ドナルド・トランプ語録 – 日本を敵視

共和党の大統領候補のドナルド・トランプは遠慮のない物言いで共和党の大統領候補の中でダントツの人気を誇っているが、ほとんどが英語で日本人にはあまり知られていない。演説内容は主に内政に関するもので、日本への言及は必ずしも多くない。そこで、様々な演説から日本に対して言及している部分を拾ってつなぎあわせた。

こうした演説がもてはやされているのを見ると、共和党支持者の白人は被害者意識を募らせていることがわかる。有色人種はアメリカに移民として押し寄せ、外国でもアメリカの仕事を奪っている。中国、日本、韓国、メキシコ、サウジアラビアなどの有色人種の国が名指しされる一方で、ヨーロッパやカナダなどの白人国が批判の対象になることは少ない。

共和党候補者が大統領になれば、これまでの対米交渉はすべてやり直しになるかもしれない。安保法制やTPPなど、国論を二分してまで大騒ぎする必要が本当にあるのか、充分に考えた方が良い。日本がアメリカに尽くしてみせても、相手には意外と伝わっていないということがわかる。

以下、トランプ語録。

私のメッセージは「アメリカを取り戻す(Make America Great Again)」だ。アメリカを再び金持ちで偉大な国にしなければならない。中国はアメリカの金を全て奪っている。メキシコ、日本、その他の国々もそうだ。サウジアラビアは多額のドルを1日で稼いでいるのに、アメリカの保護に対して何の対価も払わない。だが、正しいメッセージを発すれば彼らは対価を払うだろう。

四月にはツイートでTPPに対する意見を表明した。TPPはアメリカビジネスに対する攻撃だ。TPPでは日本の為替操作は防げない。これは悪い取引だ。2011年の本「タフになる時(Time to Get Tough)」ではアメリカ労働者を保護するために、輸入品に対して20%の関税をかけるべきだと主張している。

トランプは、アメリカは何の見返りもなしに日本や韓国などの競争相手を守ってやっていると言って批判した。日本が攻撃されたとき、アメリカには日本防衛の義務があるが、アメリカが攻撃されても日本は助けにくる必要がない。これがよい取引だと言えるだろうかと、43,000人収容のスタジアムに寿司詰めになった観衆に訴えかけた。

アメリカは日本と韓国に対して多額の貿易負債を抱えているのに守ってやっている。アメリカは何の見返りも受けていないと主張した。

「日本は米国に何百万台もの車を送ってくるが、東京で(米国製の)シボレーをみたことはあるか?」と挑発。中国、日本、メキシコから米国に雇用を取り戻すと訴えた。(産經新聞

トランプは安倍首相をスマートなリーダーだと持ち上げたうえで、お遊びで仕事をしているキャロライン・ケネディでは太刀打ちできないだろうと言った。日本のリーダーたちはタフな交渉人なのだ。

キャロライン・ケネディは娘の友人なので個人的には好きだが、日本のリーダーたちに豪華なもてなしで酔っぱらわされているだけだとの懸念を表明した。トランプが大統領になったら億万長者の投資家カール・アイカーンを中国と日本の貿易交渉の担当者にすると言った。アイカーンは喜んでやるだろうとトランプは言った。

以下、日本関連ではないが核に関する言及の一部。全文はTrump: I Will Absolutely Use A Nuclear Weapon Against ISISを参照のこと。

トランプはプレスとの会合で、最高司令官としてイスラム過激派に対して断固として核兵器を使用すると言及した。彼らは野蛮人だ。オバマのイラクとシリアの失策のせいで多くのキリスト教徒の首がはねられている。

[以下中略]

CNNの軍事アナリストのピーター・マンソーによると、トランプが水爆を使うと天文学的な市民の犠牲が予想される。アル・ラッカだけでも21000人の人口があるが、ほとんどISISとは関係がない。何百万人もの命が失われ、外交と地域の安定を取戻すまでに少なくとも百年はかかるだろう。

トランプによると「市民の犠牲は不幸な戦争の現実」だ。しかし核兵器を使えばアメリカと同盟国に歯向かう人たちに正しいメッセージを送ることになるとトランプは言う。自分は過去と現在の政権と違って、自分はアメリカを守るために正しいことをなすべきだという不屈のモラルを持っているとも主張した。そして、中国やメキシコには負けつつあるが、ISISには負けないと語った。の競争相手を守ってやっていると言って批判した。日本が攻撃されたとき、アメリカには日本防衛の義務があるが、アメリカが攻撃されても日本は助けにくる必要がない。これがよい取引だと言えるだろうかと、43,000人収容のスタジアムに寿司詰めになった観衆に訴えかけた。

アメリカは日本と韓国に対して多額の貿易負債を抱えているのに守ってやっている。アメリカは何の見返りも受けていないと主張した。

「日本は米国に何百万台もの車を送ってくるが、東京で(米国製の)シボレーをみたことはあるか?」と挑発。中国、日本、メキシコから米国に雇用を取り戻すと訴えた。(産經新聞

トランプは安倍首相をスマートなリーダーだと持ち上げたうえで、お遊びで仕事をしているキャロライン・ケネディでは太刀打ちできないだろうと言った。日本のリーダーたちはタフな交渉人なのだ。

キャロライン・ケネディは娘の友人なので個人的には好きだが、日本のリーダーたちに豪華なもてなしで酔っぱらわされているだけだとの懸念を表明した。トランプが大統領になったら億万長者の投資家カール・アイカーンを中国と日本の貿易交渉の担当者にすると言った。アイカーンは喜んでやるだろうとトランプは言った。

以下、日本関連ではないが核に関する言及の一部。全文はTrump: I Will Absolutely Use A Nuclear Weapon Against ISISを参照のこと。

トランプはプレスとの会合で、最高司令官としてイスラム過激派に対して断固として核兵器を使用すると言及した。彼らは野蛮人だ。オバマのイラクとシリアの失策のせいで多くのキリスト教徒の首がはねられている。

[以下中略]

CNNの軍事アナリストのピーター・マンソーによると、トランプが水爆を使うと天文学的な市民の犠牲が予想される。アル・ラッカだけでも21000人の人口があるが、ほとんどISISとは関係がない。何百万人もの命が失われ、外交と地域の安定を取戻すまでに少なくとも百年はかかるだろう。

トランプによると「市民の犠牲は不幸な戦争の現実」だ。しかし核兵器を使えばアメリカと同盟国に歯向かう人たちに正しいメッセージを送ることになるとトランプは言う。自分は過去と現在の政権と違って、自分はアメリカを守るために正しいことをなすべきだという不屈のモラルを持っているとも主張した。そして、中国やメキシコには負けつつあるが、ISISには負けないと語った。

中谷防衛大臣の過大な約束

アメリカ国防省から2つのドキュメントを拾ってきた。一つ目はアメリカ海軍のアジア太平洋地域での取り組みに関するドキュメントだ。国際協力を通じて緊張緩和の努力をすることを表明している。協力国の中には中国も含まれる。つまり、安倍政権支持者が願うような「中国封じ込め」というのは幻想だろう。

この文章を読むと、軍隊の役割が、戦争から情報の共有による紛争の未然防止に軸足を移しつつあることが分かるのだが、戦争に反対する野党ほど意識変革が必要なのではないかと思った。この意味で国会の議論は一回り遅れているのかもしれない。

もう一つは4月に中谷防衛大臣が表明したものだ。この中で中谷大臣は「地球のどこでもアメリカ軍に協力する準備をしている」と言っている。英雄然とした立派なインタビューだ。ただし、日本の現行憲法にはどこにも「日本が世界中で正義の味方として振る舞って良い」などとは書いていないし、日本の自衛とは全く関係がない。

「世界のヒーローになるために憲法改正させてください」くらいのことを言えば国民も説得されたかもしれないが、安倍首相の好戦的な普段の言動と、自民党改憲案のあまりにも復古的な内容のせいで国民の支持は得られなかった。

アメリカのアジア太平洋地域海軍安全保障方針の概要(2015.8.21)

アメリカは外交や国際機関との協同などを通じて、海洋の安全確保に努力する。東シナ海や南シナ海での領土要求に対していかなるポジションも取らないが、中国のスプラトリー諸島の人工島の建設を懸念している。

アメリカは、アメリカと同盟国の利益を守る為にアジア海上でのプレゼンスを維持し、紛争防止の為の能力を強化しつつある。また、その為に最新鋭の能力への投資を行っている。同盟国の海軍力強化にも取り組んでいる。

アメリカは、同盟国やパートナーとの間で、相互運用性(インターオペラビリティ)を構築中だ。中国指導者や地域当局との間でリスク回避手段を作成中である。船舶対船舶の合意はでき上がっており、年末までには航空機同士の遭遇に関する合意ができることを希望している。また、地域安全機関の強化を目指している。この点でASEANの重要性は増している。

http://www.defense.gov/News-Article-View/Article/614488/us-outlines-asia-pacific-maritime-security-strategy

日本との戦略ガイドラインの見直しについて(2015.4.27)

日本の中谷防衛大臣がインタビューに応じて以下のように語った。

日本はアメリカのリバランス政策を歓迎し、日米戦略ガイドラインの見直しにより日米がより緊密に連携できるのを楽しみにしている。この見直しで、日本は世界中でアメリカと連携できるようになるばかりでなく、宇宙やサイバー空間でも協同できるようになる。このガイドラインは地域の紛争抑止と安定に役立つだろう。

この見直しの要点は、日本がこの地域だけでなく世界中でアメリカと協力できるということだ。そればかりか、宇宙やサイバースペースでも協力ができるようになる。

日米は調整メカニズムを作り、平時・有事の連携を強めるつもりだ。米国空軍と航空自衛隊の演習も充実させる。新しい法整備が整えば同盟国との間で兵站のサポートができるようになる。自衛隊は世界の平和維持に貢献することができるようになるだろう。

アメリカと協力するためには、二つの前提条件が揃う必要がある。国連決議などの国際的サポートと国会の承認だ。

新しいガイドドラインには、同盟間の調整メカニズムが必須だ。調整は内閣からコマンドレベルまでのあらゆる連携が必要である。日本を取り巻く安全保障環境は複雑なので、日米は新しい脅威に連携して対処する必要がある。

http://www.defense.gov/News/Article/604528

アメリカ軍日本撤退という噂

北朝鮮と韓国の間に軍事的緊張が高まっている。これについてネットで調べたところ「在韓米軍完全撤退」というブログ記事を複数見つけた。記事によると2015年にアメリカ軍は朝鮮半島から「完全に撤退」するのだという。よく調べると、あるブログの記事が出元になっているようで、その記事を完全コピーしたものが出回っていることが分かった。ネトウヨさんの間では広く出回っている情報のようで「韓国完全崩壊」とか「在日韓国人を送り返せ」などという主張と一緒に語られることが多いようだ。

新聞社や通信社が書いた記事はないので、これは「ガセ」なのだろうと思った。ところが、一概に「ガセ」とも言い切れない記事も混じっている。日高義樹という人が「2016年、米軍撤退でアジアの大混乱が始まる – 日高義樹のワシントン情報」で、アメリカ軍は東アジアから撤退するのだ、と主張している。

現在の集団的自衛権の議論は「世界で一番強い軍隊と手を組んでいるのだから負けるはずはない」という見込みのもとに成り立っている。この見込みのもとに「日本は自前の防衛戦略を持たなくても大丈夫だ」という結論が得られる。賛成派ほどこの傾向は強いだろう。この見込みが裏切られたときの衝撃は強いのではないかと思う。場合によっては不安に駆られた国民の反感が自民党に向かうこともあるだろう。

いくつかの情報を読み合わせると、アメリカ軍は自軍の兵力に被害が出る陸上線を行わず、離れたところからテレビゲームのように空爆をする作戦に切り替えている可能性が高いようだ。ところが、日本人はこれまでの安倍首相の説明から、日本の自衛隊は安全な場所におり、アメリカが前線で戦ってくれるように思っている。これは錯覚にすぎないことになる。

こうした観測は「現場の関係者に取材したところ」と、情報源を秘匿した形で語られることが多い。最近、アメリカ政府は政府予算の削減を進めている。予算が削られることを怖れた軍関係者や国防省の官僚が、こうした噂を広めて、不安を煽っている可能性は否めない。本を売りたい人たちも扇情的な「情報」をありがたがるだろう。

だが、一方で政府自民党の関係者も「ジャパン・ハンドラー」と呼ばれる人たちの情報源に頼って政策を立案している。彼らは提言を売り込んでくるので、日本政府は積極的に情報を取りに行く必要はない。ところが、ジャパン・ハンドラーは共和党よりに偏っていて、必ずしもアメリカ全体を代表しているのではない。彼らは当然のように「アメリカは日本を見捨てないから大丈夫だ」と言うだろうが、その言葉には何の保証もない。

こうした情報発信者たちは、何らかの期待があって日本に情報を流している。国防費予算の削減を怖れて情報を流している人もいるだろうし、兵器産業の為に情報を流している人たちもいるだろう。「長いつきあいだから」といって「腹を割ってくれる」ことはまずあり得ない。その裏には「日本に興味がない」人たちがいる。実際にはそうした人たちの意見がアメリカの意思決定に大きな影響を与えている可能性もある。

日本の野党はさらに情報の末端にいる。アメリカまで情報を取りに行く意欲はなく、国内の憲法学者の意見を参考にして、国内的な議論に終始している。いわゆる「神学論争」だ。神学論争は二極化したまま、膠着している。

もし、野党の議員が本当の意味で愛国心を持っているならば、日本政府が持っている情報に疑いを持ち、自前の情報ルートを通じて、日本が持っている情報を検証すべきだろうが、彼らのその意思があるかどうかは分からない。

戦争法案か安全法制か

安保法制の議論が下火になって来た。ほぼ議論のポイントが出尽くして二極化が完了したからだろう。壊れたテープレコーダーのような論説が繰り返され、目新しいニュースがなくなれば、マスコミの注目度は下がる。

論争の中心には、これが戦争法案なのか、平和安全法制なのかという問題がある。

いわゆる「現実派」と呼ばれる人たちは、憲法9条を「単なる信仰だ」と批判し、日米軍事同盟こそが安全を保証すると主張する。いわゆる抑止力論だ。いっけん正しそうだが、同盟強化が抑止力になるというのは、確立したセオリーではないらしい。ヨーロッパでは幾度も同盟関係が作られたが、対立をエスカレートさせただけで戦争の抑止には役に立たなかった。ヨーロッパで戦争がなくなったのは徐々に国境をなくして域内の交易が緊密になったからだ。

ひんぱんに情報をやり取りしているネットワークに所属している点Aに打撃を与えるためには、その点をネットワークから排除してしまえばいい。確かにその通りなのだが、排除された点Aは、別の排除された点と結びつき、独自のネットワークを作るかもしれない。ネットワークが完全に切り離されてしまうと、監視は不可能になる。すると抑止力は0になる。

一方、点Aをネットワークに封じ込めた場合、点Aがネットワーク全体を撹乱するような動きに出るチャンスは減るだろう。なぜならば点Aは自らネットワークから得れるはずの便益が失われてしまうからである。ネットワークに依存すればするほど裏切った時の損害が大きくなる。これがネットワークの持つ抑止力だ。

ここから得られる洞察は簡単だ。つまり、同盟を作って囲い込むよりも、ネットワーク内に封じ込めておく方が安全であり、かつ得られる利益は最大になる。また、ネットワークの中央にいた方が安全だという洞察も得られるだろう。中心を攻撃するとネットワーク全体が混乱する可能性が高まるからだ。

軍事同盟は、当座の抑止力はあっても、より大規模な衝突を引き起こす可能性が高い。そもそも、戦争の懸念があるから軍事同盟を組むのだ。アメリカの同盟国が戦争から守られているのは、これがたまたま経済ネットワークの中心の形成しているからに過ぎない。安倍首相はこの点を正直に話し、法案を「戦争準備法案」とでも説明すべきだろう。

それでもこれは「平和安全法案」なのだと言い張るならば、中国との軍事協力の可能性を考えるべきだが、安倍首相の支持者たちがこれを許容するとは思えない。彼らの願望は「中国を囲い込み、できれば殲滅させる」ことだ。多分、可能性を示唆しただけで「売国奴」とか「反日」のレッテルを貼られるだろう。

このネットワーク抑止論には「穴」もある。ネットワークを破壊することなく争奪戦争を行えばよいからだ。このため21世紀の戦争は、アフリカや中東などネットワークの末端で行われることが多い。末端は消費市場が発展していない資源輸出国だ。こうした戦争は外部からの支援を得て行われるので、どちらも消耗せず紛争が長期化しやすい傾向がある。

通貨戦争とブロック経済

1929年の金融恐慌をきっかけに、各国は深刻な経済不況に見舞われた。第一次世界大戦後の経済好況で生じたアメリカの生産過剰が急激に調整されたものと考えられている。

1929年にアメリカはホーリー・スムート法を成立させ、国外からの製品に高い関税をかけるようになった。ヨーロッパの国々も報復し域外からの輸入品に高い関税を課した。こうしてでき上がった経済圏を経済ブロックと呼ぶ。主な経済ブロックは、アメリカドル圏、フランスフラン圏、イギリスポンド圏だった。ソ連は資本主義経済を離脱しており、大きな影響を受けなかった。

1931年にはイギリスは金本位制を離脱し、それまで割高だったスターリングポンドの価値を切り下げた。通貨の価値が下がると、それだけ自国製品を輸出しやすくなり、国内市場でも自国製品が有利になる。イギリスが通貨を下げるとアメリカやフランスもこれに追随した。その結果起きたのが通貨安競争だ。通貨安競争はやがて近隣窮乏化策と呼ばれるようになった。結果的に域内の失業が輸出されたからだ。

結果、世界の貿易額は4年で1/3に縮小した。経済圏から閉め出された国の経済は困窮した。これが海外進出につながった。出遅れていた日本、ドイツ、イタリアは「世界秩序への挑戦者」となり、そのまま第二次世界大戦に突入した。

連合国は通貨安競争が世界大戦を誘発した経験から、1944年にIMFを設立しドルを基軸に通貨価値を安定させることを決めた。また、自由貿易を促進するために1947年にGATT(関税および貿易に関する一般協定)と呼ばれる枠組みが作られた。GATTは1995年にWTO(世界貿易機関)に引き継がれた。

高い関税が世界貿易を縮小させたのは間違いがないが、通貨安競争が近隣窮乏化だったのかについては議論がある。1930年代の経験から、世界経済に悪影響をもたらしたものと信じられている。

通貨安競争もブロック経済化もその当時は自衛の手段だったと考えられる。ところが、いったん自己防衛メカニズムが働くと、全体の経済規模は縮小をはじめた。部分的な調整が始まると、全体としての利得は著しく減る。すると、それぞれの国々がいくら努力しても、本来得られるはずだった利得は得られなくなってしまう。

2008年のリーマンショック以降、通貨安競争が再燃した。まずはアメリカが金融緩和を行いドル安を誘導した。アメリカのドルは近隣諸国に流れ込み新興国の通貨が値上がりしたので、G20諸国はアメリカを非難した。最近では中国が元を切り下げ、アメリカにはこれを非難する人がいる。

TPPは域内から見れば自由貿易に資する取り組みなのだが、域外から見ればブロック経済圏だと見なすこともできる。つまり、自由貿易の確保と域外の囲い込みは表裏一体の関係にある。

同じ事が、現在の安保法制案にも言える。確かに、日米の軍事同盟は域内の平和と安全保障を目指す取り組みなのだが、これは域外の国への囲い込みを通じて戦争を誘発する危険性を持っている。その意味では、安全法制という呼称も戦争法案というラベルも実は同じコインの裏表のようなもので、どちらが間違いとは言えない。

通貨安競争、他国を排除する経済圏の設立、そして軍事同盟の強化など、現在の状況が1930年代に似ていると考える人も多い。

教育 – 戦争を防ぐ力

戦争を防ぎ、平和を保つためにはどうするべきなのかという議論がある。70年間戦争を経験していない日本人は概念的に「軍隊を捨てて平和を希求すべきだ」とか「軍事力を増して抑止力を高めるべきだ」という二項対立に陥りがちである。

ところが、世界の紛争を見ると別の抑止力が見えてくる。それが「教育」の力だ。

1994年、東アフリカのルワンダでツチと呼ばれる人たちが80万人殺された。たった、100日間の出来事だった。

もともと、ルワンダにはフツとツチと呼ばれる社会集団があった。両者は同一言語を話す1つの民族だったが、ベルギーの植民地支配下で「異なる民族」として分離された。農耕民族のフチは人口の8割を占めるが被支配者層とされ、牧畜系のツチが支配するという図式ができあがる。ベルギー人は税や教育などで徹底的にツチを優遇した。

ベルギーから独立した後、ルワンダの政権を握ったのは多数派のフツだった。報復を怖れた多くのツチは海外に逃れていたのだが、祖国への帰還を目指して内戦を起こした。

内戦は政府軍と反政府軍の戦いだったが、虐殺を引き起こしたのはフツ至上主義に煽動された一般市民だった。識字率が50%程度だったルワンダで煽動に大きな役割を果たしたのはラジオだった。「ツチが報復に来るから先制攻撃しなければならない」というメッセージは情報リテラシーの低い国民にすんなりと受け入れられた。虐殺に反対したフツもいたが「裏切り者」だと見なされ、真っ先に殺された。つまり「虐殺に参加するか、自分が殺されるか」という空気が作られたのである。

この虐殺に際して、多くのツチ女性が強姦された。中には強姦相手の子供を産んで現在でも育てている女性がいる。HIVに感染した女性も多かった。

国連からは2500人程度の部隊が送り込まれていたが、この虐殺に対して積極的な介入ができなかった。大量虐殺(ジェノサイド)が起こるまでは、政治に介入してはいけないと支持されていたからだ。国際社会は資源もない小国のもめ事に巻き込まれるのを怖れており、同時期にボスニアで発生している紛争の解決を優先させたかった。そこで、この出来事をジェノサイドだと認めなかった。

国連がジェノサイドが行われていたかもしれないと認めたのは50万人が殺された後だった。しかし、認定後もアメリカは協力を渋り、積極的な展開ができなかった。アメリカ政府は事態が沈静化するまで「ジェノサイド」という言葉の使用をかたくなに拒んだ。

内戦終結後に成立した新しい政府はフツとツチという「民族区分」を禁止して表立った対立はおさまり、年に8%ほどの経済成長を達成した。マスコミが民族対立を煽った反省から、中立公正な報道を心がけるマスコミもうまれた。

しかし、この紛争は西隣にあるコンゴ民主共和国(旧ザンビア)に飛び火した。資源争奪を巡る争いに発展し、周辺諸国を巻き込んで泥沼の戦争が起きた。戦争の余波で500万人以上の市民が飢えで死んだり、虐殺されたりした。

この事件から分かることはたくさんある。人間は極限の状態に置かれると限りなく残虐になれる。民族は自明の概念ではなく、ときには人工的に作られる。一定の条件が整えば民主主義は狂気を生み出す。西洋が関心を寄せる「世界」はごく一部に過ぎず、その枠外にある地域の紛争は忘れられてしまう傾向にある。

こうした惨事を防ぐにはどうすればよいのかということを一概に言う事はできないが、ルワンダの国民が適切な教育を受けており、自前で情報を取得できれば、ラジオのメッセージを真に受けて80万人もの市民を虐殺することはなかったのではないかと思われる。

「戦争」法案と国民の抵抗権

前回のエントリーで、新しい自民党の憲法案のもとでは「戦争に行きたくない」という思想が犯罪になってしまうかもしれない可能性について考えた。自民党の憲法案では表現の自由が制限される上に内乱鎮圧の規定まであるのだ。

政府が言論弾圧の可能性を残すのであれば、対抗策として国民にも「イヤなことには従わない」権利があってもよいのではないかと考えた。単なるわがままなのかなと思ったのだが、実際に「抵抗権」という権利があるそうだ。ジョン・ロックが唱えた人民の権利なのだという。改憲案で内乱を想定するのであれば、対抗策として抵抗権も明記すべきだろう。

今、ツイッター上でこの「抵抗権」が密かに流行している。「安倍政権に反対するのは人民の権利である。今こそ、抵抗権を行使する時だ」というような具合だ。

なんとなく正しいようにも思えるが、いろいろと考えるところもある。ドイツの基本法には抵抗権の記述があるが「他に手段がない場合」に発動する権利だと考えられている。アメリカにも抵抗権の記述があるが、それは「武器を持って政府と戦う権利」のことだ。

今回、人々が訴えているのは「戦争に行きたくない」ということだ。国民が抵抗を強めて行くと、それは自ずからが武力を持って政府を転覆させるというところに行き着く。「戦わないために戦う」のは大いに矛盾している。

個別の問題でいちいち革命を起こしていては、命がいくつあっても足りない。その為に選挙や政権交代がある。少なくとも現行憲法下では言論の自由が保障されているのだから「他に手段がない」とは言えない。

にも関わらず、デモの参加者は「政党と手を組んで自分たちの代表者を国会に送り込もう」とは考えないようだ。共産党は別に犯罪組織ではないが、関係を指摘されると否定していた。民主党は「政権維持に失敗した」という印象が拭えないのか、期待感はない。安倍政権を打倒するのは構わないのだが、そのあとどうするのだろう。

どうやら、デモの裏にある深刻な問題は「安倍政権が戦争をしたがっている」ことではないようだ。国民が議会制民主主義に期待をしていないのが問題なのだ。2014年の投票率は約50%だった。棄権した有権者数は4900万人に昇る。

こんな中、自民党が「民主主義を擁護する」政党であれば、こうしたデモを「単に過剰反応だ」と笑い飛ばしてしまうことも可能だっただろう。しかし、憲法改正案を見ると、民主主義に疲れ果ててしまった姿が浮かぶ。自民党は、民意というものが信用できず、基本的人権に制限を加え、ついには内乱の規定まで盛り込んでしまったのだ。

戦後70年、確かにいろいろなことがあった。しかし、冷静に考えてみると民主主義に根本的な疑問を生じさせるような大きな出来事は何も起きていない。失われた20年というような経済的な不振はあったにせよ、国民の多くが飢えるような事態にも陥ってはいない。

いったい、どうして政党も国民もこんなに民主主義に疲れてしまったのか、その理由がさっぱり分からない。

将来、SEALDsが抑圧されるかもしれないというお話

現在、いろいろな地方で「安倍政治を許さない」とか、学生による「戦争に行きたくない」としてデモが行われている。批判も多いのだが、多様な意見が民主主義を健全にすると考えると好ましい行動だと言えるだろう。

現在の民主主義社会ではこうした思想を取り締まる法律はないが、戦前は「戦争に行きたくない」と主張することは立派な思想犯罪だった。思想犯罪の取り締まりに使われた法律を治安維持法と呼ぶ。GHQの指令によって廃止された。

現在憲法下では表現の自由は概ね守られるべきと考えられている。だが、自民党の考えはそうではない。まず、第十二条では、自由及び権利は濫用してはならず、公益および公の秩序に反してはならないと規定されている。さらに二十一条でも、念を押す形で、結社の自由は公益および公の秩序に反してはならないとされる。

いくらなんでも市民のデモを「公の秩序に反する活動だ」と認定するのは難しいのではないかと思えるが、何が公の秩序に反するかに関する規定はない。どこまで許されるのかはよく分からないので、一定程度の自粛効果はあるに違いない。

さらに、改正案には「緊急事態」という概念がある。外部からの武力攻撃・内乱・地震などの大規模災害・その他の緊急事態が発生した場合、内閣は法律と同じような効力の政令を制定できることになっている。100日ごとに国会の承認が必要なのだが、緊急事態が発生した場合衆議院は解散されないので、緊急事態を維持する事も可能だ。なお、国会承認は事後でも構わない。

注目すべきなのは、緊急事態が内乱や大規模災害などといった内側の事象にも向いているという点である。「安倍政治を許さない」というのは、見方によると政権転覆運動なので「公の秩序に反対する」とも「内乱」だとも定義できる。

こうした緊急事態下では「国民財産の総動員」のような政策を内閣の一存で決めることもできる。いくらなんでも憲法を上書きすることはできないだろうと思って財産権(第二十九条)を見ると「正当な対価を払えば公共のために私有財産を用いることができる」と書いてある。

安保法制の議論を見ていると、よく「国会議員を信用できないのか」とか「国会議員は民主主義的な選挙で選ばれたのだから民意を反映しているはずだ」という意見を聞く。ところが、この新憲法案を読んでいると、政治的な異議申し立てに対して、幾重にも予防線が貼ってあることがわかる。自民党は国民をあまり信用していないのだろうということが伺い知れるのである。

新憲法案は自民党が野党に転落している間に起草された。自分たち否定した民意というものに恨みの気持ちを持っているのかもしれない。

言論や結社の自由が制限される憲法が選定されても、当面の間は平和的な市民デモが抑圧されることはないだろう。戦前の治安維持法も最初は共産主義のような一部の思想を抑圧するために制定されたに過ぎなかった。ところが、政府は後になって適応範囲を拡大させた。いったん人権の侵害に手を染めてしまうと世論の反発や反動を怖れて適用範囲を大きくしてゆかざるを得なかったものと思われる。

最終的には「戦争に行きたくない」というのも、立派な思想犯罪だとされ、取り締まりの対象になったのである。

自衛隊はどのように暴走するか

ついに安全法制の参議院審議がストップしてしまった。共産党が防衛省統合幕僚監部から独自に資料を入試した資料の存在を中谷防衛大臣が知らなかったのだ。野党はシビリアンコントロールができておらず、軍部が暴走していると糾弾した。

この件が「軍部の暴走」なのかどうかは分からない。参議院で審議が中断しても60日ルールで法案は可決できる。参議院審議など政権にとっては儀式にしか過ぎないのだ。防衛省が官邸と図って計画を準備していたとしても不思議はない。

一方で、自衛隊幹部にトップマネジメントへの不信感を持つ人がいるのは確かそうだ。誰かが漏らしたのでなければ共産党に次々と資料が渡るはずなどないからだ。防衛省では「犯人探し」が始まるだろうが、これは避けるべきだ。情報は隠蔽できるかもしれないが、自衛隊員の不安や不満を解消するきっかけが失われてしまう。この不安や不満を放置すれば、本物の「軍部の暴走」につながるだろう。

士気が高く優秀な人材が集った自衛隊が暴走するはずがない、と熱心な法案支持者であればそう思うはずだ。ところが、実際には士気が高く優秀なチームの方が危ないのだ。

こんな話がある。

マサチューセッツ州ボストン近郊のナットアイランド下水処理場では80名のチームが働いていた。給与水準は低く注目されない職場だったが、使命感に溢れ、士気は高かった。その一方で管理当局からは充分な予算を与えられず、マネジメントは政治的課題にばかり気を取られて、現場には関心を寄せなかった。

外からの保護が得られない現場は外部からの干渉を敵視するようになり閉鎖的になった。不十分な装備しかないにも関わらず援助を求めず、ローカルルールを発展させた。その結果、処理しきれなくなった大量の汚染水を海に放出するようになった。

この事件は、ハーバードビジネスレビューに取り上げられ、ナットアイランド症候群として知られるようになった。

安保法案は国民の理解が得られないまま成立するだろう。すると、政府は「自衛隊が派遣されるのは安全だ」とことさら主張するようになるはずである。仮に現場が安全でない地域であったとしても、政府は現場からの報告を無視するかもしれない。

加えて政府は自主判断ではなく「アメリカや他の国とのおつきあいのために自衛隊を派遣するのだ」と考えている。自衛隊は優秀な組織なので黙って任務に耐えてくれるはずだ。だから、自衛隊の置かれている状態について高い関心を寄せるとは思えない。

充分に安全確保できない現場で何が起こるかは目に見えている。現場は独自のローカルルールを発達させるはずである。日本本国の指示よりも現場の他国軍隊との連携の方が重要視されることもあるかもしれない。現場が危険になればなるほど、独自ルールは極端になる。特に死と隣り合わせの現場でどんな不測の事態が起こるかは分からない。生存本能は軽々と法律を越えるだろう。

あまり考えたくないことだが、それは市民の殺戮かもしれないし、非正規軍化した現地の武装勢力との衝突かもしれない。

繰り返しになるが、内部文書が盛れるというのは、組織がひび割れる最初の兆候だと考えてよい。犯人探しは止めて、何が動揺の原因になっているのかを冷静に調査すべきだ。これまでの答弁を見ていると中谷大臣には当事者能力がなさそうなので、政府はマネジメントに長けた大臣を宛てるべきだろう。

イラン核合意 – 外交か戦争か

このところ、ツイッターでは安保法制に関して賛成派と反対派が罵り合っている様子を眺めながら、別の問題に興味を引かれる。それが「Iran Deal」である。日本語では「イラン核合意」などと呼ばれている。テレビでの報道は少ないが、ツイッターでこの問題をフォローしている人が少なからずいるのだ。

イラン核合意は、アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス、ドイツの6か国とイランの間で結ばれた。イランは当面の間核開発をせず、国際的な監視を受け入れる。その代わりに国際社会はイランへの経済封鎖を解こうというものだ。交渉は難航し合意までに2年間かかった。

ケリー国務長官は「この案を受け入れなければ、アメリカは戦争に引きずり込まれる」と議会を説得している。オバマ大統領は「外交か戦争か」という二者択一を迫った。

政府の説得にも関わらず、9月に議会が再開されると合意案は否決されるものと見られている。議会で多数派を占める共和党が反対しているからだ。大統領は拒否権を行使するが、議会の2/3が反対すれば拒否権は覆される。従って、民主党議員のどれくらいが合意に賛成するかによって合意の成否が決まる、と言われている。

反対派は合意の内容に異議を唱えている訳ではないようだ。共和党議員の多くは単に「イランを信用できるはずがない」と信じている。また、オバマ政権に反対して次の大統領選挙を有利に進めようとする思惑もあるようだ。国際問題でありながら内輪の論争に発展して行く様子は日本に似ている。

共和党を中心とするアメリカの議会は、イラクとアフガニスタンの戦争を経験した後も戦争も辞さない態度を取り続けている。イランを制裁するのにどのような理屈で攻め込むべきかという議論はない。いつものように集団的自衛権を持ち出せば各国がついてくるだろうと思っているのかもしれないし、アメリカは特別だから戦争するのに理屈は要らないと考えている可能性もある。

その一方で、ヨーロッパには厭戦気分が強いようである。経済を拡大し地域を安定させるためにはイランの経済制裁を早く解いて貿易を活発化させたいのだろう。ケリー国務長官は「イラン核合意が否決されれば、イランへの経済制裁の枠組みは破棄されるだろう」と言っている。アメリカの独断で敵国を封じ込めることはできなくなっているのだ。オバマ大統領やケリー国務長官もこうした国際社会の空気をを理解しているのだろう。

国際社会の指導者がどうにか戦争を避けようとしているなか、ただ1人安倍首相だけが「アメリカは戦争を望んでいるのだ」と考えて、平和指向の強い国民の気分を変えようとして近隣諸国の脅威を煽っている。

背景にあるのは、アメリカの提示する国際戦略に沿っていれば自ずと大義を得られるだろうという見込みであり、冷戦時代の感覚とそれほど変わりはない。安倍政権はアメリカについて行く為には、憲法を少しばかり無視しても構わないと考えているようだ。

安倍首相の言う「我が国を取り巻く環境は大きく変化した」というのは概ね正しい意見だ。しかし、それは「中国の脅威が増し、北朝鮮がミサイルを持った」ことを意味するのではない。東西冷戦の時代のようにはっきりした構造があった時代が終わり、アメリカだけが正義だったという時代も終わりを迎えつつある。