デモよりもSNSの方が政治に影響があるが限界もある

トランプ大統領がシリア問題の収拾を図ってペンス副大統領らをトルコに派遣することにした。エルドアン大統領と会談するという。遅すぎるという気もするが何もしないよりはマシという感じになっている。




大統領自体は撤退を決めてから言っていることが二転三転しており自己弁護に走ったコメントを連発している。自分が何をやっているのかわかっていないのだと思う。諌めてくれる部下の首も斬っているので、ここで軌道修正を図ったのは世論調査よりもダイレクトに伝わってくる国民の声があるからだろう。もともと「風」で当選したことから風向きが変わるのが早いということもまたよく知っているのだろう。SNSにはそれなりの力があるのである。

日本も多分SNSで風を読んで政府運営を変えているのではないかと思う。参議院予算委員会が「台風被害対策」を名目に審議をした。与党も「ほったらかし」という批判を避けられるし、野党も「台風被害より政権批判なのか」とは思われたくなかっただろう。特に与党にとっては失言挽回のチャンスだろう。

二階幹事長は「そこそこで済んでよかった」という発言を事実上撤回したと言われているがよく聞いてみると「言い方が悪かった」とか「もう言わないからいいだろ」と言っているだけで実際には謝罪しているようには思えない。自民党は不規則発言で政権を失っているし、民主党政権凋落のきっかけも東日本大震災だった。災害の多い国だけに災害対応は「統治者の鼎の軽重を問われかねない」問題なのだ。

安倍首相は二階さんの反発を恐れて何も言えないだろうから国民の目を補正予算に転じさせたほうが良いだろうし、実際にそれがこれから長い復興に取り組むことになるであろう被災者の心の助けになる。

台風15号の時には出遅れ批判が出たが何もしなかった。台風19号の時も自宅に引きこもり陣頭指揮はしなかったようである。その場では何が起きているのかがわからず、あとからSNSで上がってくる評判を見ながら軌道修正をしているのかもしれない。トランプ大統領と同じくワンテンポずれているのだがそれでも何もやらないよりはマシだ。

このように、SNSのレスポンスは意外と政治に影響を与えている。ワンテンポ遅れも何もしないよりはマシであろう。意外とSNSの一つひとつのつぶやきは無駄にはなっていない。

SNSが台頭する中で、日本ではデモが力を失っている。一人ひとりのSNSの声が「生の声である」という認識がある一方でデモは対抗勢力によって組織された「加工食品だ」という認識があるのだろう。残念だがこうした作り物に人を動かす力はもうないのだろうなと思う。デモ依存の左派野党は戦略を変えたほうがいい。

だが、このように万能に見えるSNSのリアクションにも限界はある。

自民党女性議員議員は台風に興味がなかったのかそれとも誰かから要請されたのか「日米貿易協定は自動車産業が認めているのだから外野がとやかくいうな」と言い放ち「対馬を韓国人から取り戻すために自衛隊の増強を」などと言っていた。今いうことかと思ったのだが「日本の尊厳と国益を護(まも)る会」が対策を求めているという記事が見つかった。この動きはコアな支持者には重大関心事なのだろうが、その他の人たちにはほとんど知られていない。そこで「中継が入っているところで言えば宣伝になる」と思ったのかもしれない。

そのあと被災地を実際に歩いたという公明党の議員が具体的な要請をしていた。実際に関心を寄せて行動しなければ質問すらできないんだなと思った。公明党の新人国交大臣は真摯に対応策を答弁していた。目の前に困っている人がいたらなんとかしてやりたいと考えるのが人間だ。緊急事態だからこそ「人」と「人の形をしている何か」の違いが明確に現れる。蓮舫議員は目の前で談笑していた首脳がいたと指摘している。

SNSの真摯な声も多分「人の形をしている何か」には届いていないんだろうなあと思う。