スペインの事例に見る「安倍の終わり」が終わらない理由

スペインでまた総選挙があるそうだ。調べてみたのだがかなり深刻な状況にあるようだ。時系列で追ってゆく。「安倍政権の終わりが見えてきた」と喜んでいる人がいるようなので、この終わりがなかなか終わらないだろうという見解も加えた。




スペインは2008年にリーマンショックの影響を受けて不動産バブルがはじけた。今でも建設途中の死の街がいたるところにあるそうだ。これを受けて、2011年には憲法を改正した。硬性憲法の国なのだが国際信任を得るためには財政健全化を達しなければならなかったからだ。この頃までは国民党とスペイン社会労働党という左右二大政党の元で国政が運営されていた。憲法改正もこの二大政党の間で取り決められた。

2011年にはマドリードで座り込みのデモも起きていたが状況はよくならず数年後に国政の混乱が表面化する。

2015年には総選挙が行われたが「左派ポピュリズム」と呼ばれる政権「ポデモス」が躍進した。座り込み運動がきっかけの一つとも言われるそうだが、第1党にはならず左派が分裂した状態になった。連立協議がまとまらず2016年にまた総選挙があった。Wikipediaには社会労働党がポデモスとの連立を模索したが地方が反発したと書いてある。

国民党は国王からの組閣要請を断り、左派は連立を模索したが分裂したということである。2016年の選挙では左派分裂に嫌気した人たちが国民党に流れたが、それでも国民党は第1党にはなれなかった。

結局左派はまとまれなかった。国民党のラホイは依然暫定首相のままだったが下院で過半数を持っていない。そこで左派は政権奪還を目指すのだが却って内紛がおこりサンチェス書記長が失脚してしまう。左派が首相候補を失ったことでラホイ首相は結果的に信任された。しかし、今度は国民党で汚職騒動が持ち上がりラホイ首相が不信任案を出されて首相を退任してしまった。そのあとを継いだのは失脚したサンチェス書記長だった。

ところがサンチェス首相は2019年の予算案を議会で通すことができなかった。そこで2019年4月に選挙が行われた。この選挙の結果は皮肉なものだった。これまで汚職などで揺れていた国民党は2016年以来の選挙ということもあり議席を失った。左派系政党も議席を伸ばした。ところが国民党から離反した人たちはVOXという右派ポピュリズム政党に流れたようである。つまり左派から過激な左派が分離し、右派から過激な右派が分離したということになる。政党がどんどん分裂してゆくのだ。

社会労働者党とポデモスを合わせても過半数にならず、国民党にも支持がなく、かといって右派ポピュリスト政党に政権を担わせるわけにも行かないという状態になっている。4月から延々と連立交渉が行われており合意できず11月の総選挙(日経新聞)ということになった。だが、総選挙をしても政権政党ができる見込みはない。これが今の状況である。

答えだけ簡単にまとめてしまうと、政権を担える政党には国民をまとめ上げ政策をパッケージ化する力量が必要である。スペインは政権を担える政党そのものが消失し、国民の統合が失われつつある。こうなると民主主義というのは混乱の別の名前に過ぎない。

VOXについての論評がハフィントンポストに出ていた。スペインはもともとフランコへのアレルギーがあり右派ポピュリズムが出にくい土壌だったようだが「普通の感覚」を「SNS」で広めるという主張で浸透しているようである。このハフィントンポストの記事を読む日本人の中にも「これの何が右派ポピュリズムなのか」と憤る人がいそうである。「普通の日本人」から見るとハフィントンポストが「インテリぶったいけ好かない左派」に見えるのではないかと思えるほどだ。

左派政党がまとまれず左派の支持者たちの社会運動が過激化する。これが普通の市民の道徳感情を刺激して右派の土壌が生まれるという変化である。背景には財政問題を解決できないというスペインの事情があるのだろうが、そのことが当事者であるスペイン人に意識されることはなのではないかと思える。Newsweekも「一見普通に見えるポピュリズム」という見方で共通している。その背景になっているのはスペインの深刻な経済状態のようだ。当たり前にやっているのに「なぜ」という気持ちがあるのかもしれない。

スペインと日本には先進国脱落組という共通点がある。左派系野党がまとまれないのもそっくりである。ところがスペインはEUの一員なので財政について厳しい規制があり日本のように政府が借金をして痛みを先延ばしするというオプションが持てない。ここが違いとして大きい。

自民党も政策を持たない政党だが「将来の徴税権を担保に借金をする」というオプションがあり問題が露呈しにくい。この事が却って政策立案能力を失っているという事実を見えにくくするのだ。自民党はもはや英語入試改革すらできないしまとまれない野党ももちろん対案を提示できない。日本とスペインにはこうやったら安心という「正解がない」という共通点がある。

日本の国政は政治家と地域の有力者たちが「しゃぶった後」の後始末に追われる事になるだろう。長い政権運営を通じて安倍首相はそのことに気がついてしまったのだろうし、その後継としてヒーローのように日本を救ってくれる政治家はおそらく現れないはずだ。

スペインは政党が有権者をまとめられなくなったが、日本は国の膨大な予算さえ握れば政党がバラバラになることはない。日本の野党が分裂してしまったのはおそらく借金なしには国がまとまれないという現実の切れ端のようなものなのだろう。自民党の内部でも先細る予算を前提に利権争いが激化するはずである。たとえばカジノ利権の奪い合いなどが起こるのかもしれない。

おそらくすでに「ポスト安倍」の時代は始まってはいる。しかし、安倍首相が「私の政権ごっこ」を続けている間はそれは露出しないはずだ。つまり、いったんそれが露出しても出口は見えないだろうということになる。

この出口が見えないであろうという感覚は多分日本の政局だけを見ていてもわからない。

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