民主党はやっぱりバカなのか

ツイッターを見ていたら「民主党を解党して、自民党に代わりうる政党を作るべきだ」という民主党議員のつぶやきを見つけた。バカなのではないか、と思った。

自民党と政権交代するためには、自民党とは違うポジションを見つけなければならない。自民党とはどのような政党なのだろうか。

自民党はもともと親米・自由主義の政党だった。田仲角栄の時代に社会党の支持者を取り込むために「大きな政府」領域に進出した。大きな政府とは手厚い福祉と公共事業の実施だ。さらに、権力闘争の過程で利権を持った勢力を駆逐するために、大きな政府政策を維持したまま(つまり福祉を削らずに)小さな政府路線(つまり道路・郵政の民営化と派遣の拡大)を取った。

野党時代にネット右翼層を取り込んだ。ネット右翼層は中国や韓国が経済的に日本に追いつきつつあることに焦っているのだが、見下したり否定することで相対的な日本の国力の低下を直視することを避けている。ネット右翼は、一言で言えば「政治的な正しさと複雑さ」に疲れた層だ。彼らは「日銀の独立性」や「立憲主義」といった制限をなくせば、心配事は消えると思っている。

民主党は時々の自民党の対抗軸が堆積してできた政党なのだが、自民党そのものが揺れ動いていたので、同じように矛盾を抱えた政党になった。

自民党政治を支えているのは国民の「変わりたくない」「面倒なことには関わりたくない」という気持ちだ。安倍首相の人気を支えているのは「面倒なことは考えなくてもいい」というあけすけなメッセージなのだ。

現在焦点になっている集団的自衛権の問題について語るのは意味がない。日本政府には軍事に関する支配権がないので、国会で議論するだけムダだ。日本政府は予算をいくら与えるかという権限はあるが、軍事外交方針に自己決定権はない。これをを取戻すためにはアメリカと向き合う必要があるが、日本の政治家にそのような度胸があるとは思えない。与野党含めて軍事的な主権がないことを「見ないフリ」をしているし、国民もそれを黙認している。

政界地図

政党にとってのブルーオーシャンは残っている。一つは国家に庇護してもらうことを諦めてグローバルな自由競争社会への適応を目指す領域だ。自由主義領域(あるいは小さな政府領域)と言ってもよい。しかし、その為には国民を説得する必要がある。大阪系の維新はその領域を狙っているように見える。

もう一つは、非正規の人たちを取り込んで「自分たちの問題に向き合うべきだ」と説得する方法である。しかし、この層の一部は「偉大な国家や民族」という幻想に浸ることで自分を満足させている。また、ある一部は経済的な不満や将来への不安を直視しないで、別の形で政府が間違っていることを証明したがっており、それが反原発運動や戦争反対運動の原動力になっている。どちらも、不満や不安をぶつけやすい相手に投影しているに過ぎない。この層を取り込むためには、政治運動に参加してもらわなければならないが、まず現実の問題を直視するように説得するところからはじめなくてはならない。

現在、政治家も国民も「見て見ぬ振り」をしている。相手に変われという前に目を見開いて目の前の状況を直視するべきだ。それができるまでは何度解党しても国民の支持を得ることはできないだろう。

民主党は寄せ集めの部品でできた時計のようなものだ。それを壊しても組立て直しても、動かない時計ができるだけだろう。

21世紀に入ってからの政権交代の歴史

小泉劇場に始まる21世紀の政治史をまとめた。左右対立、従米・反米、小さな政府(自由市場型)・大きな政府(福祉型)、中央集権・地方分権といった思想対立はない、代わりに、官僚を叩くと無党派層の支持が上がり、財務省に従って消費税を上げると政権を失うという分かりやすい図式が定着している。安倍自民党は官僚の代わりに民主党を叩き政権に復帰した。

小泉劇場

2001年に首相に就任した小泉純一郎の政策は小泉構造改革と呼ばれた。構造改革という名目で経世会の権益を破壊することが目的だったとも言われている。ターゲットにされたのは道路と郵政だった。小泉純一郎は「自民党をぶっこわす」として2005年の選挙に大勝した。郵政民営化を掲げ、反対する勢力を「抵抗勢力」と呼び「刺客候補」を送り込んだ。

このころ社民党は既に退潮しており、議会での存在感はなかった。民主党は1996年に成立しており、2003年に小沢一郎の一派が合流した。

自民党の退潮

小泉内閣の「小さな政府」指向は上げ潮派と呼ばれる人たちに引き継がれた。上げ潮派は、金融緩和とイノベーションを通じて経済を成長させれば税収が上がるので増税をしなくてもよいと主張した。上げ潮派は公共投資を縮小させ規制緩和を進めて成長力を高める政策をアベノミクスと呼んだ。

2006年に小沢一郎が民主党の党首に就任し、小泉構造改革を否定し、多額の財政出動を伴う「子ども手当」や「農家への戸別補償」などの政策を導入した。

安倍政権下の2007年、消えた年金記録問題が起こり「消費税増税がなければ年金システムや社会保障制度が崩壊するかもしれない」と脅されていた国民は年金システムに不安を覚えるようになった。

上げ潮派は後退し、国の借金を減らし財政を健全化するためには消費税増税が必要だと主張する財政再建派が台頭し、国民の不安は増大した。

小泉政権で抵抗勢力と見なされたのは郵政民営化反対派だったのだが、今回抵抗勢力と見なされたのは官僚だった。民主党は、霞ヶ関の官僚が埋蔵金を隠しており、天下りを通じて私服を肥やしているのだと主張した。地方分権を通じて地方に直接財源を委譲するとも主張した。

麻生政権下でリーマンショックが起きて選挙が先延ばしされたために、国民の不満は増大した。さらに郵政民営化を逆行させたために支持率が下がり参議院選挙や地方選挙でも勝てなくなった。このため、麻生下ろしが起き総選挙に追い込まれた結果、2009年に民主党政権が誕生した。党首は小沢一郎に代わり鳩山由紀夫だった。当初、民主党は当面の間は消費税を上げないと約束していた。

民主党政権

民主党政権は、政治家指導で予算配分を効率化させれば財源が見つかると主張していた。「コンクリートから人へ」をスローガンにして公共事業から社会保障へと予算配分を変えようとしたのだ。しかし、次第に官僚に頼るようになり資金源として44兆円の国債を発行した。マニフェストは破綻し、国民は不安を覚えるようになった。この頃、地方分権を標榜する大阪維新の会が登場した。社民党は政権入りしていたが、普天間基地の辺野古移転決議に反発し、政権を離脱した。

その後、菅直人政権下の2011年に東日本大震災福島第一原発事故が起こり民主党の統治のまずさが露呈した。様々な失政が積み重なり国民の不満は頂点に達した。新しく総理大臣になった野田佳彦は財務省に取り込まれて消費税増税を主張するようになった。消費税増税に反発した小沢一郎は消費税増税反対を訴えて、国民の生活が第一を立ち上げた。また一部の議員は日本維新の会に鞍替えした。支持率はさらに落ち込み、民主党は政権交代に追い込まれた。

民主党の外国人に対してリベラルな政策は「売国的」と批判された。また、尖閣諸島に中国の不審船が接近したこともあり、中国や韓国に対する反発が広がった。自民党は野党時代に復古的な憲法改正案をまとめた、この結果、全体的に右傾化が進行した。

二回目の安倍政権

政権に復帰した安倍政権下では、アメリカを模倣したリフレ政策が採用され、これをアベノミクスと呼ぶようになった。金融緩和をすればマイルドなインフレが起こり、経済が再び成長しはじめるだろうという理論だ。金融緩和の結果、円高が是正されて株価が上昇に転じた。また、日銀が国債を買い入れる(実質的な財政ファイナンス)ようになったため、国民の間にあった不安が解消された。リフレが起こるまで財政出動を活発にし消費税増税を先送りすべきだと主張する人も増えるようになった。

足元の経済が落ち着いたため、安倍政権はアメリカを防衛するために集団的自衛権を認めた安保法案を国会に上程した。立憲主義の否定だとして国民の反発を買ったが、野党への支持にはつながらなかった。

野党の現在

野党の中には「脱原発」「反TPP」「消費税増税反対」などを掲げている政党があるが、少数派に留まる。消費税増税は国民の反発を招くが「増税反対」を訴えただけでは支持は得られないようだ。反米政党は共産党しかない。地方分権を唱っていた維新の党は分裂寸前の状態である。