持続化給付金についてのコメント1件のご紹介です

メールでコメントをいただきました。公開してもいいかわからなかったのですが個人情報はないために掲載してもいいだろうと判断しました。不都合があれば再度おしらせください。

総理大臣の25日の会見では45万件以上支給していると胸を張っていましたが問題の総括もなければ問題を把握するそぶりさえ見せていません。おそらくいちいちTwitterなどで集団で声を上げないとなかったことにされてしまうのだろうと思いました。残念ながらこれは政治だけではなくマスコミも一緒です。

「ただ、例えば、先ほど申し上げました持続化給付金につきましては相当スピード感を持って対応しておりまして、この2週間余りで45万を超える中小企業、小規模事業者の皆さんに6000億円を超えるという、今までのスピード感では相当早くやっております。ただ、こういう状況の中ではまだまだだということは感じておられる方がおられることは、これは認めなければならないと思いますので、これからも全力を尽くしてなければならないと思ってます」

首相会見全文(11)今回の新型コロナ対策「収束後検証していきたい」

メール本文です。

5月24日のHIDEZUMI様のコメントですが、持続化給付金の入金が滞っている事態は私たちにとって 死活問題です。

テレビの番組で 一律支給の10万円についてはとりあげますが、持続化給付金の方は 対象者が限られているためか、関心は低いようです。

でも、初日に申請をして いまだに入金もなければ、不備を知らせるメールも来ません。

申請日がずっと後でも入金になった人もたくさんいます。

サポート会場でのオンライン以外の申請も受け付けるようになり、ますます放置された感が強くなりました。

サポートセンターの電話はほとんどつながらず、つながっても明確な答えは得られないという情報があります。

せめて、今 自分はどういう状態なのか状況を確認するすべが知りたいです。

この度はご意見をお寄せいただきありがとうございました。コメント欄のご活用もご検討ください。よろしくお願いいたします。

K-POPの流行は何年ごとに移り変わるのか

どうでもいい話なのだが現在のK-POPのアイドルというのは色鮮やかなコスチュームで子供っぽいという印象がある。だが、昔はもうちょっと体がごつくて不良っぽかったような印象がある。これがいつ頃変わったのだろう?と思った。調べてみたのだがかなり細かく移り変わっているようである。

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オペレーション新型コロナ : 関東軍と大本営のメカニズム

先日来、新型コロナウイルスの対処が「大本営」になってゆくプロセスを観察している。割と漫然と書いているのだが、Web論座で面白い文章が見つかった。牧原出さんという東京大学の政治学・行政学の教授が書いている。かなり明確にまとまっていてプロの文章はさすがだなあと思った。ただ長い文章なのでちょっと丁寧目に読んで行きたい。なお牧原出さんはオーラルヒストリー(聞き語り)の専門家だそうだ。ちなみに牧原さんが専門家を軍部にたとえているわけではない。このブログが勝手に言っているだけである。

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「麒麟がくる」の鉄砲の戦争抑止効果論

大河ドラマ「麒麟がくる」に鉄砲の戦争抑止効果論が出てくる。松永久秀(吉田鋼太郎)が明智光秀(長谷川博己)に対して「銃の恐ろしさを知った人は銃を持っている相手に戦争を仕掛けなくなる」というのである。「麒麟がくる」は明智光秀の前半生がほどんど知られていないのをいいことに好き勝手な創作をしているのだが、議論としては面白いなと思った。このエントリーでは火縄銃が当時の軍事情勢にどのような役割を果たしたのかを考える。松永弾正の予言は当たったのだろうか?ということである。

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7年ぶりに感じる政治的議論と潮目の変化

先日来、ブログのトピックを揺らしている。ちょっとずつ新しいものを取り入れたいのだが需要がどこにあるのかよくわからないからだ。「読まれている」という実感が出てきて欲が出てきたのかもしれない。これまでは政府批判系の記事が多かったのだがそれをやめて別の記事を書いている。「やっぱり批判記事が読みたい人が多いのだ」ということを確認したかったのだがどうやら外れつつある。却って閲覧数が上がっているのである。

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氷川きよしの転身と自分らしさ

氷川きよしの転身がネットニュースになっているらしい。写真週刊誌で話題になっていたことがあるがどうやらもともと「中性的」な人のようだ。もっと言えば同性愛の傾向があるのではないかと思う。ところがどのメディアも同性愛については書かない。日本ではタブーだと考えられているからだろうが、配慮そのものが新しい壁になっているのかもしれない。




まず「決めつけるな」という点からクリアにしておきたい。文春はカミングアウトということまでは出しているが「何のカミングアウト」なのかという点を書いていない。

何より注目されるのが衣装です。インスタで話題になったドレス姿やピチピチのレザーパンツなどの案も出ているようで、氷川自身も“ありのままの姿”を出していきたいという意向だそうです。しかし、所属事務所は老舗の演歌系ですから、カミングアウトだけは阻止したいと考えているのです」(スポーツ誌記者)

限界突破の氷川きよしを直撃!「恋愛はいっぱいしたい。紅白でドレスもやりたいけど…」

報知新聞によれば和田アキ子もテレビで「本人がはっきり言ってくれれば」と語ったそうである。明らかに周りは知っているのだが何かに忖度して言えない状態になっていることがわかる。大手事務所ということもあって遠慮して書かないのだろう。だがそれが却って「同性愛は後ろ暗いもの」という印象を強化している。

こうした印象付けには実害がある。過去一橋大学で「他人から同性愛傾向をバラされた」ことを苦にして自殺者が出たというニュースがあった。アウティングというそうだ。恥ずかしいと思うから隠しておかなければという気になるのだ。

興行的には成功しており周囲からは受け入れられているとみていいだろうし、周りもおそらくは知っている。だから氷川さんがそれについて言及してもさほど問題にならないだろう。ファンも氷川さんを応援しておりいちいちとやかくは言わないはずだ。だからここに「氷川さんはそれを堂々と公表すべき」という問題を作りたくなってしまう。恥ずかしくないなら堂々と公表すればいいのではないかということだ。

日本には「隠すか」「公表するか」という二つの大変狭い解決策しかないことがわかる。実はこれが問題なのである。

セクシャリティというのは本人のアイデンティティの根幹であると考えられている。確かにそれはそうなのだが、普段個人の意見を全く尊重しない日本人が他人のセクシャリティだけは大変な問題だと考えてしまうのはなんとなく不思議な気もする。おそらくは特別な人を例外として棚上げして自分たちの常識を守りたいという意識が働くのだろう。なのでカミングアウトはその人が受け入れられることにはつながらない。単に「その他」の箱に入れられてしまうのである。

ネットで同じようなハリー・スタイルズのインタビューを見かけた。氷川さんと同じように中性的な衣装を着て公の場に姿を表すことがあるそうだ。だが、ハリー・スタイルズは「セクシャリティ」をどうでもいいことと言っている。セレブが自分のアイデンティティについて語らないのは不自然なように思えるのだが、実はそれは標準的な(つまり男性らしい・女性らしい)セット以外のセクシャリティを「ものめずらしいものだ」と他人も当事者も信じ込んでしまっているからにすぎないことがわかる。

よく考えてみれば、当事者にとってはそれは生まれつきの極めて当然のものであって特に珍しいというものではない。あるいは「よくわからない」とか「決められない」という人もいるかもしれない。

氷川きよしにとっては彼が興行的に成功するのかということだけが重要なのであって、それ以外のことは実は「どうでもいい」ことなのだ。言いたければ言えばいいし言いたくなければ言わなくてもいい。単に表現として好きなだけかもしれないし、あるいは性的自認と関係しているかもしれない。さらに明確に決まっているかもしれないし、決まっていないかもしれない。それらが彼自身の問題であって説明する責任も義務もない。

氷川きよしのニュースだけを見ると日本の特殊な状況だけしかわからないので何かとても真剣に論評したくなってしまう。そこからは別の可能性は見えてこない。ところが全く別の事例をぶつけると「別に表現しても言わないという選択肢もあるんだな」ということがわかってくる。

今回は自己表現と自分らしさについての事例だったのだが、おそらくは政治や経済にしてもそれは同じなのではないかと思う。問題だけを見つめると解決策が見えなくなってしまうことがあるのだ。

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