「安倍という穴」が埋まりはじめている

先日は田崎史郎さんが「英語試験の改悪について安倍さんも菅さんも知らなかった」と弁明したという話を書いた。これを紹介しようとしたのだが反応していたのはリテラだけだったので引用なしにした。この田崎発言の意味をずっと考えていたのだが中心にぽっかり穴が空いている。この穴が何なのかがわからない。考えているうちにこの穴こそが本質なんだろうなと思えるようになった。




世間はこの問題に関心がないらしい。世間は何の話題に関心があるのだろうかと思うのだがどうも政治そのものには関心がないようだ。つまり政治や公共というものについて関心を持たなくなっているのではないかと思われる。代わりに「大日本人が悪の中国を成敗するべきだ」というよう話はよく聞かれるようになった。政治が消えてネトウヨだけが残った。

田崎さんの説明通り安倍官邸が知らなかったという説を受け入れてみる。官邸はずいぶん前から利権構造そのものに関心を持たなかったのかもしれないという気がしてきた。国会論戦も聞いてみたが「悪の教育企業」が利権をほしいままにしているという見方は成り立たないように思える。これより現実性が高いのは無理難題を押し付けてくる文部科学省という可能性だ。これに対して「この線なら対応できる」と応じた企業が「正当な儲け」を載せようとしたのかもしれない。ただ不確実なので「少し多めに載せておこう」とは考えたのかもしれない。この不確実性が実は大きな問題になっている。

巷ではベネッセの関与が囁かれている。多分さぞかし立派な企業だと思われていることだろう。だが実はベネッセは大きな問題を抱えた企業だ。少子高齢化が進行している上に住民情報が取れなくなっているからである。

ベネッセは役所から集めた住民情報をもとにDMを送りつけ小学生を一括して取り込むという延縄漁法で大きくなった会社である。ところが国民の権利意識が高まり情報が取りにくくなったのでビジネスモデルが破綻してしまった。そんな危機意識から「プロ経営者原田社長」を入れてみたものの改革は頓挫した。経緯については日経ビジネスが2016年に詳しく書いている。原田社長退任時にはDM問題の影響は大きかったと言っている。そのベネッセが公益のために持ち出しをしてでも試験制度を維持しようと考えてくれるとは誰も思わないだろうし、そんなことはもうできないのである。

加計学園の問題も実は安倍さんの問題というより安倍さんのお友達を断りきれなかったというようなことだったのかもしれない。つまり安倍さんというのは食うに困った「お友達」や「お友達のお友達」をたくさん抱えていて少々乱暴なことをしても全部庇ってきたのかもしれないのである。

そうなると穴の正体が見えてくる。政府は安倍首相に近しい人たちが利権をむさぼるための装置になっている。だが彼らも好きで利益をむさぼっているわけではない。滅びゆく恐竜が不安で叫んでいるような感じである。政府は延命装置なのだ。この矛盾を安倍首相が穴になって全ての矛盾点を吸収してきたと考えるとかなりのことが説明できる。

そう考えると利権とは無害で「憲法改正」という何の腹の足しにもならないことを政治目的にしていた人というのは極めて使い勝手がよかっただろう。変な使命感から「私の政権」をかばってきたので「全ては安倍せい」だという印象が付いてしまったことになる。安倍さんの首相人生は穴としての人生だった。

考えてみると集団自衛権をめぐる解釈改憲の問題もアメリカの要望であり安倍さんの希望ではない。

ではなぜこの穴が埋まりつつあるのか。それは見返りが何もないからであろう。憲法改正に向けて誰も安倍さんに協力しようという人はいない。

集団的自衛権の問題で日本が歴史的な憲法解釈の転換を果たしたのは「アメリカのいうことを聞いてあげれば見返りに日本の役に立つように動いてくれるだろう」という安倍首相なりの期待だったのかもしれない。ところが実際にはアメリカは「アベはなんでもいうことを聞いてくれる便利なロボットである」と侮るようになりTPPから勝手に抜けてしまった。そして記者会見の席で「俺がガツンといえば言いなりにトウモロコシを買ってくれるのだ」などと吠えだした。トランプ政権が続けば、アメリカはさらなる要求を突きつけてくることになるだろう。

安倍さんはアジアでも中国に対抗したいようだがここでもあてが外れている。アジア市場を中国に取られたくないのでRCEPに参加しているのだがインドが抜けると言いだした。インドが抜けてしまうと中国に対抗できないので、梶山経産大臣は「インドが抜けない前提で話を進める」などと言いだしている。そもそも菅原経産大臣がいなくなった後の梶山さんが事情を知っているはずもないのだから、この発言には何の根拠もない。今RCEPから日本が抜ければ中国に市場を取られるし、入ったら入ったで中国に有利な形で日本国内市場を明け渡すことになりかねない。梶山さんができるのは敗戦処理だけだ。

ロシアとの外交も行き詰まる。「歴史的な長門会談」という無意味なフレーズにはもはや嘲笑する価値すらもない。とにかく、誰も振り付け通りに動いてくれないのである。

いつからそうだったのかと考えるのだが、もしかしたら最初からそうだったのかもしれないと思える。田崎史郎さんが「安倍さんは知らなかった」と表立って言うということは、もはや安倍首相がこれを「私の内閣」の仕事だとは思っていないということだろう。安倍政権は後継が決まるまでの漂流を始めたことになる。ひょっとしてかなり長い漂流になるかもしれない。

こうなると「安倍が辞めれば全ての問題は解決する」としていた野党は方針を全面的に転換しなければならなくなる。つまり、やっと何が本当に問題なのかということを考えるチャンスが巡ってきたのかもしれないが、もしここできちんと考えないと「政府があるのに政府内部が無政府状態」という極めて厳しい状況に置かれることになるだろう。