ヘンリー王子はアメリカで新しい仕事を見つけたようだ

BBCの1995年の報道が問題になっている。ウイリアム王子は調査委員会の報告書を受けてBBCの報道姿勢を批判した。ウイリアム王子は王位継承予定者なので、日本で例えていうと皇太子や秋篠宮がNHKを批判するようなものである。王族にも発言の自由があるんだなと感心した。ただそれが言えるようになるまでに25年もかかっている。

“ヘンリー王子はアメリカで新しい仕事を見つけたようだ” の続きを読む

自称「議論好き」な人が気をつけたいコミュニケーション障害の可能性

「議論が好き」という人が最近Quoraで絡んでくる。観察していると「あれ、この人おかしいな?」と思う。おそらく、文脈が読めていないのだと思う。これを自分は議論好きだと勘違いしているようだ。今回は自称議論が好きな人・得意な人について考える。

“自称「議論好き」な人が気をつけたいコミュニケーション障害の可能性” の続きを読む

議論に勝ちたがる「ミニ西村博之くん」への対策方法と議論のルールを知らない日本人

先日、ある回答を書いていて「意外だ」と思った。最近学校では議論を教えるそうなのだが議論のルールは教えていないというのだ。にも関わらず日本人は誰もそれを不思議だとは思っていないようだ。あらためて「ああそうなのか」と思った。

最近学校の議論の時間に「それってあなたの思い込みですよね」と言いたがる人が増えているのだという。西村博之さんというテレビコメンテータの影響だそうだ。質問はこの「ミニひろゆきくん」を黙らせるにはどうしたらいいかというものだった。それについて色々な回答がついていた。読んでいて「ある意外なこと」に気がついた。日本人はディベートの仕方を知らない。そして「知らない」ということをそもそも気にしていない。

“議論に勝ちたがる「ミニ西村博之くん」への対策方法と議論のルールを知らない日本人” の続きを読む

福岡県篠栗町のママ友洗脳児童虐待事件

福岡県篠栗町で5歳の男の子がなくなった。胸腺が縮んでいたことから満足にご飯を食べさせてもらえていなかったことが伺えるのだそうだ。今日はこの子が何に殺されたのかを考える。女性の活躍や少子化対策を概念的に考えている人には直視してもらいたい事件である。

“福岡県篠栗町のママ友洗脳児童虐待事件” の続きを読む

日本のSNSが炎上を定期的に求める構造的理由とは何か?

最近ブログの閲覧者が減っている。理由はわかっている。誰かを指差して「あの人が悪い」と言わなくいと閲覧数が下がるのだ。たまにタイトルに人名を混ぜた記事を書くと閲覧数が二倍程度になる。

「どうしてこうなるのだろう?」ということを考えた。

考えても仕方ないかもしれない。日本ネット社会は常に炎上を求めているという現状が認識できればそれでいいのだ。

“日本のSNSが炎上を定期的に求める構造的理由とは何か?” の続きを読む

老害が作る日本の分断とアメリカの分断は何が異なるのか

先日、ワクチンについて書いていて「このワクチンは若年層ほど打たないのだろうな」と思った。単純に若者の方が被害に会う可能性が低いからである。

ところが高齢者は高齢者で「ワクチンさえできればなんとかなる」と考えている人と「とにかく怖い」という人がいるようだ。Amazonでもパスルオキシメータは品薄だそうだが「入手しようと考えたこともない人」と「とにかく揃えられるものは揃えなければ」と戦々恐々している人がいるに違いない。ついに買うのを控えてくれという記事(朝日新聞)まで出ているが「そんなことが起きているのか」と実感がわかない人もいるはずだ。

Amazonでは雨後の筍のように怪しい中国の出品者が増えているようである。検索するとレビュー実績がない製品が大量にヒットする。必要な人が買うのは構わないが価格だけでなく「どこから買うか」も慎重に選んでもらいたい。

2020年春先のマスク騒ぎを思い出すが「自己責任」はこういう混乱をもたらす。

“老害が作る日本の分断とアメリカの分断は何が異なるのか” の続きを読む

社会正義という言葉に激しい拒絶反応を示す日本人

先日来「社会はなぜ左と右にわかれるのか」を読んで、道徳と合理性の関係を考えている。作者のジョナサン・ハイトはアメリカで暮らすユダヤ人なので合理性というものに深く立脚している。このため「合理性を脱却して道徳判断も加えた政治的判断を行うべきである」という主張に本の大部分を費やしている。これがあまり響かないのはおそらく非東洋系の日本人がそもそもそのような見方をしないからだろう。日本人にとっては当たり前のことを言っているだけなのだ。

“社会正義という言葉に激しい拒絶反応を示す日本人” の続きを読む