破壊的なデモか永遠の停滞か

日本人はなぜ有名人を過剰に叩くのかという質問があった。Quoraでは面倒なので適当な答えを書いたのだが、今回はここから日本経済はなぜ停滞しているのかという説明をしようと思う。




日本人は閉鎖的な空間に住んでいた。このためフリーライディングやルールブレイキング(掟破り)を見せしめ的に叩けば、村の安定を守りルールブレイキングが防げた。だから日本人はこれ以外のやり方を考案する必要はなかったのだろう。

ところが地域社会は崩壊し終身雇用もなくなった。閉鎖的な空間がなくなったためにかつてあった「叩くマネージメント」が成り立たなくなった。知らない人たちと協力しあわなければならないのだが、過剰に村落的なマネージメントに適応してきたためにやり方がわからない。

そのうち政治は公共を諦めて自分たちの村を作ることにした。Twitterでは特区ビジネスコンサルティングが叩かれているが、税金という公金を使って村をつくりそこに様々な人々が群がるという仕組みである。オリンピックも英語の民間テストもそういう村になっていて政権政党のトップだけが利権を独占できるという構造になっている。今や汚職をする必要はない。合法的に特区を作って利益を独り占めすればいいのだ。

一方で介護保険のように公共性が高い事業はフリーライディングの温床になっている。既得権をつくると「それを最大限に利用しないと損だ」ということになるので費用が跳ね上がってしまう。NHKによると介護保険は制度の見直しが始まったそうだ。同じことは高齢者医療にも言える。厚生労働分野は誰も儲けられないがかといって費用抑制もできない。これだけ高度に発達して見える日本社会だが、マネージメントという発想がないのだ。そして、利権を得られない分野に政治家は興味を向けない。おざなりの議論が行われるだけであとは「消費税を20%にするか30%にするか」という議論になるだろう。

村から排除された人たちは本来ならばお互いに協力しあうべきだ。だが、やり方がわからない。さらにこれまでも足を引っ張り合ってきたのでいざ声をあげてみようという気にもなれない。声をあげた瞬間に足を引っ張られる可能性が高いからである。このため、例えば日本人は匿名空間でしか政治発言ができない。実名の職場で同じことをやれば通報され排除されるだろう。

匿名空間では十分に協力体制が作れないので日本人は今でもルールブレイカーを過剰に叩くことによって問題を解決しようとしている。例えば不倫を過剰に叩くのは結婚制度を維持したいからだし、政治家が問題を起こすと辞任を求めるのはそれ以外に解決策が探せないからだ。だから日本人はルールも変えられなくなった。そして一人を叩いても当然問題は解決しない。

有権者・納税者は政治の私物化について薄々気がついていてもそれを咎めることはできない。野党の事も疑っているのだろう。自分たちの私物化のために有権者の怒りを利用しているのでは?と考えているのではないかと思う。

フリーライディングが予想される公共空間では公共に対する支出は削減される。これは前回のエントリーで見た通りだ。例えば、法人は法人税を払わなくなった。税金として国に投げ出してしまえば戻ってこないことは明白である。自民党に献金して私物化したほうがよい。有権者も防衛のためにものを買わなければいい。というよりできることはそれしかない。こうして信頼が失われた社会では公共への協力が手控えられる。我々は実験行動学の生きたサンプルになっている。

では、SNSで問題が協力ができれば問題は解決するのだろうか。政治という調整機構が破壊されてしまったところでは細かい調整は働かない。できることは一つだけになる。みんなで集まってできるのは旧体制を打倒することである。

この生きたサンプルが、チリや香港にある。問題をデモという協力によって解決している人たちがいる。チリでは地下鉄の運賃値上げをきっかけにデモが起こり最終的には大統領を除く閣僚がすべて辞任しAPECの会議が中止になった。レバノンでも首相が辞任したという。中には暴力的なものもあり決して褒められたものではないのだが、彼らは「同じ境遇の人たちは信頼できる」という最後の信頼関係だけは持っているのであろう。それは日本人が持っていないものである。

もちろん暴力的なデモではなく選挙によって問題が解決できればいいのだが、アメリカ合衆国やイギリスですら民主主義が二極化している。もはや健全な形の民主主義が成り立っている国はどこにもないといってよい。

だとすれば「デモや暴動も仕方がないのでは?」ということになってしまう。少なくともフリーライディングが排除されれば国や経済は再び成長を始める余地が生まれる。ただし、破壊の後に必ず再生があるという保証はもちろんない。本来は政治が細かな利害調整をするのが一番良いのだ。