ユングとクンダリニーヨーガ

ちょっとしたスケベ心もあり、ユングがクンダリーニについて言及している本(クンダリニー・ヨーガの心理学)を読んだ。ユングの4回のレクチャーに、付録と解説がついている。ちなみに、この本にはスケベ心を満足させるようなことは一切書いていない。主に人が個人の根源的な欲求から出発して、これを昇華させるまでの様子を西洋と東洋を比較しながら解説している。しかし、その態度は「実践はお薦めできない」というようなもので、理論を遠巻きに観察するという様子だ。一方、クンダリニーヨーガの神髄は実践にある。暴走の危険性もあるので、既にプロセスをマスターした師匠について学ぶべきだと考えられている。
西洋人は金融恐慌と「はじめての」世界大戦を経験していた。その時代になって「無意識」が「発見」される。ユングは少し進んでこの中から「個人を越える心理的な状態」というものを発見しつつあった。ところがインドの体系では、既に無意識や個人を越える心理的な状態というものは当たり前のように実践されていた。レクチャーにはカトリック教会が果たした役割について言及されている。キリスト教は「善」と「悪」を教会が分別するという方法を取った。このため、無意識下の働きのうち教会が悪だと考えたものは予め抑圧されてしまう。ユングは「悪い無意識」として否定されていたものに対して、新しい評価を与えようとしていたと考えられる。
ユングは晩年になって自分が作った体系を異質なものとかけあわせることによってリファレンスしようとしていたように思える。例えばこの本の中には例の「夜の航海」が出てくる。これはヨーガの修行の中では比較的低位のプロセスと関連して言及されている。いったん、情動に飲み込まれてしまう状態だ。双方に関連するキーワードは水で、人は「水に飲み込まれて溺れる」ような状態に陥るというのである。現代的にいうと「コラボ」だが、パウリと共同して物理学と心理学の「コラボ」も試みている。
日本人にとって興味深いのは、我々が可能性としてはインドに代表される東洋的な体系と、(ここでは)ユングが代表している西洋的な体系の両方を実感できるポジションにあるということだ。今回の考察で見て来たように、私たちは自明の事として「集団と個人を分けない」社会観を持っている。と、同時に「自分らしくあらなければならない」とか「それは自己責任だ」というように、西洋流の自分観を取り入れている。こうした見方の違いが子育てで抜き差しならない不調を事もあるし、ファッションに新しい価値を与えたりもするのだった。場合によっては気がつかないうちに「両方を使いこなす」必要にせまられるかもしれない。
インドの体系は仏教を通じて日本に流れ込んでいる。仏陀のレクチャーをまとめたものから出発した仏教は、中期に入ってヒンズー教との競争にさらされる。この過程で呪術的なものを取り入れる。中国人のフィルターを通じて日本に流れ込んで来たのが「密教」の体系だ。普段の言葉遣いにも仏教系の用語が豊富に含まれる。本の中には鈴木大拙の十牛図についての解釈が出てくる。いったん意識的に捕まえてしまえば「探索は意味を失う」というようなことだ。だから追いかけていた牛(牛だけではなく全てが消えてしまうのだが)は一度消えて、探索者は日常生活の中に戻るのだ。つまり、私たちは一度知っていたことを忘れてしまっただけかもしれない。
ユングは東洋の体系をそのまま理解することはできず、枠組みを見ているのだが、私たちは両方を理解しつつ、人が本来持っている意識、無意識、個人、集団といったものについて考察することができるわけである。
さて、この本のおもしろさは別のところにもある。議論の様子を読むので、その場の活気がなんとなく伝わってくる。ユングのレクチャーは人気が高かったようだ。参加者も熱心に無意識の問題について取り組んでいるのだが、質問を受けたユングは、辞典などを使わないで即座に世界のシンボルをリファレンスしながら質問に答えている。話がおもしろく、活気もあり、これは人気が出るだろうなあと思う。時代が体験した不調を出発点にして、人の心理構造について、より詳しく学ぼうという気運が高まった時期なのではないかと思う。

10,000時間

天才! 成功する人々の法則(マルコム・グラッドウェル)という本を読んだ。ここにトップクラスの音楽家について調べたエピソードがある。このエピソードによると、天才とそれ意外の人を分ける資質はただ一つ「10,000時間続ける」ということだけなのだそうだ。ちなみに1日5時間やったとして5.5年分にあたる。そこそこになるためにも8,000時間かかるのだという。

このエピソードだけ取り出すと、いろいろな解釈ができる。例えば、学部を問わず大学の新卒者を連れて来て、10,000時間コンピュータの前に座らせれば(つまり努力さえすれば)天才的なコンピュタエンジニアが量産できることになるだろう。日本人好みの解釈だ。

ところが、残念なことにこのエピソードが言いたいところはそこではないらしい。音楽家のように最初からシゴトとして成立しているものもあるだろうが、例えばコンピュタエンジニアという職業は一昔前には存在しなかったし、存在しても社会を牽引するような存在ではなかった。だから、強制的にコンピュータの前に座らせられた人はいなかった。コンピュータエンジニアで「天才」と言われた人たちはむしろ、大学の目を盗んでコンピュータセンターを占有した。好きでかつ得意だったのだろう。好きな事をやっていた人たちがいたおかげで、コンピュータエンジニアという職業が必要になったとき、そのための準備ができていた人たちがいた。

彼らの共通点は、その時点ですでに「相当長い時間コンピュタの前に座っていた」ということだった。そして、結果的にその人たちが社会の成長を支える事になる。成長点は基本的に予測ができないと仮定すれば、多様性だけが成長を担保する。

さて、現実に目を転じてみる。実際に起こっていることは、就職先を探すために「やりたい事」に没頭できず、大学生活の1/4程度を就職活動に割くという姿だ。誰もが「できるだけ確実な選択肢」を探そうとし、社会的に望ましいとされる人物像に自分を作り替えて行く。この過程で多様性が失われる。グラッドウェルの説を出発点にすると、日本が成長しなくなったのは当たり前と言える。日本の学生は成功のために必要な時間を確保できないし、そもそも自分にとって10,000時間かける価値があるものが何かを考える時間すらないからだ。

ヒトはどうして夢を見るか

脳は眠らない 夢を生みだす脳のしくみを読んだ。夢にはいくつかの機能がある、昼間の経験を再編成し、いらないものをふるい分け、感情との擦り合わせを行う。長期的に覚えている必要があるものを記憶する。まだ起こっていない経験をシミュレーションして、未来に備える。こうして、私たちは定期的に自己認識や経験の意味を再構成している。
夢を見ない(つまり眠らない)と人は死んでしまう。実際に眠れない病気「致死性家族性不眠症」があり、脳が壊れて亡くなってしまうのだという。眠れないから亡くなるのか、脳が深刻なダメージを受けるから眠れなくなるのかはわからないという。例えば、ナショナルジオグラフィックのこの記事を読むと、ヒトが眠る理由は良くわからないと書いてある。『脳は眠らない』を読むと、幾分断定的な感想を抱く。
どうしてヒトは眠るのか。眠っている間は周囲の情報を遮断しているので、敵に襲われる可能性が増えるわけだが、それよりも「メリット」が大きかったということになる。ただし、眠るのはヒトだけではない。本によると、ネコは夢を見ている可能性があるらしい。寝ている間は行動を起こさない仕組みがあるのだが、ここに損傷を与えると、寝ている間に動き出すのだそうだ。その間にシミュレーションを行っているのだろうと考えられている。つまり学習が進んでいるということだ。一方、原始的なほ乳類は夢を見ている形跡がない。つまり進化の過程で、眠ってでも記憶を再構成した方が「トク」だということになったのではないかと考えられる。結果、高度な情報処理ができるようになったのである。
さて、ヒトは夢を見る事で感情の処理も行う。夢はネガティブな感情と結びつく事が多いそうだが、夢で自己認識を改訂することで、こうしたネガティブな感情を処理していると考えられている。しかし鬱病の人は夢を見てもネガティブな感情が更新できない。従って夢を見るたびに、さらに悲観的になり、長期的には悪い影響を与えることになるだろう。ということで、鬱病の人に「夢を見させない」という治療があるのだそうだ。
このように、夢には学習機能がある。いったん全ての外部情報を遮断し、脳内で再構成するという「振り返り」の機能である。こうしたギャップがあるおかげで、私たちは自己認識を新たにし、行き詰まったアプローチとは違う発送を持つ事が可能になる。朝起きたら、新しいアイディアが浮かんだり、昨日は練習してもできなかったことができるようになっているのはそのためだ。そして、大抵の場合努力してそれを行う必要はない。基本的なOSに組み込まれているからだ。
これを読みつつ、常に、情報に晒されて、いつも考え事をしているのは良くないのだろうと思った。つまり時々は情報を遮断して、再構成をする時間が必要だということである。進化の過程を「効率のよい情報プロセスの解」として受け入れるのなら、いったん休んだ方が、連続して情報処理を続けるよりも効率的に問題解決が図れるだろう。もし、山ほどの情報を出し入れしているのに「何も解決しない」のであれば、もはや問題解決に資する情報解決を志向しているとはいえないのではないか。
夢についてはまだまだ解明されていない点がたくさんある。しかしながら、科学者たちは、寝ている人を観察したり、動物の脳に電極を差し込んだりして、夢の解明に努めている。もともと何の意味もないと思われていた夢だが、実は私たちの記憶や学習に決定的な役割を果たしていることが、徐々にわかり始めているところである。

リスク社会とは皆様のNHKが正解を提示できなくなった社会のことだ

木曜日のあさイチは面白かった。室井佑月さんが政府の御用学者とみなされている中川恵一氏の見解にかみついたのだ。詳細はコチラから。そもそも20msvという値に対する学識者の対応がばらばらなのに加えて、食べ物から入る被爆量は考慮されていない。各官庁が縦割りで基準値を出しているからだ。だから室井さんは「福島県では郷土愛から子供たちに地元の農産品を食べさせているようだが、せめて食事だけは地域外のものを」と発言したのだろう。

ここでNHKはジレンマに悩まされる。「みなさまのNHK」としては、福島の野菜や魚の安全を疑問視されては困る。風評被害につながるからだ。

ここで色々な人の思いの思いが錯綜する。ここで飛び出したのが柳沢秀夫解説委員である。他の出演者の話を遮って話を進める。いっけん、中川さんを批判しているような調子で「火消し」に走った。これがどきどきした理由である。そして、テレビって面白いなあと思った。声の調子や表情からかなり明確に場の葛藤が伝わる。

原子力発電所の問題は科学技術に属することなので正解がわかりそうだが、実際はそうではない。なぜならば、今後20年になにが起こるかは誰にも分からないからである。今、原子炉の中でなにが起こっているかすら分からない。セシウムの挙動についてもよく分かっていないようだ。

番組の途中から中川さんも、口に出しては言わないものの「俺もどうなるか分からないもんね」的な態度を見せ始める。そして、お得意の「野菜を食べない人」と「受動喫煙」を持ち出して、話をそらそうとした。しかし、2か月以上こういうお話に付き合わされて来たNHK側の人たちは、もはやこの手法には反応しない。

室井さんが主張するように厳しく基準を当てはめると、避難区域はさらに広がるだろう。もしかしたら福島県全域に人が住めなくなるかもしれない。そして福島県の農産物や水産物は深刻な風評被害に晒されるだろう。財界と株主は負担しないことを決めたようなので、そのコストを支払うのは国民と東京電力圏内の人たちだ。

誰も正解がわからないのだから、この問題に関してNHKは「みなさまの」(つまり万人が満足して、良かったよかったと喜び合える)ポジションを取りえない。「情報をお伝えする事によって視聴者に安心していただく」こともできない。もしNHKが「みなさまの」ポジションを取るならば、NHKは最初からこの問題を扱ってはいけなかったことになる。

新しいことに踏み込む前に、西洋文化では、確率を計算する。中央に「起こりそうなこと」の山ができ、左右両端に「起こりそうもないこと」が位置する。起こりそうもないことを過度に心配しても仕方がないので、リスクを考慮しつつ両端を排除する。これを信頼水準と呼ぶ。「過去の統計上95%の信頼水準で健康に被害は出ない」というような言い方をするけだ。これが「確率は0でない」の正体だ。

大竹まことのラジオで、ウルリヒ・ベックが朝日新聞に書いたというエッセー(インタビューかもしれない)が紹介されていた。どうやら起こる可能性は低いが、いったん起こるととんでもない事態を引き起こす事象にあたると言っているようだ。意思決定の際に捨てさるのが「テールリスク」だ。テールリスクとは数学的には正規分布に従うと仮定して、0.03%エラーが起きる可能性をさすのだそうだ

大竹さんは、テールリスクについて肌感覚では分からないようだった。日本人の「安全確実」は100%安心だからだ。が求められる。NHKが目指しているのは「正しい情報を伝えれば、確実に安心安全に行き着くだろう」という地点だったのだと思う。ところがこの件に関しては、正しい情報はなく、確実な安心安全も担保できない。日本人は貴重で豊かな国土を失うという経験をしてはじめてこの「リスクの世界」に踏み込んだといえる。

家庭によって受け入れられるリスクは違うので、一律に提供する給食システムは崩壊するだろう。

そのあとの雰囲気はさらに気まずかった。有働アナウンサーが「さらメシが何の意味か、レギュラーの室井さんだったら分かりますよね」と質問すると室井さんが「サランラップ」と叫んだのだ。NHKでは商標は使ってはいけないとされる。人ごとながら背筋が凍った。

社会の不確実性が増すと、誰でも不安になる。やがてこれは行動につながるだろう。

俳優の山本太郎さんがドラマのキャストを外されたということでTwitterが盛り上がっている。20msvを撤回させようという運動に発展するかも知れない。彼が政治家ではないところが求心力を生んでいるように思える。

日本はいきなりリスクのある世界に放り出されたのだが、日本人はリスクについて理解できない。したがって根本的な解決はできず、怒りは他のところに転移するだろう。

日本ではソーシャルメディアを通したジャスミン革命のようなことは起きないと思っていた。しかし政府や財界のあり方に疑問を持っている人は多い。自分の利害のためには声を上げない彼らが「大義」を見つけたとき、事態は思わぬ方向に向かうのではないか。

こうした運動体を甘く見ない方がいいだろう。

強迫性の人々とアイディア

アイディアがなぜ出ないのかについて考える2回目。
小佐古敏荘さんという東京大学の教授が、泣きながら記者会見した。この映像を見た人は「なんかヤバいことが起こっているんだろうな」と感じたに違いない。官邸はこれに「守秘義務があるから」とかぶせた。情報を管理しようとしたものと思われる。
論理的な議論と泣き声では、泣き声の方がよく伝わる。もっと伝わりがいいのは叫び声だったろう。官邸は「守秘義務」と主張したことで、いくつかの重要なメッセージを発信した。もし結論に自信があるのであれば、守秘義務を主張する必要はなかったはずだ。堂々と議論すればいいのである。しゃべるなということは、つまり、彼らが最初からある結論を持っていて、会議の構成員を選んだことを傍証する。多分、厳しい基準を選ぶと補償範囲が膨大に広がるのだろう。
これを見て、関東地方に住んでいる人は「福島県の人はかわいそうに」と思いつつ「自分たちの身の安全は守らねば」と感じるに違いない。これは無用な差別につながる。福島市に住んでいる子どものお母さんは不安な気持ちのまま今後何十年を過ごすことになるだろう。にも関わらず、学者は泣きながら逃げ、官邸は「守秘義務」を口にするのである。
さて、この件で気になったのは、小佐古さんの「その場限りで『臨機応変』な対応を行い、事故収束を遅らせている」という一節だ。場当たり的というべきところを柔らかめな言い方に改めたのだと思うが、この言い方に違和感を感じた。その他にも違和感を感じさせる言葉がある。「私の学者生命は終わり」など、白黒をはっきりさせたがる発言が多いのである。
ヒトはなぜのぞきたがるのか – 行動生物学者が見た人間世界の中でストレスに弱い人たちについての記述が出てくる。一つはタイプAというがんばり屋さんのタイプだ。そしてもう一つに抑圧型の人たちが出てくる。この人たちは常に我慢している。自分の感情を押さえ込んでいるので、感情に対して曖昧な態度が受容できない。つねに白黒がはっきりした世界に身を置きたがるのだそうだ。
これをネットで調べて行くと別の類型に行き着いた。それは強迫性人格である。自分で全てをコントロールしないと気が済まないタイプの人たちだと説明される。完璧主義だが、ちょっとした欠点があると全てを投げ出してしまう傾向もある。全てをコントロールしたいわけだから、他人に何かを任せる事もできない。
この人たちは曖昧さを嫌う。コントロールできないことは嫌いなのである。NHKでやっていたスタンフォードの授業を見ると、ブレインストーミングはまさにこの「曖昧さ」なのだということがわかる。そこには誰が最初に発言し…といったルールはない。むしろある種の混沌を作り出すことによって、発想をストレッチする狙いがある。
そもそもアイディアを作り出しても、それが絶対確実に完成するという保証はないわけだ。これを「何が起こるか分からない」とわくわくする人もいれば、リスクだと考える人たちもいるだろう。
そしてYes And型の思考とは、他人の感情や論理を理解した上で、そこに何かを適切に積み上げて行くことだ。強迫性の人たちは感情を読み取る事も苦手だ。曖昧で何かよく分からないからだ。
「強迫性人格」というと何かその人を「病気だ」と糾弾しているように思われがちである。しかし強迫性の人たちから見ると、柔軟性を持っている人たちは「一つのことに集中できず、いつまでもふらふらしている人」ということになる。
菅直人さんはたくさんの私的諮問機関を作った。どうやら「自分の決定を非難されたくないものの」「他人には任せられない」と思っているようである。二つの心の中で揺れているように思えるが、多分「自分が他人を非難することで勝ち上がって来た」歴史があるからこそ、自分が攻撃される恐ろしさも知っているのではないかと思う。しかし「他人に任せられない」ところを見ると、必ずしも柔軟な人ではないようだ。あとは類推するしかないが、多分他人の感情を読み取るのも、表現するのも苦手なのではないかと思う。
そして小佐古さんも「白黒付けたがり」「人前で適切な感情表現ができない」性格だったようだ。小佐古さんだけが東京大学の先生ではないだろうが、勉強はとてもよくできるのに、感情表現に問題があり、他人の気持ちを類推できない教授という類型は容易に想像できる。彼にとって「臨機応変」は「場当たり的」と同じ意味なのである。
さて、小佐古さんが泣いているのを見て、日本の上層部にはこういう人たちが多いんだろうなあと思った。彼らにとってアイディア出しは「場当たり的な思いつき」であり、起業は「人生をかけた博打」に過ぎない。こういう社会で新しい産業を育成するのは難しいだろうなあと思う。そればかりではなく、実際に存在するリスクすら無視してしまった。結果、議論も管理もできず、ついに人前で泣き出してしまったものと思われる。
最後に、この経験から学べることは何なのか考えてみたい。私たちは多かれ少なかれ「不確実さ」に対する不安を持っている。この怖れを克服するためには「何か不測の事態が起こったときに、協力すればなんとか事態が収拾できる」という経験を積むとよいだろう。人は受容されるために「完璧である必要はないし」「完璧であることもできない」のである。

全てを流される

ある日突然、全てを流されたとする。ある人は自ら選んだことによってそうなるし、人によっては何の過失もないのに全てを失ってしまう。街一番の人格者も流されてしまうかもしれないし、とっさの判断で足まで流されそうになりながら助かった人もいるだろう。私は何か悪いことをしただろうか、これは何かの罰なのだろうかと思うかもしれない。人間の理解は限られていて、全ての意思を推し量ることはできない。それどころか、そうした意思があるのかさえ分からなくなってしまうだろう。
呆然としてその場に座り込む。何日も、あるいは何年も歩き回る人もいる。目的地はない。その間、自らを省みて「亡霊のようだ」と感じるかもしれない。そもそも全てを流されるということは生活の糧を失ってしまうということだ。それは人生の目的地を失うに等しい。大抵の場合、人々は日々の生活の糧を得る事を人生の目的にしている。生きる目的がないわけだから、それは「死んでいる」のと同じだと考えても不思議ではない。
次に、流されたものを元通りにしようとする。ある人はこれを復興とよび、また別の呼び方をする人もいるはずだ。しかし、流されたものは戻らない。作り直したとしてもそれはもとのような輝きを取り戻すことはない。新しいものを手に入れたとしても、それは失ったものとは別のものなのである。過去持っていたものは思い出の中にあり、実際以上に大切なものに思えるかもしれない。
人によってはその糸口さえ見つからない。人々の善意に頼り、時にはそしられたりもする。世の中には立派な人がたくさんいて、自分たちを立派だと思っている人たちもまた多い。ある人は「かわいそうだ」といい、ある人は「怠け者だ」というかもしれない。こうしたことが何年も続くことがある。自分が何か悪い事をしたからなのだろうか。それとも他の誰かが悪いのか。私には誰も味方はおらず、あるいは運もないのだろうかと嘆く。しかし事態は変わらない。結局は自分で歩き出すしかなかろうということになる。
いろいろとやってみるが、どれもつまらないものに見える。個人でできる事など限界があるだろうとも思う。生きていることに感謝しようと思うかもしれないが、無理に感謝してもその気持ちは長く続かない。その気持ちに負けて立ち止まることも多いだろう。しかし「運の悪い事に」まだ生きている。
何もない所に波を起こそうとしている。動きのないところに波は立たない。足をばたばたさせてみても大した波は立たないし、前に泳ぎ出すこともできない。そんな感じだ。周囲には大きな波があり、目の前を誰かがすいすいと泳いでゆくかもしれない。しかし、足を止めてしまえば沈んでしまう訳だし、そもそも退屈で何かせざるを得ないはずなのである。
さて、この体験は何か意味があってあなたに課せられたものなのだろうか。人には乗り越えられない試練などないのだろうか。そうなのかもしれないし、誰かがいうように、人生は何かの修行なのかもしれない。あるいはそうではなく、たまたまそこに居合わせたからなのかもしれない。知り得ないわけだから、この問いには意味がない。
意味のない問いを何回も繰り返し、時折小さな喜びを目にし、ちっとも前に進まないことにイライラする。波はまだ起きていないように思える。例えば、家族をなくしてしまった人たちは、目の前で咲く桜の花を見て、今年も春がきたと考え、そして大きな罪悪感に駆られるかもしれない。このようにもはや単純な喜びさえない。もはや他人の言葉では歌えない。いつも何か気がかりがあるような感じだ。これが全てを流されるということなのである。にも関わらず、小さな喜びは時折訪れる。これが生きていることの不思議なところだ。
ある日突然 – その日は多分ありふれた日の一つに過ぎないのだろうが – なんらかの兆候を見つける。その兆候を眺めているうちに、そのまままた流れてしまう。かつての記憶が蘇り、期待するのはやめようと思うかもしれない。そしてあるとき、また別の何かを見つける。いつものようなありふれた何かのようだ。しかし、そこから小さな何かを受け取る。そこで初めて、過去に始めた何かが実を結んだことを知る訳である。とてもありふれたもので、誰かに自慢したいと思うようなものではないだろう。しかしそれはあなたが起こした何かの結果なのだ。何もないと思っていたところから何かが生み出されたのである。
「流される経験」ということで、今回の震災を思い出す人がいるかもしれない。しかし、何かを流される経験は誰にでも起こる可能性がある。その経験に意味があるということはないし、意味がないということもない。良い経験というわけではなく、悪い経験ということもない。すぐに歩き始めてもいいし、しばらく呆然としていても構わない。誰かがそれを責めるかもしれないし、がんばってと声をかけてくるかもしれないが、それはあなたの経験であって、その誰かの経験ではない。無理に歩き出しても意味がない。しかし多くの場合、気がつかないうちに歩き出しているものだ。
流された経験には計るべき価値はない。あるのかもしれないが、私たちには分からない。何もないところからあなたが起こした、あるいは起こそうとしている何かには意味がある。何もないものを10,000倍に増やすことはできないが、小さい何かは何倍にも膨らむ可能性がある。この違いは大きい。一人で起こしたというわけではなく、無数の誰かが関わっているということが分かるはずだ。多くは会った事も、これから会う事もない人たちで、従って「ありがとう」と声をかけることはできない。しかし、無理に感謝してみようと思っていた経験があるからこそ、その感謝は以前のものとは違っているということが分かるのだ。
小さな何かが育つ前にまたしても流れて行くかもしれない。しかし、流されてもこう思えるだろう。私には何かを作り出すことができるのだと。失ったものは戻らない。しかし私たちはまた新しい何かを作り出す事ができる。
生き残ったということはどういうことなのだろうかと考えてみる。結局はまた歩き出せるということだし、何かをしたくなってしまうということなのだろうと思う。こうした経験を経て、人は、確かに自分の力で価値を生み出せるということを確信する。流された経験には意味がないが、新しく生み出された何かはどんなに小さくても意味を持っている。そうした力が人に備わっていることこそが、恵みと呼べるのかもしれない。そして、その小さな力だけが社会全体を変えて行く力なのだろう。全て押し流されたように見えて、一番大切な何かは残っている。だから悲観しても嘆いても誰かを責めてもいいのだが、決して諦めてはいけない。

計画停電と混乱

一日街を歩いた。計画停電があるかないかで街中びくびくしている。役所も報道情報とウェブサイトから情報を作っている。当の報道は、紙面や画面の都合で部分的な情報しか流していない。停電を前提としてガソリンや食料の不足(これはデマから来ている買いだめなのかもしれないが…)もある。電気が止まれば水道も止まる。下水道も止まるかもしれない。故に東京電力の責任は重大だ。
まず、最終的に分かった事実は「うちは計画停電実施地域」には含まれていないということである。これは「丁目」単位では分からない。契約番号を告げた上でどこのネットワークに入っているかを調べる必要がある。そして現場は情報を持っている。僕は契約番号を持っておらず、現地事務所で調べてもらったのだが、住所と近所の目印になる建物名を教えたら3分程で出て来た。それくらいの情報なのだ。

対応してくれた技術者によると、うちが地域に入っていない理由は次の通りである。送電ネットワークには階層がある。階層があるだけでなく、中継回路になっているものもある。今回の「計画停電」は途中でブレーカーを落とすようなものなのだが、中継回路のブレーカーを落とすと、末端まで全てが止まってしまう。故に中継点は階層の下位にあったとしても止められないそうだ。故に止まるのは「ネットワークの末端にある」地域だけだということになる。うちはたまたま中継点にあり、東京電力の公式発表ではグループ2に入っているのだが、いずれのグループにも入っていないのだそうだ。家の根元にあるブレーカーを止めると影響が大きいので、各部屋のブレーカーを落としているような感じです、と図式を使って教えてくれた。今回は(あとで分かることなのだが、この区は夕方から夜間にかけて停電が実施されたので、多分裏では準備していたのだと思う)入っていないということかと聞くと、この家は地域ではないですねえという。「グループの組み替えをしないかぎり計画停電はない」ということですかと聞くと、「そうだ」という。

2011/03/18追記:その後情報はさらに錯綜している。本当のことは市民生活がもとに戻るまで分からないのではと思う。この後、千葉県は多くの地域が災害地域なので計画停電の区域から「外した」という情報が出た。Googleが協力して地図が出た。東京電力はデータだけ管理し、プレゼンテーションをGoogleに任せたのは良かったと思う。
千葉市内では稲毛区の西千葉から若葉区の愛生町あたりが計画停電区域に入っており、Twitterによると西千葉は実際に停電したようだ。花見川流域(八千代など)も停電区域に入っていようだ。都賀駅周辺は区域から外れている。実際にいままでのところ停電していない。
ところが、実際に被災(液状化して水道もやられているらしい)している浦安の情報が錯綜している。「停電区域から外せず」「交渉の余地がない」という記事がありTwitter上で非難が集りそうだった。しかしGoogleの地図では浦安は停電区域から外れたようだった。良かったなあと思ったのだが、文化放送によると「停電した」というリスナーからのメッセージが読まれた。隣の市川でも連絡なく停電したそうだ。
技術者は「ブレーカーを落とすように」と説明してくれたが、機械的にそんなブレーカーがあるわけではないのだろう。極めて機械的な操作に政治的な配慮が入るとオペレーション(つまり現場)が混乱する。かといって、被災地の停電は社会的に非難されるだろう。
多分「情報が錯綜」しているわけではないと思う。現場そのものが少なからず混乱しているように思えるのである。
このエントリーは多く読まれているようだ。しかしここで東京電力の非難で終ってはいけないということを改めて強調しておきたい。(いま読み直してみても随分感情的に思えるのだが、一応このまま残しておく)
最初の情報にほとんど無意識であっても恣意を加えると、その後そのストーリーを維持しなければならなくなる。情報発信側にあったのは「受け手は状況を理解してくれないだろう」という不信だったのではないかと個人的には考えている。
緊急時には情報がもたらすインパクトを考えて情報を操作してはいけないし、コントロールできているフリをしてはいけないというのがこの件の教訓だ。

ここまでが技術者から聞いた話。あとは発電ネットワークと送電ネットワークは区切られているということを教えてもらった。停電が戻って(復電というのか?)も「ブレーカーを落として上げたときに壊れないのであれば」機器に余分な電気が流れることはないのだそうだ。(この技術者の話を念頭に新聞広告を読む。分かりにくさに愕然とした。これ言いたいのは「事前にいろいろ言ったから壊れても文句言うなよ」にしか思えない)多分発電側のネットワークを守るために送電側を調整してるんでしょうねえと聞くと「ええそうですね」といっていた。
報道されているリストはすでに「サマリー」情報で、実際は地番単位で確認しないと本当のことは分からない。その晩見える範囲からは停電は確認できなかった。テレビはこのサマリー情報をまたサマリーする。故に「区域全体が停電します」となるわけだ。情報が根元から下流に来るに従って、どんどん大雑把になってゆくのがわかる。
地方自治体はかなり末端で情報を取得している。しかも、それぞれ独自に情報を収集しているようだ。区役所を2つ、政令指定都市の市役所、県庁を回ったのだが、2の区はそれぞれ違うリストを使って停電情報を把握していた。市役所(というよりは市民情報センターみたいなところだが)も独自で資料を作る。これはどうして一本化できないのか。なぜ、この期に及んでも情報を共有しようとしないのか。普段からこうした非効率なやり方をしているのだろうか。
ここからは推測。中継点にあたるネットワークがどれくらいの割合あるかは分からない。しかし、今回計画停電するのは、電気ネットワークの末端ばかりのはずだ。今回の区分けを変えるとは思えない。それは物理的なネットワークに依存しているはずだからである。故に「止まる地点は何回も止まる」ことになるだろう。しかしこんなことは発表できないだろう。なぜならばたまたま作られた電気ネットワークの構成に依存して地域に著しい不公平が生じるからで、土地の値段にすら反映する可能性がある。今回の計画停電に文句がでないのは「大抵の家が停電する」と考えられているからだ。もし「うちだけが止まります」だったらどう感じるだろうか。
故に今回発表されたあのリストが真実を反映しているかどうかは分からないのではないかと思える。良く類推すると時間内に技術者からの情報をまとめ切れなかったということだ。しかし、表面上の平等を保つために全ての地域(23区は入っていないわけだが)が掲載されたリストが作られたのかもしれない。そもそもこうした「大人の事情」が含まれていたとすれば、効率的な広報などできないだろう。加えて社会保険事務所と同じように「電気を作ってやっているのだから、お前が聞きにこい」という姿勢も見られる。計画停電が実施される地域への通報はなかったのだが、これは社会保険庁が「年金については受給予定者が問い合わせて来てください」と言っているのに似ている。実際には戸別に「お宅はどこに入っている」と周知しなければ情報は伝達できない。多分、電気代の請求書に書いて送ることはできるはずであるが…受付電話すら増設しないところを見ると、あまり費用はかけたくないのだろう。
どうやら今回使われている(そうして全く電話がつながらない)電話番号は普段から使われている受付電話のようだ。実際に計画停電が始まってからはNTT側が制限をかけている。止まってから初めて「うちはいつ復電するのか」と問い合わせする人が多かったのかもしれない。そもそも「自宅が対象になっているか」が分かれば不安は解消されたはずで、契約番号だけ教えてくれと事前にガイドした上で電話を増やせばこうした混乱は起こらなかったはずだ。
Twitterを見ると「千葉と茨城は被災地なので全県が対象外になった」と誤解している人がいる一方、予告なしに電気が止まったと言っている人もいる。自治体の問い合わせ窓口はパンクして、徹夜で対応をした地域もあったそうだ。ニュースによると3/15の計画停電実施区域は500万世帯だ。(そもそも、どのリストをもとにした情報かは分からない。第2グループの世帯数を独自集計しているのであれば、実際の停電世帯はもっと少ないはずである)日本の世帯数は5000万弱なので、1/10の家で停電したということになる。
事前に一生懸命システムを作り東京電力の情報を見やすくした人もいる。こうした事実を知り類推すると、こうした努力が「バカみたい」に見える。メディアの制限で記載できる情報が限られている。新聞ではXX区は「〜グループに入る」とされている。ウェブサイトは「X丁目」は「〜グループだ」という。でも実際には地番単位で分かれているわけだ。丁目別の情報を見てもそもそも意味がないのである。Twitterではこの時間も「情報はここ」のようなつぶやきが展開している。彼らの善意を返してあげてほしい。そして自分たちの地域が停電しないと分かれば無駄な買いだめをしなかった人も多いのではないか。
多分、発電ネットワークの過負荷を避けるために、ありもののネットワークをそのまま使い「落とせるところを落としましょうよ」という話になったのだろう。そもそもそこで情報のスキミングが起きている。対応電話回線はすぐに増やせるはずもない。ブース増設にはお金がかかる。社会保険庁の例でもわかるように臨時に電話オペレータを雇っても教育して、対応できるようになるまで何日かはかかるはずだ。彼らはこれを「まあ、いいか」と思ったに違いない。これがフォールバック(つまりあふれたものが外に行く事だ)する。フォールバックした先は地方自治体で、復旧対策を行う必要がある旭市も含まれており、情報伝達もできない。人々は諦めて自前で情報を共有しようとしているわけだ。これをそのままテレビが伝え、さらに混乱した。地震は国難と言っている人がいるが、首都圏の混乱は人災だ。
このエントリーの現実的な教訓は「情報は最も根元で入手しろ」だ。この場合、送電側の部署に聞くのが一番手っ取り早い。しかし、それでいいのだろうか。彼らは実務を行っている。問い合わせが殺到すれば実作業に影響が出るだろう。
東京電力は潰れない。地域の電力供給事業は独占されているからだ。故に彼らにはこうした失敗を未然に防ぐインセンティブはないのである。福島の件で、菅直人さんが100%潰れますよと言っているが潰れない。そしてそのことは彼自身も知っているはずである。社会主義体制は一長一短だが、これは最も悪い側面の一つだろう。
さて、ここまで書いて来て「結局東京電力の事務方の悪口」を書いて終わりにしていいのかと考えた。そこで、どうすべきだったかを考えてみる事にする。情報の流れを見ると、技術者から伝わった情報は、いったん本部に上がる。そこでいろいろな大人の事情による制約を受ける。またメディア上の制限もあり細かな情報がながせない。その限られた情報は無数の人たちの努力で見やすく加工される。しかしもともとの情報が限られているので正確にならない上に、変更がかかっているらしい。変更の理由は定かではないが、送電ネットワークの物理的事情に依存するのであればこれが組み替えられる可能性は少ない。すると、急いで発表した文書の間違いを修正しているのかもしれない。
情報的な問題点は明確だ。つまり途中で人の手がかかるとエラーが増えるのである。ということは解決策も簡単に見つかる。情報はあるわけだから、これを公開してしまえばいいわけである。東京電力はプレゼンテーションをしてはいけない。つまりHTMLやPDFに加工しない。彼らの役割は2つだ。1つは元データを一括して管理すること。できればバージョン情報を付ける。技術側の停電情報をメンテナンスしたら元データとヒモづける。これをボランティアが加工し見やすくする。もう1つは元データの配信が滞らないようにすることだ。こうした情報共有のやり方は、インターネットでは普通に行われる。例えばIPアドレスとURLを結びつけるネームサーバーはこのモデルで情報を管理しているのだ。
実際に歩いてみて感じた問題点は、この期に及んでも情報を他部署と共有しない行政と、「情報が欲しければ取りにこい」といいつつ情報を発信のキャパシティを確保しない企業に集約できる。「正確な情報が分からない」し、「発信もできない」のに全て自前でコントロールしようと考えてしまう。これに情報に関するリテラシー不足が重なると混乱が生じるわけだ。

緊急災害時とネットメディア

地震から1日経った。人間は情報量が多くなると適切な行動ができなくなるというNewsweekの記事を読んだばかりで、テレビから一日中流れてくる被災情報とテロップに圧倒されながらちょっと怖くなった。情報に圧倒されていて「情報疲れ」を起こしているのが実感できたからだ。地震の経験は2分くらいしかないわけだから、そのあとは「〜が来るかもしれない」という情報に圧倒されることになる。そうした中「多分デマだろう」という情報に接した。ということで、地震後の雑感をまとめたい。

情報は錯綜する

どうやら、いろいろな情報が流れてくると、テレビで聞いた事・実際に見た事・人から聞いた事などが区別できなくなるようだ。これには著しい個人差がある。故に情報は錯綜すると考えたほうがいい。多分「情報」よりも「行動指針」を示したほうが、情報弱者には優しい。情報に強い人は「何らかの事態を想定し」「それに対する情報を探し」「関係ある情報を選択している」のに対して、情報弱者は「とにかく来る情報をすべて受け入れ」「それを感情的に処理し」「圧倒される」というプロセスを踏んでいるのと思う。感情的に処理とは「かわいそう」とか「こわい」とかだ。そして、いざ何か行動を取らなければならなくなったときに「なんだか分からない」ということになる。そして情報強者も情報量が増えるのに従って判断力を失って行く。
しかし情報の収集に慣れている人は「何か隠しているのではないか」と考えてしまうかもしれず、これらを整理して流すのはなかなか大変そうだ。情報リテラシーが低下すると、漢字の見た目で「これはひどい事になっているに違いない」と感じるらしい。テレビは情報を蓄積できない。何時間かごとに「高速道路が止まった」とか「動いた」という情報が出て来たり、1日前の情報がテロップで出ると判断に必要な情報が取り出せなくなる。次回のために文字情報のルールを作っておいたほうがいい。死者数を流すときと、高速道路の情報を流すときに背景色を変えるとか、できることはいろいろあるはずだ。少なくとも「起こったこと」と「現在の行動指針のための情報」は明確に区別したほうがいいだろう。

人は情報を交換するがその通路は様々

最初に地震が起きたとき、年配は積極的に声をかけてきた。「地震がありましたね」とかその程度だ。僕は40歳代なのだが「何か崩れましたか」とか「震源はどこですか」とか「余震が続いていますね」とか声を返す。これが安心を生み出す。後は近所の人に声をかけたりする。しかし、いわゆるロスジェネの人たちは、年齢で固まって内輪で情報交換をするようだ。家に帰りつくとTwitterなどでは情報を交換しあっている様子が分かった。年配者はネットメディアに接していないので、あたかも異なった二つのメディア空間があるような状態になる。「何かをやって協力したい」「いても立ってもいられない」という人たちもおり、助け合いたいという気持ちはどちらともに強いらしい。ある年齢を境に情報交換に対する態度がかなり違うようである。こうした断層はどうして生まれたのかと思った。この「情報断層」は後で説明するようにデマの震源になる可能性があるように思える。

ネットメディアは役に立った

Facebookで海外と安否確認ができた。携帯電話はまったく使えないのにSkypeやTwitterはつながった。これは携帯電話が緻密に組まれているのに比べて、ネットはもともと軍事利用だったからだ。つまり品質を犠牲にしてでも安定性を確保するのである。携帯電話はシステム的には見直した方がいいのではと思う。災害時には品質を落としてもつながり具合を確保するようなことはできないのではないかと思う。これをきっかけにSkpyeの利用は増えるのではないかとも思った。備えとして平時にアカウントを取っておいたほうがいいかもしれない。特に災害時に電気が切れてしまった(いまも切れている)東北地方の事例は研究されるべきだろう。

ネットメディアが危ないのではなかった

今回、噂話が流れた。市原のコスモ石油で火災があり、その浮遊物が降ってくるというのだ。僕が聞いたのは「空気中に有害物質が俟っているので傘をさして歩け」というもので「厚生労働省に勤める兄嫁から聞いた」となっていた。これを「この人の兄嫁が厚生労働省に勤めているのだろう」と受け取ったのだが、どうも曖昧だ。ということで「元ネタを調べないと」と考えた。この時点でTwitterには二通りの話が出ていた。「厚生労働省発表」というやつと「コスモ石油に勤めている人に聞いた所によると」というもの。そして、千葉市長は「そうした可能性は少ない」とTweetしていた。やはりデマの可能性が高いようだ。
既にWikipediaに地震についてのまとめができている。それによれば、コスモ石油で火災があったときにチリが核になり雨が降ったという記述があった。(これも本当に雨なのかは確認されていないのだが…)この話が伝わったのではないかと思える。
既にTweetしたように「噂が広がる」要件を満たしている。以下、列記する。

  • このとき、テレビは福島の原発についてのニュースばかりを流していて、千葉には情報空白ができている。災害時の不安な気持ちがあり、ちょっとした情報は「悪いほうに流れる」傾向がある。
  • 多分、雲も出ていないのに地面が濡れていたね→雨だったね→なんか混じってないか心配→なんか千葉市に雨が降ってくるんだってよというように拡大した可能性がある。(これは検証してみてもいいのではないか)これが文章になってTwitterで伝わり、Twitterをやっていなさそうな人に伝聞で伝わったわけだ。豊田信用金庫事件で無線マニアが果たした役割を電話した人が担っていたのではないかと思う。(近所の人は相模原の人から聞いたのだそうだ)ちなみに電車での噂話がTwitterにあたる。
  • よく考えてみると、ある古典的な下敷きがある。それは井伏鱒二の「黒い雨」である。広島の原爆についての小説だ。もしこの推測がただしいとすると、福島の件が影響していることになる。噂が単純化する時、あるプロトタイプを取ることがあるようだ。意図的に噂を流すときにも使われる手法だが、自然発生的にもこうしたことが起こりうるのではないかと思われる。

よく考えてみると千葉市には雨の予報はない。市原は平気で千葉は危ないというのもおかしい。そもそも情報が曖昧である。こうした曖昧さを補完するために、雨で有毒物質が降ってくる→空気中に俟っているになったのかもしれない。情報は単純化しながら悪いほうに傾いて行くのである。千葉市でも火災が起きているのだが、これがごっちゃになったのかもしれない。
この近所の人に「確かにこういうことはないとは言い切れないが」「ネット上でも騒ぎになっているので」「用心しつつも冷静になったほうがいいのでは」と教えてあげた。否定すると躍起になって反論するかもしれない。すでに近所には一通り伝え終わっていたらしいのだが、それで落ち着いたようだ。しかし、家族の一人が、神奈川にいる家族に「毒ガスのデマが出た」と電話する。これが「千葉はデマが出る程混乱している」という心象を与える可能性もあるし「デマ」が消え去り「毒ガス」に変わる恐れがある。情報は単純化するからである。
ネットメディアでは「これはデマなのでは」という自省的なTweetが出始めた。厄介なのは伝聞を聞いた人たちだ。情報修正は行われないなかで、テレビではまったくこれを伝えていない。そしてCMなしで不安な映像が流れ続けている。かなり不安だったのではないかと思われる。

日本人は冷静だった、が

地震後、略奪が全く起きている様子がない。これがとても驚異的だという話は至る所で語られているようである。これは日本人が社会や地域コミュニティを信用しているということだろうと思われる。この時点で怖いのは、我々が政府を信じられなくなっているという点だ。これを書いている時点では目が泳いでいる枝野さんの発言を保安院発表と「一致しない」という分析がなされている。こうした不安はパニックを引き起こす可能性がある。
先ほどの「噂話」が最悪の結末を生まなかったのは、誰もこの情報を元に行動を起こさなかったからだろう。それは我々が社会を信用しているからで、つまり噂話が広がる要件の最後の一つを満たしていなかったのである。噂がパニックになるのは、複数の不確かなソースから同じような情報を取得し(例えば携帯電話ですでに話を聞いていて、そういえば私もそういう情報を聞いたと話し合い)、誰かが何かをしている(例えばとなりの人が血相を変えて逃げて行く)のを目撃した時である。銀行の取り付け騒ぎやトイレットペーパー騒動などはこうした情報が行動に変化した時点で、デマからパニックになった。報道によると、「避難所に食料があるといいね」が「食料がある」に変わっている可能性があるようだ。実際に着いた所、食べ物のない避難所があったそうだ。
ネットメディアを知っている人とそうでない人に断層がある。ここが構造的な弱点になっている。だから、ここが刺激されていれば、パニックが発生する可能性も否定できなかったのではないか。危ないのは携帯電話のチェーンメールではなく、こうした伝聞情報を複数ソースで確認できない人たちだ。故に社会とつながっていて、なおかつネットでの情報収集能力がある人の役割は大きいのである。しかし、こうした冷静な対応も「みんなが走り出した」ら無力になるだろう。

赤の書

いつも、すぐに役立つ情報を集め、実用的な言葉を発信しようなどと考えてしまう。ところが、世の中には誰にも見せるつもりがないのに、後世に残る作品を作り上げてしまう人もいるらしい。

その情熱はいったいどこから来るのだろう。

図書館でC.G.ユングの赤の書 – The“Red Book”を借りた。週刊誌で紹介されているからか後続には予約も入っていた。じっくり読めば一生かかりそうで、精読するのは諦めた。

まず原文が目に入る。一瞬「しまった、ドイツ語は読めない!」と思う。全て手書き。図表や絵が入っている。ユングの研究書を読むと、これは「芸術作品だから」という女性の説得を拒絶するエピソードが出てくる。なるほど助成の、このいうことも分かる。なぜか最後は筆記体になっていて、途中で終っている。文字には意味ありげに色がついていたりする。

この壮麗な本はどうやら公表するつもりもなかったらしい。まるで自分の聖書を自分のためだけに編纂しようとしているようだと、僕には思えた。

日本語訳はそのあとに続く。精読しないようにしようと思うのだが、時折あるエピソードに引き込まれる。ところどころが物語風だ。そして解釈が入る。もし隣のおじさんが電車の中で同じような話をはじめたら、キチガイだと思うだろう。ユングはこのように湧き出てくる妄想をおさえきれず、かといって現実との区別が曖昧になることもなかった。キリスト教を逸脱した妄想に罪悪感も持っていたようだ。

翻訳はハードワークだっただろうなと思う。もはや本は売れない。だからこの本も大して語られることはなく、いままでと同じように一部の人たちの聖典として扱われるのだろう。でも翻訳せずにはいられない人がいたに違いない。冒頭の第一次世界大戦の予知的な「妄想」の部分はまたじっくり読んでみたいなと思う。

この本を一本のエントリーで語り尽くせるとは思えない。ただ、このエントリーを書いておきたいなあと思ったのは「内面的な妄想」の重要さを感じたからだ。彼は自分自身の想像と向かい合った。この妄想が「外的な影響を受けていない」(つまり、根源的なものである)ということにかなりのこだわりを持っているようだ。

オリジナルがどの程度重要かということは、21世紀の現在にはまた別の解釈がありそうだ。20世紀の活動を経てリミックス、再編集、コラージュも芸術として受け入れられているからである。

とにかく、公表するつもりがなかったことから「外的な評価のために書いているのではない」という点が重要なのだろう。芸術ではないのである。よく「内向的な性格」というが、気軽に使ってくれるなよと思う。凄まじい内向である。

この壮麗なページ作りなどを見ていると「作品集」のように見えるのだが、彼はそのためにグラフィックデザインの知識、分かりやすい文章の書き方などの研究をすることはなかった。多分「物語の書き方」のような本も読んでいないだろう。ただ、内面と向かい合い、それに形を与え、最後に体系化することに成功したわけである。しかしでき上がったものは結果的に「美的な構造」を持っている。職業的なデザイナーは一度目を通してみるといいのではないかと思うくらいだ。

ユングの世界は、後世の創造物に影響を与えた。心理学としてのユングを知らなくても、スターウォーズなどのユングの影響を受けた作品を見た事がある人は多い。

何かを書くときに「どうしてこれを書くのか」「どう役に立つのだろう」などと雑念を持って向かい合う事が多い。絵がうまい人は、出来合いのキャラクターを真似た「作品」を作り出してしまう。それを褒められたりすると、創作物は徐々に内面から乖離してゆく。

一方「何かを書かずにいられないのだが、何のために書いているのか全く分からないし、発表するあてもない」という人もいるはずだ。外的世界に当てはまるものがないから書き続けているわけだから、外的世界と逸脱している事に悩み、評価される当てがないことに悩む。

しかし、内的な妄想も突き詰めて行くと、一つの時代や学派を作る可能性がある。これが今回言いたいことである。だから諦めてたり、疑問を持ったりせずに、進んでみるべきだと僕は思う。囚われてしまったことは不幸かもしれないが、その作業は無意味ではないだろう。

さて、この文章を書いたのにはもう一つ理由があるかもしれない。街を歩いているときに目の前がぐらぐらとした。鉄柱の多い街なのだが、鉄柱がきしきしと音を立てて揺れ、目の前でアスファルトにひび割れが入った。そして帰り着いたころに、いま来た方向から火の手があがり、どかーんという爆発音がしたのである。(どうやら化学工場が爆発したらしい)そんな中、普段は他人同士の人々はお互いに声をかけ情報を交換しあっていた。確実に存在すると思っていた地面が実は動いていて、私たちが思う程確かではないと実感したからであろう。

うすらぼんやりと思ったのである。こんな風にユングの地面は常に揺れ続けていたのだろうな、と。彼がこの本に取り組んでいた期間を考えると少なくとも十数年はそんな状態だったに違いない。だから彼は何かを書かずにいられなかったのだろう。

(2013/1/7:書き直し)

方言が言語か

北九州の出身である。東京で出身地を言うとたいてい「なんばしよっとか」と返ってくる。北九州市は福岡県の都市なのだが、違う方言を話す。しかし、東京の人には博多弁の印象が強いのだろう。博多弁は遠賀川以西から熊本あたりまで広がる別系統の方言だ。この中に東日本方言と同じ(ような)アクセントを持った地域とアクセントが崩壊した(ちょうど北関東なまりとおなじような感じだ)地域がある。北九州市から大分・宮崎あたりまでは別の言語がある。豊日方言と言われたりする。だから福岡県東部の出身者は「博多弁と北九州弁は違う」と思っている。瀬戸内海に面しているので、広島や山口の方言と近い。さらに九州には南に鹿児島弁がある。
ある本に、これを北九州語、西九州語と表現している学者の説を読んだ。日本人は遺伝子的に多様性が高いのだそうだ。これは世界各地から流れて来た人たちが吹きだまりやすい地域にあたるからのように思える。日本人は多様な民族の集まりなのだから、故に言語も多様なはずである、と主張する。
北九州方言は動詞に特徴がある。九州弁一般に言えるのかもしれない。「灯油がなくなりよー」と「灯油がなくっちょー」は違うことを言っている。「なくなりよー」はいまなくなりつつあることを意味する。そして「なくなっちょー」はなくなってしまったことを意味しているのである。だから、これを聞いた人は「いま灯油が入っているのか、入っていないのか」が分かる。なくなりよーは、なくなりつつあるのだから、まだ灯油は入っている。なくなっちょーは「なくなってしまった」であり、故に完了形なのだ。これは過去形に展開できる。なくなりよった、なくなっちょったである。だから、なくなっちょったは過去完了形であるといえる。
ところが、英語を習うとき、我々は「日本語には完了形はない」と習う。これは北九州方言の話者が「自分たちの言葉に完了形がある」ことを意識していないことを意味する。そして、この二つを違う意味として意識しないので、結果的に混用が起こると修正ができない。宿題を「いまやりよー」と「いまやっちょー」を同じ意味で使う人は多いのではないだろうか。しかしなくなるの活用を当てはめると正しくない。やりよーは「いまやっているよ」であり、やっちょーは「もうやってある」であるべきだ。しかし、区別は存在する。「もうやりよー」は「もう開始していていままさにやっている」という意味にしかなり得ない。一方、「もうやっちょー」は「もう開始していてすでに終っている」と解釈される可能性がある。
これは、北九州方言話者が、こうした区別のない標準語を覚える時、動詞が持っている機能をいったんバラしてべつの機能で置き換えていることを示している。この作業は意識的には行われない。「標準日本語には完了形がないから不便だ」と思う九州人はいないのではないか。
大学入学あたりで東京に出てくると、その後社会的に標準語が使えるようになる。しかし大学を卒業して東京に出てくると標準語が使えない人が出てくる。言葉は話せても社会的言語が獲得できない。鹿児島の出身者が小倉出身者を指して「あの人は単語の省略の仕方がヘンだ」とこぼしたのを聞いたことがある。この小倉出身者は大学卒業後地元で就職し、その後東京に転勤して来たのである。この鹿児島出身者はいま米系の企業で働いているバイリンガルだ。
これを説明するのに「東日本語」と「北九州語」は同じ系統の言語なので習得が容易だが、細かい差違は獲得が難しいとは言わない。北九州語は一般に方言扱いだからだ。しかし、この2つの言語を違う系統だと認めると、日本語が孤立的言語であるとは言えなくなる。同時に日本語の話者の数は減るだろう。1億人が同じ言葉を話しているという意味で、日本語は大言語だ。言語圏になれるくらいの規模は持っているのである。
よく沖縄の人たちが「本土扱いしてもらえない」ということがある。これは日本語が単一の言語であるという前提に立っているからだ。九州の人たちは「本土扱いされない」とは言わない。例えばお隣の長州弁は「ちょっと偉そうな」言語として認知されている。これは警官に長州出身者が多かったからだと言われている。これをひきずって「広島弁はやくざ映画で使われる」こうした諸方言は社会方言として認知されている。同じように静岡の影響を受けなかった(つまり江戸ではない)関東方言が「農村の言葉」として社会方言化している。つまり、日本語が(例え標準語であっても)多様な集まりであること意味している。
方言話者は外国語習得にも有利だ。九州方言の話者は文法的な特徴が標準語と違っている。しかし子どもの時からテレビで標準語に接している。基本的にこれを別系統の言語に当てはめるだけである。
一方、東京方言の話者は方言習得や別言語習得には気をつけたほうがいい。どうやら日本語には音声的な多様性もあるようだ。関西方言にアクセントの他に声調があるのは有名だ。これを声調を持っていない九州人や東京人が真似ると「変な関西弁」になる。そして関西人は自分たちが声調言語を話しているという意識はないので「その関西弁は正しくない」とは言えないのである。同じように北九州方言には撥音や濃音があるようだ。小倉弁は「っちゃ」が特徴的なのだが、若干喉が震える。「っとたい」の「た」も同様である。(喉に手をあててみるとわかる。喉をふるわせないで「たい」が言えないはずだ)撥音・濃音は朝鮮半島の言語に特有の特徴であり、こうしたつながりを認めたり、それを公にする学者はいないようだ。東京の人が九州の言語を真似すると平板に聞こえる。喉を使わないからだろう。そして九州人は濃音を意識できない。かなの記述でかき分けないからである。このように記述システムは発音の認知に影響を与えるが、だからといってその発音がなくなるということはないようである。同じように標準語でも「が」の鼻母音をかき分けないので、正しく発音されなくてもそれを指摘される事はない。
このように方言話者は音声的な違いを乗り越えている。この経験は英語習得に役立つ。また別の言語を学んでもいい。例えば英語を勉強するには最初に韓国語をやっておくと助けになる。韓国語には「お」にあたる母音が2つあり「う」も2つある。この違いを勉強しておくと、英語の曖昧母音などが発音しやすくなる。英語には母音文字が5つしかなく、そこに多様な母音を当てはめている。これを母音が5音しかない日本人が真似するので、日本人の英語は伝わりにくい。言語の多様性が大きいほど、別言語が学びやすくなる。日本語の常識をあてはめてしまうと、言語の習得はより難しくなるだろう。
さて、言語と方言にまつわる話はここまでだ。以下まとめる。

  • 「日本語が単一言語である」かどうかは定かではない。見方の違いは、我々の民族観に大きな影響を与える。
  • 私たちは細かな違いを意識しないで方言と標準語を使い分けている。この使い分け方は、英語や中国語などの他言語を習得するときに役立つ。

ここで問題になりそうなのは、多様性のある言語がどうして「同一言語」と見なされるのだろうかという点である。井上ひさしの国語元年を思い出したりするのだが、随分昔に読んだので機会があればまた読んでみたと思う。多様性があるのだが、違いを明確にせずやんわりと包括したのが「日本」という概念だったのではないかと思える。つまり、かつて我々の民族概念は私たちが思っているよりも遥かに柔軟なものだったのではないかと思えるのである。これを知らずに移民政策や日本人論を語ると結論を間違える可能性があるだろう。