日本と何もかもが反対のフランスで起きていること

フランスで大規模なデモが起きている。これだけを見るとなぜこんなことになっているのかがさっぱりわからない。とにかく80万人がデモに参加したとか、新たに34万人が加わったなどと大騒ぎになっているようだし、時事通信がまとめているページを見ると交通が麻痺しているというニュースもある。調べて行くとフランスが日本と正反対の政治風土を持っていることがわかる。個人主義のフランスは社会に期待している。集団主義で社会に期待しない日本とは真逆なのである。




この手のニュースは経緯がわからないと全容が全く見えない。デモの直接のきっかけは9月に発表された年金改革だそうだ。JETROはフランスには42の年金がありそれを統一して一つの年金制度を作ろうとしているとまとめている。しかし、年金制度を整理するだけではなく持続可能なものにしたいという狙いもあるようだ。成長が鈍化しているフランスでは当然それは条件改悪を意味している。結果的に多くの人が怒り出した。特に交通インフラや公共セクターで働く人たちは年金で厚遇されてきたものと思われる。だから怒っているのだ。

さらにここから遡ると2017年の大統領選挙でのマクロン候補の公約に行き着く。年金の官民格差をなくしたいと訴えており年金改革そのものは多くの国民に支持されていたようだ。フランスで年金に対する不満が高まっていたのだろう。BBCによるとマクロン候補は親EUではあるがEUは自分が改革するなどとも言っていたようだ。漠然とした生活への不満が政治に向かったことだけはわかる。それは「格差」である。一部の人たちがいい思いをしているという不満があったようだ。

サルコジという保守主義・自由主義者の後を受けた社会党のオランド政権で経験を積んだマクロンはオランドの左派政党からは立候補せず自分で共和国前進という政党を作った。対抗したのは「極右」と呼ばれることもあったル・ペン候補である。このことからフランスが新自由主義と左派の間でスウィングしていることがわかる。

マクロン大統領は「フランス人はもっと働くべきだ」という思想を持っていたようでオランド大統領の時代に「マクロン法」という法律を成立させているという。Wikipediaを見ると法人税を減税しようとしたり徴兵制を復活して「国民の団結」を促すような提案をしてみたりしているようだ。ちょうど小泉改革のような「新自由主義」的な側面が感じられる。

日本の改革は口だけだったのに対してフランスは実行しようとしたという点に大きな違いがある。大統領に大きな権限があるフランスでは改革が実行できてしまうのだ。だが「決める政治」の一環の年金改革は「俺たちの年金をめちゃくちゃにするならこっちは経済を破壊してやろう」という反動を生んでいるようだ。思い切った改革は他にもある。BBCはフランスが新しい「兵役」として国民徴用を実施しようとしていると伝えている。これが口だけの改革で本当は何もしたくない保守を抱える日本とは異なっている。日本で徴兵制が敷かれれば反対するのは左派だろうが、実際には右派も自分だけは動きたくないと考えているはずだ。

日本では口だけの改革に失敗はしたが消滅まではしなかったという左派政党があり、自民党の改革を阻止している。ところが、オランド政権は社会党の左派政権であり十分やったので「ああこれではダメだ」ということになったのだろう。しかしオランド政権もその前のサルコジ政権の揺り戻しという側面がありそうだ。つまり、十分やったら次というブランコのような状態がありそれが結果的に社会を混乱させているということになる。その意味では革命が10年ごとに起こるといわれる韓国に似ている。どちらも民意が強烈で大統領権限の強い国である。

左派政党が十分に失敗してしまったために現在のフランスには労働者の側に立って改革にブレーキをかける政党がない。一方日本では誰も政治に期待していないので十分失敗できるまで活躍できる政党はない。日本人は「政治はあてにならない」と考えて資産を溜め込んで使わず、中には多額の現金をそのまま自宅に保管する人もいる。決めないことで社会は停滞するがその分決定的な動揺も少ない。

最後にイギリスとも比べてみたい。イギリスは労働党が選挙で惨敗した。労働党はEUからの離脱ではなく社会主義政策掲げて離反されたようである。話題の転換に失敗したのだ。おそらく労働党が政権を取りEU離脱を撤回し穏健な社会主義政策をとっていてもフランスと同じ運命をたどったのではないだろうか。イギリスはそれが偽りだと気がつく日が来たとしても、まずはEUやイングランドといった「敵を作って非難する」プロセスが必要だったのだろう。動くことによって問題は増えるが、少なくとも前進はする。

日本、フランス、イギリスの状況を見てきたが、成熟した資本主義社会はどこも問題を抱えていることがわかる。おそらく問題の根源は資本主義そのものかあるいは成長をいつまでも続けられないことにあるのだろう。だが民主主義は痛みの分配はできない。もう今までの仕組みで成長できないなら、それは破壊されるしかないのである。

我々は戦争を克服した。だが戦争には経済サイクルをリセットして再成長を促すという「創造的破壊」効果があった。資本主義社会はそれに代わる破壊装置を求めている。戦争は経済サイクルだけでなく多くの人を犠牲にするからだ。おそらく我々が見ている混乱はその破壊行為一つなのではないかと考えられる。つまり、制度破綻しない限りリセットされることがない日本社会の苦しみはまだまだ当分続くということである。