職のような人たちが、ウィリアム・ジェイムズがどうしてこのような考えに至ったのかという経緯を抜きにして、結果だけ聞かされると「とりあえずがんばれ」のようなメッセージになってしまうのではないかと思う。これは、もうエネルギーが切れかけて睡眠もとらなくてはならないのに、カフェインの力だけで走らせるようなものだろう。生きる実感は頭で理解できるようなものではないのである。加えて、積極性は強制できるようなものではないだろう。

つまるところ、積極性や生の喜びというものは「努力をしなければ手に入らない」というものでもないというのがこの考え方のポイントだと思う。時には、逆に全てを手放したり、自分の内面を探ることによって得られる場合もあるということだ。

全てを自分でコントロールしようとするネズミ車から抜けてはじめて「自分が喜びを実感できるのは何か」ということを考えることができる。しかし、経済が縮んでゆく中でこうした決意をするのは大変な勇気がいる。今まで「誰に受け入れられるのか」ということだけを考えて生きてきたわけだから(コンカツ、シュウカツの活は「受け入れられるように動く」ということだろう)生まれてはじめて考える「自分が何をしたいか」かもしれないのだ。

ウィリアム・ジェイムズの本そのものはあまり面白くなかった。いったん脱却してしまうと、当たり前に思えてくるからだと思う。ウィリアム・ジェイムズのやり方は、同じような内的な葛藤を味わい、実感を心理学に昇華したユングに似ているように思える。この時代の実感だったのかもしれない。ニーチェは1844年の生まれだが、この人は考えすぎた末に悲劇的な死を迎えている。ユングはそれを体系化してユング派心理学の基礎を作るのに成功した。一方、ジェイムズは体系化を望みながら実現しなかったのだそうだ。

ユングとジェイムズに共通するのは「スピリチュアリズムへの傾倒」だ。ジェイムズの場合「全てを投げ出しても、生きる喜びは実感できる」ということを「神の恵み」と同一視している。日本人は幼少期に宗教体験を持っている人が少ない。だから、この種の体験に忌避反応を持つか、逆に埋没することがある。こうした事情も我々がなかなか「考えすぎる」ことから抜け出せない理由になっているのかもしれない。