特捜部は官邸と話をしているのかしていないのか

自民党の秋元司議員の事務所に捜索が入ったというニュースをやっていた。現代ビジネスによると現職の国会議員が操作されるのは実に17年ぶりなのだそうだ。これについて「政権の終わり」を予想する人は多くないだろう。そこで「官邸は特捜部と話をしているのでは」と予想して記事を読んでみた。つまり予断を持って記事を読んだわけだ。




この話は実はかなり入念に練られていることがわかる。まずは元秘書のところに捜索が入ったのだが、これが朝日新聞系のインターネットでも紹介されている。この中に「大手紙の記者」という記述がある。この大手紙はおそらく朝日新聞なのだろうが、朝日は書けなかったのだろう。

こんな一節が出てくる。

「特捜部はすでに関係者への事情聴取を行っていましたが、ここ数カ月は動きが止まっていました。それが、9日の臨時国会の会期末を狙ったかのように家宅捜索が行われたとの報道が出て、事件化されるかに注目が集まっています」

自民議員関連先に特捜部が家宅捜索報道の謎 渦中の秋元司氏が会見「私は把握していない」

立ち位置としては大手紙の新聞記者というよりも特捜部の広報である。「事件化されるかに注目が集まっています」と書かれているのだが、これは事件化されますので注目して欲しいということだろう。日本語は主語が曖昧にできるのでこういう書き方ができてしまうわけである。責任を曖昧にしつつ空気を醸成するという日本らしいやり方である。そして「朝日新聞も使いよう」というわけである。いつも政権に反対するようなことばかり書いているので批判に信憑性があるように見える。

なんとなく「噂」という体裁で雰囲気を作って「この人何かやっている」という感じにしてから事務所捜索に踏み切ったわけで、それはそれで恐ろしいなあという気がする。検察にはこういう入念さがあるので、おそらく官邸にも話がついているのだろうなあと思ってしまうわけだ。おそらく誰かが主導しているというよりは「ふんわりと」連携が取れているのだろう。

この話は組織の事情を忖度しつつ、いろいろなものをうまく避けている。例えば秋元さんはもう内閣の一員ではないので政権が説明責任を果たす必要はない。また日本人が怖がっているアメリカ絡みの案件ではなく中国の案件である。テレビでは沖縄も北海道もオンゴーイングの案件ではないので「内閣の一員が役職を濫用した」ところまではいかないだろうと言っていた。ある意味安心してみていられる。もはや「the 官邸代理人」にしか見えない田崎史郎さんが久々に出てきてそう説明していたので、おそらくそうなるのだろう。そして、もちろん国会会期中ではないので野党がデモンストレーション的に政権批判に使ったりもできない。

例えば、北海道はIR誘致断念がほぼ決まっている。「北海道がIRの誘致見送り、成長シナリオに暗雲」という日経新聞の記事がある。北海道知事が議会で「断念しましょう」と提案したらしい。これについてはQuoraで聞いてみたが地元でもよくわからない感じだったらしい。環境や地元への反発を恐れた政治家たちが「厄介な判断を若い道知事に任せたのだろう」という観測がついただけだった。後から考えれば「実は中国企業でありバックについている政治家も大物ではない」というのが政治的に難しい案件だったのかもしれないなあと思ってしまう。憲法改正に協力してもいいと言っている維新が地元の大阪と菅さんの地元の横浜がメインの候補と言われているので沖縄と北海道というのは目障りだった可能性さえある。つまり審査は机の下で既に終わっていたということだ。

そこまで読むとこの時事通信も怪しく思えてくる。「カジノ推進への影響懸念 秋元氏捜査めぐり 政府・自民」政権が動揺しているというのである。これだけを見ると「政権もちょっとは堪えているのでは」という気分になるのだが、これも「震えるふりをしているが実は裏で全部が整ってしまっているのではないか」と勘ぐってしまう。

もちろん特捜部と官邸が緊密に連絡を取っているかということは証明のしようもないし、表向きは「官邸が関与しているかどうか」などどうでも良いことである。悪いことをしているのであれば裁かれてしかるべきだからだ。

だが、やはり懸念はある。

安倍政権がある程度コントロールして特区利権や教育利権を分配している分にはあくまでも合法である。しかし、その枠からはみ出して利権の追求をやり出せば収拾がつかなくなる。見せしめのために秋元さんを晒したとしても同じようなことを考える自民党議員は大勢出てくるだろう。劇場型の懲罰は本質的な抑止策にはならない。

「上が美味しい思いをしている」のに「俺たちはいつまでも雑巾がけなのか」とは誰も思わないものなのだろうか。いったんタガが外れてしまえば一気に問題が噴出することになるのではないかと思った。

日本は何となく推進者がいないままで物事があうんの呼吸で進んで行くのだが、裏返すと何か面倒なことが起きた時誰も止められなくなるということを意味している。そうならないことを願うばかりである。

IRだけでなく多くの地方振興策でこれからおそらく同じようなことが起こるのだろう。特区による完全私物化が失敗した今加計学園でやったような「露骨な事前排除」はできない。そうするとそれに乗ってうまいことやってやろうという政治家が出てくるのである。その意味では加計学園の件をきちんと処理しなかったことが問題の発端と言えるわけだ。