マクドナルドのwi-fiはなぜつながらないのか

千葉市のマクドナルドでwi-fiが接続できないという経験をした。近隣の三店舗あるのだがそのうち二店舗がアウトだった。たまたまなのかもしれないのだが、構造的な問題があるようだ。大げさに聞こえるかもしれないのだが、森友学園問題で安倍政権に感じる「もやもや」との共通点も多い。キーワードになるにはまたしても「村落」である。マクドナルドのような外資系の会社にも村はある。




日本国民は政府のユーザーだ。疑問への答えが返って来ればそれ以上は追求しないはずである。森友学園の問題も説明さえしてもらえればいい。しかし、現実はどうだろうか。財務省の内部のセクションの名前や担当者の名前はたくさん出てくるものの、一向に「森友学園へなぜ割安の土地が払い下げられたのか」という問題についての説明はない。そのうち「わざとだろう」ということになり問題はエスカレートしてゆく。

同じようにマクドナルドのwi-fiはつながらずそれについて説明を求めても明快な返事はない。そして同じようにマクドナルドの内部で何が起きているのかということに詳しくなってしまうのである。具体的にはフランチャイズが本部からwi-fi設備を押し付けられているのである。

どうしてもつなぎたい場合にはいったん電波を掴んでから電波の強度チェックをするといいと思う。二階の席でギリギリでここから外れると電波が途切れてしまった。全ての席で使えるようにはなっていないのだ。

近辺の3つのマクドナルドはどれもフランチャイズだ、人の出入りが多いショッピングモールにあるマクドナルドでは問題なくwi-f-接続ができたのだが他に店舗ではダメだった。

最初の店舗ではそういうものなんだろうなと思いカスタマーサポートの技術担当にクレームを入れて終わりになった。「本部に伝えます」とのことだった。しかし二店目ではもっとひどい問題が起きた。

お店のルーターはカウンターに置いてあるのだが「ルーターは二階の店長の部屋にある」し「お客様に勝手に対応してもらうことになっています」と言われた。実はルーターはカウンターの下にあるのでこれは嘘だということがわかっていた。そこでカスタマーサポートに連絡した。直接話してほしいというと、まず従業員同士で電話の押し付け合いが始まった。チームリーダーみたいな人があまり詳しくない人に電話を押し付けていた。そして押し付けられた人は電話を取ったままで延々とカスタマーサポートの人と話しはじめた。ギロッと睨まれたので多分恨まれているんだろうなあと思ったのだが、こちらもだんだんイライラしてきた。お客さんの私物の電話で延々と話し続けていたからだ。

結局、休憩していたというマネージャークラスの「SHIMIZUさん」が飛んできた。お客さん用の接続マニュアルがありルーターは下にありますという。SHIMIZUさんはマニュアルの存在と初期対応を知っていたのだが、その下の人たちがいうことを聞かないのだろうと思った。

この従業員のやる気のなさの原因は程なくしてわかった。店長が連絡してきて「お店はハンバーガーを売っているだけであって、wi-fiを提供しているわけではない」と言い放ったのである。正直な感想だとは思うのだが、それをお客さんに直接いうんだと思った。さらに「こうなったら設備の電源を切って、ステッカーも剥がして、このwi-fiはつながりませんという但し書きを店内に置く」と言い始めた。

だが、店長にも言い分があった。実はwi-fiの費用はフランチャイズ持ちなのだそうだ。本部に言われるがままに店を改装しパソコンが使える電源を配備した上で、ソフトバックに月々の金を払っているのだという。だが、マクドナルドは何の情報も渡さずあとは勝手にやってくれと言わんばかりだというのである。

さらに店長は「お前は前にもクレームを入れてきただろう、あの時にも本部に連絡したが、機械には問題がないと言われたぞ」と凄んでくる。つまりいちゃもんをつけていると思われたらしい。確かに別店舗についてのクレーム入れたがこの店を利用するのは初めてだった。前にも本部にクレームを入れて適当にあしらわれたということと、この店がwi-fiルーターを持て余しているということはわかる。さらにルーターを再起動してもらったときにSHIMIZUさんにIPアドレスが取れていなかったが取れましたよねと説明してあるのだが、多分誰も理解していないのだろうなと思った。ルーターは再起動しないということなので問題は長い間(もしかしたら1日以上)放置されていたのかもしれない。

だが店長はテクニカルサポートに対しても怒っていて「接続したままで文句を言われなくなるまで」設備は提供しないと客に向かって宣言したのである。具体的には、ちゃんとした技術的案内があるまで設備の提供を中止するのだという。

店長は本部への不満をぶちまけたのち電話を切った。そこでマクドナルドに電話をして「企業の公式見解を求めます」と宣言した。マクドナルドのカスタマーサポートは謝罪はしてくれるが、決して原因究明はしない。本部にレポートはあげるかもしれないがその結果をお客さんにフィードバックする権限はないのである。だから、問題は本部の人が認識するまで放置される。前回の安全偽装の問題でわかったのは、本部の人はネットやテレビで炎上するまで問題を放置するということなのだが、多分この問題も同じように放置されるのだろう。業績は上向いているとはいえ企業体質は変わってしないのだ。

サポートのたかみさんという女性は国会対応に置ける太田理財局長のような役割を担っている。つまり、謝罪はしてもよいが抜本的な改革は約束してはいけないし、顧客に報告する権限もない。それはマクドナルドでは本部と店側の問題だ。太田理財局長は行政府と議会にかわって問題解決を約束してはいけないのだ。

だが、本部も議会も責任はとらないのだから、謝りつつも具体的な約束は何もしないというのが「リスク管理」になってしまう。たかみさんの話を聞いていて「国会答弁みたいだな」と思ったのだが、多分日本中でこの「太田話法」が広がっているのだろう。

マクドナルドでwi-fiが使えなくても特に問題はない。今回は返金してくれた上にポテトのサービス券もくれたのでコールセンターと会話した無駄な時間以外に実害はない。それに、居心地のいい空間が必要ならスターバックスにゆけばよい。不思議なことに同じ機材を使ってもスターバックスやコンビニで接続できないという経験はない。

しかし国の場合には別の国に移住するわけにも行かない。そして相手が逃げようとしていると思うと自動的に追求したくなってしまう。野党が「もりかけばかりに集中する」気持ちがよくわかった。明らかな問題があるのに権限がない現場の人が決して認めようとせず、怪訝がある人たちは決して責任をとろうとしない。するとついつい追いかけてしまうのである。

マクドナルドはwi-fiがまともに扱えない理由はいくつかある。まずは古い体質のフランチャイズの人たちが抵抗していて新しいサービスを覚えようとしない。彼らには拒否権がないのでいやいや設備は導入するが決して納得はしていない。そしてその不満を平気で顧客にぶつけてくる。従業員は「そんなお金はもらっていないから」と言って拒否し、店長は「本部が悪い」と罵る。しかし考えてみればwi-fi機器の仕組みはそれほど難しいものではないし、定期的に状態をチェックすべきだ。しかし、彼らはそれをやらない。

だが、こうした問題は認識されることがない。なぜならばwi-fi環境についての責任者がいないからである。本部は売り上げをあげるのが仕事であり、フランチャーズはハンバーガーを焼くのが仕事だ。そしてサポートセンターはお客さんに謝って何もしないのが仕事になっている。テクニカルサポートはそんな中で「端末を再起動して、ルーターの近くに座って、ダメなら諦めてください」というのが仕事になっている。つまり、それぞれのムラができているということだ。ここに足りないのは新しい技術なりサービスの導入をするために責任と権限を与えられた組織横断型のプロジェクトマネージャーだが、日本的な村落共同体には村の領域を超えたリーダーは生まれない。だからこの問題は村落の構造問題なのである。

この経験から、なぜ私たちが財務省の中の組織に詳しくなってゆくのかがわかる。日本人は「問題が起きた責任」は自分の村の外にあると考えるからである。実際には協力して対処しあえないことが問題なのだが、日本人は決して他人とは協力しない。だから村人が指ししめす通りに歩いていると「村を一周したね」ということになって終わる。もしくは、不満が爆発し「リーダーの首を挿げ替えろ」ということになるのだろう。

今回の森友学園問題の問題では「安倍やめろ」コールが起きている。もしかしたら安倍首相はやめてしまうかもしれないが問題そのものは残るだろう。さらに悪いことに問題の記憶が政権ごと消えてしまうので、また一からやり直しになってしまうのだ。

次回のエントリーではなぜ問題が解決に向かわないのかを貴乃花親方の事例をあげて説明したい。これも村落が絡んでいる。

自らアジアの大国の地位を投げ捨てて白昼夢に逃げ込んだ安倍政権

金正恩朝鮮労働党委員長が中国を電撃訪問した。報道によるとアメリカと韓国はこの訪問について事前に知らされていたそうだ。この時安倍官邸は「情報収集に努める」としており完全に蚊帳の外にいたことがわかる。

この出来事は歴史の上では大きなターニングポイントとして語られることになるのではないだろうか。それは奇しくも安倍首相が掲げていた「戦後レジーム」の破壊である。日本が東アジアの大国だった時代は終わり、重要なことは中国とアメリカの間で決まる。そしてその二つの大国を地域に繋ぎとめるための道具が朝鮮半島なのだ。この新しい国際秩序の中に日本の存在は必要ない。それどころか日本を悪者に仕立てることで彼らの結びつきはより一層強固なものになるかもしれない。つまり、日本は蚊帳の外にいるわけではなく新たな役割を与えられるわけである。

この事態を招いたのは安倍政権と政権を甘やかす人たちの存在である。現実を決して直視しようとせず空想の中に逃げ込んだ。それは安倍政権が積極的な役割を果たしたから北朝鮮が対話路線に切り替えたという誰も信じない物語である。この物語を永田町で繰り返すことで国会議員たちは安倍首相の気持ちを慰撫しなだめている。

北朝鮮は生き残りをかけてピボット的な国際戦略を打ち出したのだろう。ピボット戦略とは米国と中国を関与させることでお互いを競わせるという戦略である。唯一の超大国がない世界ではこのピボット戦略こそが大国の周辺国がとるべき道だ。東アジアでは、韓国と北朝鮮が主導的に対話路線に切り替えて、それをアメリカと中国が後見するという図式である。

この結果、アメリカは戦略の変更を余儀なくされる。常識的に考えると南北融和はアメリカがこの地域から排除されることを意味しているはずだ。韓国を後見するために半島に駐留しているのだから南北が融和してしまえば役割はなくなってしまうからである。しかしながら、この2カ国が現状を維持したまま世代をかけて段階的に融和して行くとすれば、アメリカは一方の後見国としての地位に止まりつつも中国と強調して地域の安定を図る責任ある大国として少なくとも今後しばらくの間は地域に関与する大国として振る舞うことができる。

実はこの体制はヨーロッパと中東での反省を踏まえている。これらの地域では、ロシアとアメリカは競合関係になっており、どちらも地域安定に貢献する大国としての役割を果たせてはいない。そればかりかその間に挟まれた国では恒常的な内戦状態も生まれている。中国はロシアのようにアメリカと全面対決する道を選ばず協調路線を演出して見せることにより、アメリカの手が及ばない中央アジアでのプレゼンスを高め、インド・日本・オーストラリアが協調して中国を封じ込めるという図式を牽制することが可能になる。

さらに金正恩も反逆児という印象を払拭し「責任ある地域の一員」として貢献する世界のリーダーとしてデビューできるだろう。今すぐ核兵器を排除する必要はない。これ以上の開発をやめてアジアの平和が実現したら完全に核兵器をなくすと約束しさえすればよいのだ。中国の影響をほのめかしつつアメリカをこの図式に引き込んでしまえば「ディール」は成立する。非核化は長い間かかる段階的なプロセスなので、アメリカはそれを見守るために引き続き韓国に駐留して牽制を続けて良いですよとさえ言えば良いのである。その間FTAを結んで韓国に一方的な経済ルールを押し付けたとしてもそれは中国と北朝鮮にとってはあずかり知らぬことである。

こうした図式ができてしまえば日本は完全に蚊帳の外である。それどころか「圧力一辺倒」だった日本を排除することで地域融和を演出することもできる。日本は第二次世界大戦を反省していない懲りない悪辣な国であり、その脅威から大陸の平和を守る必要がある。そしてその反動日本を押さえつけるのも日本の役割なのである。つまり、日本を悪者としておいておくことで「日本の暴走をアメリカが抑えておくから」という図式が作れることになる。

このように安倍政権には利用価値がある。第二次世界大戦を反省しない「極右的な」反動国で、常に周囲が監視を続けなければならない。その証拠に北朝鮮に対して圧力一辺倒で核兵器の使用すらほのめかしつつ「恫喝している」というレッテルを貼ることで地域の結束を強めることができる。表面上は反対しつつも実は彼らにとって「おいしい」政権なのである。

この意味で、安倍政権は「戦後レジームからの脱却」を訴えていたのだが、皮肉なことにこれは自己実現するかもしれない。戦後レジームというのは東西冷戦を前提にした緊張関係を意味していた。朝鮮半島が緊張していたからこそ日米の強固な同盟関係が成り立っていたのである。しかし、緊張関係がなくなり日本が悪者となれば沖縄の基地の意味は全く異なったものになる。つまり、米軍は朝鮮半島から日本を守るために存在するという図式ができる。東アジアで排除されたくないアメリカはこれに乗ってしまうかもしれない。

その意味では、日本だけがこの会談を知らされなかったというのは重要な意味を持っていることになる。安倍首相は4月にアメリカを訪問するのだが、ここでは二つのことを言い渡される可能性があるということだ。一つは地域の融和に水をささないように釘をさされ、アメリカにとって<不当な>貿易不均衡を是正してアメリカの機会が最大化されるように市場を解放しろと迫られるのである。歴史的な大局観がなく、国内政治の行き詰まりを外交で打開したい安倍政権は目先の<成果>と引き換えにこのディールに乗ってしまう可能性が高い。せいぜい半月くらいヘッドラインニュースに乗るくらいの<成果>かもしれないが、政権末期とはそのようなものだ。

物語に固執して現実をみようとしなかった安倍政権は、内政の制圧には成功した。しかし、地域情勢は動いており、大きく国益を損なった可能性がある。安倍政権の支持者たちは白昼夢に浸ることで現実を直視しない道を選ぶだろうし、自民党も現実的なリーダーを選び直すチャンスである総裁選まで形の上では安倍首相を支えなければならない。この間、東アジアの国際情勢の組み替えに一切コミットできない。安倍首相の岸田さんになれば大局観をもって修正を図ることはできるかもしれないが、石破さんでは怪しい。仮に野党が政権を握れば多分取り返しのつかない空白が二、三年続くことになる。そして安倍首相が3期目を迎えれば多分日本は、少なくともこのゲームでは「終了」だろう。

今すぐこの懸念が正しいかどうかがわかるわけではないのだろうが、後からみて「あの時が転換点だ」と呼ばれることになるのかもしれない。

人の魂が目の前で死んでゆくのをみた – 佐川さんの証人喚問

佐川さんの証人喚問が終わった。これまでの経緯は矛盾に満ちているのだが「訴追されるかもしれないから」と言って一切答えなかった。一方で、首相・その他の政治家・夫人の関与は一切なく、官邸も関与していないと明言した。今回の証人喚問についても自分は官邸と連絡は取っていないとのことだった。

これがあまり不自然に聞こえないのは実は我々がこの件について深くコミットし始めているからだろう。全員が「野党の追求を逃れるためにやっているのだ」と理解しているから佐川さんの節ぜな証言が自然に感じられてしまう。だから、丸川珠代議員は面倒なことは一切聞かなかった。彼女が問題にしているのは首相がやめる原因の排除だけであって、政府で文書の改竄そのものは些細な出来事に過ぎない。もし仮に本当に官邸が何も知らないとしたら足元で官僚が不正を働いていたことになり、官邸の面目は丸つぶれである。しかし、彼女はそれを一切問題にしなかった。

「進展がなかった」と言っている人もいるが、ここまで隠そうとしているのだから政治家が関与していることは明らかだ。と同時に、今の政治はこの問題を正常化することができないということもよくわかった。国会審議というのは儀式(リチュアル)であって形式上整っていれば実質がどんなにデタラメでもよいということを意味する。この態度は安倍政権では一貫しているので特に驚くには当たらないのだが、有権者は単に慣らされているに過ぎない。我々は「政治ってそんなものだろう」と洗脳されているのである。

そんな中で佐川さんは人間になる機会を失ってしまった。ある意味では被害者なのだが、この問題が深刻さは、彼が無責任な安倍政権の忠実な代理人として官僚組織の信頼を完全にぶち壊してしまった点にある。

森ゆうこ議員が午前中の尋問の中で「後輩たちはこれから矛盾をつかれて面倒な立場に置かれることになるが」というようなことを言ってた。佐川さんはこれに対して「私は訴えられる可能性があるからわかって欲しい」と答えていた。佐川さんが何年財務省にいたのかはわからないが「最後に自分が助かるためなら、財務省の信頼などどうなっても構わない」と国民の前で宣言してしまったことになる。

官邸が描いたシナリオは、佐川さんに道義的責任は押し付けるが刑事罰は見逃してやるというものだったのだろう。その代わりに政治家と昭恵夫人の関与だけは明確に否定しろという取引を持ちかけたのではないかと思う。お目付役として数々の不正から政治家を救ってきた検事上がりの弁護士を座らせたうえで、恫喝して証言を買ったわけである。

ただ、佐川さんにもそれが現場に責任を全て押し付けて逃げ切るということを意味するということはわかっているはずだ。検察当局は明確に関与があったことを証明できなければ佐川さんに刑事罰を与えることはできない。殺人でいえば証拠がなく自白頼みだというようなことである。だから証言さえしなければ佐川さんは助かる見込みが強い。だが、現場は実際に文章を書き換えているわけだから罪に問われることになるだろう。


「佐川さんが書き換えをやったと断定しているのではないか」と思う人がいるかもしれないので補足したい。佐川さんは証言の終盤疲れ切っているところで「第三者的な立場から書き換えが起こっているのを見た」というような言い方をしていた。旧知の仲である逢坂さんに対する証言で「起きた」と言っているのだ。つまり、頭越しに書き換えが行われていた可能性がある。ただ、これは別組織(官邸である可能性が極めて高い)と現場が公式なルートを超えて<調整>を行っていた可能性があるということを意味する。現在の電子決済・紙決済システムのもとでは非公式の決済が行われる可能性があるということなのだろう。


さらに嫌な予感もある。この件については少なくとも一人以上は絶対に証言できない人がいる。そのうちの一人は電子決済システムにある途中経過を印刷して唯一の自己証明として持っていたのだろう。彼は「このままでは矛先は自分に向かう」ということを十分すぎるほど知っていたことになる。もう証言できないのだから「あの人が悪かった」ということにしてしまえば、隠蔽はなかったことになり「丸く収まる」のである。

今回の証言から官僚組織には「最後には組織などどうなってもいいから自分たちのことだけは守りたい」という強い気持ちがあることがわかった。だが、それが露出すると官僚組織は「上の人たちは責任を取らないで天下りなどのおいしい思いができるが、下の方にいる人たちはいざとなったら責任を押し付けられる」という極めて病的なものになってしまう。電子決済システムなど取り入れられてしまえば、後からいくらでも改竄ができて、その経過が決して外の守れないような仕組みが作られるだろう。安倍政権は今回電子決済システムがトレースすることで自分たちのデタラメな政治が露見する可能性があるということを学んだわけだからそれに<改良>を加えることになることは明白である。

不健全な官僚組織がこの後どのような悪影響を国にもたらすのかを正確に予想するのは難しい。佐川さんは今回魂を売ることで身の安全を守ろうとしたわけだが、その結果起こるのは官僚組織の良心の破壊である。これは組織の失敗や暴走をかろうじて食い止めるはずの個人の良心が機能を失うということを意味している。そして、政治はそれを食い止めることができないし、そのつもりもないようだ。

日本には、真面目で職人気質の人たちが一人ひとりの仕事を全うすることで組織を健全に保ってきたという誇らしい歴史がある。安倍政権はこれを完全に破壊しようとしている。彼らにとっての美しい国というのは自分たちのついた嘘が決して露見しない国のことである。ただ、組織としての圧力はとても強いようだ。もともと国をよくしようという志を持って勉学に励み、その後もただひたすらに国に尽くしてきたはずの人が、最後には自分の名誉を守るため魂を売ることになったのだ。