感じがいい森田健作を知事に選んだのだからいざという時に助けが来なくてもそれはそれで仕方がない

千葉県ではまだ停電が続いている。漁業や乳業などに被害が出始めた。冷凍設備が使えなくなり魚を廃棄したり、牛乳を捨てたりもしているようである。換気が悪く死んでゆく家畜もいるそうだ。(朝日新聞




もともと千葉県は東京近郊にあることを利点にした一次産業が盛んな地域だ。しかし、東京に近い土地でさえ電気という基本的な問題さえ容易に解決しないということに驚いた人もいるのではないだろうか。

しかし、つくづく社会というのは愚かだなと思う。原因を解決して気持ちを改めようなどと思う人は出てこない。まず起こったのが「他人を指差す」行為である。そしてあらかた騒いだら問題ごと切り捨てて忘れてしまう。

当初は初動が遅れ経済産業省が9月13日に全容解明を始めるまで地方自治体と東京電力の間に体系的な連絡はなかったようである。これは県に意識がなかったあらわれである。元はと言えば本人も認めているように森田健作知事のリーダーシップのなさに起因するのだが、感じのいい人を選んで知事に据えてきたのは千葉県民だからあまり知事を非難することはできない。悲惨なのは森田知事はどちらかといえば非都市部で支持されていたということだ。

安倍政権も自治体も問題を東京電力に押し付けることになりそうである。いわゆる炎上→犯人探し→押し付け→疲弊といういつものコースが再現される。

この問題押し付けが実は今回の大規模停電の要因の一つになっている。福島第一原発の廃炉費用を捻出するためにインフラ整備費用を抑えなければならなかったという問題はすでに指摘されている。おそらく人員も削減されていたのではないだろうか。あるいは少子高齢化を前提に採用や賃金が抑制されていた可能性もある。

だから、感じがいいだけの政治家たちはそれぞれの方向に逃げている。そして現実を直視したくない支持者たちもそれに追随するのである。東京都の小池百合子知事はTwitterで「電柱の地下化」などと言っていた。確かに表参道のようなおしゃれなエリアみたいになればかっこいいが、そのためにはいくらかかるのか。そもそも東電が設備維持費を削減していたという事実をどう見るのかなどといった具体的なことは一切語られない。そもそも問題に対処して動いているような形跡も見られない。東京は伊豆諸島という被災地を抱えているのだが他人事のままである。小泉進次郎環境大臣は福島福島と叫び福島に行ってしまった。廃炉の問題は経産省の問題であるといい続けて「かっこいいこと」だけを言い続け、国民はそれを支持し続けるだろう。

問題を見なければなかったことにできる。だからデモをやったり政権批判したりする人は嫌われる。どうしても「日本人はもう足元の簡単な問題を解決できない」ということを思い出してしまうからである。

有権者は変化を求めていない。そればかりか日本が衰退してゆくことを織り込んでおりこうした問題から目を背けている。だから、日本人は千葉の問題が解決しないことを怒らない。逆に、それを突きつけてくる人に腹を立て「自己責任」を言い立てる。そしてさらに問題が解決できなくなる。

多分、我々の政治嫌いは次のステージに来ていると思う。多分日本人の政治嫌いは「いつ生まれた」というより徐々に育まれてきたのであろう。段階的に見ると、ポリティカルアパシーから諦めへと進行している感じである。この後に及んで助けあえない社会に住む我々が今できることはそれをただ淡々と見つめることだけなのかもしれない。