世間から浮遊する国会と漠然とした不安を抱える高齢者

国会論戦を見ていたのだがついに音を切ってしまった。フォローするニュースが多すぎるからである。台風19号も接近している。そんな中、野党は「政権のあれが気に入らない、これが嫌だ」といい続けている。




アメリカはもう無茶苦茶になっていて、ついにはトランプ大統領のTwitterのつぶやきがトルコで死者を生んだ。背景にあるのは大統領弾劾でその背景にあるのは大統領選挙である。イギリスの曖昧な約束は民主主義を知らない香港で騒乱を引き起こした。さらに北アイルランドを中心に来月どうなっているかわからないという事態になっているそうだ。元はと言えば保守党が労働党や第三勢力から票を奪おうとしたのがきっかけになっている。

こうした問題は「ある一点」に突き当る。誰が最終的に国の方向性を決めて責任を取るかという問題である。民主主義が徹底している国であっても「主権者としての国民」などという核はない。まとまりがなくなると民主主義は機能しなくなる。特に勢力が拮抗した場合は危険である。政権を取った側が報復しまた報復の報復が起こる。韓国がそうだしアメリカものそのような状態になりつつある。二大政党制を議会にとどめておくというのは実はこうした争いを防ぐ効果があるのかもしれないと思う。

一方で、主権を曖昧にしている国(イギリスなど)は隙間で問題が発生する。Brexitの問題も誰が最終的に責任をとるのかが曖昧になったことから起きている。意思決定したのは国民だが国民は嘘の情報に踊らされた上に最終的な主権者ではない。とはいえイギリス女王が離脱を決めたわけでないし、主権者の一部である議会は意見がまとまらない。

イギリス型の問題は戦前の日本にもあった。日本は議会がまとまらないままで軍隊が天皇の意思を「勝手に代理」しはじめて暴走した末に止まった。イギリスは単にそれが戦争ではないだけだ。歴史的に磨かれた装置でも起きる時には問題が起きるし、イギリスがこれをどう解決するかはわからない。

では最初から主権などという欠陥だらけのものをおかなければいいのではないかという気になってくる。中国がそうなっている。中国は少数者が「みんなに良かれと思った」ことを「やってあげる」という国だ。だから「みんなから外れた少数者は容赦なく迫害される。さらに国民は主権について考えないので「結果が悪い」とだけいうだろう。多分、中華人民共和国や香港は経済が成長しなくなった段階で治安が維持できなくなる。つまり「みんな」が消えた時点で政治が成立しなくなるのが中国のやり方なのだ。

実際には国会でも国際状況の変化の議論は行われている。前原誠司議員が安倍首相に保守とはなんぞやとお説教をしたりしているのを見た。だが、前原さんは足元の野党側さえまとめ切れていないので単なる残念な人になっている。彼に人望があれば野党はまとまっていたはずである。

一方で、日本の有権者はこうした枠組みの問題には興味がなさそうである。国にはお金があり毎月2兆円ずつ入ってくるそうだが、政府にはお金がなく消費者にもお金が回らない。

大企業だけが逃げているわけではなく中小企業も6割しか税金を払っていないそうだ。税金を払うのが惜しいからといって子供や奥さんを従業員にして家族に給料を払うという「節税」もまかり通っているそうだ。法人税は下がり続け消費税に転化されてゆく。消費税は節税対策ができないので「取りやすい」という事情もあるのだろうし、与野党ともに支持者に税金を負担してくれとは言えないのだろう。

表面的には誰も政治に文句は言わない。だがやはり不安を感じているのだなあと思う出来事があった。

台風19号がくるというので昼間にスーパーに行ったらパンがなくなっていた。ホームセンターでは養生テープやポリタンクなどもなくなっていたそうだ。いざとなったら備えをしなければならない。一見あたりまえに思える。

だが数分歩いてコンビニに行くと品物はたくさんあった。スーパーで品薄になっているのを見て危機感を感じた人たちが買い占めたのだろう。ホームセンターでも「ない」となると不安になり別のホームセンターにわざわざ買いにゆく人が出てくる。「誰も助けてくれない」上に「誰も教えてくれない」という不安があることになる。

棚の周りをくるくると回っている高齢者はいた。だが誰も「何も問題はない」というような表情をしていた。目の前に起きているのは異常な事態なのだが動揺しているとは悟られたくないのだ。自分が出遅れて慌てているところを見られたら「先を見越した賢い」人に笑われる。そうした思いがあるのかもしれない。つまり、誰も助けてくれない氏教えてくれないのではない。何も言い出せない人が多いことになる。お互いに不安を募らせるが日本人は協力ができない。

近所で話を聞くと昨日もパンは午後に売り切れていたそうだ。確かに、未曾有の台風が来るからという警告は出ているので備えたい気持ちはわかる。だが、コンビニにはまだ食料があるのだから「それほど慌てなくても大丈夫だ」ということはわかるはずだ。

背景にあるのは台風15号の接近で困窮する人たちを行政が助けてくれなかったというニュースだ。これを見ていて不安になった人は多いのだろう。実際に千葉県・千葉市の書道も遅かったし、今回も電話したら現場レベルでは「必要になったら考える」それほどの危機感は持っていないようだった。行政はあてにできない。

特に高齢世代は戦後政府が機能していなかった時代を知っているのでいざという時に政府は何もしてくれないということを知っている。だから声も上げないが実際には過剰な預貯金などもしているに違いない。それは個人だけでなく中小企業の経営者も同じ気持ちなのだろう。

いざという時には誰も助けてくれないという確固たる気持ちがあるのだから、お金もモノも回らない。危機感が強まれば停滞も強まるが誰も何も言わない。黙ってパニックになる。この静かなパニックが徐々に進行したのが平成期の日本だったのかもしれない。

国際情勢にも対応できず、かといって国民の潜在的な不安も理解できない。野党はそんな中、誰かが振り向いてくれるのを待ちながら政府の不始末を追求し続ける。だから「そんな話は聞かなくてもいいや」と思ってしまうのだ。