安倍政権は外部の規範とぶつかり混乱状態に陥る

「安倍政権がなかなか終わらない」ということに苛立ってきた。過去の出来事をいろいろ調べているうちに「内部の暴走はやがて外側の規範とぶつかり破綻する」というパターンは見えてきたのだが、安倍政権にだけには影響しないと思っていた。だがどうやら安倍政権は「国際世論」の壁にぶち当り崩壊するようである。だが、崩壊するのは安倍政権だけではないだろう。おそらくこのままで行くと日本という国の信頼性が道連れになるはずだ。第二次世界大戦が国民の財産を破壊したのと同じような感じだと考えればわかりやすい。

まず、国内世論だけを相手にしている場合にはどうなるかを見て行きたい。典型的な「安倍シンドローム」である。つまり思考停止して事態が沈静化するのを待つのだ。




IRで5人の国会議員が取り調べを受けた。このうち維新の下地さんを除く4人は「否認」している。だがNHKの記事を読むと「そういう認識はなかった」という言い方になっている。実はこれは主観の問題である。つまり「そういうつもりはなかった」ことを事実として扱っているのだ。そのあと説明と称して情報を隠したりはぐらかしたりして諦めを誘うという手法である。

有権者側は「どうせなんかやっているんだろうがあれこれ言っても仕方がない」と諦めてしまい意外とこれで丸く収まる。有権者の側にも事を荒立てて面倒を引き起こしたくないという気持ちがある。

では実際に「面倒」とはどんなものなのだろうか。カルロス・ゴーン被告のケースを見てみよう。

ロイターは過去のゴーン被告関連のツイートをすべて取り下げたそうだ。詳しい経緯の説明はないようだが、被告側が「家族を脅された」と主張しているからなのかもしれない。調べれば調べるほど「日本の情報は当てにならない」という印象が芽生える。

このゴーン逮捕劇の背景には日本とフランスの日産をめぐる駆け引きがあった。さらに司法取引が導入されたという事情がある。よく考えてみると司法取引がなぜ導入されたのかという説明を政府から受けたことはない。結果オーライの日本人は「結果的に成果が上がれば」支持するだろうし失敗したら司法取引そのものを非難することになるだろう。だから検察としては是が非でもこのケースを成功させたかったはずである。

さらに日産側がゴーン被告に監視をつけていたということもわかっている。なんらかの司法取引が行われ日産側が罪を減じられた上でゴーン被告だけに罪を着せようとし、それができないと焦り始めると家族を脅迫したというストーリーができてしまうのである。

だが、これはかなり居心地が悪い。結局我々は「日本の司法はうまく動いていて悪は裁かれる」と思っていたい。だから仲間内の都合の良い説明を信じてしまうのだ。ところがここに全く関係がない外国が入るとこの予定調和が演出できなくなる。これが「外とぶつかる」ということである。

フジテレビは「日本は情報戦で負けてしまうかもしれない」などと言い出している。つまり正しいのはこちら(日本)だが、日本が悪者にされてしまうと言っている。極めて情緒的な理解でありこの理解だけで国際世論を説得することはできないだろう。だがフジテレビの視聴者たちは「悪いのは自分たちではない」と思い続けることができる。そうまでして変わりたくない。

日本人はそもそも合理的に背景を説明して相手を説得するということができない。さらに、そうした説明スキルを磨かないまま、国内世論だけを丸く収める曲芸を磨いてきたため「自国でしか通用しない」理屈と外側を折り合わせることができなくなっている。だが、現実問題として様々な情報が飛び込んでくる。これが我々を苦しめているのである。

おそらく日本人はこれを外国に説明できない。だから日本の司法は信頼されなくなるだろう。そして外国は日本と日本政府を分けてくれない。我々が信頼されなくなるのだ。

同じことはイラン関係でも起きている。安倍首相はトランプ大統領にイラン大統領との会談内容を説明したようだが、トランプ大統領はおそらくイランの司令官を殺害するという決定をしていたのだろう。安倍首相にそれを説明することはなく、安倍首相も「異常な空気」を感じることはできなかった。あくまでも国内向けの説明ができればいいのであって、海外の事実には興味がない。そして国際世論は安倍首相の主張とは関係なく動き続けている。

日本人は「誰かの機嫌を損ねたら今の状況が変わってしまうかもしれない」という認識があり安倍首相の発言を否定したくない。もし否定すれば「どちらかの見方をする」という意思決定をしなければならない。誰にも嫌われたくない日本人には決められないだろう。

この話が厄介なのは形式的には宣戦布告がないままに第三国を舞台にした戦闘状態に入りかねないという点だろう。すでにアフリカで米軍基地が襲われたそうだ。つまり「形式的には戦争には入っていないが実態は戦争状態である」という解釈のある状態が生まれようとしている。敵対してる国はアメリカとイランだけではない。インドにもパキスタンの将軍を殺せという主張が出ているそうだ。アメリカがやっていいならインドもやっていいはずだ。自衛隊は調査目的でこのような混乱の起きている地域に派遣されかけている。

国会の解釈は中東では通用しない。おそらく秒の単位で破綻するはずである。これも外部の状況に触れて解釈が破綻してしまう可能性がある問題である。現実を受け入れられない日本人は後付けで「どうすればよかった」というようなことを言い続けるのではないかと思う。だが、海外ではなんらかの衝突を引き起こすかもしれない。永田町のお話は外国には関係のないことである。そして日本人はそれを外に向けて説明できないだろう。

ここからわかってくるのは実は安倍政権を支えていたのは「変わりたくないし変われない」という日本人の意識そのものであるということだ。単なる怠惰とも思えるのだが、実際には変わるための余裕を失っているのかもしれないとも思える。だから意識を変えない限り我々はおそらく安倍政権の終末期という悪夢から逃れることができない。

安倍首相は年始休暇には引きこもっておりゴルフ三昧だったそうだが、これが今のどうしていいかわからない日本の姿と重なる。

よく「終わりの始まり」などというが、容易には終わってくれない可能性が高い。日本が戦争という混乱を止めるには、沖縄・広島・長崎・その他の空爆された都市の犠牲が必要だった。今変わろうと思えなければ、私たちの国の信頼が同じような危機にさらされるかもしれない。